分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
「よかったんですか? ドライさん」
奴隷の購入契約を交わしたあとのこと。商館の入り口の隅に置かれたソファで購入した少女を待っていると、カインズさんにそう聞かれた。
「よくないです。奴隷を買っちゃいましたよ」
左手に握られた契約書を、なんとも言えない顔で見る。
人を物として取引した証。銀貨でわずか五枚だった。
「奴隷を、買っちゃいましたよ」
「しかも適正などをまったく考えずにですね。値段が想定よりも安かったのはいいとしても」
「そういう話じゃないってこと、カインズさんも気づいてますよね?」
取り押さえられたときに、少女は水晶玉を手から取りこぼしていた。
それを俺は拾ってもう片方の手に握っていた。広げれば、そこには淡く輝く水晶玉の姿がある。
「光ってるこれを見たときの反応、ファムファタールの子供たちについて気づいた顔でしたよね? ていうか、それを俺に教えてくれたのはカインズさんでしたよね?」
「なんのことやらー。私はなにも知りませんよー」
棒読みだった。そして、関わり合いになりたくないという全霊のアピールだった。
そりゃあなたはそうすればいいんでしょうけど。
俺としては、あのまま見なかったふりはさすがにできなかった。
ファムファタールの子供たちと呼ばれている存在がいる。帝国の現皇帝が、世界各地で巡り合った女に生ませた庶子たちのことで、子供たちには身分を証明するものとして特別なマジックアイテムが授けられていた。
『証の紋』と呼ばれるマジックアイテムで、少女の吐き出した水晶玉がそうだ。
血を垂らすことによって水晶内に紋章を刻むことができ、以後、本人とその血筋に反応して光を放つようになると調べた資料にはあった。
つまり一個の証の紋でそれぞれ光った俺と彼女には、同じ血が流れているということになる。
おいおい、マジかよ。
ファムファタールの子供たちについて説明されたときから予期していたが、天涯孤独のはずの俺に兄弟姉妹を名乗る相手が出てきちゃったよ。
そう、俺も証の紋を持っているのだ。
今は自室に保管してあるそれ。この水晶玉よりも二回りほど小さく、砕けた破片のような水晶片だが、証の紋として問題なく機能しており、俺が持ったときだけ光り輝く性質を持っていた。それ即ち、俺もまたファムファタールの子供たちの一人である可能性が高い証左であった。
「とりあえず、買ってしまったものはしょうがない」
これもなにかの縁だと思おう。人手が欲しかったのは事実なんだし、購入してしまった責任は果たすしかないだろう。
兄妹云々は彼女から話を聞いたあとに考えるとしよう。
「だから、私と同じ髪色をした女の子の奴隷だってば!」
「ん?」
意識を切り替えていこうとした俺の耳に、大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
「何度も言わせないで! 別に奴隷が欲しいわけじゃないの! その特徴を持ったリリエッタっていう女の子が奴隷としてもしどこかで見つかったら、お金を払うから保護してって言ってるだけじゃん!」
「そ、そういう個人的な依頼は、前からお答えしているとおり引き受けることはできません! 我々ができるのは、今いる在庫から似た特徴の奴隷がいるかどうかお答えするくらいでして!」
「はあ!? けどあなたたちが見せて来る奴隷は、いつも特徴が違う奴隷ばかりじゃない! お買い得品ですよじゃないんだけど!」
「そ、そう思うのでしたらひとつくらい奴隷を購入してください! うちの商品を買っていただけない方に、これ以上のサービスはできないという店長判断なんです!」
「奴隷を購入なんてするわけないでしょ! その店長って奴をここに連れてきなさい! 痛みと一緒に教え込んであげるから!」
「ひぃいい! 無理、無理ですよぅ!」
「先輩?」
受付嬢に食って掛かっているのは、誰であろうシスティー先輩だった。見たことのない形相で、今にも受付嬢さんの胸倉につかみかからんとしている。
「ちょっと、システィー先輩。落ち着いて」
「誰よ馴れ馴れしい!」
慌てて止めに入ると、システィー先輩に鋭い眼差しを向けられた。
瞳の危険な色が、俺の顔を見て大人しくなる。
「あれ? ドラちゃん。どうしてこんなところに?」
「それはこっちの台詞だよ。一体なにがあったんだ?」
「んー、ちょっとね」
言葉を濁すシスティー先輩。
とはいえ、先程聞こえてきた言葉で想像はついていた。恐らくは昨日の孤児院と一緒で妹さんを探しているのだろう。身元不確かな少女が連れてこられる先としては、残念ながら奴隷商館は妥当な場所であった。
そのことを隠したいということなら、教えてくれたシスターさんにも悪いし深くは聞くまい。
「とにかく落ち着いて。受付嬢さんに食って掛かってもしょうがないだろ?」
「しょうがないって。あのねぇ、こっちはさ!」
言い方にカチンと来た様子のシスティー先輩は、そこで俺が手に持っているものに気が付いた。
握りこんだ水晶玉ではない。奴隷の所有契約書だ。
「は?」
システィー先輩の顔が、今までに見たことがないくらい歪む。
「え? なに? ドラちゃん、奴隷を買ったの?」
「あー、まあ。商売の関係で人手が欲しくて」
「ふ~ん」
俺の顔を見つめる先輩。その目はどこまでも凍えていた。
今までもからかって来たり、罵倒してきたり、詰ってきたりしたことはあったけれど、こんなにも冷たい目で見られたのは初めてのことだった。
「そっかそっか。ドラちゃん、奴隷を買ったんだ。へー、人手が欲しかったんだね。じゃあきっと、力のある男の奴隷だよね?」
「いや、事情があって女の子だけど」
「女の子? なにそれ? それってあれでしょ? ご主人様の命令に逆らうな、黙って股を開けってやつでしょ? うわっ、さいてー。……さいてーじゃん」
「いやいやいや、俺はそんなことしないから!」
「どうだか。奴隷を買うような奴のいうことなんて信じられないし」
システィー先輩はどこか傷ついたような顔で吐き捨て、俺に背中を向けた。
「失望した。ドラちゃんって、そういう人間だったんだね」
「先輩! 話を聞いてくれって!」
「いいよ。どうせ、ドラちゃんの考えなんて私にはわからないし。そう、そうだよ。ドラちゃんはさ、奴隷を買えるくらいお金もあるし、家族とも一緒に暮らすことができて、そんな恵まれた人生だからわからないんだよ。人から物として扱われるのが、どれだけ苦しくて辛いのか……わからないから、奴隷なんて買えるんだね!」
そう叫んだ先輩の表情は見えなかった。けれど奴隷という言葉に向けられたあまりにも強い憎悪を感じ取って、俺はシスティー先輩の過去についてなんとなく察してしまった。
両親のいない二人だけの幼い姉妹。離れ離れにならざるを得なかった過去。
妹さんが奴隷になっているのかもしれないのなら……同じ境遇にあった先輩も、昔は奴隷だったのかもしれない。
「じゃあね、ドライ。せいぜい買った奴隷を可愛がってあげれば?」
先輩は涙をぬぐうような仕草をすると、そのまま振り返ることなく商館を出ていってしまった。
俺はその背を見送ることしかできなかった。
なんて声をかけていいかわからなかったからじゃない。
「は?」
ただどうしようもなく腹が立って、咄嗟に声が出なかっただけだ。
しかし感情がようやく追いついてきて、喉から叫びとなって迸る。
「こっちも元奴隷ですけどぉおおおおおおおお――ッ!?」
なんだあれ!? なんなのあの態度!?
ク、クソガキがぁ。奴隷を買ったことが気に食わないだけなら、実際に購入しに来た身だから甘んじて受け入れよう。けど変な勘違いをしたあげくに、俺が恵まれてるだと? 人から物として扱われる苦しさがわからないだと?
「わかるわ! めっちゃわかるわ! わかりすぎて、今でも村長のこと縊り殺したくなる日があるわ!」
「え? 私、殺されるの?」
「はぁ!?」
突然、横からそんな風に言われて、勢いよくそちらを振り返った。
どこかで見たことのある村長が、身体を震わせて俺のことを見ていた。
なるほど。
「歯を食いしばれ!」
とりあえず、俺は八つ当たりもかねてコルニ村の村長を一発殴ることにした。
もちろんグーだ。元奴隷の恨みを思い知れ!
村長こと名前を忘れてしまったこの初老のおじさんは、俺が生まれ育ったコルニ村の村長で、俺の元ご主人様だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
奴隷商館内にある個室で、そんなコルニ村の村長と向かい合って席につく。
村長は俺の拳がかすめた頬を痛そうにさすりつつ、半眼でにらんでくる。
本気の本気ではなかったとはいえ、よく避けられたな。もっと鋭いジャブを放てるように鍛えなければなるまい。
「まったく、いきなり殴りかかってくるとは。年寄りは労わらんかい」
「村長は年で記憶力以外どうこうなる人じゃないだろ」
「記憶力のことは言うな。というかお前さん、聖女様と聖都に行ったんじゃなかったのか? どうしてゼルクトの街におるんだ?」
「いいだろ別に。色々あったんだよ」
「まあまあ、村長さんもドライさんも落ち着いてください」
店側に頼み、この席を設けたカインズさんが仲裁してくれる。
「……カインズさんの顔に免じて、これ以上は言わんでおきましょう」
「ありがとうございます、村長さん」
「あれ? カインズさん、村長と知り合いなんですか?」
「ええ、以前この街で偶然お会いしたことがありましてね。そのときに軽く商売などをさせていただきました」
そうなんだ。世間は狭いな。
……いや、狭すぎるだろ。それ本当に偶然なんですかね?
「村長さんも奴隷の購入目的でこちらにいらっしゃったのですか?」
「ええ。もうすぐ収穫の時期ですが、ちょいと人手が足りませんのでね」
「人手が? なんで?」
村には十分な数の働き手がいたはずだけど。
「灰色は知らんだろうが、うちの村もさらに広がって、モンスター被害が出始めてな。奴隷の何人かをそちらの対処に回したんだ。それで、収穫の方が手薄になりそうでな。ま、今年は今のままでも問題はないんだが、来年あたりが怪しそうだし、今のうちに買っておいて収穫作業を経験させておきたいと考えたわけだ」
「ふ~ん」
つい聞いてしまったが、あまり興味がもてなかった。
コルニ村。故郷ではあるが、発展しようが衰退しようがどうでもいいという気持ちしかなかった。さっきはつい苛立ちを村長に向けてしまったが、俺にとってはもう過去のことで、コルニ村はその程度の場所だった。
しかしカインズさんはそうは思わなかったらしい。
「では村長さん、収穫までの間はかなり手が空いていると思ってよろしいので?」
「たしかに、こうして奴隷を買いに来られるくらいには手隙ですがね。なにかありましたかね?」
「商売のことで少し。もうひとつご質問なのですが、村の木材の備蓄はどうです?」
「ああ、そちらはかなり余ってますよ。今年もかなり開拓しましたからね」
そこまでのやりとりを聞いて、俺にもカインズさんの考えが理解できた。
木材と加工のための人手の確保。それをコルニ村の村人で補おうと考えているのだ。
「ちょっとカインズさん、大丈夫なんですか?」
俺は小声でカインズさんに囁く。
「この村長、かなりの食わせ者ですよ? 信用なんて絶対にできないタイプなんですけど」
「大丈夫です。コルニ村はなぜか防諜対策が万全ですし、村人が見知らぬ相手と接触しようものなら、そのとき不思議なことが起こってその事実がなかったことになりますから」
「それって……」
カインズさんをこっそり俺のところへ寄こしていたアルフィリアさんのことだ。俺の知らないところで、コルニ村に兵士を駐屯させるくらいのことはしていても不思議ではない。
なにせ六聖持ちの俺やフィーネの居場所を、わずかとはいえ知っている人たちが暮らす村なんだからな。
「村長。ちなみに、俺がいなくなったあとに村に変化とかあったりした?」
「ん? ああ、聞いて驚け。実は我が村にも教会ができてな。聖女様の計らいで神父様も来てくださったし、他にも森に狩人がやってきたりと、この一年でだいぶ賑やかになったんだぞ」
自慢気な村長。どうやらコルニ村はすでに、六聖教会によって村人たちの知らないところで影から支配されてしまっているようだった。
なら大丈夫だな!
俺が横から口出しするとややこしいことになりそうなので、カインズさんが村長に商談を持ち掛けるのを横で黙って見守ることにした。
そうこうしているうちに商談がまとまる。
「では、村で備蓄している木材をその洗濯板とやらに加工すればいいんですね?」
「ええ。一度私が足を運んで指導しますので、可能なかぎり作成をお願いします。運搬などはすべてこちらで手配しますのでご安心を」
「それでこの金額をもらえるのなら、こちらとしても文句はありませんな」
カインズさんが提示した金額に、村長はにやけ面を隠そうともしない。現金を稼ぐ手段の乏しいコルニ村にとっても、喜ばしい商談だったようだ。
「村長。冬を越す分の木材まで使わないでくれよ」
「わかっとるわい」
そのあと詳細な契約書を作成し、俺とカインズさん、村長のサインを記入して正式に契約を結ぶ。思いがけない出会いではあったが、木材の調達と加工の人手問題が解決してしまった。
……もう少し早ければな。奴隷商館なんて来なかったのに。
そうすれば、クソガキ先輩とも変にこじれなかったんだけど。
いや、ここに来なければ、そもそも村長と会うこともなかったか。
となると、俺があの子を買うのは必然だったのかもな。
「失礼いたします」
そのとき部屋の戸がノックされ、商館の従業員が顔を見せた。
「お客様。商品の受け渡し準備が整いましたので、支度が終わりましたらエントランスまでお越しください」
「わかりました」
「では失礼いたします」
礼儀正しくあいさつを述べ、従業員が退室する。
「カインズさん、あとは任せてしまってもいいですか?」
「構いませんよ。彼女を迎えに行ってあげてください。また明日、家の方にうかがわせていただきますね」
カインズさんに村長の対応を任せ、部屋を出てエントランスに向かう。
受付の前に購入した少女が所在なさげに立っていた。
ボサボサで汚れ放題だった先ほどまでとは違い、髪や顔から汚れが落とされ、服も簡素ながら綺麗なものを身に着けている。
こうして見てみると、痩せすぎではあるが顔立ちも悪くない。光の反射で白色にも見える淡いピンク色の髪をもっときちんと手入れすれば、きっとわたがしみたいにふわふわになってより可愛くなるだろう。
俺が姿を見せると、うつむきがちだった少女が顔を上げ、ぱっと表情を明るくする。それでも無表情に近い顔だったが、初対面とは思えないほどに俺に好意的な感情を向けてくれているようだった。明らかに自身の境遇と、証の紋の意味を理解している様子である。
「お姉様。じゃなくて、お兄様」
「ああ。お待たせ」
「お客様。先ほどは当店の奴隷がご迷惑をおかけしてしまったことを謝罪させていただきます。こちらの衣服などは、そのお詫びとしてこのままお受け取りください」
「わかりました」
「では商品の引き渡しを持ちまして、今回の取引は終了となります。本日は当店をご利用いただきまして、誠にありがとうございます」
従業員より少女を受け渡され、お辞儀をされて見送られる。
「それじゃあ、とりあえず俺の家まで行こうか」
「うん」
「じゃあ、付いてきて」
頷く少女を先導する形で歩き始めるが、彼女はふらふらと危なっかしい足取りで今にも転びそうだった。
「大丈夫か?」
「ごめんなさい。最近、なんだか頭がくらくらして、まっすぐ歩けなくて」
「……先に診療所に行った方がいいか」
会ったとききからずっと気分が悪そうだったし、病気かも知れない。
「転ばないように俺の腕につかまってくれ」
「いいの?」
「もちろん」
少女はおずおずと俺の腕を両手でつかむ。
ゆっくりと俺が歩き始めれば、先程よりも安定した様子で歩けていた。
「そうだ。最初にこれだけは聞いておかないと」
足元と俺の顔を交互に見ながら歩く少女に尋ねた。
「君に名前がもしあったら、俺に教えてくれ」
「名前? わたしの、名前は……」
ずいぶんと長いこと呼ばれていなかったのか、少女は悩み始める。
昔の俺のように名前がない可能性もあったが、どうやら彼女にはちゃんと呼ばれていた過去と名前があったらしい。
ややあって、少女はその名前を言の葉に乗せた。
「リリエッタ」
つい昨日、あるいは先ほど聞いたばかりの名前だった。
「リリエッタか」
そうかそうか。ピンク色の髪で、紫色の瞳をした、リリエッタちゃんなんだね。
「……ちなみに、システィーって名前に聞き覚えがあったりする?」
「システィー? うん、あるよ」
先ほどよりも悩まず、彼女は教えてくれた。
「昔、わたしのお姉様だった人の名前」
「お姉様か。それって、ピンク色の髪をしてた?」
「うん、わたしよりもはっきりとしたピンク色。昔はわたしも同じくらいの色だったけど、今はこんな風に薄くなっちゃって」
リリエッタは淡い自分の髪を手ですくい、寂しそうな目で見ていたが、すぐに俺の顔を見て儚い笑みを浮かべた。
「システィーお姉様とは同じ色に見えなくなっちゃったけど、今度はお兄様と似た色になれた。だから、もう悲しくないよ」
可愛らしいことを言ってくれるが、俺はそれどころじゃなかった。
リリエッタ。彼女は俺を兄と言う。その可能性は高そうな状況だ。
そしてリリエッタはシスティー先輩を姉と言う。こちらは問答無用で間違いないようだった。
つまり……システィー先輩は俺の姉?
うぉおおお! 頭が混乱する! 今すぐ事の次第を問い詰めたい!
ていうか、システィー先輩! 勘違いして怒って帰らなければ、探してた妹と再会できてたんじゃないか! なにしてるの!? 本当になにしてるの!?
「と、とりあえず、診療所だ。診療所に行くぞ。全部それからだ」
「うん」
俺が歩き始めると、リリエッタは素直に頷いてついてきてくれる。
「リリエッタは、お兄様と一緒に行く」
その無表情な横顔が、どこか嬉しそうに見えた。