分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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《別視点》


第46話  セリカの信仰

 朝、冒険の準備をする時間が好きだった。

 

 剣や鎧の具合を見て、ベルトなどに緩みがないか確認しつつ、今日の冒険に想いを馳せる。

 

 楽しい冒険になるだろうか。それともしんどい冒険になるだろうか。

 

 どちらともか。今日はいつもよりも難易度が高い特別なクエスト。簡単に終わるとは思っていない。

 

 でも大丈夫。

 

 私にはツヴァイがいる。頼れる仲間がいる。彼の指示に従っていれば、どんな困難だって乗り越えられる。

 

 あたしはただ、彼を信じてついていくのみだ。

 

 ただ。

 

 視界の隅、どうしても手放せない魔導書。今回の遠征にも持ってきてしまったそれが、目に入る。

 

 おじいちゃんの魔導書。

 あたしの運命と信じていた魔導書。

 今はツヴァイの、運命となってしまった魔導書。

 

 自爆魔法の魔導書が、目に入る。

 

「大丈夫よ」

 

 たとえ自爆魔法を覚えたとしても、使わなければ問題ない。

 

 ツヴァイは死なない。そう約束してくれたもの。

 

 あたしたち冒険王の冒険はずっと続くのだ。

 

 だから笑顔で、あたしは今日も言うのだ。

 

「今日の冒険も楽しみね!」

 

 

 

 

 

 目の前で大切な人が爆ぜた。

 

 悲鳴もなく、戸惑いもなく、ただ圧倒的な破壊の光だけを周囲にまき散らしながら、あたしの大切な人はあっけなく死んだ。

 

 自爆魔法。

 

 そうだろう。それ以外に考えられない。

 

 ツヴァイは自分の命を犠牲にして、あのネームドモンスターを倒して見せたのだ。

 

 意味がわからなかった。

 

 だって、ツヴァイは約束した。死なないって約束した。そういうスキルだからって。だから大丈夫だって。だからあたしは、それを信じて。だから。

 

「ツヴァ、イ……?」

 

 だからこうして、なにもできずに呆然と、大切な人が死ぬ一部始終を見届ける羽目になった。

 

「なにそれ? だって、ツヴァイ。大丈夫だって……約束、し……」

 

 大丈夫なわけがない。

 

 あたしを安心させるための、逃がすための、優しい嘘だったのだ。

 

 足から力が抜け、その場にへたり込んでしまう。

 脳裏にはツヴァイがモンスターに突撃し、破壊の光になって弾け飛ぶ、その一連の流れが延々と再生される。

 

 なんで? どうして? ツヴァイが死なないといけなかったの?

 

 あたし助けるために?

 

 だからツヴァイは死んだの?

 

 いいや、そもそも話。ツヴァイが自爆魔法なんて覚えなかったら。

 

 あの日、あの時。

 あたしが彼に、あの魔導書なんて渡さなかったら。

 

 こんなことには、ならなかったのに……!

 

「あぁああ、ツヴァイ、ツヴァイ、ツヴァイ!」

 

 わかっていたじゃないか。知っていたじゃないか。

 

 ツヴァイという少年がどういう人で、どんなに優しい人なのか、自分は知っていたじゃないか!

 

 彼が自爆魔法を覚えて、こんな状況になったらどうなるかなんて、そんなの最初から分かりきったことだったじゃないか!

 

 だから覚えさせてはいけなかったのだ。

 最初から、彼を救うには自爆魔法なんてものを決して覚えさせてはいけなかった。

 

 こうなったのはあたしの所為。あたしが馬鹿で、考えなしで、足を引っ張ってばかりいたから。

 

「ツヴァイ、死んじゃった……」

 

 あたしが、殺した。

 

 あたしが……。

 

 そのとき汚らわしい咆哮が轟いた。

 

 見れば、ツヴァイが自爆したその場所の空間がぱっくりと割れ、中から無数のモンスターが現れようとしていた。

 

 それをぼうっと眺める。

 

 モンスタースタンピード。

 逃げないと死ぬ。わかっているが、動く気力がわかなかった。

 

 ツヴァイが自分の命をかけて救ってくれた命なのに、それでも。

 

 ツヴァイのいないこの世界に、あたしはなんの希望も見出せなかったのだ。

 

「ああ、あたしは結局……」

 

 ツヴァイが望んだ仲間の冒険者らしく、強くなんてなれなかった。

 

 あの日、欲しいと言って手を差し出してもらったのに、あたしはただ縋ってばかりで、ちっとも強くなんてなれていなかった。

 

 そしてあたしの冒険が終わる。

 

 ツヴァイの命を巻き添えにして、なにも成せないまま……。

 

 

「セリカ!」

 

 

 奇跡のような、声がした。

 

 あたしとモンスターとの間に、大好きなあの人の、大好きな背中が現れた。

 

 嘘。でも嘘じゃない。

 

 あたしにはわかる。あれは間違いなく、あたしの大好きな人だ。

 

 生きてた。生きてたんだ!

 

「ツヴァイ!」

 

 あたしの歓喜の叫びに彼は振り返り。

 笑顔を見せ、そのあと迷うことなくモンスターたちに走っていって。

 

 再び――あたしの目の前で、大切な人の身体が爆ぜた。

 

 自爆魔法。破壊の光が衝撃破をまき散らし、空間の亀裂より現れたモンスターの大群を消し飛ばす。

 

 先ほど味わった、絶望の光景が繰り返される。

 

「…………」

 

 あたしは言葉を失った。頭がどうにかなってしまいそうだった。

 

 だって、ツヴァイが、あたしの大切な人が生きていて。

 

 でも死んで。

 

「セリカ!」

 

 また奇跡のような声がどこかからして。

 

「分身の術!」

 

 よくわからない、でも愛しい人の声がして。

 

 目の前に、生きていたツヴァイが現れて。

 

「エル サルハ グラム ケルセルフ」

 

 自爆魔法を使って。

 モンスターを道連れにして死ぬ。

 

 光が、死が、絶望が、希望が、目の前で何度も何度も繰り返される。

 

 それをあたしは延々と見続ける。見続けることしかできない。

 

 ……ああ、きっと。これがあたしへの罰なのだ。

 

 大好きな人を死へと追いやったあたしに与えられた罰。

 愛した人が生き返り、そして死ぬ。それをなにもできずに延々と見続けさせられるという、罪深いあたしに課された最大の罰なのだ。

 

 頭が壊れていくのを感じる。

 心が削れ、死んでいくのを感じる。

 

 エル サルハ グラム ケルセルフ

 

 この世界には存在しないその言葉が、ただひたすらに頭の中をリフレインする。

 

 同時に、しまいこんだ荷物の奥、あの魔導書から罵倒する声が聞こえてきた。

 

 死ね! 死ね! 死ね!

 

 貴様ら人間は一匹残らず死に絶えろ! 肉片も残すな! 血の一滴も残すな! すべてを我が王への供物に捧げて死に続けろ!

 

 憎悪と共に絶滅を願う、それはそんな呪いの言葉。

 

 エル サルハ グラム ケルセルフ

 

 我が死をもって、破滅を遠ざける。

 

 そう願った王の悲願を絶えさせないための、それは祈りの言葉。

 

 …………ああ、そっか。

 

 あたしは理解する。

 

 あの魔導書を書いた誰かも、きっとこんな気持ちだったのだろう。

 

 最愛の人が自分たちのために、命を費やす様を見届けて。

 

 見届けることしかできなくて。

 

 その悲しみと、怒りと、絶望を、憎悪に変えて吐き出すしかなかった。

 

 それが形になったものが、あの魔導書だったのだ。

 

 けれど……その根底にあるのは、もっと別の想いだった。

 

 目の前の死を。絶望を。なんとか覆したかった。たとえその所為で自分たちが破滅を迎えたとしても、その人の破滅をこそ遠ざけたい。

 

 ただ、生きていて欲しかったのだ。

 

 死ね! 死ね! 死ね!

 

 自死を願う声がする。

 愚かな自分なんて死んでしまえと、嘆く誰かの声がする。

 

 あたしにはその気持ちが痛いほどよくわかる。

 

 わかるから。

 

 魔導書を通じ、魂に刻まれた詠唱は、王の最期を讃えるものではなく。

 

 ――我が愛をもって、破滅を遠ざける(エル サルハ グラム ユニエルオ)

 

 愛した存在を取り戻したいと願う、誰かの叶わなかった願いだった。

 

「セリ、カ……」

 

 気が付けば、耳元であたしを呼ぶ声があった。

 

 目の前で繰り広げられる生と死は、いつの間にか終わっていた。

 

 空間の亀裂は閉じていない。モンスターもまだあふれている。ただ、それを打ち払う光の方が限界を迎えただけ。

 

 隣を見れば、ツヴァイがあたしにもたれかかるようにして倒れていた。

 足下には空っぽになったポーション。あたしが呆然と我を失っていたときに、どうやら手から持っていったらしい。

 

 それでも足らなかった。ツヴァイの負った傷は深く、回復ポーションでは足らなかった。

 

 それでも彼は。

 

「分身の、術」

 

 手を組んで、聖句を唱え、スキルを使う。

 

 彼の眼差しの先に、同じようにボロボロのツヴァイが現れ、そして自爆魔法の呪文と共に爆ぜてモンスターを消し飛ばす。

 

 ようやくあたしはツヴァイのスキルの力と、死んでなお死なない彼の在り方を理解した。

 

「……本当に馬鹿ね、あたし」

 

「……分身の、術」

 

 ツヴァイがまったくだと言わんばかりに頷いて、再びスキルを使う。

 

 どれだけ叫び続けたのか、かすれた声。口の端からは血があふれ、彼の身体を赤く染めていた。

 

 それでもあたしを助けるために、限界を超えてツヴァイは戦っていた。

 

 そして今も、戦い続けている。

 

「ごめん。ごめんね。足を引っ張ってばかりで。なんの役にも立てなくて。でも、でもね、ようやくあたし、わかったの。あたしがツヴァイに、してあげないといけないことがわかったの」

 

 その小さな身体をぎゅっと抱きしめる。

 

 決して離さないように。

 決して失わないように。

 

 そして唄う。傷ついた彼を癒すために。

 

「エル サルハ グラム ユニエルオ」

 

治癒(フォーリンヘブン)』――発動した治癒魔法の光が、ツヴァイの身体を包み込む。

 

 覚えたての拙いあたしの魔法だったけれど、それでもツヴァイの身体の傷は少しずつ治っていく。

 

 ツヴァイは驚いた顔であたしを見て、そのあとふっと笑った。

 

「まったく、セリカは俺の最高の仲間だぜ」

 

「うん。ツヴァイも、あたしの最高の仲間よ」

 

 ごめん。ごめんね。勝手に諦めて、絶望して。

 でもがんばるから。あなたがこれ以上傷つかなくていいようにがんばるから。

 

 だから――

 

「セリカ、最高の魔法をありがとな!」

 

 お願い。死なないで。

 

 

 

 

 

「お陰で俺は、もっともっと自爆できるよ!」

 

 

 

 

 

 ツヴァイが笑う。

 

「分身の術!」

 

 ツヴァイが嗤う。

 

「エル サルハ グラム ケルセルフ」

 

 あたしの腕の中で。モンスターの目の前で。

 

 笑って唄い、嗤って歌いながら死に続ける。

 

 破壊の光がより勢いと輝きを増して咲き誇る。

 扉より現れたモンスターが彼の領域に足を踏み入れた瞬間、欠片も残さず蒸発していく。

 

「なるほどわかった! これが魔力か! これが魔力の流れか! ならこうすればいいんだな!」

 

 腕の中のツヴァイが、あたしの腰の剣に触れた。

 敵の目の前に降り立ったツヴァイが握った剣を閃かせ、モンスターの大群に斬りこんでいく。

 

「烈火の太刀! 烈火の太刀! 烈火の太刀ィ!!」

 

 その剣に燃える陽炎のような魔力を迸らせ、ツヴァイの小さな刃がモンスターを次々に斬り刻んでいく。

 

「からの――じ・ば・く!」

 

 敵陣の中心でツヴァイが爆ぜる。歌と共に、嗤い声とともに、その死をもって破壊をもたらす。

 

 それが延々と続く。何百というモンスターを片っ端から殺しつくしながら、再び死と生の舞踏が続けられる。

 

 ああ、なんて光景なのだろう。

 

 あの魔導書を書いた誰かさん。

 あなたはこの光景を、きっと知らないんでしょうね。

 

 目の前で愛した人が、何度も何度も死んでいく。

 

 そんな絶望を乗り越えた先にあった光景を、あなたは知らないのでしょう。

 

 でもきっと、知らない方がよかったと思うわ。

 

 だってあたし、もう頭がおかしくなっちゃったもの。

 

 ツヴァイが死んでるのに。大好きな人が死んでるのに。

 

 なんだか楽しそうだな。

 ツヴァイが楽しいならまあいっか。

 

 そんな風に思っちゃってるもの。

 

 ううん、それどころか。

 

 味わった絶望と喪失感の分だけ、もう一度彼の姿を見るたびにそれが多幸感に変わって。

 

 今、とてもいい気分。

 

 まるで散々罵倒されたあとに、デロデロに甘やかされているみたい。目の前がチカチカして、自分の頭の中が全部大好きな人で満たされて、心の奥から支配されていくみたいよ。

 

「セリカ! やばいよ! もっと、もっと抱きしめてくれ! このままだと俺、なんかよくわからないところまでいっちゃいそうだ!」

 

「うん。ツヴァイ、もっともっと、抱きしめてあげる。だから、あたしにあなたの笑顔を見せて」

 

「最ッ高! あははははは! あははははははははッ!!」

 

 光の華は咲き乱れ、天国の扉は叩き壊された。

 そこから這い出てきた人が、今、心底楽しそうに笑っている。

 

 ふふふっ。最高の気分よ。

 

 きっとあたしは、この日のために生まれてきた。

 

 運命はあった。あたしの運命は、この人のためにある。

 

 そう、そうね。あの魔導書に描かれた誰かが王様だったのなら。

 

 それを超えて今あたしの腕の中にいる、この人はきっと。

 

「ああ……ツヴァイ。あたしの、愛しい神様」

 

 

 

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