分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
絶望的な撤退戦だった。
領主であるゼルクト伯爵による前線基地予定地の視察。その護衛という簡単な任務でしかなかったはずのそれが、突然のモンスターの大量発生で一転、伯爵様を守りながら撤退するという危険な任務に変わってしまった。
しかもただのモンスターではない。本来、人類領域側には現れないような、危険極まるモンスターばかりだ。
俊英で知られるゼルクトの騎士であっても、一対一では敵わないようなモンスターが、それこそ何十と現れた。
先のモンスタースタンピードと無関係ではないだろう。狙いすましたような、そんな明確な攻撃の意図を感じられた。
とにかく、伯爵様をなんとしても街に帰還させないといけない。
多勢に無勢となれば逃げるしかなく、モンスターの索敵から逃れるため、身をひそめながらの強行軍になった。
「このままでは逃げきれぬな」
文武両道で知られる伯爵様は、状況を冷静に推察し、そう判断した。
彼女の側近がそれに頷き返す。
「かくなる上は、誰かが殿を務め、モンスターを足止めする他ないでしょう」
「殿か。命はないだろうな」
伯爵様のその言葉に、周囲の騎士の目線がいっせいに私の方を見た。
えっ? と疑問の声が零れそうになる。
「我が騎士システィー・レビュテッド、この中であのモンスターの大群を前に殿を務められるのは、貴公の他にはいないだろう」
「あ、え」
突然の任命に、私は頷くことも否定することもできなかった。
「閣下。レビュテッド一人では荷が重いでしょう。私もご一緒させてください」
「ならん。レビュテッドのスキルからして、他の騎士の存在はむしろ邪魔になる。それにレビュテッドならば、殿を務めた上で生き残れる可能性がある。そこに賭ける」
「……それが閣下のご意思とあらば」
先輩の騎士であるその男は、無念そうに諦め、他の騎士と一緒に私を見た。
「主にそこまで言わせるとは。うらやましい限りだ。見事、名誉ある殿の務めを果たしてみせろよ。レビュテッド」
ふざけないで!
そう叫んでやりたかった。
たしかに、私ならあのモンスターの群れを相手にしても生き残れるかもしれない。けれど最初に伯爵様を逃がすための戦いで、スキルをすでに何度も使ってしまっている。充電率はすでに半分を切っているし、死ぬ可能性の方がずっと高い。
それを名誉? 名誉だって?
目の前の騎士はそれを真顔で言っていた。心の底からそう思っていた。
これまで何度も感じた生まれから来る意識の差を、今ほど感じたことはなかった。騎士は主と名誉のために生きて死ぬ。貴族は家と名誉のために生きて死ぬ。私にはどちらの感覚もちっともわからなかった。
胸にあるのはただ、死にたくないという感情だけ。
嫌だ。そんな任務受けられない。受けたくない。
けれど断ればどうなる?
私の評価が地に落ちる。今まで必死になって積み上げてきた功績がゴミに変わる。
生まれが生まれだ。騎士にはふさわしくないと放逐されるかも知れない。そうなったら、なんの後ろ盾もない私なんてどうなるか。またあの惨めな生活に戻るかも知れないと思えば、ここで安易に首を横になんて触れなかった。
ましてや、私にはあの子がいる。
伯爵様の手を借りて探している、大事なあの子が。
「し、承知いたしました。その務め、見事このレビュテッドが果たしてみせます」
結局、私はそう答えることしかできなかった。
「生きて戻れよ。では――」
「お待ちください、伯爵閣下」
撤退を続けようとした伯爵様を、そのとき呼び止める声があった。
誰であろう、撤退の最中、偶々一緒になった冒険者の少年だった。
伯爵様の好意で随行を許されただけの庶民。身分の差も考えず、貴族に声をかけたのだ。当然、周りがいきり立ってがなり立てる。
「控えろ、冒険者! 貴様ごときが声をかけてよい御方ではないぞ!」
「待て」
配下の騎士の声に、伯爵様が待ったをかける。
「よい。まったく知らぬ相手というわけでもない。申してみよ」
「はっ!」
騎士のごとく跪き、冒険者は胸に手を当てて告げた。
「願わくば、殿の役目は私にお任せいただきたく。必ずや、薄汚いモンスター共の魔の手を遠ざけ、伯爵閣下の無事の帰還を約束させていただきます」
「ほう?」
伯爵様は不適ともとれる嘆願に、面白いという顔をする。
「なるほど、我が騎士より先に自分の力を試させてくれというわけだ。まさに冒険者らしい言葉よ。信じるには値せぬが、やらせてみても問題はない」
「ご慧眼でございます。成功すれば大事な騎士を失わずに済み、失敗すれば馬鹿な冒険者が一人のたれ死ぬだけのこと」
「よかろう。そこまで言うのなら、この場は貴様に任せようではないか」
周りの騎士がやはりなにか言いたそうにするが、伯爵様は言葉を翻すことなく、冒険者の少年に背中を向けた。
「もし言葉どおりモンスターを足止めすることに成功したら褒美をやろう。ゆえに、名を名乗ることを許す」
「――ツヴァイ」
少年は、堂々と名乗りをあげた。
「ブロンズランク冒険者『冒険王』のツヴァイ。どうぞお見知りおきを」
「ツヴァイか。その名は覚えた。望みの褒美は?」
「それは私が無事の帰還を果たしたときに、どうか」
「弟と同じで不敵だな。――行くぞ!」
伯爵様の命令に従って、ツヴァイ一人を残して騎士たちが動き出す。
「なにをしている? レビュテッド。出番を奪われて残念なのはわかるが、どうせすぐに貴様の出番が来る。早く来い」
先輩の騎士が私を促す。それに頷きつつも、私は後ろ髪をひかれていた。
本来、私の役割だった殿を代わりに引き受けてくれたからというだけではない。私はこのツヴァイと名乗ったまだ幼い少年を知っていた。
灰色の髪。紫色の瞳。愛らしい、お姫様のような顔。すべてが同門の少年と瓜ふたつだった。
仲良くしている弟弟子。色々とあって距離ができてしまっているけれど、それでも憎からず想っている相手。そんな彼から前に聞いたことがあった。自分には冒険者をやっている双子の兄がいるのだと。
兄弟。兄。きっと、目の前にいるのがその人で……ドラちゃんにとって、なによりも大切な家族なのだ。
そんな人を私は見捨てて逃げようとしている。
いいの? 私もここに残って、一緒に戦うべきじゃないの?
ブロンズランクではあのモンスターは喰い止められない。いや、シルバーであっても不可能だ。どうせ彼が死んだあと、自分が戦わないといけないのなら、今ここで私も……!
私の視線に気づいたのか、ツヴァイと名乗った少年が笑みを浮かべた。
ドラちゃんと同じ、優しい微笑み。
「大丈夫だよ。俺がなんとかして見せるから」
力強いその言葉。けれど信じるに値しない、その言葉。
死ぬ。目の前の人は死ぬ。間違いなく死ぬ。
ああ、この事実を知ったらドラちゃんはどう思うだろうか?
泣くだろう。当たり前だ。兄弟。切っても切れない、最愛の家族。
そんな人を失くしたら、きっと……
そう思うのに、私の足は駆け出していた。
自分よりも年下の少年に背を向けて、他の騎士と同じように逃げ出していた。
死にたくない。死にたくない。私はあの子との再会を果たせないまま死にたくない!
その気持ちだけで、私は見捨ててしまった。
そして――幾ばくかのあと、背後で大きな爆発音がした。
強烈な閃光。それに伴う轟音。なにが起こったのかは不明だが、すさまじい破壊を予感させる、そんな音だった。
……結果を言えば、私たちは街まで逃げきれた。
モンスターたちが私たちに追いつくことはなく。それどころか追いかけて来る素振りすら感じられないまま、あっさりと。
そして、あの勇敢な少年は――……。
「えっ? あのときの冒険者、生きて帰って来たんですか?」
「ああ、驚きだよな。しかも傷ひとつないんだってさ」
先輩騎士のその報告を受けて、私は思わずへたり込みそうになってしまった。
生きてた。生きてた。生きていてくれた!
ああ、なんてことだ!
その報告を受けるまでの三日間、私は生きた心地がしなかった。伯爵様からの待機命令を幸いに、部屋に閉じこもって誰とも会わずに過ごしていた。
ドラちゃんに次に会ったときになんていえばいいんだろう――そんなことを延々と考えていたが、すべてが杞憂に終わった。
「あの人はどこに?」
「冒険者ギルドじゃないか? 伯爵閣下が会いたいと言っていたが、こちらも色々と忙しいからな」
「わかりました!」
私は気持ちよく頭を下げ、その足で冒険者ギルドに向かった。
中に入れば、ギルドはお祭りのように騒がしかった。
中心になっているのは、例の灰色の髪の少年冒険者。
ツヴァイ。生きてた。本当に生きてた!
私は笑みを浮かべて、彼に駆け寄る。
「ツヴァイ!」
「ん?」
馴れ馴れしいかと思ったが、ついドラちゃんに話しかけるノリで声をかけてしまった。
ツヴァイは私の方を向いて、不思議そうに目を丸くする。そんな仕草もまた、ドラちゃんにそっくりだった。
「あれ? システィー先輩。こんなところにどうしたんすか?」
「えっ?」
「あ」
先輩。それはドラちゃんが私を呼ぶときの言い方だった。
ツヴァイはしまったという顔を一瞬して、誤魔化すように笑う。
「ああいや、弟からシスティー先輩のことはよく聞いていて。だからつい、気軽に呼んでしまいました。領主様の騎士様相手にすみません」
「ううん、それはいいんだけど……」
呼び方なんて別に構わない。ただ、私の胸にひとつの疑問が生まれた。
双子だからって、目の前の少年はあまりにもドラちゃんに似すぎじゃないだろうか?
顔だけじゃない。ちょっとした仕草や言葉遣い、その合間に挟まる視線の動きなどまでそっくりだった。
ある可能性が頭を過ぎり、ドクドクと心臓が早くなる。
確かめなければならない。でも確かめたくない。
そんな矛盾する気持ちを抱えつつ、私はそっと手を差し出した。
「……ね。握手して」
「握手? なんで急に?」
「だって、あなた私の代わりにモンスターの殿を務めてくれたでしょ? だから、そんな勇敢なあなたに私が握手してあげる」
「ああそういう」
ツヴァイは私の言葉を簡単に信じて、差し出した手を握った。
「いたっ」
しかしすぐに手を離す。痛そうに、私に触れた右手を振る。
「静電気か。いってー」
ツヴァイは勝手に今の現象を解釈したようだった。
たしかに静電気には違いない。けれど、それは作為的に生じたもの。私のスキルによって生まれたものだった。
今の接触で、私は目の前の少年の生体電気を読み取った。
指紋と同じで、たとえ双子であっても決して一致しない、個人個人に流れる特有の電気。私だけが確認できる、本人の明確な証明方法。
私はツヴァイという少年の生体電気は知らない。けれど、ドラちゃんの生体電気は以前確認して把握していた。
そして今、確認できたそれは、ドラちゃんのものと同じだった。
それが意味するところを理解して、私はその場から逃げ出した。
「あ、先輩!」
少年が制止の声を呼び掛けるが、無視してギルドを後にする。
そのまま走って、走って、走って。
誰もいない、どこかの路地裏で私はつぶやいた。
「……ドラちゃんだ」
ツヴァイと仲間のプリーストに呼ばれていたのは、周りの冒険者たちに呼ばれていたのは、自分の同門である少年――ドライであった。
……当たり前の話だ。
あれだけのモンスターを前に、傷ひとつ負うことなく戻ってくることなんて、誰であろうと出来るものか。
兄が死に、弟の彼がそれを偽装した。そういうことなのだろう。
許されない偽りごと。けれど私には、それに対してなにも言えなかった。
言う資格なんてなかった。
彼がそうした理由はわからなくても。
彼がそうしないといけない理由はよくわかっていた。
ドライという少年は、ツヴァイという兄の持っている市民権の庇護の下、商売を行っていた。もしツヴァイが死んだ場合、彼の商売に大きな障害が生まれてしまう。
もしかしたらそれ以外にも理由はあるかもしれないが、彼は兄に死なれては困るのだ。
だから、ああして兄に成り代わってあの場所にいる。
胸の痛みを押し殺して。
流れる涙を覆い隠して。
兄を見捨てて逃げた私を相手に、いつものように笑顔で接してこようとしたのだ。
「うぉえええ」
路地裏の壁に向かって、私は込み上げてきたものを吐き出した。
私は、選択を間違えた。取り返しのつかない失敗をしてしまった。今更ながらに、その事実を苦い味をともに嚙みしめる。
亡くした命は戻らない。
楽しい日々はもう戻ってこない。
これが私の罪だとわかっていても……胸を締め付ける痛みは、込み上げてくる苦しみは、想像よりも遥かに大きく、私の胸をえぐっていった。
ああ、自分が思っていたよりもずっと、私はドラちゃんのことが……。
「は、はは」
乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。鏡などない薄汚い路地裏であっても、今の自分がどれだけ酷い顔をしているかは容易に想像ができた。
……いつか、彼に言った言葉が自分に戻ってくる。
システィー・レビュテッド。
ドライの姉弟子。リリエッタの姉。ゼルクト伯爵家最強の騎士。自他ともに認める、この街最強のスキル
ねえ、あなたそんな無様な有様で。
生 き て て 恥 ず か し く な い の ?