分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第48話  リザルト

 門が閉じ、静寂があたりに満ちる。

 

 ベルフェゴル。人類の怨敵。モンスターの首魁。

 なんていうか……最後までなんか根暗そうな奴だったな。

 

「えー、というわけでアルフィリアさん、ベルフェゴルの最後の言葉について解説してもらってもいいですか?」

 

「そうですね。たぶん、頭がおかしいんだと思います」

 

 ばっさりだった。

 

 しかしアルフィリアさんはすすすっと顔の前の布を下げ、俺から顔を隠した。

 

 いや、アルフィリアさんがなにか企んでそうなことくらいは察していましたが。ベルフェゴルよりもよっぽど、このエルフさんの方が掴みどころがなかったし。

 

 あの目、怖かったし。

 

「ていうか、そもそもアルフィリアさんはどうしてここに来てくれたんですか? まさか偶然なんて言いませんよね? タイミング的に、明らかに俺の槍のタリスマンが壊れた直後でしたし」

 

「わたくしはあれです。ベルフェゴルの気配を感じてやってきたのです」

 

 嘘ではないのかもしれない。けど、それでピンポイントで俺の目の前に現れられるものか。

 

 というか、状況的に考えてみれば、答えはひとつしかない。

 

「……カインズさんって、アルフィリアさんの部下だったりします?」

 

「さてどうでしょうか? ただ、あなたが持っていた【輝ける槍】のタリスマンを用意したのは、このわたくしであるとだけ言っておきましょう」

 

 それはもう答え合わせなのよ。

 

「あと後日、なぜかあなたの前にまた謎の遍歴商人が現れて、同じタリスマンを売ってくれるかもしれません。そうしたら、またつけておいてもらえると嬉しいです。あれがあるのとないのとでは、ベルフェゴルと遭遇したときの生存率が段違いなので。ベルフェゴルの魔力に反応して、不意打ちを高確率で防いでくれますので」

 

「隠す気ないですよね?」

 

「こういうのは、はっきりと言ってしまったらおしまいなんですよ」

 

 建前というものがあるのだろう。

 

 でもまあ、よくよく考えてみれば当たり前の話か。

 

 俺がアルフィリアさんの立場でも、相手の居場所がわかってるんなら定期的に確認くらいはするよなぁ。

 

 下手をしたら、宿で同室になる前から、こっそりとカインズさんには監視されていたのかも知れない。

 

 こわっ。変に考えないでおこう。

 

「あの、ツヴァイ?」

 

 今まで黙っていたセリカが軽く手を挙げながら、俺たちの話に入ってくる。

 

「ああ、悪い。この人はアルフィリアさんって言って、六聖教会の聖女様だ」

 

「ごきげんよう。六聖教会所属の聖女アルフィリアです。ツヴァイさんとはなにかと懇意にさせてもらっています」

 

「あ、はい。はじめまして。あたしはセリカです。ツヴァイと同じ冒険者パーティーを組んでいます――って話でもなくて、あの!」

 

 セリカはアルフィリアさんに近づくと、心配そうな目で見た。

 

「あの、たぶんですけど、身体の中をすごく怪我してますよね? あたし、治癒魔法が使えるようになったので治しますよ?」

 

「えっ?」

 

「治癒魔法を?」

 

 純粋にセリカの言葉を聞いて驚く俺と、訝し気に眉をひそめるアルフィリアさん。

 

 怪我? アルフィリアさんが? ぱっと見、ベルフェゴルの攻撃を受けてたようには見えなかったけど。

 

 ぺたり、とアルフィリアさんがセリカの頬に触れる。

 

「わっ」

 

 その手が輝きを発し、セリカの身体についたかすかな傷が消えてなくなった。

 

「……本当に治癒魔法を習得していますね。でもそんな情報はカインズからも救護魔導院からも上がってきていないのですが」

 

「え? えっ? 今のって、同じ治癒魔法ですか?」

 

「そういうことにしておいてください。ですが……そうですね。治癒魔法をお願いしてもよろしいですか? 正直なところ、これ以上気合で堪えるのは無理なようでして」

 

 ごほっ、とそのときアルフィリアさんが血を吐いた。

 

 かなり盛大に。

 

 またたく間に、彼女の白い服が真っ赤に染まっていく。

 

「セリカ!」

 

「エル サルハ グラム ユニエルオ」

 

 セリカが詠唱し、アルフィリアさんに治癒魔法をかける。

 

「ダメ! 今のあたしじゃ治しきれない! なにこれ? 身体の中身がズタズタで、な、なんでこれで死んでないの?」

 

 一度だけでは足らなかったようで、セリカは何度か重ねかけをしていくが、その途中でふらりと意識を失ってしまった。

 

「……ありがとうございます。かなり楽になりました」

 

 その身体を抱き止めながら、アルフィリアさんが優し気にそう言った。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ええ、限界を超えて魔法を使ったことによる魔力欠乏です。しばらくすれば目を覚ましますよ」

 

「いやセリカのことも心配ですが、アルフィリアさんも。……よくわかりませんが、もしかして俺のところまで来るのって、かなり大変だったのでは?」

 

「そうですね。大変だった、といえば大変だったかもしれません。ベルフェゴルのゲートを利用したとはいえ、生物の転移は基本的には不可能ですので、物としてわたくしはここに転移しました。それが可能なレベルまで自分の身体を圧縮したり、生命活動を止めたり、まあ色々と」

 

「ひぇ」

 

 そうまでして俺を救けに来てくれたらしい。

 その根底にある思惑がどうあれ、これで俺自身に興味がないというのは嘘だろう。

 

「ところで、ツヴァイさん。こちらのセリカさんなのですが、普通とは違う魔導書などは所有していないでしょうか?」

 

「魔導書?」

 

「ええ。タイトルが書いてない魔導書と言いますが、魔王の名前と悪行が記されている魔導書と言いますか」

 

「ああ、あれですか。ていうか、たぶん今もセリカが持ってるかと」

 

「ふむ。では少し失礼させていただいて」

 

 アルフィリアさんがセリカを優しく自分の膝の上に寝かせ、その腰に括りつけられた荷物から、一冊の魔導書を取り出してみせた。

 

 確認のため開こうとしたので、俺は慌てて止める。

 

「ちょっと待ってください! それ、自爆魔法の魔導書です! だから下手に読むと危ないかも!」

 

「……そういうからには、もしかしてツヴァイさん、自爆魔法を覚えましたか?」

 

 アルフィリアさんがページを開く手を止め、こちらを見てそう聞いてきた。

 

「いやぁ、相性がよかったみたいで」

 

「あれだけのモンスターをどうやって倒したかと思えば、そういうことでしたか」

 

 アルフィリアさんはそのまま開いてパラパラとページをめくっていく。

 

 そして最後まで読み切ると、

 

「たしかに、自爆魔法の魔導書ですね。そして治癒魔法の魔導書でもあります」

 

「治癒魔法の? それってどういう?」

 

「簡単なお話ですよ。世の中にはひとつの魔導書で、二つの異なる魔法を覚えるケースもあるということです」

 

「つまりセリカが持っていた魔導書は、自爆と治癒の魔導書ってことですか? でもたしか、治癒の魔導書は教会が厳重に管理しているって」

 

「そうです。現存する治癒魔法の魔導書は、すべて同じ形式をしています。それがこの魔導書の特筆すべき点であり、管理しなければならない恐ろしさなのです」

 

 アルフィリアさんは稀少とされた治癒魔法の魔導書の真実を教えてくれる。

 

「まずこの魔導書ですが、作者は人間ではありません。読んだツヴァイさんにはわかると思いますが」

 

「ええ。そこに書かれている物語は、魔王の物語ですよね?」

 

「そうです。そしてその筆者こそ、魔王ベイスングの右腕だったモンスター。先ほど現れた、あの忌々しきベルフェゴルです」

 

 その二つ名へと向けるとおり、心から忌々しそうな顔と声で、アルフィリアさんは語る。

 

「ベルフェゴルの生み出した自爆魔法の魔導書が人類領域に出回り始めたのは、ざっと五百年近く前のことになります。当時はまだ、それがベルフェゴルが書いてばらまいたことも、自爆魔法の魔導書であることもわかっていませんでした」

 

 となれば、興味をもった人間が触れてしまう。

 

 魔王の物語であることを最初は隠していることも相まって、最後まで読んでしまった人間も多いことだろう。

 

「あの魔導書が他の魔導書と違い恐ろしい点のひとつは、一回読むだけで高確率で自爆魔法を習得できてしまう点です。ツヴァイさんもそうだったのでは?」

 

「そうですね。俺も一回読んだだけで覚えました」

 

「絡繰りは今をもってわかっていませんが、そういう風に作られているのです。強制的に自爆魔法を発現させる魔導書と聞けば、その恐ろしさがわかるでしょう?」

 

 俺は頷いた。

 

 俺だからこそ、分身スキルと組み合わせて使えるが、他の人にとってはまさに産廃魔法だ。なにせ習得しても使うことができないのだから。

 

「使えない魔法を無理やり覚えさせられる魔導書ですか」

 

「いいえ、その認識は少し違います。使えない魔法でその人間の習得できる魔法領域と呼べるものを、散々に喰いつぶす魔法です」

 

「えっ?」

 

「残念ですが、この先ツヴァイさんが自爆魔法以外の魔法を覚える難易度は、他の人の比ではないと思ってください。絶対に無理ではありませんので、がんばってくださいとしか言えないのですが」

 

「ま、マジか」

 

 それは恐ろしい。ベルフェゴルの狙いは、人類側の魔導師を減らすことにあったのか。

 

「それだけではありません。自爆魔法の恐ろしさはその扱いの難しさにあります」

 

「難しさ?」

 

「自分の命を犠牲にする魔法。つまり、試し撃ちが一切できない魔法というわけです。けれど、不思議とのその破壊力だけはいつの間にか噂になっていました。となれば……」

 

 使う人間も出てきてしまう。そしていざそのときになって初めて、その扱いづらさを知ることになる。

 

「大切な人を護ろうとして、自分ごとその人を消し飛ばしてしまう。そんな痛ましい事件が何件も起きました。フィーネさんの槍の暴投を思い返していただければ、どれだけ悲劇的なことが起こったかは想像いただけると思います。中には読んだ瞬間に魔法を暴走させてしまい、街中で自爆してしまうという事件もありました」

 

 ベルフェゴルの狙いはこれだった。

 

 魔導書を通じ、村や街に爆弾をばらまいたのだ。

 

 爆発して多くを道連れにしてくれればよし。よしんば不発でも、その人間の魔法領域を食いつぶす。

 

 悪辣にして凶悪。

 

 ゆえにこそ、つけられた二つ名がそれなのだ。

 

「まさに、忌々しきベルフェゴルの邪悪な企てです。我々教会が回収するまでの間に、一体どれだけの人命が損なわれたか」

 

「今はもう、出回ってないんですか?」

 

「ええ、ほとんど回収しています。今回のセリカさんの魔導書も、百何十年ぶりの代物ですね」

 

「つまり、ベルフェゴルは途中でこの魔導書をばらまく行為をやめたってことですよね?」

 

「ええ。そしてその理由が、ベルフェゴルにも想像していなかった、この魔導書のもうひとつの魔法です」

 

 即ち、治癒魔法。

 

「ベルフェゴルも自爆魔法を開発し、魔導書をしたためたまではいいですが、他の魔法とは違い十分な実験ができなかったのでしょうね。だから、予期していなかったイレギュラーが起きた。自爆魔法の魔導書を読んだ人の中に、なぜか自爆魔法ではなく治癒魔法を扱えるようになった人が何人もいたのです」

 

 最悪の魔導書は一転し、人類に新たな、ある意味では最強と呼べる魔法をもたらした。

 

「その事実がわかったときは実に痛快でした。それまでは、わたくしの診察スキルのようなスキルでしか、人の回復はできませんでしたから。人類領域がモンスターに奪われ続けた理由も、怪我をしたら治るまで撤退するしかないという理由が多かったものですから」

 

 アルフィリアさんはそのときのことを思い出したのか、楽し気な顔になってベルフェゴルをせせら嗤う。

 

「治癒魔法が人類にもたらされたことで、人とモンスターの戦いは拮抗しました。その事実が自分の策によるものだと知ったとき、ベルフェゴルはどんな顔をしたのでしょうね? 想像するだけで笑みがこぼれてしまいます。わたくしの長い人生でも、あれほど愉快なことはそうありませんでした」

 

「それじゃあ、つまり教会がベルフェゴルの魔導書を管理して、上手いこと自爆魔法じゃなくて治癒魔法を覚えられるようにしてるってことですか?」

 

「ええ。絶対、とは言えませんが、あらかじめこの真実や事実を教え込むことで、少なくとも十や二十回読んだからといって、今はもう自爆魔法を覚えるようなことはなくなりました。治癒魔法を覚えられるところまでたどり着けるかは、ある種の才能に左右されてしまいますが」

 

「じゃあ、セリカは偶々その才能があったってことか」

 

「そういうことになりますね。しかも我々の指導なく治癒魔法に辿り着いたというのなら、そうとうな逸材ですよ。その習得の経緯を分析できれば、今以上にプリーストの数を増やすこともできるかもしれません」

 

「セリカがねぇ」

 

 アルフィリアさんの膝の上、安らかに寝息を立てる少女を見る。

 

 思えば、セリカはプリーストの素質が最初からあったのかもしれない。

 

 不浄を嫌い、その身をもって治癒魔法を受け、痛みに苦しみながらも克服し、相手の傷を癒すことを願った。

 

 少なくも前衛でモンスターの攻撃を避けながら剣を振るうより、彼女には似つかわしい職業なのかもしれない。

 

「……セリカはこの先、どうなりますか?」

 

「そうですね。治癒魔法と自爆魔法の魔導書にかかわる真実は、教会と国とで協力して隠しています」

 

「下手に真実をばらして、治癒魔法を覚えようとして自爆魔法を覚えられると困るからですよね」

 

「はい。そのあたりをしっかりと教え込む場所が救護魔導院です。なのでセリカさんには、そちらに通ってもらわなければなりません。そして然るべき学びを経て、プリーストの資格を手にいれてもらう必要があります」

 

「強制、ですか?」

 

「将来的にプリーストとして活動するかどうかは自由ですが、救護魔導院への編入はそうなってしまうでしょう」

 

「…………」

 

「申し訳ありません。わたくしが教会をなんとかしても、王国側がセリカさんを野放しにはしないでしょうから。数年は、寮暮らしの窮屈な環境に絶えてもらわなければなりません」

 

「寮暮らしってことは」

 

 これまでどおりに同じ宿屋に泊まり、毎日のように冒険に繰り出すことはできなくなるだろう。

 

「大丈夫ですよ、ツヴァイさん」

 

 悲しむ俺を元気づけるように、アルフィリアさんは手を叩いて笑った。

 

「幸い、ゼルクトの街にも救護魔導院はありますし、セリカさんはもうすでに治癒魔法を覚えているのですから、救護魔導院で多くの時間を費やす瞑想などは免除されるはずです。実習、という形で学院の外に週に何度かは出られるでしょう」

 

「じゃあ、この先もセリカと一緒に?」

 

「ええ、冒険者は続けられます」

 

 それを知って、俺はほっと胸を撫でおろした。

 今となっては、セリカと別れての冒険なんて考えられなかった。

 

 そうだ。まだまだ俺とセリカの冒険は続くのだ。

 

 この先も、ずっと。 

 

 ……そのためには。

 

「アルフィリアさん。お願いがあります」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「今回のモンスタースタンピードって、隠し通すことはできないでしょうか?」

 

「それは……難しいでしょうね」

 

 アルフィリアさんは周囲をうかがう。

 

「ここまでの被害です。なにかが此処で起きたことは明白、なによりこの地で使われたのは『魔門(イビルズゲート)』と呼ばれる魔法です」

 

「イビルズゲート?」

 

「特殊な魔法で、扱えるのはこの世でわたくしを除けばベルフェゴル一人のはずでした」

 

「でも実際に使ったのは、ゴブリンのネームドモンスターでしたよ」

 

「ベルフェゴルはどうやら、自分以外にイビルズゲートを使えるモンスターを生み出すことに成功したようですね。イビルズゲートの魔法は二人が同時に詠唱し、その間の空間をつなげ行き来することを可能にする魔法。これを用いて、ベルフェゴルはモンスタースタンピードを引き起こそうと企んだのでしょう」

 

「それってだいぶまずいですよね? スタンピード自体が、ネームドモンスターが偶然現れることで起こっていたのに、今後はベルフェゴルの意思で人為的に引き起こせるってことでしょう?」

 

「そうですね。閉じるにも相応の魔法の腕が必要ですし。ゼルクトの街でも、似たようなネームドモンスターが現れ、イビルズゲートを開こうとしていたそうです。こちらは開き切る前に討伐できたようですが。二体も使えるモンスターがいて、もう他にはいないと考えるのは楽観的でしょうね」

 

 モンスターは絶滅領域からやってくる。

 

 人類はその前提の上で防衛線を敷いている。

 それが覆されるとするなら、人類存亡の危機とすらいえる。

 

「ただ、さすがにスキル持ちのネームドモンスターを、無制限に生み出せるとは思えません。備えは必要ですが、今すぐどうこうということはないでしょう」

 

「どちらにしても、俺になにかできるわけじゃないですけどね」

 

「なにをおっしゃられるのですか。ツヴァイさんがここに偶々いなければ、間違いなくモンスタースタンピードが起きて、近くの村やゼルクトの街は壊滅的な損害を受けていました」

 

 アルフィリアさんは座ったまま姿勢を正すと、深々と頭を下げた。

 

「六聖教会を代表し、あなたにお礼申し上げます。ツヴァイさん。あなたが望むのであれば、教会より報奨もご用意しましょう」

 

「それは嬉しいですけど、もらったら当然俺のことがいろんなところにばれますよね?」

 

「そうですね。事件の詳細と、それを解決した冒険者の名前は、世界中に轟くことになるでしょう。無論、新たなる英雄として」

 

「それは……困ります」

 

「名声が欲しくないと?」

 

「今の俺には荷が重すぎる。名声を得るメリットよりも、デメリットの方が多い」

 

「そうですか。だから、最初の隠し通せないかというお言葉なのですね」

 

 アルフィリアさんは顎に指をあてると、

 

「では、そうですね。適当な人物を捏造してしまいましょうか」

 

「捏造ですか?」

 

「ええ。このあとおそらく、冒険者ギルドの職員や王国から派遣された魔導師が見分を始めるでしょう。そこから明らかになるのは、イビルズゲートが開かれたということと無数のモンスターがそこから現れたこと。そして、それを魔法をもって退治した誰かがいるということだけのはずです」

 

「依頼を受けてた俺たちは疑われませんか?」

 

「そうですね。状況的にも、ツヴァイさんたちのような子供二人でどうこうできる問題ではない、というのが普通の見方でしょう」

 

 だからこそ捏造が可能ということか。

 

「わたくしがやったことにしてもよいのですが、さすがに王国にあらかじめなんの報告もなくやったことにするには、ことが大きすぎますので。わたくし以外で、この場に駆けつけ、規格外の魔法を用い、モンスタースタンピードを喰い止めた謎の英雄がいた、という話にするのはわたくしとしても助かります」

 

「でもばれませんか?」

 

「ばれませんよ。わたくしが適当に実在すると言い張って、プラチナランクの称号でも差し上げればよいのですから」

 

「プラチナって、いいんですかそれ?」

 

「構いません。プラチナランクの決定権は、六聖教会の枢機卿が持っています。わたくし一人だけでも、十分任命できます」

 

 そういえば、この人とんでもない権力者だったな。

 

「それに、先程も言いましたが、実際にあなたが成し遂げたことは、まさに英雄的所業ですよ。ただ一人でモンスタースタンピードを喰い止めた。それだけで、英雄たるプラチナランクがふさわしいのです」

 

「そういうことなら、お願いしてもいいですか?」

 

「ええ。では、名前は先程のズィーベンという名前にしておきましょうか。『賢者』ズィーベン。いい名前ではないですか」

 

「えっ?」

 

 俺の黒歴史ネーミングが記録に残るんですか?

 

「なにか不都合でも?」

 

「い、いえ、大丈夫です」

 

「ではわたくしの方でそのような扱いをさせてもらいましょう。あなたはそう名乗る人物を見かけた、それ以外は覚えていない、という風にも伝えさせていただきますので、そのように口裏を合わせてくださいね。セリカさんにもそのように伝えておいてください」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

「いえいえ、お気になさらず。あなたが無事であるだけでわたくしは嬉しいです。ああ、一応診察もしておきますね」

 

 アルフィリアさんはにっこり微笑むと、そっと俺の頬に手を伸ばした。

 

 スキルの輝きが俺の身体を包み込む。

 

 アルフィリアさんの診察スキル。癒し、相手のカルテを得る。彼女の眼に、今の俺は一体どんな風に見えているのだろうか?

 

「……ツヴァイさん。あなたはわたくしが来る前に、ずいぶんと多くの死を経験したようですね」

 

「そんなのもわかるんですか?」

 

「わかってしまいます。状況的に仕方がなかったとは思いますが、これからはできるかぎり自爆魔法の使用は控えてくださいね? 特に今回みたいに、短時間のうちに幾度も死ぬような行為は絶対にやめてください」

 

「そりゃあまあ、俺も気軽に使おうとは思っていませんが」

 

 でも便利なんだよなぁ。

 

「……これは、伝えるべきか悩んでいたのですが」

 

 アルフィリアさんは頬から手をどけると、自分の長い耳に一度触れてから、言いにくそうに話し始めた。

 

「わたくし、実はあなたと同じ分身スキルを持っていた御方を知っています」

 

「分身スキルを?」

 

 少し驚いたが、そりゃ俺以外にも使い手が過去にいてもおかしくはないか。スキル自体はひとつの時代に同じスキルを得るものはいないとされるが、六聖のスキルのように、時代を経て同じものを発現するものはいるのだから。

 

「その御方が、分身スキルのデメリットについての知識を残しています」

 

「デメリット? 分身スキルに?」

 

 知らなかった。少なくとも、俺の知るかぎりではスキルの発動にデメリットなんて存在しないはずだが。

 

「ええ、それこそ本来であれば、考慮にも値しない極小の可能性ではあるのですが。曰く、分身を通して死をあまりにも経験し過ぎると、極稀にスキルが死の先につながってしまうことがあるそうです。そしてその結果――」

 

 アルフィリアさんは俺から視線をそらし、彼女としては珍しくうつむき加減で、その事実を教えてくれた。

 

「――存在しないはずの自分が現れることがある、と」

 

「存在しないはずの、自分?」

 

「詳細は、申し訳ありません。話すことができないのですが、ソレが危険な存在であることはわかっています」

 

 なぜならば、とアルフィリアさんは顔をあげて続けた。

 

 あのなんとも言えない濁った眼で。

 ベルフェゴルへ向けたものと変わらない敵意を込めて。

 

「あの御方が亡くなったのは殺されたからだとしても、そうなってしまったのはソレが大きな原因なのですから」

 

 

 

 

 

 そうして、俺たち冒険王のかつてない大冒険は終わりを迎えた。

 

 倒れてしまったセリカを休ませるためにもナリン村に引き返したあと、アルフィリアさんはすぐに動き始めた。

 

 なんらかの方法で各種機関に連絡を取ると、続々とナリン村に集まって来た人たちに指示を飛ばし、様々な工作を終えてしまった。

 

 結果、三日が経った頃には、今回のベルフェゴルによる未曾有のモンスタースタンピードという危機は、旅の魔導師ズィーベンによって解決されたことが正式な声明として発表された。

 

 六聖教会の癒しと黄金の聖女アルフィリアの名の下に、新たなるプラチナランクとして認められた、最も新しき英雄――賢者ズィーベンの名は、それからしばらくの間、多くの人々の間で語られていくことになるのだった。

 

 俺たちも数日間拘束され、事情聴取を受けたが、アルフィリアさんが手を回したのか、偶々現場に居合わせただけの冒険者として解放される運びとなった。

 

 その数日間で、改めてアルフィリアさんからセリカは、治癒魔法の真実と救護魔導院への編入を告げられた。

 

 当然渋っていた彼女だったが、抗った方が面倒事に発展することを理由に最終的には受け入れた。

 

「よかったのか? セリカ」

 

「よくはないわよ。よくはないけど」

 

 セリカは自分の手を見て、それから俺を見て、

 

「……治癒魔法をしっかりと使えるようになれば、あたしも胸をはってツヴァイの仲間になれるかも知れないから。だから、がんばるわ」

 

「そっか」

 

 そういうことなら仕方がないか。

 

 というわけで。

 

「どうも、セリカの父です」

 

「母です」

 

 俺はセリカの実家で、彼女の両親と対面させられていた。

 

 テーブルを挟み、反対側にセリカのご両親。隣には、セリカがニコニコ顔で座っている。

 

「村で噂になってるんだが、なんでもツヴァイさんはうちのセリカと男女の関係ということでいいんだね?」

 

「いやその、それは誤解というか」

 

「ほう! つまり男女の関係ではないのに肉体関係を持っていると!」

 

「いや持ってませんよ!?」

 

「そうね。お互いの身体の隅々まで把握している程度の関係よ」

 

「セリカさん!?」

 

 たしかにそうだけど! 嘘ではないけど!

 

 お父さんの眼がらんらんと輝いてるじゃないか!

 

「たとえ年端も行かない子供であろうと、我が娘に手を出した以上は責任を果たしてもらう。絶対にだ」

 

 これが娘を持つ父親の圧力か。ただの村人だというのに、すさまじい眼力だ。

 

 くそっ、そう言われたら覚悟を決めるしかないじゃないか!

 

「わかりました。俺も男です。セリカをたぶらかした責任は取りましょう」

 

「はい、ツヴァイにたぶらかされました。あたしの身も心も、もうツヴァイのものです」

 

 セリカが頬を染め、身をよじらせる。

 

 おかしいな。別にそこまで特別なことをした記憶はないのに、なんでセリカはこんなに好感度マックスなんだ?

 

 女心って難しい。これ? 俺が悪いのだろうか?

 

 ……悪いんだろうなぁ。

 

「よくぞ言った。そこまで言うのなら、私としても異存はない」

 

 セリカパパは感涙しながら、俺の手をとった。

 

「我が息子よ。娘をよろしく頼むぶっ!?」

 

 その後頭部を、突然セリカママが張り手でどついた。

 

 そして一喝する。

 

「どう考えてもうちの娘が手を出した側でしょうが! 責任を取らないといけないのは、ツヴァイさんじゃなくてセリカの方です!」

 

「お、お母さん?」

 

「セリカ! あんたねぇ、あたしは悲しいよ。冒険者になるって出てった娘が、まさかこんなに年下の子供を手籠めにして戻ってくるなんて」

 

 おいおいと手ぬぐいで涙を拭きながら、セリカママは娘をにらみつける。

 

「二人が好きあってるならお付き合いは許可します! だけどセリカ、あとせめて五年は清い関係を続けなさい!」

 

「ええ! 無理よお母さん! あたし、街に戻ったら無理やりにでもツヴァイの子供を孕むつもりなんだから!」

 

「そんなこと考えてたの!?」

 

「だって、しょうがないじゃない。すぐにでも救護魔導院の寮に入りなさいって言われてるんだもの! 相部屋解消なのよ? 冒険も毎日はできなくなるのよ? そりゃもう、ツヴァイの子供を孕むしかないじゃない!」

 

「どういう論理!? そしてどういう倫理!?」

 

「セリカ! こんな幼い子供を襲うような娘に育てた覚えはありませんよ!」

 

「そういうお母さんだって、お父さんは押し倒して責任を取らせたって!」

 

「ああ、そういえば母さんも半ば無理やり」

 

「あなた!」

 

 セリカママがセリカパパの頭をもう一度どつく。可哀そうに。

 

 そのまま手と手をがっぷり組んで、テーブルをはさんでにらみ合う母と娘。その間でテーブルに突っ伏す父親。

 

「ねえねえ、お姉ちゃん」

 

 そんなセリカ一家の最後の一人、彼女の弟である俺より年下の少年が、姉の服の裾を引っ張って、無邪気な顔で聞いた。

 

「お姉ちゃんは、ボクと同じくらいの小さい子供に興奮する変態さんなの?」

 

「ぐふっ」

 

 その一言は、さすがにセリカにもボディーブローのように効いたようだった。

 

「違う、違うの。小さい男の子が好きなわけじゃないの。好きになった人が、偶々小さい男の子だっただけなのよ」

 

 セリカは父親と同じくテーブルに突っ伏すと、しくしくと泣き始める。

 

 その頭を、弟くんがぽんぽんと優しく叩く。

 

「ボク知ってるよ。変態さんはみんなそういうんだって。小さい子供に、手を出しちゃいけないんだよ?」

 

 違った。追い打ちをかけていた。

 

「……はい。認めます。あたしは小さい子供に欲情する変態です。変態冒険者です。将来の夢はお嫁さんで、子供は五人は欲しいです」

 

「認めちゃうんだ」

 

 あと英雄になる夢はどこに行ったのかな?

 

「でも、なにを言われてもツヴァイとのことは諦めないから! 家族に反対されても、絶対に添い遂げてみせるから!」

 

「じゃあ、五年間清い交際を続けなさい。その頃になれば、ツヴァイさんも大きくなって周りから祝福してもらえるでしょう。セリカだってそのときはまだ十九歳なんだし、全然問題ないわよね?」

 

 お母さんのまっとうな意見。

 

「ぐぬぬ……三年、三年でどう!?」

 

 しかし引き下がらない娘。武器の値引き交渉じゃないんだから。

 

 最終的に、セリカは母親からの指示に従う旨を約束するのだった。

 

 あと三年と九ヵ月と七日は最後までしない。

 結婚をもしする場合も、そのときちゃんとツヴァイさんの意思を再確認してから。

 もし破った場合は、村に強制的に連れ戻し、母親の管理下でツヴァイと清い交際をさせる。

 

 いやどちらにしても、俺逃げられませんよね?

 

「逃げるつもりなの? ううん、このあたしから逃げれるつもりなのかしら?」

 

 顔を上げたセリカは、腰に手を当て、胸を大きくはると。

 

「ツヴァイはあたしの仲間で、あたしの大好きな人なんだから! もう絶対、逃がさないからね!」

 

 にんまりと、得意気な笑顔を浮かべて宣言するのだった。

 

 それをされると、俺はもうこう答えるしかないのだ。

 

「はいはい、わかりましたよ。仰せのままに」

 

「よろしい!」

 

 セリカは俺に飛びついてくると、力いっぱい抱きしめてきた。

 

「これからもよろしくね、ツヴァイ。あたしの、愛しい神様」

 

 耳元でそう囁いた彼女の瞳はどこまでも熱く、どこか狂おしいほどに、愛という名の信仰に染まっていたのだった。

 

 

 

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