分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
システィー先輩との出会いは、かなり前までさかのぼることになる。
当時、俺はセリカと一緒にアイアンランクの冒険者をしていた。
その際、剣の腕に不安を覚えた俺は、街にある剣術道場の門戸を叩いたのだ。
シュクラ流という対モンスター戦闘において、攻撃的な剣術を教えている道場。
立派な門構えに気圧されながらも足を踏み入れれば、庭で剣を振るう男たちの威勢のいいかけ声が聞こえてきた。
木刀を手に模擬試合を行っているようだ。
中でも目立っているのは、一人の屈強な大男と、彼と切り結ぶ一人の少女だった。
「あはははは! なにその剣? おそーい! 遅すぎ!」
甲高い声で対戦相手を嘲笑いながら、身軽に飛び跳ねて翻弄する少女。
年齢は俺より少し上、ちょうどフィーネと同じくらいだろうか。サイドで結ばれたピンクブロンドの髪は艶やかで、右目の下にある泣き黒子が、少女に似つかわしくない色香を与えている。
黙っていれば妖精のような美少女だったが、口から飛び出してくるのは罵倒ばかりだった。
「これじゃあ訓練にならないよ! おじさん、もう五年も兵士をやってるんでしょ? なのにこの弱さなんて才能なさすぎ! 努力も足りなさすぎでしょ!」
「このクソガキが!」
対戦相手の大男は、ひたいに青筋を浮かべ、大上段から剣を振り下ろす。
自分より十は年下の少女に向けるには、あまりにも無慈悲な一撃。しかしその刃は少女を捉えることができず、逆に彼女の剣が男の手首を叩いていた。
「くそっ!」
振り下ろしたところを狙われ、男は剣を取り落としてしまう。
咄嗟に拾おうとかがんだ瞬間、彼の背後に回っていた少女がニヤリと嗤う。
「えいっ」
「ぐぼはっ!?」
少女は軽く、下から上に向かって剣を振るった。
男の股間に向かって。
手加減はされていたのだろう。だが急所に一撃をもらった大男は、股間を押さえてその場に倒れ伏す。
「はい、私の勝ち! そしてあなたの負け! ねえねえ、対戦前に人のことをあんなにガキガキ言って舐めてたのに、簡単に負けちゃってどんな気持ち? ねえ、今どんな気持ちなの?」
動けない男を木刀の先で突つきながら、少女はなおも嘲り嗤い続ける。
周囲の門下生たちは倒れた男を気の毒そうに見ていたが、最後まで止めに入ることはなかった。それだけで、これがこの道場では日常風景であるのは想像に容易かった。
「よし、帰ろう」
俺はきびすを返す。
こんな道場に通えるか! 俺は帰らせてもらう!
「やあやあ、入門希望者かい?」
帰ろうとした直後、背後から声をかけられた。
振り返ると、いつの間に現れていたのか、四十歳前後の頼りなさそうな男性が微笑んでいた。
「はじめまして。私はここでシュクラ流を教えているフレデリックというものだ。入門希望者はいつでも歓迎しているよ」
「いやぁ、俺はちょっと見学しに来ただけで、通うつもりは今のところないっすね」
やだよあんな風に罵倒されながら鍛錬するのは。
街にはシュクラ流以外にも剣術道場があるから、学ぶのはそっちにしよう。
「見学かい? つまり興味はあるということだね? それはいい。ちょうど今、無料で体験入門をやっているところなんだよ」
「えっ?」
ガシリと腕を掴まれ、敷地内に引っ張り込まれる。
「君みたいなまだ幼い子供が興味を持ってくれるなんて、なんて都合がいい、じゃなくて喜ばしいことなんだ」
「今都合がいいって言いませんでした?」
「言ってないよ。君みたいに年下の子供が相手なら、あの子も先輩風を吹かして少しは大人しくなってくれるだろう。なってくれないかな。なってくれるといいなぁ、なんて考えてないよ?」
「考えてますよね!? 俺を生贄に捧げようとしてますよね!?」
「よぉし、ちょうどみんな集まってるな! 直接君を指導してくれる先輩を紹介しようじゃないか!」
「こいつなにひとつ人の話を聞こうとしてねぇ!?」
それでも剣術とはいえ教育者か!?
しかし抵抗してもまったく力で敵わなかった。
見た目はかなり細く、肌も青白い優男なのに、とんでもない握力である。
「ん? あれ? フレデリック先生、その子誰?」
そのまま庭へと引きずられていった俺は、なおも対戦相手を言葉でボコボコにしていた少女の前に突き出された。
彼女は突然現れた俺の顔を、レモンイエローの瞳で興味深そうに見つめてきた。
「新しい門下生? 珍しいね。私よりも年下じゃん」
「そうなんだよ。年も近そうだし、是非システィー君に先輩として教えてあげて欲しいと思ってね」
「私が? でもたしかにこんな可愛い子、他のむさいおじさんたちに指導させるのは可哀そうかなぁ。にひひ、しょうがないから私が引き受けてあげてもいいよ」
「それは助かるよ」
「いや助からないよ!」
問答無用で入門させられそうになり、慌てて声をはりあげる。
「俺はこの道場には通いません! ましてや、そんな性格悪そうな子供には教わったりしませんから!」
「はぁ?」
咄嗟に出た俺の言葉に、先程まで機嫌よさそうにしていた少女が眉をひそめた。
「えー? 年下の癖に生意気なんだけど。先輩への口の利き方がなってないじゃん」
「だって先輩じゃないからな」
「まあまあ、二人とも。そんなお互いにらみ合わないで」
諸悪の根源が仲裁してくる。
「……フレデリック先生が言うなら仕方ない。私の方が大人だし、ここは折れてあげるね」
意外にもこの人には一目置いているのか、素直に尖らせていた目を元に戻し、代わりにニヤニヤとした笑みを向けて来る少女。
「私、システィー・レビュテッド。あなたは?」
「……ドライ」
変に今使っている名前を覚えられたくなかった俺は、咄嗟にそう名乗った。
どうせこんな道場には通わないのだからと、そう思って。
「ドライ。可愛くない名前だから、ドラちゃんって呼ぶね」
「誰がドラちゃんだ」
「ドラちゃんドラちゃんドラちゃん。うわぁ、可愛い名前になってよかったね」
「こいつ」
メスガキだ。メスガキが目の前にいる。
今まで会ったことのない生意気すぎる少女に、さすがに平常心を保つことには定評のある俺も腹が立ってきた。
「あ、もしかして怒った? 怒っちゃった? 気が短いね。よわよわなんだね」
「このクソガキ! わからせてやろうか!」
頭に血が上るとはこのことを言うのだろう。思わずそう言っていきり立つと、システィーと名乗った少女はペロリと小さく舌を出してきた。
「いいよ。わからせてみなよ。ここに来たってことは、少しは剣の腕に覚えがあるんでしょ?」
システィーは近くの地面に転がっていた木刀を、ちょうど俺が受け取れるように足で宙に蹴り上げた。
くるくると回転しながら落ちて来る木刀を掴み、構えを取る。
「じゃあ、よわよわなドラちゃんに、身の程ってやつを教えてあげようかな」
同じように木刀を手に、構えらしい構えを取ることなく、余裕そのままでシスティーは忠告してきた。
「最初に教えておいてあげる。私ね、スキル持ちなんだ。だからドラちゃんには勝ち目なんてまったくないよ」
「うるせぇ、このメスガキが! その生意気な口を二度と開けないようにしてやる!」
「あはは! いいね! かかってきなよ! ボコボコにしてあげちゃうからさぁ!」
「うぉおおおお――!」
男には、それでもやらなければならない戦いがあるんだ!
なお、その後宣言どおりボコボコにされて、徹底的にからかわれることになるのであった。
「まあ、それでムキになってこの道場に通い続けてる俺も俺なんだけど」
フレデリック先生の指導の下、庭で剣を振るいつつ、俺はこの道場に通い出した経緯を思い返していた。
隣には、ある意味でその原因となった少女――システィー先輩が同じように剣を振るっている。こちらの視線に気づいたのか、不思議そうに俺の顔を見つめ返してきた。
出会いから半年以上が経ち、あの日から少しは成長を見せていた彼女だが、それでもまだまだお子様という印象しかない。外見的にも性格的にもだ。
実際に年齢はまだ十二歳だという。むしろそれでも外見からすると高く思えるくらいにはちんちくりんだ。
「どしたの? ドラちゃん。私の顔をじっと見て。あー、もしかしていやらしいこと考えてる?」
「システィー先輩で? いやらしいこと? ははっ、なにをどうがんばったらそんなことが可能なんですかねぇ」
「あ、ドラちゃんの癖に生意気! 尊敬する先輩にはちゃんと敬意を示しなさいっていつも言ってるでしょ?」
「尊敬する先輩? えっ? そんな人どこにいるんですか?」
「かっちーん。ドラちゃん、ちょっと私のご機嫌を損ねちゃったみたいだね」
「やるか?」
「やってあげる!」
俺とシスティー先輩は距離を取り、木刀を向けあう。
周りの門下生たちはまた始まったと言わんばかりの慣れた様子で、俺たち二人から距離を取った。
「ドラちゃん、烈火の太刀が使えるようになったからって調子乗りすぎ。先輩にはまだまだ敵わないってこと、その身体にちゃんと教えてあげるね」
「悪いけど、いつも気分でさぼったりする先輩と違って、こっちは日々命がけの訓練をしてるんだ。なんだったら、命を落とすようなこともやっている」
主に
「その生意気な口、今日こそ黙らせてやるよ」
「言うじゃん。言ってくれるじゃん。よわよわ雑魚雑魚ドラちゃんの癖に、さ!」
システィー先輩が仕掛けてくる。
魔力による身体強化を成したもの特有の速さ。踏み込みから一瞬で最高速に達し、強烈な突きを放ってくる。
だが身体強化ができているのは俺も同じ。加えて、魔力を感じ見ることができるようになってから、それはより洗練されたように思える。
余裕をもってシスティー先輩の攻撃を避け、逆にその横腹に剣を添えるようにして打ち込む。
しかし彼女は素早い身のこなしで攻撃を避けた。
そのまま大きく後ろに下がったかと思うと、一気に最高速になって攻撃してくる。
これがシスティー先輩の戦い方だ。ある程度距離をとったところからの素早いヒットアンドアウェイ。小柄な体格と素早い身のこなしを活かした、避けて斬る見切りの良さこそ彼女の持ち味だった。
俺もこれまでその動きに翻弄され、気付けばやられていることが多かった。
だが今日は戦えてる。俺は間違いなく、半年前よりも強くなっている。
攻撃と攻撃の隙間。先輩の一瞬の隙をつき、俺は剣を横薙ぎの姿勢に構えた。
魔力を剣先と踏み込む足先に集め、一気に爆発させるイメージで剣を振るう。
「烈火の太刀!」
かつてない速度で風となり、先輩の無防備な胴へと一撃を繰り出した。
シュクラ流、烈火の太刀。速度と一撃の威力をもって、相手を打ち倒す攻撃。習得してからこっち、彼女との模擬戦では一度も使っていない技だ。
より洗練させるまで温存していた一撃を、今ここで解き放つ!
さしものシスティー先輩も、この一撃には面食らったようだった。回避しようと動くが、間に合わない。
よし! ついに俺の攻撃をメスガキ先輩に喰らわせることが――
「雷光」
それは力ある言葉。聖なる詩。それが先輩の口から紡がれたかと思うと、彼女の姿が視界から消え失せる。
「は?」
気が付けば、俺の身体は地面の上にあおむけで倒れていた。
続いて、砕けた木刀の先がくるくると宙を舞い、地面に落ちて音を立てる。
しばし呆然と空を見上げていると、先輩が顔をのぞきこんできた。いつものニヤニヤ笑いはそこにはなく、純粋に驚きの表情を浮かべている。
「ドラちゃん、すごいじゃん。まさかスキルを使わされるなんて思ってなかったよ」
「スキル?」
「そう、スキル」
そっか。スキルか。なんか持ってるって最初に言ってたな。
それを使われてこうなっている。
「つまり俺の負けか。くそっ、今回ばかりは行けたと思ったんだけどなぁ」
「……ドラちゃんはスキルを使って卑怯とか言わないんだね」
「卑怯? なにが? どうして?」
「ううん、なんでもない」
システィー先輩は首を振ると、いつものいやらしい笑みを浮かべる。
「てか、ドラちゃんが私に攻撃を当てられるわけないじゃん。十年早いよ、十年。やっぱりまだまだよわよわだね」
「うっせ。すぐに強くなるんだよ」
上半身を起こして地面に座り込む。
攻撃系のスキルを使われたらしいが、上手いこと手加減されたらしく、木刀は破壊されたが身体に傷らしい傷は一か所しかなかった。
脇腹のあたりの服が焼けこげ、その下の肌にもあざができている。触れてみると、熱をもった患部がかすかに痛んだ。
「あ、痛かった?」
痛みに顔をゆがめると、システィー先輩が慌てた様子で傷を確認してくる。
「外したつもりなんだけど、かすめちゃってたんだ。ごめんね。今度回復ポーション持ってくるから」
「いいよこれくらい」
鍛錬で怪我をするのなんて当たり前のことだ。最悪、どうしても痛かったらセリカに治してもらえばいい。
俺は本当に気にしていなかったが、システィー先輩はどうも決まり悪げな顔をする。人をからかい倒すことに全力を注いでいるが、根は結構素直な人なんだよな。
「じゃあ、軽く手当だけでもしてあげるね」
「……そこまで言うなら」
システィー先輩はフレデリック先生からアルコールと包帯をもらってくると、手際よく俺の怪我の手当てを始めた。
「手慣れてるんだな」
「え? それは、騎士をやってると生傷が絶えないしね」
「騎士か」
「そっ、騎士。準貴族なんだから、ドラちゃんももっと敬いなよ。じゃないと不敬罪なんだから」
「だからメスガキ先輩って呼んでるじゃないか」
「メスガキ言うな」
でも誰がどう見てもメスガキだし。
「まったく。ドラちゃんはドラちゃんなんだから」
「どういうこと?」
「よわよわ雑魚雑魚ってこと」
そう言いつつも、システィー先輩は楽し気に鼻歌を歌いながら治療してくれる。
なんだかんだ、先輩に模擬戦でこてんぱんにされても、諦めずに何度も立ち向かっているのは俺くらいなので、少しは気に入られてるらしい。
と、そうだ。忘れていた。
今日はシスティー先輩に相談があるんだった。
「システィー先輩。ちょっとお願いがあるんだけど」
「ん? ドラちゃんが私にお願い? 珍しいね。なになに?」
「ちょっと言いにくいんだけどさ」
俺はシスティー先輩に商売を始めたこと。その一環でゼルクト伯爵に面会できないかを相談してみた。
「へー、ドラちゃん。商売なんて始めたんだ。てっきり私、このまま兵士か冒険者にでもなるんだと思ってた」
「冒険者は兄がもうやってるから」
「兄? ドラちゃん、お兄さんがいるの?」
「ああ、双子のな」
「双子!?」
システィー先輩が驚きの声をあげる。厳密には分身だけど、そんなに驚くこと?
「そっか。ドラちゃんも兄弟がいるんだ。ねえねえ、冒険者をやってるお兄さんってどんな人なの?」
「どんなって言われても、顔はまんま俺。名前はツヴァイ」
「ツヴァイかぁ。にひひ、覚えておこ」
よくわらかないがなぜか嬉しそうにしているシスティー先輩は、うんうんと何度か頷いたあと、
「よし! ドラちゃんがそこまで頭を下げて頼むならしょうがないね。伯爵様に会えないか聞いてみてあげる!」
「本当か?」
「うん。でも紹介するからには、私の顔に泥を塗るようなことはしないでね?」
頬を人差し指でぐにぐにと突かれる。
「あとその商品ってのを、あらかじめ私に見せること。あんまりにも酷いものなら、この話はなし。それでいい?」
「ああ、助かる。それじゃあ、今度俺の家に来てくれよ」
「ドラちゃんの家に?」
システィー先輩は突っつく手を止めると、
「……ドラちゃんってばいやらしいんだぁ」
「なにが?」
「えー、どうしよっかなぁ。ドラちゃんの家に連れ込まれて、私なにされちゃうんだろ。こわ~い」
なにかするわけないだろ。したとしても返り討ちだわ。
そんな気持ちを込めて半眼でにらむが、システィー先輩は指を自分のあごに当てて、にひひと笑うばかりだった。
メスガキ先輩。
やっぱりこの少女には、そんな言葉がよく似合うのだった。