分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
飯が足りない。
ある程度体力が回復してきた頃、改めてそう考えた。
転生してきてからこっち、腹がいっぱいに膨れたことはないわけだが、最近はよりそう思うことが増えてきた。
純粋に成長期だからだ。なのに飯の量は前から変わっていない。
そりゃ足りないだろう。
今は働かずしてご飯にありつけてるから、前よりはだいぶマシになっているとはいえ、それでも圧倒的に栄養が足りていない。
食べられるものを探すべきだな。
目の前に広がる森を眺める。
季節としては春にあたる今、森にはすぐ見つかるような果物や木の実は見当たらなかった。
それでも小川のある森なので、探せば食べられるものは見つかるだろう。
春に食べられるものといえば、いわゆる春の七草に代表されるような野草の類だろうか。
ちなみにまったくわかりません。
野草だな、くらいの見分けはつくが、食べられるのかどうかは見てもまったくわからない。
あと勝手な想像だが、こういうのは適切な前処理をしなければ食べられないような気がする。
揚げてしまえばなんでも食べられるだろうが、天ぷらなんてご馳走もご馳走だ。村でも作ってる小麦はともかく、卵と大量の油なんて手に入るわけがない。
天ぷらか。……いつかもう一度食べたいな。
揚げたての海老に塩をふりかけてかじりつきたい。
天つゆにヒタヒタに浸した茄子を口いっぱいに頬張りたい。
思い出すだけで涎があふれてくるぜ。
いつかたどり着いて見せるその未来のためにも、今は食べられるものを集めよう。
具体的にはきのこかな。
きのこなんて素人が採集する上では野草以上にやばい代物だが、そこはそれ、たとえ毒があっても、俺には死んでも大丈夫な毒見役がいる。
分身に食べさせて、問題がないものを俺が食べればいい。
「というわけで、食べてみてくれ」
夜飯を食べてから眠るまでの、ほんのわずかな自由時間。
昼のうちに採っておいたいくつかの種類のきのこと、適当に生えていた野草、少しのきのみを分身に味見させることにした。
「安心しろ。死にそうになったらすぐに消してやるから」
「いやいや、これを食えと? 生じゃねえか」
「仕方ないだろ。森で火を起こしたら、普通に煙が出て見つかるからな」
「毒見するまでもなく、絶対に腹を壊すって。言っとくけど、お腹を壊した苦しみは、俺を消した時点で本体にも共有されるんだからな?」
そうだよなぁ。
火を通せば食べられるものも、生で食べるのは厳しい。
「じゃあ、食べ物を増やすにはどうする? そのヒョロヒョロガリガリの身体で冒険者なんてやれると思ってんの?」
「思ってないから頭をひねってるんだろ」
分身と一緒に頭を悩ませる。今が秋なら、生で食べられるような物も森には実りそうなものだが。
秋まで待っていられない。
「なあ、この際裏技を使うしかないんじゃないか?」
「裏技かぁ」
分身体のいう裏技は、当然俺自身がスキルから考え付いたものだ。
分身スキルを使う際、本体の情報を参照して分身するわけだが、このとき俺が身に着けている所持品も一緒にコピーされる。
ならばと食事を持った状態で分身すれば、麦粥も二倍になるわけで。
ご飯だけを床に置いて分身を解除し、もう一度ご飯を持った状態で分身をすれば三倍ということになる。
これは勝ったなガハハと確信した俺だったのだが、結果は分身を解除した時点でコピーされた食事も一緒に消えてしまった。
分身体が消えた時点で、コピーされた所持品も全部消えてしまうわけだ。
一応の確認のため、コピーされた飯を何杯か食べたあとで分身を解除する実験をしてみたところ、たくさん食べたという満足感は残ったが、胃の中から食べたものは消えていることがわかった。
味もちゃんと感じられたあたり俺の脳みそは騙せていたが、実際はなんの栄養にもなっていない。現代社会ならダイエットのために大いに役立っただろうが、現状ではなんの意味もない。
この方法で食べものを増やすことはできない、というのが結論だった。
けれど裏技がある。
コピーされた物は、分身体が消えないかぎりは残り続ける。
つまりはコピーを本物と偽って、他人をだますことはできるのだ。
食事の配膳役を買って出て、食事をコピーする。
そしてそのコピーした方を他の農奴に渡し、本物は俺が食べてしまう。
食事が終わったあとに分身を解除すれば、ばれずに犯行を完了させることができるという算段だ。
犯行。
やはりこれは犯行だ。
「俺の感覚では、この裏技は悪いことだ」
やろうと思えばできるが、一線を超えている、という自覚がある。
「別にいいんじゃないか? 他のやつらが俺が死んでもいいと思ってるのはもうわかっただろ?」
分身がそう口にする。俺の想いを代弁する。
そうだ。俺は別に他の農奴たちに好意を抱いてたりしない。
むしろ逆、あんな奴ら大嫌いだ。
環境が悪いのは理解できるが、それにしても性格が悪い。
逆に村人の方が変に関わろうとしてこない分、まだマシだ。
直接的に害する行為をしてこないのは、そういう行為をすれば村長から罰を受けるからしてこないだけで、隙を見せれば平然と嫌がらせをしてくるという確信がある。
やり返してやりたい。そういう気持ちがないと言えば嘘になる。
けれど……
あいつらも腹いっぱいご飯を食べてるわけじゃないからなぁ。
俺と同じで、少ない量を分け合って食べている。
ただでさえ慢性的な栄養失調なのだ。
ここで俺が裏技を使ったら、間接的に殺してしまうかもしれない。
そうなったら、さすがに寝覚めが悪い。
食べ物が少ないとはいえ、今すぐ死ぬほどじゃないのだ。そこまで追い詰められてはいない。
なら今はやるべきじゃない。
まだ俺は、手段を選んでいい。
「ここまで育ててもらった恩もないわけじゃない。食事くらいは分けてやろうぜ。それよりも、どうにか森の食べ物を食べられないか考えよう」
「本体がそういうならそうしておくか」
「ああ。よくよく考えてみれば、俺も歩み寄りが足らなかったのかもしれないしな」
「というと?」
「ほら、自分のことで手いっぱいで、なんだかんだ手伝いを買って出たりしたことなかっただろ?」
「たしかにな」
食事の用意は主に女農奴たちがまとめてやっているのだが、完成したら基本はみんな鍋のところにまで取りに行っている。
けれど俺は仕事のあと、ある程度休憩しないと動けなかったため、いつもあの大人の男が持ってきてくれていた。くれていたのだ。
今更そのことに気づくだなんてな。
いや、多少は余裕が出てきた証拠と前向きに受け止めよう。
「今までのお礼はしないとだよな」
「明日、代わりに食事を持って行ってやるか」
ああは言っていたが、なんだかんだで多少は俺を気にかけてくれる大人もいたわけだ。少しくらいは恩返ししても罰は当たらないだろう。
翌日の夕刻。
俺はいつもとは違い、自分で炊事場まで歩いていく。
そこで見かけた、あの男の背中。他の仲間となにかを話している。
「またあのガキに食事を持って行ってやるのか?」
「ああ。俺は優しい大人だからな」
「よく言うぜ。代わりにあのガキの分からこっそり盗ってるくせに」
「へへっ、お駄賃って奴だよ」
「けどあのガキも気づかないのか?」
「そこは頭の使いようよ。畑仕事やらせるようになってから、世話役が量を増やすようにとか言ってただろ? そのことを伝えずにその分を、ってな」
「半分近く盗ってるじゃねえか! あのガキが死んだらお前の所為だぞ!」
「おいおい、お前らにも分け前はやってるだろ? 俺一人の所為にするなよ」
「それもそうか」
「まあ、別にあいつ一人死んでも誰もなんも思わないだろ」
ガハハ、ワハハ、と嗤う声。
……、……。
ふ~ん。そうですか。なるほどね。そうですか。
翌日――俺はこの世界に生まれて初めて、腹いっぱいご飯を食べたのだった。