分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
今更説明するまでもないが、俺は元奴隷である。
物として扱われていた人間だ。今となっては思い出話として語れるが、当時は本気で死を覚悟した程度には酷い扱いだった。
この世界では奴隷が合法であることは百も承知だけど、俺自身は奴隷というものに対して様々な思いを抱いていた。
嫌悪感。忌避感。そういった負の感情だ。
わかってはいる。
俺みたいな扱いをされる奴隷の方が珍しいってことくらいは、ゼルクトの街に来てわかってはいるのだ。
奴隷は街にも当たり前のように存在していた。
庶民の家にはさすがにいないが、裕福な家では奴隷を持つのが当然という風潮があった。雑事は奴隷を購入して任せるのが粋であるとされており、奴隷をたくさん持てば持つほど、裕福である証明といった感じなのである。
これが大貴族となると、逆に奉公人もきちんとした身分を持つ者になるが、大商人や下級貴族などはこの傾向が強い。
それ以外にも商店などでは丁稚のように扱われているし、肉体労働に用いられることもある。ゼルクトの街の経済には奴隷の存在が組み込まれており、日常風景として溶け込んでいた。
それらの奴隷は大事にとまでは言わないが、壊れないように大切に扱われていた。長く真面目に働ければ、奴隷身分から解放されるという制度もある。
奴隷は人々にとって、大切な財産だった。
商店などではぱっと見では奴隷とわからないような服を着させられているし、たとえ失敗したとしても鞭打ちなんてされない。少なくとも人目がある場所では、だが。
奴隷を生かすも殺すも主人の自由だが、酷い扱いをしていることが他者に知られると、あの人はそういう人間なのだと白い目で見られる。
ゼルクトの街での奴隷の扱いは、そんな形だった。
もちろん例外もあって、それらは犯罪奴隷たちだ。肉体労働の中でも重労働のものを足枷をつけたままやらさらたり、鉱山などに送られて危険な仕事に従事したりする。
あくまでも大切に扱われるのは、真面目に働くと判断されて売られ買われた奴隷だけであり、前科のあるものの扱いは悲惨だった。コルニ村での扱いのそれと大差ないだろう。
つまりは俺もまた犯罪奴隷のように扱われていたということなのだが、今さら当時の待遇について文句を垂れても仕方ない。村長にもしどこかで会ったら一発殴ってやりたいが、当時はあれが当たり前だと思っていたのだからしょうがないのである。
さて。
そんな感じで扱われている奴隷なのだから、当然売る場所もきちんとした商会を通して行われていた。
街にはいくつも奴隷商館があり、そこでは毎日人間がお金と引き換えに取引されている。
カインズさんの提案は、そこで安い奴隷を購入して商品作成の手伝いをさせようというものだった。
俺やカインズさんは木材の調達にだけ尽力し、洗濯板などの作成は奴隷に任せればいい。言わんとしていることは理解できた。工程自体は簡単だし、買ったばかりの奴隷でも問題なく作成できるだろう。
買うお金もある。
金貨三枚という母さんの値段は奴隷の相場としてはかなり高いものであり、安い奴隷なら金貨一枚あれば買えてしまう。知識も力もなく、娼館にも売れないような幼い女奴隷ならば、銀貨何枚かで取引されているという話だ。
商品開発にかなりの資金を注ぎ込んでしまった俺ではあるが、数人を購入するくらいのお金は用意できる。
なので、あとは俺の心の問題だった。
前世からの道徳心もなくはないのだが、どちらかというと俺自身の経験から、奴隷は悪だという意識がどうしても拭えない。
俺が奴隷から解放されてまだ一年と経っていないのだ。
物として扱われる痛みと悲しみと苦しみは、今もまだ記憶に新しい。
……結局、俺はカインズさんの提案を保留にさせてもらった。
もしかしたら他にいい案があるかもしれないからと、奴隷商館に行く日を明後日に延期してもらったのだった。
領主様より条件を突きつけられた翌日のこと。
俺は街を練り歩いて、奴隷に代わる労働力の確保はできないかと考えを巡らせていた。
思いついたのは孤児たちの存在である。
ゼルクトの街にはいくつか孤児院が存在していた。そこに話を持ち掛けて、金銭と引き換えに簡単な仕事を引き受けてもらおうという考えだ。
なかなか寝付けない中で思いついた案としては、かなりいい案だと思って孤児院にまで足を運ぶ。
「新しい子だ!」
「わぁ、可愛い。お姫様みたい」
「ねえねえ、名前はなんていうの?」
入口のところで呼びかけようとした直後、庭の方からやってきた子供たちに囲まれてしまった。
「いや俺は男で、名前はドライ」
「ドライ!」
「シスターを誰か呼んできて!」
「新しい家族だね」
「いやいやいやいや」
どうやら捨てられた子供だと勘違いされているようだった。
いや勘違いでもないけど。父親には捨てられているようなものだけど。年齢的に俺と同じくらいの子供も結構いるから、そう思われても無理ないのかもしれないけど違うから!
この時点で俺は自分の考えが浅はかなものだったと思い知った。
信用問題というレベルの話じゃない。子供だ。子供なのだ。秘密だと言っても、意図もたやすく誰かに話してしまうことだろう。考えればすぐ思い当たりそうなものなのに、昨夜の俺はなぜこれをいい案なんて思ったんだ?
「ドライ。こっちだよ」
「あ、ちょっと」
孤児院に来た目的は頓挫してしまったが、子供たちの圧力に逆らえず、引っ張られるままに建物の中に連れ込まれてしまう。
教会に似た木造の孤児院の中は、古くはあるがよく手入れされており、俺の部屋よりもよほど清潔に保たれていた。
よくよく見れば、子供たちも繕いのあとこそ残るもののちゃんとした服を着ているし、身体も細いがガリガリというほどでもない。
勝手にもっとボロい建物にボロボロの服を着て過ごしているものと思っていたのだが、どうやら余裕こそなくとも、切迫した経営状態でもないようだった。
「まあまあ、ようこそ」
子供たちに囲まれながら建物の奥まで案内されれば、一人の妙齢の女性が出迎えてくれた。
「安心してくださいね。事情はわかりませんが、家を訪ねてきてくれた子を追い返すようなことは決してしません。あなたはこの家にいてもよいのですよ」
プリーストが着るような白い服を身に着けたその聖職者の女性は、俺の前でしゃがみ込むと、慈愛の笑みをもって温かく迎え入れようとしてくれた。
痛い。心が痛いよ。
けどここで誤解を解かないとさらに申し訳ないことになるのはわかりきっていたので、孤児ではないことをシスターさんに説明するのだった。
「あらあら、そうだったの。うちの子たちがごめんなさいね。ここまで来たのに、なかなか家に入って来られない子供が多いものですから」
俺の説明を聞いて、シスターさんはそう子供たちの行動理由を説明してくれた。
元から怒ってなんてないけど、そう言われては誰も怒れないだろう。
「ところで、うちに一体なんの御用だったの?」
食堂らしきテーブルと椅子がある場所に案内されたところで、改めてシスターから尋ねられる。
「それなんですけど」
簡単にここまで来た目的を話した。
商売を考えていること。そのための人手を探していたこと。その人手の確保のために孤児院を訪ねたこと。ただ秘密厳守なので、やっぱり難しそうなこと。洗濯板と領主様のことだけ隠して、正直に話す。
「そうなのですか。たしかに、うちは簡単な内職のお仕事を引き受けてはいますが、秘密厳守となると難しそうですね。もちろん、秘密をお話したりは致しませんが、子供の口に戸は立てられませんからね」
「ですよね。ちょっと俺が考えなしでした」
「いえいえ。うちの経営を思って、お仕事を斡旋しようとしてくださったことは嬉しく思いますよ」
まあ、そういう気持ちがまったくなかったかと言えば嘘になるけど。
「ただ、うちは領主様と六聖教会による共同出資で運営しておりますので、食べるものに事欠くほど困窮はしておりません。そこは安心してください。それに、毎月寄付をしてくれる優しい子もいますからね」
「寄付ですか」
なにもせずに帰るのもあれだし、俺もちょっとだけだけど寄付して行こうかな。
「あ、ちょうどその優しい子があちらに来ていますよ」
そんなことを考えていると、シスターからそう告げられる。
手で指し示された後ろを振り返ば、先程の俺のように子供たちにまとわりつかれたピンクブロンドの少女がいた。
「もう、あんまり引っ付かないの。そんなに急かさなくても、持ってきたお菓子は全員分あるか、ら……」
「システィー先輩?」
「ど、ドラちゃんがなんでここに!?」
俺の視線に気づいたシスティー先輩が、背中や腕にひっついた子供たちを見て、頬を赤く染める。
「こ、これは違うから! この子たちが勝手にくっついて来てるだけで!」
「ねーねー、システィーお姉ちゃん。お菓子食べたらいつもみたいに遊んでくれる?」
「私も私も! 一緒におままごとしよ! 今度はわたしがお母さん役ね!」
服の裾をあちこちから引っ張られ、システィー先輩は子供たちにねだられる。
その子たちを見てから、先輩は俺の方をもう一度見た。
「違うから!」
「先輩。幼い子には優しいんですね」
俺は優しい笑みをシスティー先輩に向けた。
「お姉ちゃん、ですもんね」
「あががががが」
先輩はさらに顔を真っ赤にすると、ぽいぽいっとまとわりついていた子供たちを放り投げていく。
適当なようでいて、ちゃんと着地できるように考えた優しい手つきだった。
子供たちは遊んでくれていると勘違いして、きゃーきゃーいいながら再度システィー先輩に突貫していく。遠慮のない行動から、これまでもこんな感じで遊んでもらったことがよくわかる。
それを余裕のないシスティー先輩が手当たり次第に投げていくので、子供たちも白熱していく。実に楽しそうだ。
俺も参加してみた。
「わー」
「わーじゃない!」
ぽーいと宙高く放り投げられる。
普通の子供なら怪我をしそうな高さと勢いだったけど、俺なら問題はなかったので、この遊びを星三つとさせていただきます。
それから何回も宙を舞ったところで、子供たちもようやく満足したようだった。
解放されたシスティー先輩は、ぐったりと疲れた様子で、俺が座っていた隣の椅子に腰かける。
「やっと解放された。シスターも笑ってないで早く止めてよ」
「うふふ、子供たちが楽しそうだったからつい」
「ついじゃないし。お陰でドラちゃんに変なところ見られちゃったじゃん」
口元に手を当てて笑うシスターをジト目で見たあと、システィー先輩が俺をさらにじとっとした目で見てくる。
「ドラちゃん。私がここに来てること、誰かに話したら承知しないからね」
「なんで? ここって領主様が出資している孤児院なんだろ?」
「そうだけど、私のいつもの言動的に、孤児院に寄付したり子供たちに懐かれてるのってなんか変じゃん」
自覚あったんだ。
てっきり人をからかうのは完全に素でやっているものと思っていたのだが、この様子だと意識している部分もあるらしい。
でもそうだよな。領主様の騎士なんだから、まさか上司や同僚にもあの調子なわけがないよな。ちゃんと状況に応じて使い分けているのだろう。
それはそれとして、絶対に人をからかうのを愉しんでいるが。天性のものだが。
そんな彼女にとって、孤児院に寄付をして子供たちに懐かれているのはキャラ崩壊案件なのだろう。それを知ってしまった今、俺がするべきことは当然、彼女を思って自らの口を塞ぐこと。
「どうしよっかなぁ。先輩にはこれまで散々からかわれてきたからなぁ」
ではもちろんなく、反撃に出ることだ。
「黙っていて欲しかったら、言うべきことがあるんじゃないの? ねえ、システィー先輩。俺、先輩の口からお願いって言葉をまだ聞いてないんだけど」
「……ドラちゃんも、私に負けず劣らずいい性格してるよね」
「ありがとうございます」
「褒めてないからね?」
「わかってるよ。それより、先輩。誤魔化そうとしないで、ちゃんと俺にお願いしてくれません?」
「もうっ、調子に乗りすぎ!」
「のわっ!」
システィー先輩が跳ねるように立ち上がると、俺の背後にすさまじいスピードで回ってきて、腕で首をロックしようとしてくる。
思わず椅子から床に倒れこんでしまうが、システィー先輩は俺を離すことなく、一緒に倒れてまで拘束してきた。足が蛇のように絡みついてきて、さらに拘束を強くされる。
「ほらほら、苦しいでしょ? 解放して欲しかったら、二度とシスティー先輩には逆らいません、私は尊敬する大先輩の忠実な舎弟です、って言うの!」
「そ、尊敬だなんて、誰がそんな欠片も思ってないことを言うか!」
「言っちゃったね。本音漏れちゃったね。もう許さないからね!」
システィー先輩が口元をひくひくさせながら、さらに手や足に力を入れてくる。
くそっ、シュクラ流では教えてないっていうのに見事な捕縛術だ。唯一動く手で首を絞める腕を剥がそうとするが、全然動かない。なんでこの世界の女子はゴリラパワーが多いんだ。
けどな、なんとなく俺は先輩の弱みがわかった気がするんだよ。
腕を外すのを諦め、全身でしがみついてくる先輩のお尻の部分に手を持って行く。
「先輩。このまましがみついたままだと、お尻を揉むぞ」
「はぁ!?」
先輩がぎょっとした顔で俺の顔を覗き込んでくる。
「ちょ、なに言ってるの? お、お尻とか!」
「それはこっちの台詞だ。こんなにぎゅっと抱きしめられたら、システィー先輩の胸の形が丸分かりだよ。なんですか? 押し当ててるんですか? 案外先輩って胸があったんですね!」
「っ!?」
お尻の前で手をわきわきさせながらそういえば、先輩は顔を真っ赤にして離れた。
自分の胸とお尻を腕で隠し、赤くなった顔でにらみつけてくる。
「ど、ドラちゃんのえっち! スケベ! 変態!」
「ふっ、なんとでも言うがいいわ」
システィー先輩の弱点。それはセクハラ耐性だ。
なにかと人をからかってくる癖に、俺のアパートに持ち込んだ下着は自分が普段使っているものではなく新品だった。
からかうためにわざわざ用意するなんて馬鹿じゃないのと思った一方、からかう目的ならば使用済みの方がよかったはずだ。だが彼女はそれを避けた。彼女は自分の普段使っている下着を俺に洗わせるのを恥ずかしがったのだ。
小悪魔的な言動とは裏腹に、システィー先輩は性的な言動に慣れていない。
であれば、セリカというエロモンスターによって鍛えられた俺に敵うものかよ!
「さあ、先輩。悔しかったら、もう一度俺に抱き着いてくるがいい。もちろんそのときは、その胸とお尻をぞんぶんに堪能させてもらうがな!」
「このっ! このっ! お姉さんを馬鹿にしてぇ!」
にらみあう俺たち。
その真ん中で置いていかれていたシスターが、そのとき噴き出すように笑った。
「ふふっ、システィー。あなたのそのような姿、初めて見ましたよ」
「し、シスター。これは、その」
「いいんですよ。仲がよいのは素晴らしいことです」
「もうっ!」
システィー先輩はからかわれたのがわかったのか、頬を赤く染めると、逃げるように出口に向かった。
「シスターもドラちゃんも大嫌い! じゃあね!」
ばたん、と勢いよく扉を閉めて、システィー先輩は去って行ってしまう。
「ちょっとからかい過ぎたか」
「そのようですね」
顔を見合わせて笑いあう。
先輩の照れ顔は可愛い。声に出さずとも意見は同じようだった。
「先輩はよくこの孤児院に来るんですか?」
「ええ、月に何度も来てくれていますよ」
椅子に腰かけ直してシスターに聞けば、彼女は嬉しそうに教えてくれた。
「あの子はね、優しい子なのです。毎月うちや他の孤児院に少なくない額を寄付してくれているのですよ」
「システィー先輩がねえ」
騎士なのだからそれなりにお給料はもらっているんだろうけど、それを寄付に回しているなんて少し意外ではあった。
「あ、もしかして先輩、ここの出身だったり?」
「いいえ。彼女が初めて来たときには、すでに領主様の下で騎士をやっていました。元々は人探しでここに来たのです」
「人を探して?」
「あまり本人以外の口から言うべきではないのかもしれませんが、システィーはリリエッタさんという名前の妹を探しているのです」
「妹」
大事な妹がいると語っていたから、てっきり一緒に暮らしているのだと思っていたんだけど、探しているということは離れ離れになってしまっているのか。
「詳しいことは教えてくれなかったのですが、どうやら生き別れてしまったようなのです。悲しいことですね」
「……そうだったんですね」
だから先輩は孤児院を何度も訪ねているのか。親がいないという話は聞いていたから、たしかにどこかで妹さんが見つかったら孤児院で保護されている可能性はあるだろう。
「それなのに、ここにいる子供たちのことも気遣ってくれて……本当に、優しい子なのですよ」
「……早く妹さんが見つかるといいですね」
リリエッタちゃんか。俺も覚えておこう。
「ちなみに、そのリリエッタちゃんの特徴とかは聞いてますか?」
「はい。システィーのひとつ年下の十一歳で、大人しくて可愛らしい女の子だそうですよ。顔立ちは似ていないそうですけど、髪の色は同じでピンクブロンドだと言っていました。あとは、そうですね」
シスターは思い出すように特徴をひとつひとつ教えてくれたあと、最後に俺の顔を見てそう言った。
「あなたと同じ、綺麗な紫色の瞳をしているそうですよ」