分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
紫色の瞳は、帝国の皇族や貴族に多い身体的特徴であるらしい。
それだけだ。
王国ではかなり珍しく、俺以外見たことはないが、帝国に行けば街中で何人かは見かけることができる。それくらいの特徴でしかない。
だからシスティー先輩の妹のリリエッタちゃんが紫色の瞳をしていたとしても、変に勘繰る必要はないのだ。むしろ珍しい瞳の色なので、捜索に有利に働くと思った方がいいだろう。
実際、ゼルクトの街で紫色の瞳をしている人がいたら目立つだろうな。
そう、ちょうどあの高台の上でたたずむ男のように。
孤児院からの帰り道。人材確保の方法を考えつつも、ついついリリエッタちゃんを探すようにいつもは来たことのない道を選んで歩いていたのだが、ずいぶんと人気のない場所にやってきてしまった。
そこで遭遇した男は仁王立ちして腕を組み、ただ黙って太陽の光を浴びていた。
年齢は二十代半ばほどだろうか。柔らかな金髪を後ろになでつけた端正な顔立ちの男で、紫色の瞳がより高貴さを演出している。
筋骨隆々とまではいわないが、鍛えたもの特有の体つきをしており、引き締まった尻から足にかけてのラインは、その手のフェチズムを持っている人にはたまらない形をしているのも知れない。まさにその身ひとつで女をとろかしてしまいそうな、そんな貴公子である。
問題は、彼がパンツをはいていないことなのだが。
「……フッ」
全裸の貴公子は、高台に吹きすさぶ風を全身で受け止め、乱れた髪をそっとなでつけて直す。
そのあと、また静かに腕を組んで街を眺め始めた。
――なにあれこわっ!?
人気のない場所で遭遇するには、あまりにも極上の変態であった。
俺は足音を立てないように、ゆっくりと後退る。
気付かれるな。あれとは関わり合いになるべきではない。どこぞの教会の元隊長によって鍛えられた俺の変態センサーがビンビンに反応している。
「む?」
見られている気配を察したのか、男がいきなり振り向いた。
「誰かいたと思ったが……気のせいか」
危なかった。
間一髪、見つかる前に近くに植えられていた木の陰に隠れることができた。
男はこちらに気付くことなく、再び仁王立ちの体勢に戻った。
あのポーズの意味はなんなんだ? なぜ無駄に格好よくたそがれている?
き、聞いてみてー。
でも関わりたいにはなりたくねー。
後者の比率の方がやっぱり高かったので、木の周りの茂みを利用し、匍匐前進の体勢で脱出しようと試みる。
「――ようやく来たか」
逃げ出す前に男がそう言い出した。
反射的に動きを止めて息を殺すが、どうやら俺に気付いたわけではないらしい。
男が話しかけたのは、いつの間にか現れていた女性に対してだった。
日傘をさしたドレス姿の女性だ。年齢は男より少し年下で二十歳を過ぎた頃。くすんだラベンダー色の髪を三つ編みにして、宝石をあしらったバレッタで止めている。
胸にも大きな宝石が目立つブローチ。唇には真っ赤なルージュ。
華美に飾りながらもどこか退廃的な、そんな貴婦人然とした女性であった。
「ごきげんよう、ユーヴェイン殿下。その格好はどうされたのですか?」
女性は開口一番、当たり前の質問を口にする。
「もしやわたくしをお誘いするために、わざわざそのような恥ずかしい格好でお待ちになられていたのですか? そこまで求められるのであれば、わたくしとしても一夜を共にして差し上げても構いませんけれど?」
「抜かすな、魔女が。誰が貴様などに高貴なる種をくれてやるものか」
ユーヴェインと呼ばれた男は顔を盛大にしかめると、女の誘いを鼻で嗤った。
「それにこの格好のなにが恥ずかしいというのだ? 我が至高の肉体美に、なんら恥じ入るところはない」
「まあ素敵。大した自信ですのね」
「当たり前だろう。私を誰だと思っている?」
露出狂の変態だろ。
「それよりも、貴様一人だけか? レオンハルトの奴はどうした?」
「レオンハルト様は朝からユーヴェイン殿下を探しまわっておられましたよ。わたくしがスキルを使って見つけて差し上げると提案したのに、自分で探すからわたくしは宿で待機していろだなんて、そんな寂しいことをおっしゃられるのです」
「当然の采配だな。貴様は目立ちすぎる。隠密行動にはどう考えても向いていない」
「ふふふっ、その格好でよくそんな台詞が吐けますわね」
「そう褒めるな! 私がなにもせずとも目立ってしまうのは当然のことだ! だが許そう。すべては私が美しすぎるのが悪いのだからな! 罪深き魔女であろうと、私の光輝を眼に焼きつけることくらいは許してやろう!」
「ふふふっ、ぶっ殺してやろうかしら」
物騒なことをつぶやく貴婦人。
それに対し、男はマイペースに髪をかきあげることで答える。
「私に危害を加えることは、オズワルドの奴が禁止しているはずだが?」
「ええ、我が君の言葉は絶対です。けれど、忘れないでくださいね? わたくしがその気になれば、この街ごとあなたを消し去ることも可能だということを。我が君のことを考えれば、あなたは処分しておくに越したことはないのですから」
「物騒な女だ。オズワルドもこんな女のどこがいいのやら」
「我が君はあなたとは違うのです。わたくしにとって、まさに最愛の御方なのですから」
「ふんっ、オズワルドがどう口説いたのかは知らんが、ずいぶんと入れ込んでいるな。さては貴様、これまでもてた経験がないのだろう?」
ギシリ、と貴婦人の手の中で日傘の柄がきしむ音が聞こえてきた。
すごいな。あの空気の中、よくあんな台詞を吐けるものだ。計算高いのか、それともただ図太いだけか。
ていうかこれ、もしかして見てはいけない密会なのでは?
人気のない場所。剣呑な空気。見つかったら殺される?
俺はより姿勢を低くし、入念深く息を潜めることにした。
ここにいたのが分身の俺なら、いざというときは自爆してドロンできたのだが、生憎と本体の俺ではそれができない。見つからないようにがんばるしかなさそうだ。
「しかし、レオンハルトの奴め。我が侍従でありながら、なぜこの女より先に私の居場所を突き止められんのだ」
さっさといなくなってくれればいいのだが、二人はなおも話を続けている。
「私は常に私を美しく彩る場所にいる。私が生まれたときから一緒にいるのだから、それくらいはわかりそうなものなのだが」
「今のお言葉、レオンハルト様が聞いたら、オズワルド様に鞍替えしていただけるかもしれませんね」
「あり得ぬことだ。レオンハルトが私から離れるなんてことは、天地がひっくり返ってもありえうおっ!」
「死に晒せこの馬鹿皇子が!」
話の途中、突然駆け寄って来た男が、ユーヴェインに飛び蹴りをくらわす。
ユーヴェインはもんどりうって、天地がひっくり返った無様な格好で転がった。
「れ、レオンハルト! 主に向かってなんたることを!」
「それはこちらの台詞だ馬鹿め! 半日以上、人を走りまわせやがって! しかもなんだその格好は!? 馬鹿なのか馬鹿なんだな死ねぇええええ!」
激昂して蹴りをさらに叩き込むのは、ユーヴェインより少し年上の男だった。
銀髪を首の後ろで結び、珍しく眼鏡をかけている。眉の間には深いしわが寄せられており、レンズの奥の眼はつり上がって殺意に燃えあがっていた。
「やめ、やめんか、レオンハルト! 主を足蹴りにするな! 不敬罪で処刑されたいのか!?」
「やってみろ馬鹿皇子! それが貴様の派閥が終わるときだからな!」
「はっはっは! なにを言うか。この私という最強のカリスマがいるかぎり、我が派閥は瓦解などせんよ。それはそれとして、レオンハルトよ。お前の存在もまた、私にとってなくてはならないものである。先ほどのは冗談だ。高貴なる冗談である」
「そう思うんだったら少しは労われ! 人の目を盗んで夜中に抜け出しやがって!」
「すまんすまん。市井に紛れて過ごすなどあまりにも久しぶりのことでな。ついつい噂に聞く庶民の酒場とやらに繰り出してみたくなったのだ」
「酒場? けど金はどうしたんだ? 貴様の金は俺が全部預かってるはずだが」
「馬鹿なことを言う。財布など私が持ち歩くはずがないではないか。しかし問題はない。庶民たちも私の高貴さに触れ、酒と肴を山ほど献上してくれたからな」
「それって……」
「しかしやはり庶民だな。そのあと理解できん行動に出た。自分たちで献上してきたくせに、あとになって金を寄こせと盗賊のようなことをのたまい、金など持ち歩かんと教えてやれば、身ぐるみを剥いできたのだからな」
「服がないのはそれが理由か」
レオンハルトと呼ばれた男は、顔を手で覆って天を仰ぐ。
「…………よし、飲み込んだ」
「なんだ? 飴でも舐めていたのか?」
「舐めていませんよ。それよりも私の上着をお貸しするので、そちらで股間の物を隠してください」
これまでの態度から一変し、礼儀正しい立ち振る舞いになったレオンハルトが、上着を脱いでユーヴェインに差し出す。
長いコート状のそれを受け取ったユーヴェインは、腰に巻き付けることでなんとか股間を隠すことに成功する。どこからどう見ても原始人だったが、顔がいいので様になっているように見えるから不思議だ。
「イライザ嬢も、一人で出歩くのは慎んでください。私たちは招かれざる客であることを自覚してくださいませんと、オズワルド殿下にも迷惑がかかりますよ?」
「肝に銘じておきますわ」
「まったく。ほら、行きますよ。ユーヴェイン殿下」
「そう急かすな、レオンハルト。私としては庶民の屋台飯とやらも食べてみたいのだが」
「ぶっ飛ばすぞ!」
主の尻をもう一度蹴り上げ、レオンハルトはユーヴェインを引っ張るように歩き出す。どうやらこのまま立ち去ってくれるようだ。俺も茂みから立ち上がる。
イライザと呼ばれた貴婦人もまた、二人のあとをついていこうとして。
不意打ち気味に、こちらを振り返った。
木陰から覗き込んでいた俺と、彼女の赤とも緑とも見える不思議な色合いに光る瞳とが合う。
やばい!
慌てる俺に対し、イライザはそっと唇に人差し指をあててみせた。
――内緒よ、ボク。
声にならない声が、そんな風に告げたような気がした。
彼女は最後に流し目を向けながら自らの指をぺろりと舐めて、日傘で自分たちの姿を覆い隠すようにして立ち去っていった。
俺は無言でそれを見送るしかなかった。
魔女と呼ばれた女の視線に、言いようのない不安を覚えながら……。