分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第45話  扉

 轟音と共に崩れ落ちてくる洞窟の天井。

 

 前後左右がわからなくなるような衝撃の中、あちらこちらをぶつけながら奥へ奥へと押し流される。幸いにも泥がクッションになったのか、頭をぶつけたりして即死することはなかった。

 

「ぷはっ」

 

 やがて動きが止まったところでなんとかもがき、わずかな空間に顔を出すことに成功する。

 

 だがそこは崩れた天井が瓦礫となり、お互いを支えあうことでできたわずかな空間だった。

 

 今にもまた崩落してしまいそうな瓦礫の下、俺の首から下は完全に泥に埋まってしまっていた。

 

 節々が痛む上、泥の中でなんとか手足を動かすが、底なし沼のように足が地面に付くことなく、浮上することができない。下手をしたら、奇跡的に出せた顔すら泥の中に沈んでしまいそうだ。

 

 まずい。身動きが取れないぞこれ。

 

 加えて、洞窟の中に押し込まれたことで、酸素も乏しい。下手をしたら、十分持つかも怪しい。

 

 不幸中の幸いは、泥の中、俺の手はしっかりと組み合わさり、印を結んでいたこと。スキルを使い続けてきたことが幸いした。

 

 しかし分身を頭上の空間に出そうとしても、人一人分のスペースがないため出すことができない。

 

 となれば、

 

「分身の術」

 

 目を閉じ、俺は分身の術を使った。

 

 

 

 

 

 次に目を開けたとき、そこは崩れた洞窟の瓦礫の上だった。

 

 以前実験したとおり、狙いを定めない状況で分身スキルを行使した場合、俺に一番近い分身が出せる場所に自然と分身は現れる。その際、視界内という射程すら関係がない。

 

 おそらく、俺の足の下に本体の俺がいる。

 

 地上との間に、変に人一人分のスペースが空いていたら面倒だったが、どうやらきっちりと泥は洞窟内を埋め尽くしたらしい。

 

 新鮮な空気を何度か吸い込みつつ、周囲をうかがう。

 

 どうにか本体の俺を助け出したいところだが、それよりも状況把握の方が優先だ。

 

 なによりも。

 

「セリカ! 無事か!?」

 

「ツヴァイ!」

 

 俺の呼びかけに、セリカの声が返ってくる。

 

 瓦礫の上を滑り落ちるようにして洞窟の出口だった方を目指せば、そこには必死になって逃げまどいながら、敵モンスターと戦うセリカの姿があった。何度か攻撃をもらったのか、胸の皮鎧が切り裂かれてしまっていたが、怪我は見受けられない。

 

 敵は先程魔法を使った、あの謎のゴブリン頭だけではなかった。

 

 どこから現れたのか、普通のゴブリンが五体もそこにはいた。さらに他のゴブリンよりも巨大な、ホブゴブリンの姿まである。ゴブリンを体格もパワーも二回りほど上昇させたモンスターだ。

 

 背中に背負っていたことが幸いし、落とすことのなかった泥だらけの盾を構え、腰の鞘から剣を引き抜く。

 

「こっちだ!」

 

 ゴブリンたちの注目を集めつつ、セリカと合流する。

 

「行くぞセリカ!」

 

「はい!」

 

 前に俺、後ろにセリカといういつものフォーメーションで戦闘に入る。

 

 大物であるホブゴブリンを警戒しつつ、飛びかかってくるゴブリンを捌く。

 

 盾や剣でゴブリンを怯ませ、そこをセリカがとどめを刺す。そのやり方で瞬く間に二体倒したが、その間にホブゴブリンが目の前までやってきた。

 

 拳を握りしめ、振り下ろしてくるホブゴブリン。俺は即座に盾で受けることを諦めて、拳を避けつつ、その太ももをすれ違いざまに斬りつける。

 

 以前戦ったサイクロプスとは異なり、ホブゴブリンの肌には剣が通った。それでも両断とはいかず、ホブゴブリンは悲鳴を上げつつも動きを止めない。俺に向かって拳を振るう。

 

「セリカ! 俺がホブを相手する!」

 

「こっちは任せて!」

 

 もうモンスターの攻撃に怯えていた少女はいない。

 

 痛みを克服したセリカは、ゴブリン三体をフットワークで翻弄しつつ、一体ずつ仕留めていく。

 

 結局、俺がホブゴブリンの下半身を三度斬りつける間に、セリカはゴブリンを片付けてこちらに助太刀しに来てくれた。

 

 俺が足元を狙い、セリカが下がってきたホブゴブリンの急所を狙う。

 

 二対一になったところから一分とかからず、セリカの剣がホブゴブリンの心臓を貫いた。

 

「これで片付いた。あとは――」

 

 例の魔法を使ってきたモンスターだけ。

 

 ゴブリンたちと戦いながらも警戒し続けていたが、敵はゴブリンをけしかけてきたあとは援護もせず、後方でぶつぶつと詠唱を続けていた。もしあれに遠距離攻撃されていたら、あれほど簡単にゴブリンたちを片付けられなかっただろう。

 

 それでも俺は、ホブゴブリンとの戦いでいくつか傷を負っていたが。

 

「ツヴァイ! 大丈夫!?」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 セリカがこちらに駆け寄ってくる中、俺は持っていた回復ポーションを取り出して飲もうとする。だがポーションを入れていた袋がベルトからはずれ、どこかに行ってしまっていた。

 

 泥に押し流されたとき、どこかにぶつけて取れてしまったようだ。

 

「これを飲んで!」

 

「いや」

 

 セリカが自分の持っていた回復ポーションを渡してくれようとするが、断る。

 

 今、俺の身体はホブゴブリンとの戦いで出来たもの以外にも傷が多くあった。

 

 特に腹。かなり痛い。

 たぶん、内臓のどこかをやられている。

 

 つまり本体の俺が怪我を負っているのだ。回復ポーションはそちらに使わないといけない。

 

「その回復ポーションは俺の指示があるまで、大事に取っておいてくれ」

 

「でも!」

 

「いいから頼む!」

 

「わ、わかったわ」

 

 セリカは頷いて、ポーションを大事に手に握りしめた。

 

 勢いあまって割らないでくれよ。マジでそれが命綱なんだから。

 

 だが本体と俺の怪我よりも、問題はモンスターの方だ。

 

「あのモンスターはなんなんだ? 魔法を使ってるんだが」

 

「わからない。でもツヴァイを押し流した魔法以外にも使うわ。さっきのゴブリンも、あいつが杖を振るったら現れたのよ」

 

「召喚魔法って奴なのか?」

 

 少なくとも魔導図書館にはそんな魔法なかったが。

 

「あとこっちから攻撃しても、地面から壁を出してきて弾かれるわ」

 

「そいつは厄介だな」

 

 目の前のあのモンスターはゴブリン、あるいはホブゴブリンではあるのだろう。しかし、明らかに他のゴブリンとは違い過ぎる。

 

「ゴブリンのネームドか」

 

 名づけるなら、ゴブリンシャーマン。

 

 スキルを得て魔法を扱う、ゴブリンの突然変異種だ。

 

 ゴブリンシャーマンは俺とセリカをにらみながら、なおもぶつぶつと詠唱を続けている。

 

 そのまま杖が振るわれると、光とともにゴブリンがどこからともなく現れる。ああやって仲間を喚んでいるのか。

 

 あと使うのは泥の津波。あれはやばい。効果範囲がかなり広く、避けるのは至難の業だ。

 

 つまり逃げるのも難しい。

 というか、本体が埋まっている以上逃げるわけにはいかない。

 

 しかも窒息の危険もあるから、時間もかけられない。

 

 あのモンスターを速やかに倒した上で、自爆魔法を小規模で連打して、本体の俺を巻き込まないところまで瓦礫を吹き飛ばす必要がある。

 

 ……やるしかないな。

 

「セリカ。俺が今から、あのモンスターに攻撃を仕掛ける。その隙に距離をとって離れててくれ」

 

「なに言ってるのよ! そんなことできるわけないじゃない!」

 

「別に逃げろって言ってるわけじゃない。巻き込まれない位置まで離れて、その回復ポーションを守っていて欲しいんだ」

 

「嫌よ! そう言って! あたし、ツヴァイのことをよく知っているもの!」

 

 セリカは俺の肩をつかむと、

 

「ツヴァイ! 自爆魔法を使うつもりでしょ! そんなの絶対に許さないから!」

 

「いやそうなんだけどそうじゃないというか!」

 

 セリカの理解力がすごい!

 

「忘れたのか? 俺にはスキルがあるんだ。それを使ってあいつを倒すだけだから、セリカは安心して離れててくれればいいんだ!」

 

「嘘よ! ツヴァイの顔に今から俺は自爆しますって書いてあるもの!」

 

 セリカの理解力がすごい!

 

「いや嘘じゃない! たとえ自爆魔法を使っても生き残れるんだ! 俺のスキルは分身で、自爆しても大丈夫なんだよ!」

 

「そんなスキル聞いたことないわ!」

 

 結構な決意をこめて分身スキルのことをばらしたが、セリカはすぐに理解してくれなかった。

 

 こんな状況だからな。仕方ない。こんなことなら、もっと前にちゃんと教えておけばよかったぜ。

 

 しかしこうやって言い争いをしている時間すら今は惜しい。

 

 幸いにも、ゴブリンシャーマンは俺たちに攻撃して来ない。ゴブリンも一体ずつしか喚べないようだ。けれど、それがより不気味だった。こんなところに潜んでいたことと言い、なにを企んでいるかわかったものではない。

 

 こうなったら!

 

「大丈夫だ! 俺を信じろ!」

 

 なおも駄々をこねる子供みたいなことを言うセリカの肩をつかみ、俺は告げた。

 

「俺は絶対に生きてセリカのところに戻ってくる! だからセリカは俺を信じて待っていろ! これはリーダーからの命令だ!」

 

「……嘘だったら承知しないからね!」

 

 セリカはぐっと色々なものをこらえた顔で、俺を信じて距離を取ってくれた。

 

「よし」

 

 自爆しよう。

 

 俺はモンスターの方を向く。

 

 俺たちをにらみながらも延々と詠唱を続けるゴブリンシャーマン。魔法の詠唱にしてはあまりにも長すぎる。一体なにをしているんだ?

 

 ゆっくりと近づきつつ観察すれば、ゴブリンシャーマンの背後になにかが渦巻いているのがわかった。

 

 空間に罅が入っている。そう呼ぶしかない、小さな亀裂。それはゴブリンシャーマンが詠唱を続ければ続けるほど広がり、大きくなっている。

 

 やがてパリンと音がして、亀裂の一部がはがれて落ちる。

 

 亀裂の向こう側には闇が広がっていた。そしてその闇の中に、赤い血のような目が輝いている。

 

 亀裂が広がれば広がるほど、空間はひび割れ、その向こう側にのぞく赤い瞳が増えていく。

 

 モンスターたちの、無数の血走った瞳が。

 

「おいおい、嘘だろ?」

 

 無数のモンスター。しかも、そこに集まっているのはゴブリンだけじゃない。

 

 ホーンラビットがいた。ソードウルフがいた。サンドワームがいた。オーガが、サイクロプスが、それ以上に強大なモンスターが、殺意もあらわに吠えている。

 

 つまりあれは扉なのだ。

 

 絶滅領域に集結したモンスターを、人類領域に解き放つためのゲート。

 ゴブリンシャーマンは、ただそのゲートを開けるためだけに存在しているモンスターだった。

 

 つまりゴブリンシャーマンをこちらに解き放った誰かの目的は、この地でモンスタースタンピードを起こすこと!

 

「やらせるかよ!」

 

 元々ここが狙いだったのか、それともゼルクトの街の騎士や冒険者による襲撃を受けて計画を変えたのかまでは分からない。

 

 だが間違いなく、このままあのゲートを開き切らせれば、雪崩のようにモンスターが現れ、近くの村々や街を襲うだろう。

 

 ナリン村も。ゼルクトの街もだ。

 

 一刻も早くあのゴブリンシャーマンを倒すしかない。

 

「エル サルハ グラム ケルセルフ」

 

 自爆魔法の詠唱を唱え、俺はゴブリンシャーマンに全速力で駆け寄った。

 

 召喚された二体のゴブリンが襲いかかってくる。

 それを防御を半ば無視して勢いを殺すことなく斬り伏せ、ゴブリンシャーマンに突っ込む。

 

 ゴブリンシャーマンは迎撃の魔法を――放たなかった。

 

 ゲートを開く詠唱をよりスピードアップし、目の前に迫った俺を見て。

 

 ゲヒッと嗤った。

 

 閃光――俺はゴブリンシャーマンを巻き込んで、自爆魔法を発動させる。圧倒的な破壊のあぎとが、ゴブリンシャーマンの身体を包み込み、消し飛ばして破壊の華を咲かせた。

 

 だが同時に、空間が致命的な音を立てて、最悪の扉は開いてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 間に合わなかったか。

 

 分身の俺から届いた最後の光景を思い出し、臍を噛む。

 

 後悔しても遅い。切り替えてやるしかない。

 

「分身の術」

 

 酸素不足でかすむ視界の中で、スキルを使う。

 

「エル サルハ グラム ケルセルフ」

 

 地上に現れた分身が、地面に腕をつけ、その状態で自爆魔法を使う。

 

 衝撃が地面を伝わって本体の俺まで伝わってくる。そこから大体の位置を確認し、もう一度分身スキルを使って、自爆魔法を使わせる。それを何度も繰り返し、少しずつ地面を掘り進めていく。

 

 その最中、地鳴りが起こった。

 

 モンスターたちの雄たけびが、地面の底にまで響いてくる。

 

「分身の術」

 

 地上に出た分身の俺の手が、ついに本体のところまで届く。

 

「エル サルハ グラム ケルセルフ」

 

 繰り返される魔法行使により、洗練されていく自爆魔法。俺はより最小の自爆をもって、本体の俺を閉じ込めていた頭上を瓦礫を消し飛ばした。

 

「分身の術」

 

 頭上から光が差し込む中、俺は大きく息を吸いスキルを使う。

 現れた分身の俺が手を伸ばし、泥の中から俺を引っ張り上げた。

 

 身体の痛みを押し殺し、なんとか立ち上がってゲートの方を見る。

 

 ゴブリンシャーマンはたしかに消し飛んでいた。しかし開かれたゲートからいくつもの異形の腕が飛び出し、周囲の空間をかきむしっている。

 

 闇の空間はどんどんと広がっていき、やがて小さなモンスターから先に地上に降り立った。

 

 それを呼び水に、次から次へとモンスターが現れる。

 

 すぐ眼下は、モンスターであふれかえることになった。無数のモンスターが雪崩を打って、距離を取ったセリカを襲わんとしている。

 

「分身の術!」

 

 俺はセリカに駆け寄る。

 同時に分身の俺を一度消して、モンスターたちの目の前に出し直した。

 

「セリカ! 回復ポーションをくれ!」

 

「……」

 

「セリカ?」

 

 呼びかけているのにセリカの反応がない。

 呆然と目を見開いて、ただじっとなにかを見ている。

 

 セリカの視線の先では、分身の俺が殺到してくるモンスターを二十体ほど巻き込み、もう一度自爆したところだった。

 

「分身の術」

 

 次の分身を、次の盾として出しておく。

 

 モンスターが近づいてきたら、そっちの俺の判断で自爆してくれればいい。

 

「セリカ」

 

 呼びかけつつセリカの身体を軽くゆすった。彼女はなすがなされるまま、なんの反応も示さない。頬を軽く叩いても同様だ。

 

 魂が抜けている、とはまさにこのことを言うに違いない。

 

 それでいて、分身がモンスターを巻き込んで自爆するたび、その口から俺の名前をもらし、眼から綺麗な涙をこぼすのだ。

 

 敵を前にした冒険者としては失格だろう。

 セリカという少女は、根本的に痛みというものに弱かった。

 

 けれど。

 

 それが目の前の死を目の当たりしたことが理由の痛みであれば、俺には彼女を責める資格はなかった。

 

 もっと早く、正しく分身スキルのことを説明していれば、セリカはここまでショックを受けなかったかもしれない。

 

 ツヴァイという少年の自爆で、消えない傷を負わなかったかもしれないのだ。

 

「わかってたことだけど、セリカは本当に俺のことが好きなんだな」

 

 であれば、仕方がない。

 

 俺が仲間として、彼女を守ってやるだけだ。

 

 なに、心配はないさ。俺はセリカが痛みをちゃんと克服できる人間であることを知っている。

 

 ただそれまでの、時間を稼いでやればいいだけなのだ。

 

 俺はセリカの手から回復ポーションを抜き取り、嚥下する。

 

 身体の痛みが和らぎ、小さな傷が塞がっていく。

 

 分身の俺のさらに前方では、いよいよ本格的にモンスタースタンピードが始まろうとしていた。

 

 普通では太刀打ちできないような、数の暴力にして暴力の津波。

 

 幸い、武器はある。勝算もあった。

 

 分身スキルと自爆魔法。この二つを組み合わせれば、あれだけのモンスターであってもなんとかなるかも知れない。

 

 分身という爆弾を何度も出し、自爆させて敵を倒す。そこに弾数の底はなく、消耗するものもなにもない。出入口もひとつと限られているのなら、そこを中心点として狙い続ければいい。

 

 つまるところ、きっとこれが分身スキルのひとつの答え。最強戦術と呼べるものなのだろう。

 

 俺ならできる。モンスタースタンピードは止められる。

 

 唯一の懸念があるとすれば、回復ポーションを飲んでなお痛む腹だが……。

 

 やれるところまでやる覚悟を決める。

 

 セリカの隣で彼女を守りながら、俺は視界を埋め尽くすモンスターたちを前に、決意を声に出して吐き出した。

 

「来るなら来いよ。ここから先は、一歩だって通さない」

 

 俺の冒険が始まった。

 

 

 

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