分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
診療所にリリエッタを連れて行ったところ、栄養失調であると診断された。
栄養が足りておらず、それでふらついているのだと。今は胃に優しくて栄養のある物を食べさせてあげてください、とのことだった。
あとは回復ポーションさんの出番だ。
治癒魔法の原理から作られたという万能栄養回復薬は、治癒魔法ほどの怪我の回復能力はないが、こういう場面では大活躍だった。
いざというときのために持ち歩いていた回復ポーションをリリエッタに飲ませ、そのまま営業している食堂に向かう。
アパートにほど近く、安くて美味しいためよく利用しているシルフの食堂で、俺はリリエッタに食べやすそうで栄養のありそうなポトフを食べさせた。
スプーンを手に、口を汚しながら美味しそうに食べるリリエッタを見守りつつ、俺も自分の頼んだポトフを食べる。
その傍ら、一緒に頼んでおいたパンをスープに浸してふやかしておく。
硬いパンは今のリリエッタには飲み込めないだろうが、しばらくふやかしてあげれば、なんとか食べられるだろう。
あとは果物とかを磨り潰してもらったものを食べさせようか。
麦粥でもいいけど、あれは味がなぁ。
と、リリエッタがまたスープをこぼした。
「ほら、リリエッタ。お口が」
「ん」
ハンカチ代わりの手ぬぐいで彼女の口元を拭いてあげる。
「そんなに慌てて食べなくてもいい。誰も取ったりしないから」
「うん」
リリエッタはこくりと頷いて、少しだけゆっくりとポトフを食べ始めた。
それでもぽたぽたとスープをテーブルにこぼしてしまっているし、食べかすで口の周りを汚してしまっている。
行儀もなにもない。率直にいえば、食べ方が汚かった。
……これまで誰も指摘してくれなかったんだろうな。
「リリエッタ。たくさん食べろよ」
器に直接口をつけて具材をかきこみながら、リリエッタがコクコクと頷く。
美味しいなら今はそれでいい。行儀云々は、体調がよくなったあとに考えよう。
スープに浸しておいたパンも美味しそうに平らげたリリエッタは、けぷっと満足そうに喉を鳴らすと、膨らんだお腹を幸せそうにさする。
「お兄様。お兄様は、いつもこんなご馳走を食べてるの?」
「うん? まあ、な」
ご馳走なんてものじゃなく、庶民でも普通に食べられるようなものなんだが。
リリエッタは心なしか尊敬するような眼差しを向けてきている。
いやでも、この街に来た直後のことを考えれば、黒パンや豆のスープだけではなく、ちゃんとした料理を食べられる経済力を得ているわけだし。奴隷時代を思えば雲泥の差だ。
今更ではあるが、なかなかにやれてるんじゃないか、俺。
「これくらいの料理なら毎日でも食べられるぞ。もちろん、リリエッタもな」
「ほんとう?」
「本当だ」
「……夢みたい」
無感動な瞳のまま、少しだけ頬を緩める。
出会ってからこちら、あの涙以外ちゃんとした表情らしい表情をリリエッタは見せたことがなかった。おそらく感情がないわけではなく、それを表に出すことに慣れていないのだろう。出してはいけない環境にずっといたのだ。
労わるように軽く頭を撫でてあげれば、リリエッタは不思議そうに俺の顔を見る。
「お兄様も、システィーお姉様みたいなことをするんだね」
「システィー先輩もこんな風に撫でてくれてたのか?」
「うん。昔、二人きりだったときはよくしてくれたよ」
「そっか」
俺は撫でる手をとめて、改めてリリエッタに向き直った。
「リリエッタ。リリエッタのことを聞かせてもらってもいいか?」
「わたしのこと?」
「ああ。両親がどこの誰で、どう育って、どうやってこの水晶玉を手にいれたのか。それを教えてほしい」
持っていた証の紋をリリエッタに返しつつ尋ねる。
証の紋はやはりリリエッタの手の中で、俺よりも強烈に光り輝いた。
リリエッタは小さな水晶玉を大事そうに胸に抱きとめると、こくんと頷いてこれまでの人生を語ってくれた。
「あのね、わたしのお母様も奴隷だったの」
そんな台詞から始まる、リリエッタとシスティー先輩の過去のお話を。
リリエッタの母親であり、システィー先輩の母親でもある女性は奴隷だった。
見目に優れていた彼女を購入したのは娼館の楼主であり、彼女もまた娼婦として働かされることになった。
この世界において、娼婦の扱いは楼主が決めている。大事な稼ぎ頭として使っているところもあれば、最低限のルールを客に守らせること以外、ほとんど放置というところもある。
ましてや、奴隷の娼婦の扱いが良いわけがない。二人の母親は働き始めてから一年後には子を孕むことになったという。
避妊薬自体はこの世界にも専用のポーションという形で存在しているのだが、それは現代のそれと同じく妊娠を完全に防げるものではない。長く娼婦として働いていてれば、それは必然の結果だった。楼主は堕胎させることなく、彼女に子を産むように命令した。
そうして生まれたのがシスティー先輩だった。父親が誰かわからない、生まれながらの奴隷。
「楼主のおばさまに教えてもらったことがあるの。お母さまの子供なら見目麗しく育つだろうから、そうなったら娼婦にしてがっぽり稼ぐつもりだったって。ある程度育てて娼婦にできないようなら、奴隷商に売ればいいと思ってたらしいよ」
養育費と将来性を天秤にかけ、そう判断したのだろう。
楼主にその考えを助長させたのが、システィー先輩が生まれた直後にやってきた客の言葉だったという。
『我が主の望みである。そこの奴隷の身請けをさせていただきたい』
眼帯をした、どこぞの組織の若頭か、あるいは貴族の護衛といった風体の男が、二人の母親を買いたいと申し出てきた。
「目が飛び出すような大金だったんだって。それで、お母様はその人の主に売られることになったの」
そのとき男が提示した金額は、娼婦の奴隷に出すにはあまりにも大きな金額だったという。
そのことに楼主は気味の悪いものを覚え、訝しんだが、続く男の質問に理解を示した。
『……我が主には内密に教えていただきたいのだが、そこの奴隷に子供はいないだろうか? たとえば、ここ最近生まれた子供がいれば、教えていただきたい』
その問いを聞いて、楼主は二人の母親に惚れこんだどこかの客が、恋心を暴走させた結果だと判断したらしい。
質問も子供がいれば一緒に引き取るというものだと思えた。ただ、子供がいるなら諦めるという可能性も否定できなかった。そうなったら困る。大損だ。
『ええ、ご安心ください。そこの娘は生娘ではありませんが、子供を産んだ経験もなければ、孕んでもおりません』
『そうか。ならば安心だ。我が主もお喜びになられるだろう』
結局、楼主は安全策を取った。
システィー先輩の存在を隠し、そう言って二人の母親を売ったという。
『いいかい、お前さん。幸せをつかみたければ、システィーのことは決して口にせんようにな。そうすればきっと、お前を買ってくれた御方はお前を大事にしてくれるからね』
二人の母親にはそう言い聞かせた。言わんとすることは理解できたのか、彼女もシスティー先輩を手放すことをよしとしたらしい。
そうして、二人の母親は引き取られることになった。
相手はもちろん、リリエッタの父となる男性だ。彼は引き取ってすぐ、二人の母親を奴隷身分より解放した。そして奴隷時代からは想像もできない環境を与えてくれた。
立場としては家の外に囲われた妾のようであったのだとか。大きな家。たくさんの食事。身の回りの世話をしてくれるメイドまで。自由を許されなかったことだけが変わらなかったが、それでも以前に比べれば天国のような環境だった。
二人の母親はその恩に報いるため、リリエッタの父に誠心誠意尽くしたという。相性がよかったのか、すぐに彼の子を孕むこともできた。
そうして生まれてきたのがリリエッタだった。
二人の母親は自分を引き取ってくれた男に感謝し、大事に育てると誓ったという。
しかし、リリエッタが生まれて数か月が経った頃。
一人の少年が二人の元へとやってきた。
娼館に最初に交渉へやってきた、例の眼帯の男とともに現れたのは、まだ十かそこらという年齢の少年だった。
眼帯の男曰く、リリエッタの腹違いの兄にあたる少年なのだという。
不思議がる二人の母親に頼み、少年はリリエッタを優しい手つきで抱きかかえると、残念そうな顔で首を横に振った。
そうですか。と、眼帯の男は答えた。
その短いやりとりが、リリエッタの運命を決定づけた。
「お母様は、そのわたしの腹違いのお兄様にこっそりと教えてもらったんだって。俺には鑑定スキルがあります。リリエッタの
それが意味するところを二人の母親は最初理解できなかった。
スキルがない。それがどうしたというのか。そんなのは当たり前ではないかと。
けれどその少年――帝国の第三皇子は、悲しそうに首を横に振ったらしい。
そこで初めて二人の母親は、自分を孕ませたのが帝国の皇帝であると知ったという。
「父上はスキルがあれば大事に保護して持ち帰れと俺に命じました。なければ、扱いは自由にせよと。……わたしにスキルがなかった時点で、わたしとわたしを生んだお母様はお父様に見捨てられちゃったの」
スキルの有無。帝国の皇帝にとって、重要視するのはその部分。二人の母親を引き取ったことにも、彼女自身にも、愛情なんて欠片もなかった。
不幸中の幸いといっていいのか。スキルの判別に寄こされた第三皇子は、妹のことを冷徹に切り捨てられるような人間ではなかったらしい。
彼は選択肢を提示した。
ひとつはこのまま自分と一緒に帝国へ来ること。
もうひとつはこのままこの地に留まること。
前者の場合、二人は皇妃と皇女として扱われる。環境も今と大差ないだろう。
後者の場合は逆に、これまでの支援は打ち切られる。いくらかの手切れ金を渡され、放置されることになるだろう。
そう言われてしまえば、選ぶべきは後者しかない。けれど、第三皇子はそれをおすすめしなかった。
スキルのない皇女の扱いはよくない。良くて子供のうちに政略結婚に出されて終わり。悪ければ、成長する前に暗殺でもされてしまう。
加えていうなら、貴方はまず生き残れない。リリエッタのような存在はこれまでも何人かいたが、その母親たちの中で生き残っているものは誰もいなかった。
皇室の人間ならば誰もが知っている事実がある。
即ち、ファムファタールは二度運命の子供を産むわけではない。
皇帝は皇帝であるがゆえに、いついかなるときも傍にいてくれるわけではない。貴族でも後ろ盾のある立場でもない皇妃を守ってくれる者は誰もいないのだ。
ある皇子を生んだ平民の女性は、皇宮に上がったあと、毒を盛られて苦しみ藻掻いて死んだ。奴隷だった貴方はきっと、それよりも悲惨な末路を迎えるだろう。だから願わくば、皇宮には来ない方がいい。
そう言って、第三皇子は彼女に預かって来た証の紋を差し出した。
皇帝の血が刻まれた証の紋。彼と彼の血族の手の中で光輝く、血の証。
それがあれば、帝国はいつでも二人を迎え入れる。けれどその先、王宮で生き残れるかは二人次第。
第三皇子はこの場で決めてほしいと告げた。
皇帝の指示でやってきていた彼だったが、見聞も兼ねているそうだ。すぐにこの場をたたねばならず、また同行している兄たちに見つかると、問答無用で帝都まで連れて行かれる可能性もある。あの二人は父親を心から尊敬しているから、その血を継ぐリリエッタを善意の名の下に保護しようとするだろうから。
だから自分と、自分の子供の運命は、いまこの場で決めなさい。
すべてを見透かすような眼差しで、第三皇子は決断を迫った。
「お母様は、帝国には行かないことを決めた。でもそれは間違いだったって、死ぬ間際に言ってた」
皇帝からの支援を打ち切られた彼女の母親は、手切れ金が残っているうちに必死になってお金を稼ごうとした。
しかし、生まれながらの奴隷だった彼女には、働く伝手も技能もなかった。
第三皇子が配慮してくれ、多く渡された手切れ金も、悪い相手に騙されて、いつの間にかなくなっていた。幼いリリエッタを抱えて、彼女は途方にくれたという。
……結局、最終的に彼女が頼ったのは、昔自分が働いていた娼館の楼主だった。
「お母様は娼婦に戻った。わたしも、娼館で育てられることになった。今お話ししたことも、物心ついたあとにお母さまと、楼主のおばさまにこっそりと聞いたことが多いの」
リリエッタが四歳のときだったという。そこから六歳になるまでの二年間を、リリエッタは娼館で過ごしたらしい。
そしてそのときになって初めて、自分には父親の違う実の姉がいることを知った。
「システィーお姉様と会ったのは、そのときが初めてだった。最初はね、怖い人だって思った。だって、お母様を……」
罵倒したのか。殴ったのか。あるいは、両方か。
けれどシスティー先輩の境遇を思えば、それは責められないことだった。
「お姉様は最初、わたしのことも大嫌いだった。話しかけても無視されたし、お姉様って呼ぶと怒鳴られたし……今思えば、仕方がないことだってわかるけど、当時はなんで自分がお姉様にそんな風に邪見にされるかなんてわからなかった」
母親に大事に育てられた市民身分の妹と、母親に置いて行かれた奴隷身分の姉。上手くいかないのは当然だろう。
けれど今は、システィー先輩はリリエッタに深い愛情を向けている。心境の変化がこの先あったのだろう。
「お母様がね、亡くなったの。娼館内で流行り病がおこって、何人もの人が死んだ」
『リリエッタ。ごめんね。お母様が間違ってた。あなたは私やシスティーとは違って、あの人の高貴な血を引き継いでいるのに……私が命惜しさで、あの人と引き離してしまった』
今際の際、彼女は大事な娘にそう言って、保管していた証の紋を渡した。
『それを持って、いつか帝都に行きなさい。きっと、あなたのお父様が守ってくれる。そう、きっと、だって。あなたのお兄様だって、優しかった……なら……あなただけでも……あなただけは……お姫様だから……』
それが二人の母親の最後の言葉――ではなく、
『ああ、嫌だ。死にたくない。……死にたくない、死にたく、ない……』
最後の最後の言葉は、生を願う言葉だったという。
リリエッタは悲しんだ。システィー先輩は悲しまなかった。
ただじっと部屋の隅で、母親だった人が死ぬまでにらみ続けていたという。
ついぞ、病床の母親が、もう一人の娘に声をかけることはなかったそうだ。
『……なんだ。その人、本当に私のお母さんだったんだ』
ただ、システィー先輩は母親の最後の言葉を聞いて、小さくそうつぶやいたという。
それからすぐ流行り病はおさまって、二人も無事に生き延びることができた。
楼主も生き残ったが、それ以外で生き残った娼婦は数人だけ。加えて流行り病に侵されたと評判が立ち、客もつかなくなってしまった。そうなれば、母親の失った子供なんて育てられる余裕があるわけない。
システィー先輩は奴隷商に売られてしまった。そしてリリエッタもまた、母親が治療費を払えなかったからと、奴隷に落とされて同じように売られてしまった。
システィー先輩が七歳、リリエッタが六歳のときのことだという。
そこからリリエッタの奴隷としての生活が始まった。
これまでも決して恵まれた生活ではなかったけれど、少なくともご飯はちゃんと食べさせてもらえていた。着る服もあった。娼館だから身体も綺麗にできた。なにより、母親という自分をなによりも気にかけてくれる人が周りにはいた。
それを一気に失った彼女は、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて。
当たり前のように、唯一の肉親である姉にすがった。
「お姉様は、わたしの手を振り払わなかった。理由はわからないけど、わたしも奴隷になってから、お姉様は少しずつ優しくしてくれるようになった」
母親から与えられた愛情が大きく異なっていた二人は、その母親という存在がいなくなったことで初めて、同じ立場に立った。皮肉な話かもしれないが、母親が死んで初めて二人は姉妹になれたのだ。
「わたしも、お姉様も、なかなか売れなかった。どっちかだけが売れそうになると、お姉様が一緒じゃないと絶対に行かないってすごく暴れて」
これまでの反動か、システィー先輩はリリエッタを大事にするようになった。今なおああして探し回っていることから見ても、その愛情の深さは間違いない。
けれど……離れ離れになってしまっているように、二人に別れは訪れた。
「お姉様。自覚はなかったけど、スキルを持っていたみたい。触れるとよくパチパチしてたんだけど、それがスキルの影響だったみたいで」
スキル持ちは普通の人間よりも遥かに高い価値を持つ。
奴隷として最底辺にいたシスティー先輩は、高値の値段がつく高級奴隷になった。
「それで……わたし、お姉様に捨てられちゃった」
「捨てられた?」
「うん。わたしがいると、いい人に買ってもらえないから邪魔だって」
「システィー先輩がそう言ったのか?」
「ううん、奴隷商人の人がそう言ってたの。お姉様はわたしが眠っている間に、もういなくなってたから。……お姉様が九歳で、わたしが八歳のときだった」
そうして二人は別れ離れになったのか。
「でもね、わたしは捨てられたからってお姉様を恨んだりはしてないよ。だって、考えてみれば当たり前の話だから」
滔々と、リリエッタは冷めた目で語る。
「お姉様はきっと、心のどこかでわたしのことを許せなかったと思うから。だから、邪魔になったら捨てるのは当たり前。先にやったのはお母様だから。だから……システィーお姉様は悪くない。悪いのはね、お母様とわたしなの」
「リリエッタ……」
「……そのあと、わたしは別の奴隷を扱ってる人に売られることになったけど、そこでも全然売れなくて、色々な奴隷を扱ってる人のところを転々として」
今朝この街へとやってきたのか。
「そして今日、お兄様と会えた。すごくすごくすごいこと」
「そうかもな」
そしてこの街には三年前に離れ離れになったシスティー先輩もいる。たしかにすごいことかも知れない。
「リリエッタは、その水晶玉が証の紋って呼ばれるマジックアイテムだってことは知ってたのか?」
「うん、お母様から聞いてるよ」
軽く肯定するが、何気にすごいよな。
これまで語ってくれた話ぶりもそうなのだが、今よりもさらに幼かったはずなのに、よくそこまで明確に覚えてるものだ。
「じゃあ、どんなものなのかも?」
「どんなものなのかも?」
「お父様の血筋に反応して光るんだよね? お母様やお姉様が持っても光らなかったけど、わたしが持つと光るから。だから奴隷になったあとも、お姉様の指示で誰にも渡さないように飲み込んでたの」
リリエッタは証の紋を俺の手にくっつける。ほんのわずかに光が強くなった。
「お兄様を初めて見たとき、これが体の中でちょっとだけ熱くなった気がしたの。それで同じ色の目をしてたし、きっとわたしの本当のお姉様なんだって思って。がんばって助けを求めてみてよかった」
「そう、だな」
俺とリリエッタの間に、同じ血が流れているのはもう疑いようのない事実だった。
……認めなければならないだろう。
どうやら俺は、お兄様だったらしい。
「わかったよ、リリエッタ。俺のことは兄として扱ってくれ。でもお兄様っていうのはなんか仰々しいし、お兄ちゃんの方が個人的には嬉しいんだけど」
「お兄ちゃん? でもお母様が、あなたは私やお姉様とは違って本当は高貴な人間なのだから、お父様やお兄様のことはきちんとお呼びしなさいって」
「ああ、母親との約束みたいなものなのか。じゃあ、お兄様でいいか」
かしこまった呼び方と思ったが、そういう事情ならしょうがない。
とにかく、リリエッタの事情は理解した。
そして、システィー先輩との関係も。
父親の異なる姉妹。そういう関係だったのだ。
どうやら俺とシスティー先輩の間にはなんの血のつながりもなかったようで、そこは安堵した。でもちょっとだけ悲しかったり?
いや、普通に安堵しかない。システィー先輩に弟扱いされるのは御免被る。
リリエッタみたいに、素直にお兄様と慕ってくれるなら話は別なんだけど。
と、システィー先輩のこともちゃんと伝えておいてあげないとな。今のリリエッタの話を聞いたかぎりだと、彼女にとっては微妙な心境かもしれないけど。
「リリエッタ。実はな、システィーお姉様もこの街にいるんだ」
「え?」
「そして俺の知り合いでもある。会おうと思えば、会わせてあげることはできるんだけど、どうする?」
「システィーお姉様と……」
思いもよらなかったのだろう。リリエッタは喜んだりはしなかった。
「会うのが怖いか?」
「うん。わたし、捨てられたから。お姉様だって、わたしと今更会っても困ると思う」
「俺の知ってるシスティー先輩は、リリエッタのことを今でも必死に探してた。捨てたりなんてするような人じゃないと思う。リリエッタの勘違いで、奴隷商の奴が嘘を吐いてただけなんじゃないか?」
「…………」
「一度、会うだけ会ってみないか? もちろん、それで酷いことを言われたり、嫌いになったいうんなら、もう二度と会う必要はないからさ」
「…………うん、お兄様がそういうなら、会ってもいいよ」
かなり長い沈黙のあと、リリエッタはそう言った。
これはシスティー先輩が望むような、感動の再会にはならなさそうだ。実際どうだったかはわからないが、奴隷商が吐いた嘘だっていうのなら、これほど罪深いことはないだろう。
そこはシスティー先輩にも正直に説明するしかないな。
もしかしたら、再会したらあっさりと誤解が解けて、昔のように仲良くなれるかもしれないし。
明日、さっそくシスティー先輩に会いに行ってみよう。
あれで領主様の騎士だから、すぐに会えるかはわからないけど。
あと他に聞いておくべきことは……
「ん? 待てよ」
聞いておくべきことではないのだが、孤児院のシスターが、システィー先輩の探している妹の年齢の話をしてなかったか? それに今の話でも度々出てきた年齢も加味すると、リリエッタの年齢は十二歳のシスティー先輩のひとつ下になる。
つまりは十一歳。対して俺、九歳と十一カ月。
「俺、お兄様じゃないじゃん!」
弟じゃん!
長い奴隷生活がたたったのか、俺よりも細くて小さいから誤解していたが、リリエッタの方が普通に俺よりも年上だ。
「リリエッタ。やっぱり俺のことはお兄様って呼ばないでくれ」
「えっ?」
俺の言葉に、リリエッタが愕然と目を見開いた。
「み、認めてくれないの? やっぱりわたしには、お兄様なんていない、の?」
震えた声。目尻に浮かんだ涙。
再び見ることができたリリエッタの明確な表情は、最初と同じように、そんな絶望をあらわにした顔だった。
俺はぐっと親指を立てると、ばちこーんとウインクしながら言った。
「俺はリリエッタのお兄様だぜ!」
そういうことになった。
複雑なご家庭なのである。