分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
眼下で、幾人もの人間が首を垂れている。
この玉座に座った当初は快く感じた光景も、二十年近く経った今となってはなんの感慨も湧かない。
しかし我が子の一人からもたらされたその情報には、心躍るものがあった。
「以上が、王国の南の都市、ゼルクトで起きたモンスタースタンピードの顛末になります」
「そうか。よく調べたな、我が息子よ」
「恐縮です、皇帝陛下」
報告をもたらした第二皇子は恭しく頭を下げる。
それを面白くない目で見るのは、その傍らにいる第一皇子だった。
「ふんっ、その情報がどうしたというのだ? 王国で起きたスタンピードなど、我が国にはなんの関係もないことだろう」
「そう思うのは早計かもしれませんよ、兄上。なにせゼルクトは我が帝国にも近しい都市。あの地がモンスターに奪われていたら、我が国にも多大な影響があったことでしょう」
「そうかもしれないが、それ以上に王国が負った打撃の方が大きかったはずだ」
「ふふふっ、お兄様方。そのようにもしもの可能性を論じてもしょうがないでしょう?」
第三皇女が優雅に微笑みながら、兄弟の口論に参加する。
「それよりも、スタンピードを終わらせたというズィーベンなるプラチナ冒険者、その行方はわからないのですか? 我が国に迎え入れられれば、かなりの戦力になると思いますが。なんでしたら、使えない妹の一人や二人を輿入れさせればよろしいのでは?」
「残念ながら、その足取りはつかめていない」
第二皇子が淡々と、第三皇女に返答する。
「あらまあ、使えないお兄様の手駒ですこと。あたくしの兵であれば、そのあたりのことをしっかりと調べてきたでしょうに」
「よく言う。そもそも、異変に気付いて調査に向かわせられなかった時点で、程度が知れるというものだ」
「なんですって?」
「よせ」
声を荒げかけた娘を止める。
「我が娘、第三皇女ナターリアの言も一理ある。そのズィーベンなる冒険者については引き続き調査をさせよ。よいか? 我が息子、第二皇子マクシミリアンよ」
「承知いたしました。しかし、どうやらズィーベンは教会の縁故があるようです。あまり無茶な調査をさせると、教会と衝突してしまう可能性もありますが」
「よい。鎧しか持たぬ教会など恐るるに足りん」
「その通りです、父上! 今こそ我が国の武力を教会や王国の者たちに見せるとき! なんでしたら私が軍を率い、そのゼルクトなる街を滅ぼして御覧にいれましょう!」
第一皇子が声も高らかにそう述べる。
そんな兄の姿を、第二皇子が鼻で嗤った。
「兄上。教会に手を出せば、共和国もこれ幸いと王国と手を組んで攻めてきますよ」
「そんなもの、我が国の軍であれば!」
「剣と、騎馬と、秘薬ですよ? さすがに精強なる我が国の軍であっても、明確な勝算なく挑んでいい相手ではありません」
「それに鎧の教皇が我が国の境界を解いたらどうしますの? 我が国もまた、絶滅領域に接していますのよ?」
「そ、それは……」
「兄上。もう少し考えてから発言をしてください」
「そうですわ。あなたは我が国の第一皇子なのですから」
「ぐ、ぬ、ぬ……」
歯ぎしりする第一皇子。血のつながった弟と妹を見るその視線には、明確な怒りと屈辱がこめられていた。
それを見て、余はうっすらと笑みを浮かべた。
育ってきた。実ってきた。我が子らが競い、喰らいあい、この至高の座につくただ一人を選ぶときはそう遠くはなさそうだ。
そうなれば、王国と共和国の連合であっても対抗することができるだろう。鎧の祈りが解かれたとしても、むしろ領土拡大の好機として喜べるようになる。
それだけの力を、息子たちは持っている。
それだけのスキルを、娘たちは持っている。
すべては皇帝たる我が種が生み出した、まさに優れたる血のなせる業。
そう、すべては血によって決まるのだ。
スキルさえ手にいれられればとぼやく凡人どもは知らぬことだが、後天的にスキルを手にいれられるというのは事実でありまやかしである。
後天的にスキルを手にいれられた人間は、歴史上、十人に満たぬ数しかいない。
そしてそのスキルは決まって、六つのスキルから選ばれるとされている。
即ち――六聖。
後天的に手に出来るスキルは六聖のスキルだけであり、それ以外のスキルが後天的に授けられることは決してない。後天的にスキルが芽生えたと言い張る輩は大抵、ずっと隠してきたか、あるいは今の今まで気づかぬほどに弱々しいスキルだったというだけの話だ。
スキルを筆頭に、すべての才は生まれながらに定められたこと。
すべては血。血統なのだ。
そして同じ血であっても、優劣は明確に現れる。眼下の光景を見れば、それは一目瞭然のこと。
もっとも、自分を優れていると思い込んでいる者どもも、まだまだ甘いが。
「今回の報告でわかったことは、ズィーベンという存在の優秀さだけではない」
第一皇子、第二皇子、第三皇女。そして彼ら彼女らの後ろに控えた、多くの皇子皇女らに告げる。
「ゼルクトの地で、ベルフェゴルが企てを起こした。そこに最も興味深い事実があるのだ」
余の言葉に、第二皇子と第三皇女が黙って考え込む。
第一皇子は困惑をあらわにして、余のことを見上げて口を開いた。
「父上。それはどういうことですか?」
「……よかろう。教えてやろうではないか」
自ら考え、学び、気付こうとしない愚かさに頭痛を覚えるが、他の者たちの反面教師にはなろう。
「ベルフェゴルは人類の情勢に精通したモンスターの首魁。そのベルフェゴルが、おそらくは虎の子であろうイビルズゲートを持ち出してまでゼルクトを滅ぼさんとした。つまり、あの地には奴が忌むべきなにかがあったのだ」
「そういうことか。たしかに、王国の東から逃走するルートとしては、あの地もひとつの候補地だった。となると、ズィーベンという冒険者自体がもしかしたら。その場合、すでに教会にかすめ取られたということになるが」
最初に気づいたのはやはり第二皇子だった。
続いて、第三皇女また瞳に理解の色を見せる。
「ベルフェゴルがどうしても滅ぼしたかったもの。あるいは、そこまで行かずとも居場所を確かめたかったもの。これまでの情報から推察すれば、ひとつしかありませんわね」
「そうだ。ベルフェゴルが動いた。それ自体が、ひとつの大きな根拠となる。今もいるかどうかはわからずとも、少なくとも放置はできまい」
「な、なんだ? 一体、なんの話をしている?」
第一皇子の狼狽を無視し、第二皇子と第三皇女が前に出て、玉座に向かって跪く。
「皇帝陛下。私にズィーベンの調査と合わせ、ゼルクトの街の調査をご命じください。必ずや、ことの次第を判明させてまいります」
「いいえ、皇帝陛下。あたくしにご命令ください。槍がまだある可能性があるのなら、我が手駒が必ずや持ち帰ってみせますわ」
「ふむ」
二人の提案を聞き、そのあと余は他の皇子皇女らを見た。
「他に立候補する者はいないか? もしも槍を持ち帰ることができれば、それは我が帝国の力を無二のものへ変える。まさに千載一遇の好機だ」
槍と多少は濁した言い方をしているが、それでも気づける者は気づけるはずだ。
まだほんの二年ほど前の話。王国の東で見つかった、行方知らずのそのスキルの存在は、我ら帝国にとっても捨て置けないものであった。
それを理解したものもいたが、声には出さない。
睨み据えてくる兄姉の手前、言い出すことができないのだろう。
弱卒が。それで本当に、我が玉座を手にいれられるとは思っているのか。
やはり候補はこの二人、第二皇子マクシミリアンと、第三皇女ナターリアか。
「皇帝陛下」
そのとき控えていた皇子皇女らの中から、前に進み出た息子がいた。
黒髪のまだ幼さの残る少年。第五皇子オズワルドだった。
「私もその調査に立候補させてください」
「あら? 子飼いの兵もほとんどいないのに、あたくしたちと競争しようと言うの? オズワルド」
「そんな、私ではとても姉上や兄上と競争などできませんよ」
飄々とした笑みを浮かべ、オズワルドは語る。
「ただ、ひとつ思いついた腹案がありまして。それを胸に秘めたままにしておくのは、帝国に対する不忠であると思いましてね」
「ほう? その案とやら、興味深いな。是非聞かせてもらおうか」
第二皇子の鋭い一瞥に、オズワルドは頷き、さらに進み出て余の前で他の二人のように跪いた。
「皇帝陛下。槍を手にいれるのに最も困難なのは、彼ないし彼女の首を縦に振らせることかと存じます」
「たしかにな。快く招聘に応じてくれるとも思えぬし、一筋縄ではいかぬだろう」
「となれば、無理やり拉致するという手段も選択肢に入るはず。しかしかの槍は強力無比、加えて伝説曰く、四肢を砕こうとも決して投擲手段を失うことなく、異形となり果ててでも戦いを継続すると聞きます」
「つまりなにが言いたい?」
「招聘も、拉致も難しい。となれば、その槍の力だけを手にいれることが最も安易な道かと。そしてひとつだけ、それを可能とする手段があります。他でもない、今獄中で処刑を待っている、あの魔女のスキルを使えば」
「正気なの? オズワルド」
「君はあの最悪の犯罪者の手を借りると?」
第三皇女と第二皇子が不快もあらわに問いただす。
獄中に囚われているとある犯罪者。それはこの場にいる誰もが知っていた。
なにせ他でもない、自分たち皇族を狙ってやってきた犯罪者だからだ。実際に被害も何人か出ている。
「我が息子、第五皇子オズワルドよ。かの者の首には、幾人かの皇子皇女らのスキルがかかっている。奴を処刑さえすれば、奪われた子らのスキルが戻ってくる可能性は大だからな」
「そうだぞ、オズワルド! 奴は絶対に殺さねばならん!」
「そうよ! わたしのスキルを、絶対に取り戻さないといけないのだから!」
余の言葉に、実際にスキルを奪われ、肩身の狭い思いをしていた皇子皇女らが追随する。
オズワルドは首を垂れたまま、殺意を向けて来る兄弟姉妹に告げる。
「それを決めるのは皇帝陛下です」
「そのとおりだ」
余はオズワルドの提案に、少し思考にふける。
「面白い。実に面白い考えだ。奴を手懐けられるなら、なるほど、槍を手にするハードルは大きく下がるだろう。だが奴は犯罪者、我らへと反逆を企てた大罪人だ。その首を落とすことなく首輪をつけること、本当にできるのか?」
「私一人では難しいでしょう。ですが、兄弟姉妹の協力があれば、必ずや」
「そこまで言うのであればよし。オズワルドよ。貴様が此度の作戦を指揮せよ」
余の命にオズワルトがさらに深く頭を下げ、マクシミリアンとナターリアが苦い表情を見せる。
「御意に。必ずや、皇帝陛下の期待に応えてみせましょう」
「ああ、期待しよう」
胸に手を当て、頭を上げて私を見上げるオズワルドの眼には、猛々しい炎が宿っていた。
庶子のくせに、と囁く皇子皇女らもいたが、余は気分がよかった。
高貴とはとても言えぬ庶民の胎から生まれたとしても、やはり我が子種の力よ。
種馬スキル。それは孕ませるべき相手を余に天啓としてもたらす、ある種の未来予知のスキル。
その力、まさに恐るべしよ。
無論、全員が全員スキル持ちとはいかなかったが、それでも多くのスキルが我が子らには宿っている。
中でも第二皇子、第三皇女、そして第五皇子は、特に我がスキルが強く囁いたものだ。授かったスキルも、六聖とまでは行かぬがそれに準ずる強力なもの。まさに運命の女、そしてファムファタールの子供たちよ。
……そういえば、ゼルクトの地にもまた、我が天啓ありし子がおったな。
ひと際強く囁くものだから、期待していたのだが。
誕生の日を迎えたあと、判別系のスキル持ちを向かわせたが、ふたを開けてみれば、なんのスキルも授かってはいなかった不肖の息子だった。
いや、娘だったか。
覚えていない。我が種より生まれし子でありながら、高貴なる血を受け継げなかった子供に興味などない。
奴隷と交わることも、奴隷の子を産ませることも、余は気にせぬ。
この身は種馬。至高の種馬である。
種馬皇帝と、そう歴史書に載る者であるがゆえに。
……ただスキルさえあれば、それでよかったというのにな。
もしも紋章を頼りに皇都に来ることがあれば、そのときは適当な貴族との縁組に使えばよかろう。奴隷の子など、我が子であろうと拒む貴族の方が多いだろうが、なんらかの策略には使えるはずだ。
どこかで野垂れ死んでいるならば、それもまた良しではあるが。
「では、これで此度の議は終わりだ」
第二皇子マクシミリアン。
第三皇女ナターリア。
第五皇子オズワルド。
その三人の子供を見下ろし、余は告げた。
「心せよ。此度の裏側に気づいたのは、我らだけではないはずだ。各国の暗部が精鋭を用意して、必ずやかの地に向かわせる。ベルフェゴルの前例に倣い、槍をあぶりだすために騒ぎを起こすものもいるだろう。そう遠くないうちに、ゼルクトの地では混沌とした暗闘が繰り広げられることになる」
しかし、最後に勝利するのは我らが帝国だ。
そうでなければならない。
六聖のひとつ、最強の殲滅力たる【輝ける槍】は帝国にこそふさわしい。
無論、すでにかの地にはいない可能性の方が高い。今回の情報から見ても、教会が手にいれた可能性も大いにありうる。
だが、それならばそれで構わぬ。
在処さえわかれば、対処はできる。
「此度で槍の在処ははっきりとさせねばならん。可能ならば奪い取れ。不可能ならば殺してしまえ。――さあ、槍狩りと行こうではないか!」