分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
事件から一週間後、俺とセリカはゼルクトの街に帰ることになった。
アルフィリアさんは事件の後始末のため、もう少しナリン村に残らないといけないらしい。そのあとはすぐに聖都に戻ってイービルゲートの対策に打って出るとのことだったので、ここでお別れだ。
結局、ベルフェゴルが言っていたことはなにも聞けなかった。いずれ彼女とも、しっかりと話し合わないといけない日は来るのだろう。
そうして三日の旅程を経て、懐かしさすら感じるゼルクトの街に帰ってきた。
街は先のモンスタースタンピードを未然に防いだことで、お祭りのような活気に包まれていた。
冒険者ギルドに寄ってみれば、中では宴会のような酒盛りが行われている。緊急クエストの報酬を、さっそく金につぎ込んでいるようだ。
「お、ツヴァイとセリカじゃないか! こっちに来いよ!」
あまりの騒がしさに入口のところで目を白黒させていた俺たちを、銀の盾のドミニクさんが見つけて手招きする。彼の周りには、他のパーティーメンバーの姿もあった。全員無事のようだ。
彼の胴間声を聞いて、他の冒険者たちも俺たちの存在に気が付いたようだ。かんぱーいとなぜか手に持っていた酒をぶつけ始める。ああ、完全に酔っぱらってるだけなんだな。
「ドミニクさん。完全に出来上がってますね」
「わはははっ! 冒険者たるもの、よく食べ、よく働き、よく遊ぶもんだ!」
「そういうからには、ゼルクトの森のネームドモンスターは」
「おう、しっかりぶっ殺してやったよ」
アルフィリアさんから聞いてはいたものの、ゼルクトの街ではことが始まる前にネームドモンスターの討伐に成功していたそうだ。
アルフィリアさん曰く、おそらくこちらは陽動で、ベルフェゴルの本命はナリン村の方だったとのことだが、実際に危機を防いだ事実は変わらない。ネームドモンスターの討伐隊に組み込まれていた銀の盾も、きっと活躍したのだろう。
「いや、びびったぜ。まさかネームドモンスターを倒そうとしたら、五体もキマイラが現れてな」
「キマイラですか」
獅子と鳥と蛇が融合したかのようなモンスター。絶滅領域にしか出現しない、強力なモンスターだ。一対一ならゴールド、パーティーでの戦闘でもシルバーランク以上が必須とされるほどの猛獣である。
「他の奴らと分かれて、オレたち銀の盾も一体のキマイラと戦ってな。そりゃもう激戦だったぜ」
戦果を誇るようにドミニクさんは語る。
「で、あとは誰が先にキマイラを倒して、その先のネームドモンスターを倒すかっていう競争だったんだが」
「もしかして銀の盾が?」
「惜しかったんだが……領主様の騎士にやばいガキがいてな。結局、そいつがネームドモンスターを持っていきやがった」
軽くひたいに青筋を浮かべるドミニクさん。
「それ自体はいい。それ自体はいいんだが、そいつが倒したあとに思いっきりオレたち冒険者をあおりやがってな。思わず手が出るところだったぜ」
「あー、なんとなく誰なのかわかりました」
俺の脳裏にとあるメスガキ先輩が思い浮かぶ。そういや、領主様の騎士だったな。
「ま、どちらにせよ、報酬はたんまりもらえたからな。その支払いもつい昨日あったし、こうして騒いでるわけだ」
「そういう感じだったんですね」
「おうよ。そっちも大変だったみたいだな」
「そうそう聞いたよ、ツヴァイ。セリカ」
ドミニクさんの後ろから、参謀であるエルクさんがお酒を片手に、興味深そうに話に入ってくる。
「モンスタースタンピードに立ち会ったんだって? よく生きて帰ってこれたね」
「あー、そうですね。謎の賢者ズィーベンに感謝です」
「そうそう、賢者ズィーベン。モンスタースタンピードを一人で迎撃したっていう魔導師。本当にそんな人いたの?」
横から魔導師のシルヴィアさんが口をはさむ。
「魔法の常識から考えれば、スタンピードを迎え撃つレベルの大魔法を連発できるなんて信じられないのだけれど。どんな魔法を使ってたのかはわからない?」
「すみません。俺もセリカもよく覚えてなくて。とにかく光と轟音が何度も響いたってことくらいしかわかりません」
「そう、残念ね。もしどこかで会えたら、是非魔法について語り合いたいものだわ。あとついでに子種でもいただけると嬉しいのだけれど。絶対そんな魔導師の子供なら、すごい魔導師になるはずだもの。もしかしたら、お家再興もできちゃうかも」
「えっ?」
シルヴィアさんが没落貴族であるのは聞いてたけど。はー、魔導師の執念ってそこまで行くんだ。
そういうことなら、俺もここでズィーベンと名乗るのもやぶさかではないのだが。
「ツヴァイ?」
「なんでもないよ」
冗談ですやん。ていうか、口にすら出してないですやん。
なんで気づくんだよ。こわっ。
「ふふふっ、二人とも、どうやら素敵な経験をしてきたみたいね」
俺と、むくれながら俺の服の裾をつかんで引っ張るセリカを見て、シルヴィアさんが上品に笑う。
その視線は俺とセリカの顔ではなく、その身体からゆらりと立ち上る魔力に向けられている。以前に比べて強く大きくなった、魔法習得者特有の魔力を。
「特にセリカちゃん。聞いたわよ。治癒魔法を覚えたんですって?」
「えっ? それってもう知られてるんですか?」
セリカが目を丸くして驚く。また十日も経っていないというのに。
「ええ、それはもう。ズィーベンなる新たな英雄よりもギルドでは評判だよ」
再び、横からエルクさんが顔を出してくる。
「セリカ。どうだい? ツヴァイと一緒にうちのパーティーに入ってくれないかい? 今ならパーティーのお金から二人の新居を用意させてもらうよ?」
「残念ですけど、あたし、これから救護魔導院の寮に入ることが決まってて」
「ん? そうなのか。それは知らなかったな。ならしばらく冒険はできないと?」
「週に何日かはツヴァイと一緒に冒険に出かけるつもりです。なので、銀の盾に入るのは無理ですけど、偶に一緒に冒険へ行くくらいはできますよ。ね? ツヴァイ」
「ええ。前にドミニクさんにも誘われてますしね」
「ん? おお、そうだな。是非一緒に冒険をしようじゃねえか」
「……そうか。残念だが、まあでもプリーストと一緒に冒険できるなら心強いか」
エルクさんはなにやら考え込んでいるようだ。きっと、セリカの治癒魔法がある場合の冒険について試算しているのだろう。
悲しいかな、以前は熱心に誘われていた俺よりも、彼の中ではセリカの価値の方が高くなっているようだった。
それは仕方ない。治癒魔法を使えるプリーストが冒険に一緒に来てくれるなんて、それがどれだけ助かるかは言うまでもないだろう。
現に、俺たちの話を聞いていた何組かのパーティーが、セリカを見る目をはっきりとわかるくらいに変えていた。
さらにいえば、相手は冒険者だけでは終わらない。
「セリカ殿。少しお話よろしいか?」
ずいっと俺たちのテーブルに現れたのは、綺麗に髪を整え、ぴしっとした礼服に身を包んだ男性だった。
名前は忘れたけど、たしか冒険者ギルドの副ギルド長だったはず。
「是非とも、セリカ殿には週に数日、このギルドに詰めて治癒魔法を怪我人に施していただきたく。こちら、給料の目安になるのですが、いかがでしょうか?」
しっかりとした紙に記されていたのは、ものすごい金額だった。銀貨どころの話ではない。金貨で何枚というお話だった。
「救護魔導院を卒業するまでは二日、いえ、一日だけでも構いませんので。どうかご検討を」
「わ、わかりました」
セリカはとりあえず紙を受け取って、なんとか読める範囲で内容を見て取り、ごくりと唾をのむ。
「さ、さすがに悩む金額ね。これだけあれば、ツヴァイに借金を返済できちゃう」
そのあたりは学業と冒険との兼ね合いになるだろうが、休養日をギルド内での治療役にするのも悪くはないだろう。少なくともこれで、セリカが一生お金に困ることはなさそうだった。
なお、この話を聞いてさらに周囲の冒険者たちの顔色が変わる。
中には、以前セリカの身体に値段をつけて買おうとしていた冒険者もおり、青ざめた顔になっていた。
そりゃあね、いざというときの命綱のプリーストの不興を買ってるんだから。恐怖でしかないよね。
でもまあ、セリカもそのあたりはシビアだから、いざというときに過去のことは持ち出したりしないだろう。
彼女は誇り高い冒険者なのだ。もうすでに許している。
なお、俺は全然許してない。
傷ついた女の子に付け込もうとするとかマジありえないんだけど。そんな冒険者の恥さらしは、月のない夜に謎の忍者に襲われてもしょうがないというものだ。女の敵は討つべし討つべし。
「とにかく、大冒険から生きて帰って来た若者二人に乾杯だ! おーい、誰か! この二人の最高級の酒を用意してくれ!」
ドミニクさんが気を取り直した様子で、そう給仕に呼び掛ける。
俺とセリカも半ば無理やり椅子に座らされ、宴会に巻き込まれることになった。
やがて、セリカの前に高そうなお酒が。
俺の前にはフルーツを絞ったジュースが置かれる。
「おいおい、そこは空気を読んでツヴァイにも酒を持ってきてくれよ」
「ダメです」
と、給仕姿の女性がドミニクさんをにらむ。
「ツヴァイさんにはジュースで乾杯してもらいます。私の眼が白いうちは、冒険王の二人を悪の道には引きずり込ませませんから」
なんとも過保護な発言をしてドミニクさんを黙らせたのは、誰であろうレミさんだった。
新人の悲哀だ。忙しい食堂に応援に行かせられているようだった。
でもフリフリエプロンの給仕服もよく似合っている。よくよく見てみると、レミさんもやっぱり美人だなぁ。あといつものかっちりとした服ではわからなかったけど、胸がかなりたわわに実っている。
「ツヴァイ。なんかちょっと女性を見る目があれじゃない?」
セリカがまた俺の裾を軽く引っ張ってくる。
「レミさんにはお世話になってるし、本気ならあたしも手伝うけど……あたしのことも、忘れちゃ嫌だからね」
「はい、すみません」
恐るべき囁きだった。
大人になったあと、これまでの反動でついつい美人に目が行ってしまっていたのだが、それを一瞬で黙らせてしまう一言だった。しおらしくそんなこと言われたら、逆にドキドキしちゃうだろ!
レミさんは俺とセリカのやり取りを不思議そうに見たあと、いつもの笑顔を向けてきた。
「それにしても、ツヴァイさん。セリカさん。よく無事に戻ってきてくださいました。どうか言わせてください。――お帰りなさい!」
俺とセリカは顔を見合わせた。
そして声をそろえ、
「「ただいま帰りました!」」
笑顔で帰還を告げるのだった。
さらにレミさんの祝いはこれだけではなかった。
「それと、おめでとうございます。無事クエストも達成されたということで、お二人のブロンズランクへの昇格が決まりましたよ」
「おっ、マジですか」
「え? ツヴァイはともかく、あたしもですか?」
「ええ、セリカさんはその、少し将来性への配慮もありましたが。そ、それでも今日までがんばってきた成果です!」
「そいつはめでたい! こりゃもう、今夜は飲み明かすしかないな!」
ドミニクさんが俺の首に手を回し、楽し気にコップを掲げた。
「おらおら、お前らも全員コップを掲げろ! 若きブロンズ冒険者、冒険王のツヴァイとセリカに乾杯するぞ!」
「おお! 姫がついにブロンズだ!」
「セリカちゃんもブロンズになれるって俺は信じてました! 本当です!」
「ええいくそっ、羨ましいぞこんちくしょう!」
祝う声。妬む声。色々な声があわさって、ギルドはより大きな喧噪に包まれる。
「そいじゃあ、冒険王に乾杯!」
『『かんぱ~い!!』』
コップを打ち鳴らす音が響く。
そのあと、むくつけき冒険者たちが、誰にはばかることなく騒ぎ、笑い、酒と食事をむさぼり喰らう。
その光景を見て、ああ帰って来たんだな、と俺は思った。
いつか夢見た光景だ。そしてその夢の中に、俺はいる。
冒険者生活は自由で楽しいし、隣には少し肉食だけど、頼りになる仲間がいる。他にも仲良くなれた人たちがたくさんいる。
なに不自由のない生活、とまではいかないが、それでも。
俺の夢見たひとつの幸せが、ここにはあった。
「ツヴァイ」
「ん?」
セリカが大きな声で他と乾杯したあと、小さくそっとコップを掲げた。
それを見て、俺もすぐ自分のコップを取る。
いつかの打ち上げ、あのときのように。
いつもの冒険終わりの、あのときのように。
俺とセリカは静かにお互いのコップをぶつけ、乾杯するのだった。
さらに数日後。俺とセリカはノームの宿屋の前にいた。
背には大きな荷物。今日、俺とセリカはこの宿を出ることになった。
セリカはそのまま救護魔導院の寮へ。
俺といえば、安いがアパートを借りてそちらに移ることになった。
ブロンズランクに上がったことで、俺はこのゼルクトの街の市民権を得た。これまでとは違い、明確に行政を利用できる身分を手に入れたのだ。
セリカがいなくなるのにこのまま宿暮らしを続ける意味もないので、冒険者ツヴァイの名前で、俺は早速アパートを借りることにしたのだった。
俺とセリカは感慨深く、半年以上を過ごした宿を見上げる。
名残惜しいが、いつまでもこうしてはいられない。
「行くか。セリカ」
「そうね、ツヴァイ」
「二人とも」
出発しようとする俺たち二人を、宿の店主さんが呼び止めた。
珍しい。いつもは見送りなんて絶対しないのに。
カウンターから出てきた店主さんは、なんとも優しい顔で俺たちを見た。
「どうだった? うちの宿は」
そんなことを聞かれたら、答えなんて決まってる。
「最高の宿でしたよ」
「ええ、ここに泊まれて、ツヴァイと出会えて本当によかったです!」
「そうかい」
店主さんは嬉しそうに笑うと、ぺこりと頭を下げて見送ってくれた。
「当宿のご利用、誠にありがとうございました。お二人の今後に、幸あらんことを」
そして――俺たちの冒険は続いていく。
異界に広がる未知の庭園。そこにそびえたつ、巨大な塔。
特殊なマジックアイテムを用いてのみ訪れることのできるこの地こそ、すべての冒険者たちの憧れの場所。恐るべきモンスターと、マジックアイテムという財宝の眠る地。
ダンジョン。
その第一層において、俺とセリカはモンスターから必死になって逃げていた。
追いかけて来るのは、翼をはためかせて空を飛び、口から炎を吐くモンスター。
「ちょちょちょ! 嘘でしょ!? 入り口入ってすぐドラゴン、ドラゴンがいるんだけど!」
「あれ、ドラゴンじゃなくてワイバーン! よく間違えられるけど、ドラゴンはもっとダンジョンの奥に行かないと現れないわ!」
白い帽子に白い服を身に着け、剣と杖を手にしたセリカが叫ぶ。
「どちらにせよ、いきなり遭遇していい敵じゃないだろ!」
「これがダンジョンよ! あははっ、すごいわね!」
「笑ってる場合か! 一緒に来たドミニクさんたちとも引き離されちゃったし!」
冒険王と銀の盾の合同パーティーによるダンジョンアタック。夢と希望を胸に訪れてわずか数分後、早くも壊滅の危機に瀕していた。やっぱり俺たちにダンジョンは早すぎたらしい。
こうなってもう、俺に取れる手段はひとつしかない。
「セリカ! 俺は自爆する! いいな!?」
「よくない! すごくよくない! またあたしにツヴァイが爆散するところを見させるつもりなの!?」
逃げながらセリカと相談すれば、そんな言葉が返ってくる。
だがそこには悲哀の色は薄い。
むしろ逆、どこか恍惚としたものが込められていた。
「いいの? あたし、ツヴァイが自爆するところを見ると、絶望と喪失感で頭がぐちゃぐちゃになって、その分生きてるツヴァイを次に見たとき多幸感でおかしくなって、ぶっちゃけ発情しちゃうんだけど! ちゃんと責任とって発散させてくれるんでしょうね!?」
「ぐ、が、ぎ……し、仕方がない!」
もう本当にセリカは。でもいいや。あとは本体に戻ったあとに考えよう。
「責任は取る!」
「わかったわ! 今夜はツヴァイの家でパーティーね!」
「ああ、そのためにもしっかり逃げてくれよ!」
「任せて!」
「よしっ!」
逃げ続けるセリカを背に庇い、俺は足を止めてワイバーンに向き直り、詠唱を始める。
「エル サルハ グラム ケルセルフ」
自爆魔法を唱え、自身を爆弾に変える。
そして熱い目で俺を見つめるセリカを背に、ワイバーンに向かって突貫した。
「うぉおおおお! 俺の仲間を、死なせるものかよぉおおおおお――ッ!」
「きゃー! ツヴァイ様、格好いい! あたしの神様、死ぬほど格好いい!」
セリカの嬌声を背に――なんか頭に浮かんだ格好いい台詞と共に、俺はワイバーンを巻き込んで爆発四散するのだった。
アパートの自室。やっとの想いで手に入れた、俺だけの城。
飲んでいた白湯をテーブルに置き、読んでいた指南書に栞を挟んで放り投げる。
そのあと毛皮の敷かれたベッドに飛び込み、枕代わりの厚めの布に顔をうずめ、
「分身さぁあああああん――ッ!?」
俺は腹の底から思い切り叫んだ。
「なにしてるんだ分身?! いやもう本当、なにしてるんだよ分身の俺!?」
ベッドの上でのたうち回りながら、なおも叫び続ける。
自爆魔法を使ったのは許す。
あれくらいしかモンスターを倒す手段はなかったから、自爆魔法を使ったのはこの際いいとしよう。
セリカを見殺しにするわけにはいかないからな。うん、そこは仕方がない。
「でもその約束はダメだろ! 最後までしなければセリカママとの約束を破ったことにはならないと本気で思ってるような奴なんだぞ? ていうか隙を見せたら絶対ぱくりといかれちゃうだろ! さすがにこの歳で子供は欲しくないからね!?」
死んで戻るからって本体の俺に丸投げするその姿勢。なんとも分身の俺らしい。
「くっ、分身の術!」
再び分身の術を使い、俺はもう一人の俺を呼び出す。
目の前の分身を責めたりはしない。やらかした分身はすでに俺に統合され、すべては俺の記憶になっている。時間を巻き戻すことはできず、目の前にいるのは俺に負けないくらいげんなりとしている分身の俺でしかなかった。
「よし。俺はこのまま逃げるから。そっちはこのあと訪ねて来るセリカの相手をよろしく頼むな」
「ちょっと待てや、本体の俺」
逃げようとする俺の身体に飛びついて、拘束してくる分身の俺。
「おいおい、そりゃないんじゃないか? 自分だけ逃げるなんて許されないだろ?」
「ええい、命令に従え! 俺は本体様だぞ!」
「知らないけどな! 合理的に納得できない理由に従う必要なんてないんだよ! 理由もなく嫌なことを分身にさせるんじゃねえ!」
「理由ならある! 分身の俺なら最悪そういうことに発展しても、解除すれば子供ができることはないはずだ! これぞ忍法、分身避妊の術!」
「鬼畜の発言!? これが俺の本体かと思うと涙が出ますよ!」
「ええい、そういうことなんだから離せ! お前だって俺なんだから、子供なんてまだ欲しくないだろ!」
「欲しくないが今は俺を許せない気持ちが先に来る! むしろ責任を取るって意味なら、ちゃんと子供を作れる本体がここにいろ!」
取っ組み合って醜い争いを続ける俺たち。
そうこうしているうちに、アパートへ近づく誰かの足音が聞こえてきた。
「ひっ!」
「ど、どうする?」
悲鳴をこぼし、人生の墓場という恐怖に震える俺と分身の俺。
「か、かくなる上は、二人がかりで」
「せ、セリカを満足させようっていうのか? 無理だ。あいつ処女のくせに、救護魔導院の友人から色々と技術を学んでるって話だぞ。体力も俺たち以上だ」
「くそっ、童貞の俺たちでは返り討ちか!」
「だから前にドミニクさんから娼館に誘われたとき、ついていくべきだったんだよ!」
「いやだって、セリカが無言ですごく寂しそうな目でこっちを見てくるから」
「セリカの押してくるときと引いてるときの温度差はなんなの!? 風邪引くわ!」
トントン、と扉がノックされる。
お互いの口を手でふさぎ、居留守を決め込む。
しかし鍵を閉めていなかったため、部屋の扉はゆっくりと開かれてしまった。
「どうも、少年。元気していますか?」
扉の前に、細い目をした行商人の青年が立っていた。
「ていうか、今日は二人いるじゃないですか。話には聞いてましたが、本当にそんな感じなんですね」
「か、カインズさん」
「どうもどうも。新しいタリスマンをお届けにまいりましたよ。あとついでに、君宛のお手紙も」
槍を模したペンダントと手紙を手に、カインズさんは細い目をさらに細めて笑う。
いやそうか。さすがにさっきの今で、セリカが家まで来るのは難しいよな。
しかし時間の問題だ。
セリカは間違いなく、このアパートへやってくる。
これまでも何度か彼女の前で仕方なく自爆魔法を使ったが、その夜は例外なくセリカは寮に帰ることなくアパートに泊まった。そして抱き枕にされるのならまだマシということを手伝わされてきた。
そしてそれは、段々とパワーアップしている。
となれば、今夜あたりはもうダメかも知れない。
「すまん!」
「のわっ!」
俺は分身の俺に足払いをかけると、カインズさんからペンダントと手紙を受け取り、その横を通ってアパートを脱出する。
「待て! 待てよ! 俺を一人にしないでくれぇえええええ――ッ!」
「えぇ? これどういう状況なんです?」
泣き叫ぶ分身と困惑するカインズさんを背に、俺は駆ける。
「ツヴァイ――友との冒険を願った、二番目の
本体である俺は貞操を奪われないようにがんばるから、そっちの俺はセリカのことを頼んだぞ。お願いだからまた目の前で死んで、彼女を発情させるようなことだけは絶対にやめてくれ。
いやマジで。なんでセリカ、あんな人の自爆を見て悦ぶ変態さんになっちゃったんですかね?
お陰で色々な意味で分身の俺に任せるしかなくなっちゃったんだけど。
ま、でも本人が楽しそうだからいいか。
そう思いつつ、俺はアパートから離れた場所で新しいペンダントを身に着け、アインからの手紙を開いた。
あっちの俺は、きっと平和なんだろうな。
セリカとは違って、フィーネはまだ幼くて性とは無縁なんだし。
『本体の俺へ。最近、フィーネがアルフィリアさんから子供の作り方を聞きだすことに成功しました。貞操の危機です。やばいです』
ははっ。
どいつもこいつも襲われてやんの。
『まだまだ可愛い攻撃ばかりですが、それでもフィーネに変なことはできないので必死になって逃げています。日に日にフィーネの眼が濁っていきます。アロガンドさんも助けてくれません。助けてください』
助けて欲しいのは俺もなんだよなぁ。
『それ以外は、まあ楽しくやれています。アルフィリアさんの無茶ぶりに付き合わされることもありますが、大体はアロガンドさんと修練に励んでいます。日に日に強くなってる実感もあるので、次に本体の俺に戻ったときはそのあたりの技術でパワーアップさせてあげられそうです』
懐かしい日本語で近況報告をされると、自分のことなのにまるで自分じゃない誰かの話を聞いているみたいだった。
『魔法も習得できそうです。治癒魔法は覚えるのが難しそうなので、『
「お? マジか。自爆魔法を覚えてない俺なら、他の魔法を覚えらるのか」
だとすれば、アインは俺たちの希望の星だな。
『アルフィリアさんといえば、聖都にはもう一人エルフがいました。アルフィリアさんをそのままもっと小さくしたようなロリエルフで、その子が教会のもう一人の六聖【不滅の鎧】の担い手なのだそうです』
おっと。さすがは俺。ちゃんとそのあたりの情報も調べてくれてるんだな。
『その力は強大なモンスターの人界への侵入を阻む『境界』スキルらしく、小さいのに人類守護の要とか言われてて、だから六聖教会の教皇を任されているらしいです。
フィーネが偶にお呼ばれするので、俺も付き添って何回か会ったんですが、見た目は本当に俺と同じくらいの幼女で、中身は陰キャニートです。人見知りと陰キャの対面は横で見ていてとても愉快でした』
えっ? 六聖教のトップってそんな感じなの?
『その教皇とアルフィリアさんが相談して、フィーネのことを世間に公表するのはもう少し先にすると決めていました。なんでも、王国からの引き渡し要請が面倒で、もうしばらくは公表にこぎつけられないそうです』
フィーネも大変そうだ。もしかしたら、そのストレスでおかしくなってしまったのかもしれない。
おいおい、アインよ。ちゃんとフィーネを支えてくれないと困るじゃないか。責任を取るって話はどうなったんだ?
じゃないと、こっちはこっちでセリカの責任を取る決断ができないというものだ。なんかもう最近は、このままセリカとゴールインするしかないんじゃないかとさえ考えてるんだから。
冒険も順調だし、お金も日々溜まってきてる。
セリカが返してくれたお金もあるから、もう俺はひと財産築いてしまったよ。
このまま何事もなく、平穏に、のんびりとこの街で暮らしていってもいいんじゃないかって思ってるんだ。
『最後になりますが、本体の俺へ。覚悟して聞いてください。これは俺が色々と調査して、ほぼ確定している情報です』
「ん?」
少し未来のことについて思いをはせていた俺は、アインが手紙の末尾に残した最後の情報に目を通す。
目を通して、思わず空を仰いでしまった。
青い空。いつかの旅立ちのあの日と同じく、澄んだ綺麗な空が広がっていた。
「……マジか」
そうつぶやきをもらしてしまうのも仕方がない。
それだけの事実が、アインの手紙にはあった。
……どうやら本格的に、
俺には平穏な未来など存在しないと、そう言われてしまったのだから。
「そりゃ、アルフィリアさんも俺のことを気に掛けるわけだよ」
アインの手紙には、最後にこう記されていた。
『分身スキルだけど、【永遠の騎士団】って異名を持っているみたいです。つまり、フィーネと同じ六聖のひとつです。本体の俺よ、がんばってください。そして平穏な人生は諦めろください。
俺たち、この世界を救う勇者様にならないといけないかもだぜ?』
ここまで作品をお読みいただいて誠にありがとうございます。
微妙に俺たちの冒険はこれからだエンドっぽいのは、あまり皆さんに読んでもらえなかったらここで完結にしようと思っていた名残です。
お陰様で楽しんでいただけているようなので、引き続きがんばって書いていこうと思います。
感想もたくさんいただき感謝感謝です。
励みにさせていただいております。
引き続き、感想・評価をお待ちしております。
現在、物語としては二章で、残り間章一話と本編に差し込めなかった番外編一話で今章は終了となります。
また、ここまでできるかぎり毎日更新してきましたが、ストックが微妙になってきたので、今後は更新速度が少し下がります。ご了承ください。
ではでは今後とも宜しくお願い致します。