分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
「また、一日でかなり変わりましたね」
翌日、リリエッタを見たカインズさんはそう評した。
着替えたからだろう。
昨日の夜はさすがに服を用意できず、俺の古着を着て眠ってもらったのだが、今日になって彼女にはちゃんとした服を買ってあげた。
フリフリとした可愛らしいワンピース。これといった好みを見せなかったので、店員さんのオススメの品になった。
あとは夜にたくさんお湯を沸かして、リリエッタの身体を綺麗にしたのも大きいだろう。作った石鹸を使って洗ってあげたので、今の彼女はどこもかしこもピカピカだ。特に髪は念入りに手入れをしたのでふわふわになっている。
元々はすれ違った人が顔をしかめるような汚らしい有様だったのだが、今や誰が見てもその愛らしさに頬を緩めることだろう。表情が乏しいのも、人形のようで愛らしい。
「可愛い。リリエッタ可愛いよ」
「そして君は、わずか一日でだいぶ絆されましたね」
可愛いは正義だからね。しょうがない。
そんなリリエッタは今、木材の端材を削って、見本を見つつ一生懸命洗濯板を作ってくれていた。
「リリエッタ。指を切らないように気を付けろよ」
「うん、お兄様」
細工仕事ができること。奴隷購入の際にこちらが出した条件はしっかりと守られていたらしく、リリエッタの手つきはそれなりに手慣れた様子だった。聞けば、似たようなことは前もやったことがあるらしい。
回復ポーションが効いたのか、それともご飯をたくさん食べたのが良かったのか、リリエッタは昨日に比べればかなり元気になっていた。
この調子で健やかに育って行って欲しいと、お兄様としては思うわけである。
「……まあ、いいですけどね」
カインズさんはどこか呆れた様子で肩をすくめる。
いやわかってますよ。本気でお兄様をやってるわけじゃありません。
どちらかというと、小動物を愛でているような感覚が近い。兄として慕ってくれるリリエッタには悪いのだが、いきなり妹ができましたと言われても、はいそうですかとは思えないのが実情だ。
天涯孤独の日々が長かったし、染み着いてしまっている。
なので、あくまでも俺からリリエッタに向ける感情は家族へのそれではなく、親しい友人か、言い方は悪いのだがやってきたペットに向けるようなものだった。
それにこの生活は長くは続かないだろう。
「システィー先輩にリリエッタのことを伝えれば、自分が引き取るって言い出すのは目に見えてますからね。俺はそれまでのお世話をするだけですよ」
「すでに連絡を?」
「いえ。冷静に考えると、先輩に連絡を取る手段を俺は持ってないんですよ。なのでこのあとリリエッタと道場に行くつもりです。先輩がいればそこで伝えますし、いなくても言伝くらいはできますから」
「そうですか。そういう風に君が決めたのなら、私としては言うことはありませんが……実際に兄妹だったので?」
「おそらく。証の紋以上の証拠はありませんけど」
アパートに帰った際に、保管していた証の紋をリリエッタに触ってもらったのだが、こちらも光るという結果に終わった。リリエッタの持っていた証の紋とは逆で、俺が触れると強く、彼女が触れると淡く輝くという結果だった。
この光量の違いがどういう意味合いを持つのかは、俺が証の紋について調べられた範疇にはなかったので、リリエッタの父、あるいは俺の父に聞かなければわからないだろう。
この世界にはDNA検査なんてないので、これ以上の証明はできそうもなかった。
「リリエッタの父親が、噂の帝国の種馬皇帝なのは間違いないと思います。でも、俺の方がちょっとわかりません。カインズさんこそ、はっきりさせることはできないんですか?」
「難しいですね。件の種馬皇帝については女を孕ませた噂が多すぎて」
父親かも知れない男が流している噂としては、最悪の部類の噂だな。
「ドライさんとリリエッタさんのお二人が直接父親に会っていたら、特徴なりを聞いて同一人物だったのかを確かめられますが、お互いに知らないとなると」
そこで一度言葉を切り、カインズさんは集中するリリエッタに話しかけた。
「がんばってるところすみませんね。リリエッタさん、あなたの御父上について、お母様はなにか特徴など言っていませんでしたか?」
「特徴?」
洗濯板の半分くらいを削り終えたリリエッタは、刃物を手に首をかしげる。
ん~、と小さくうなって考えこんだあと、
「四十歳くらいの紫色の眼をしたおじさん、って言ってた覚えがある、かも?」
「四十歳くらいですか。今の皇帝の年齢は、たしか四十七、八歳くらいだったかと」
「十二年前って考えると、三十五歳くらいですか。まあ、顔が老けてれば四十に見えてもおかしくない年齢か」
そもそも、リリエッタ側の年齢だけ確認できても、俺の方がわからないじゃ意味がない。
母さんも死んでるし、直接顔を見た人なんて……。
「いるじゃん」
昨日殴りかかった男を思い出す。コルニ村の村長なら、俺の父親の顔を見ているはずだ。実際に、紫色の瞳をしていたと前に言っていたし。
「カインズさん。村長は?」
「昨日すでに街をたたれました。明日、私もコルニ村の方へ洗濯板の作り方について教えに行きますから、そのときに聞いておきますよ」
「お願いします」
俺とリリエッタの関係は、その結果でもう少し判別できるだろう。
今はそれを待ちつつ、商売について進めていこう。
カインズさんの話では、村長はすぐ洗濯板作りに取り掛かってくれるそうだ。
カインズさんが監修してくれるので、保管してある木材の量から試算しても、一カ月で目標の五百個は作れそうだという話だった。よしんば現物の作成は間に合わなかったとしても、最低限木材だけは確保できるだろう。
「あとはこちらでも少しずつ洗濯板を作っていきましょうか。目標の数を超えてしまっても、その分はこちらで売ってしまえばいいんですから」
「わかりました。俺とリリエッタでできるかぎり作っていきますよ」
「お願いします。あとは現物が届いた段階で、正式にゼルクト伯爵にご報告といきましょう」
「それでいったん、今回の取引は完了ですね」
そうなったら、カインズさんとも一度お別れになっちゃうかな。となると、それまでに報酬をちゃんと用意しておかないといけない。セリカがいないときは森の浅い部分で冒険してたけど、しばらくは森の奥に潜ってがんばって稼いでこよう。
「では、私もコルニ村で売れそうなものを市場で仕入れをしたあと、準備を整えて明日村に向かいますね」
「ちゃっかりしてるなぁ」
「商人ですから」
カインズさんは笑みを浮かべると、帽子をかぶり直し、リリエッタに手を振って去っていく。
それを見送ったあと、俺はリリエッタに近づいた。
リリエッタは洗濯板を完成させようとしていた。かなり綺麗に作られている。少なくとも、俺が一個目を作ったときよりもはるかに上手だった。
「リリエッタは手先が器用なんだな」
「そうなの? 初めて言われた」
リリエッタは俺の言葉に喜ぶことなく、淡々と作業を進めていく。そうして洗濯板を完成させたところで、少しだけ満足そうに頷いた。
その後、俺は彼女を誘って外に出かけた。目指すはシュクラ流の道場だ。
先輩がいるといいんだけど。
「システィー君かい? 今日は来てないね」
俺たちを出迎えてくれたフレデリック先生はそう教えてくれた。
「元々、システィー君は週に一回か二回くらいしか道場には来ないしね」
「あれ? 俺と同じくらいの頻度ですね。けど俺が道場に行くときは大抵いましたけど」
「ああそれはね。君の予定に合わせてシスティー君が来てたからだよ」
「そうなんですか。あ、もしかして、フレデリック先生が俺によく次来る日を聞いてたのって」
「システィー君に頼まれてたからだね。あ、これ、本人には黙ってるように言われてるから、システィー君にはばらさないでね」
相変わらず軽い人だなぁ。
「しかし、今度は君の方からもシスティー君の予定を聞いてくるとは。君たち二人が良い仲になるのは近いのかもしれないね」
「いや、どちらかと言うと距離は遠ざかったような」
最後に見せたシスティー先輩の冷たい眼差しを思い出せば、どれだけあれで好感度が下がったかは言うまでもないだろう。
俺の方も好感度は下がったが、落ち着いた今ではそこまででもない。
どこかのタイミングで俺が元奴隷であることはばらし、システィー先輩にはあのときはあんな風に言ってたけどなにか言うことはある? ねえ、今はどんな気持ちなの? と盛大に煽らせてもらうつもりだからな。
奴隷を買った件も、相手がリリエッタと知れば、態度は百八十度変わるだろう。メスガキ先輩がしおらしく謝ってくる姿を想像するだけで、俺の下がった好感度は自然と爆上がりだぜ。
「ということは、システィー先輩がこの道場に来るのは、俺が次来る予定だった明後日ってことでいいんですね?」
「ああいや、今朝連絡があったんだけど、どうやら急に任務が入ってしまってしばらく来られないそうだよ」
「任務?」
「詳細は教えてくれなかったが、伯爵様の護衛をするとかなんとか。次に道場に来るのは来週くらいになりそうだと言っていたよ。彼女のことだから、その前に来て君の予定を聞いてくると思うけど」
「そっか」
俺はそこで、手をつないで隣に立つリリエッタを見る。
フレデリック先生はリリエッタのことを知ってるだろうか?
システィー先輩とも付き合いは長いみたいだし、さすがに知ってるか。
「フレデリック先生は、システィー先輩が探してる妹さんのことを知ってますか?」
「ああもちろん、私も捜索の手伝いを何度かさせてもらってるしね」
「実は、この子がそうなんです」
「えっ?」
フレデリック先生が目を丸くしてリリエッタを見る。
「リリエッタちゃんなのかい? でも聞いていた話とは髪色が少し違うような」
「髪の色、お姉様に捨てられたあと、気が付くとこんな色になっちゃった」
「えっ? あ、いや、そうなんだ。それは……えっ? 捨てられたって」
フレデリック先生は混乱中だった。そうだよな。いきなりこんなこと言われても驚いちゃうよな。
それからしばらくして、ようやく冷静さを取り戻したフレデリック先生に詳しい事情を説明すると、この人には珍しく興奮した様子を見せた。
「こうしちゃいられない。すぐに領主様の家に行こう!」
「今からいきなりですか? 大丈夫なんですかね?」
「なぁに、これでもシュクラ流の道場主として何度か領主様の兵士たちに剣を教えたことがある身だ。取次くらいはさせてみせるさ」
珍しく頼もしい発言をして、フレデリック先生はリリエッタを見た。
「それに、システィー君はずっとリリエッタちゃんのことを探してたんだ。本当に、ずっと、必死に……少しでも早く会わせてあげたいよ」
「そういうことなら」
「よぉし! 準備をしてくるから少しだけ待っていてくれ!」
はしゃいだ様子で家の中に猛ダッシュするフレデリック先生。
「よかったな、リリエッタ。お姉様に会えるかもだぞ」
「そっか」
リリエッタは一言だけそうつぶやいて、そのあとは口を噤んだ。
なんの感情を浮かんでいないその横顔からは、彼女がシスティー先輩のことをどう思ってるのか、読み取ることはできなかった。
さて、自信ありげに任せてくれといったフレデリック先生だったが。
「ダメだった」
領主様の家の前で、けんもほろろに門番に追い返されていた。
「どんな事情であれ、アポイントなしに入らせるわけにはいかないって。せめてシスティー君を呼んで欲しいと頼んだんだが、ゼルクト伯爵についてしばらく留守の予定だそうだ」
「そうですか。残念ですね」
「ゼルクト伯爵家内のシスティー君の立場もあるだろうし、帰ってきたら私たちが訪ねてきたことと大事な要件があることだけを伝えてもらえるように頼んでおいたけど……どうする? あれだったら、他の門下生も呼んで強引に突破するかい?」
「しませんよ! ていうか、留守だったらどうしようもないでしょ?!」
「だよね。諦めるしかないか」
門番をなんともいえない顔で見るフレデリック先生。これでシスティー先輩がいて、それでも追い払われただけなら、本気で突っ込んでいきそうな空気を醸し出していた。
これで剣術道場の道場主らしく血の気が多いフレデリック先生なのである。現代日本のスポーツ化した武術とは違い、人やモンスターを殺すことに心血を注ぐ剣術の道場主なのだ。これくらいは当然なのかも知れないが。
「仕方ない。システィー君が帰ってくるのを待とう。道場の方でも、もしシスティー君が来たらすぐに君のことを伝えるから」
「わかりました。それまでは、リリエッタのことを大事に預からせてもらいます」
「ありがとう」
ゼルクト伯爵邸の前で、フレデリック先生と別れる。
帰り道、俺は手をつないだリリエッタに謝った。
「悪いな、すぐにお姉様と会わせてあげられなくて」
「ううん」
リリエッタは首を横に振って、そう答えた。
「わたしには、もうお兄様がいるから。別にいいよ」
その後、すぐに帰ってくると思われたシスティー先輩だったが、次に会えたのはかなり後のことだった。
伯爵様が視察をしていたらしく、それにずっと同行していたらしい。
時々、伯爵邸には戻っていたようだけど、こちらとは会おうとしなかった。道場にも顔を出したり連絡を寄こさなかったのは、あるいは奴隷商館での俺とのやりとりが後を引いていたのかもしれない。
彼女が待ち望んでいた妹との再会は、なかなか果たされることはなく。
俺が次にシスティー先輩と会えたタイミングでも、この事実を伝えることはできなかった。
そんな暇がなかったのだ。
ツヴァイとして行動していた分身の俺は、ログレスの森の奥で起きたモンスターの大量発生というイレギュラーに巻き込まれた。
正確には、モンスターから逃げていたシスティー先輩含むゼルクト伯爵の一団の逃げた先に偶々俺がいて、合流して逃げざるを得なかったのだが。そんな危機的状況下でドライの双子の兄として先輩に話しかけ、リリエッタのことを伝えられるはずもなかった。
さらに大人しく同行して成り行きをうかがっていると、システィー先輩が追い詰められた顔をしていたので、なんやかんやで殿を引き受け、モンスターと一緒に自爆することになったのだった。
「またか」
その記憶を分身より引き継いだ俺は、ベッドの上で頭を抱えた。
「お兄様。どうしたの? 頭、痛いの?」
「ああいや、大丈夫だよ。リリエッタ。頭を撫でてくれてありがとう」
そう、大丈夫だ。
今回の自爆はセリカの前でもないし、誰にも見られていない。
きちんとモンスターも吹き飛ばしてみせたし、なんならそのことで伯爵からの報酬も引き出せた。
問題があるとすれば、先輩の前でツヴァイとして会ってしまったことだけど、まあほとんど話してないし大丈夫か。
このまま死んでいたら先輩を傷つけていたかもしれないけど、こうして俺は生きているわけだし、あとでリリエッタのいないところで分身スキルを使って、ツヴァイとしてギルドに帰還の報告をすれば問題ないだろう。
モンスターの大量発生の原因は気になるが。
またベルフェゴルが暗躍してるんじゃないだろうな?
でも考えたところでしょうがない。こちらもギルドに報告して、あとはお任せだ。
それよりも、今度システィー先輩に会えたときこそ、ちゃんとリリエッタの話をしないと。
……そう思っていたのだが。
再び、ツヴァイとして行動しているときにシスティー先輩と遭遇した。殿を引き受けたことに対して、わざわざ感謝を伝えに来てくれたらしい。
握手を求めてきた先輩は、しかしまともに握手を交わすこともなくいきなり逃げ去ってしまった。
なんだあれ?
「またリリエッタのことを伝えられなかったよ」
先輩はどれだけリリエッタを待たせるのか。
このままじゃ、日々お兄様として慕ってくれるリリエッタへの好感度が一定のラインを超えて、先輩が一緒に暮らしたいって言ってきても譲れなくなっちゃうんだけど。
もうこの際、現物はまだコルニ村から届いてないけど、伯爵に商売の報告をしてしまおうか。そのついでにシスティー先輩に手紙かなにかを渡してもらって。
いや待てよ。
ゼルクト伯爵は俺が生きて戻ってきたら、報酬を用意すると約束してくれた。
であればそれを受け取るときに、一緒に伝えるのがいいんじゃないか?
「おお、自爆した甲斐があったみたいだな」
「ツヴァイ」
つぶやきを聞いていたセリカが、俺の肩にぽんと手を置いた。
「もしかして、あたしを差し置いて他の女の前で自爆したんじゃないでしょうね?」
「てへっ」
俺は全力で誤魔化した。
誤魔化されてくれなかった。
「もう! そもそも自爆なんてしないで欲しいけど、あたしの知らないところで自爆するのもやめて!」
「どういう独占力の発揮の仕方なんだよ」
「あのねぇ。ツヴァイもいい加減、自分の自爆の影響についてちゃんと自覚した方がいいわよ」
この世界で唯一の自爆ソムリエは、鼻先に人差し指を突きつけてきた。
「女の子はね、好きな人が自爆するのを見ると、頭がおかしくなっちゃうの! その余波を感じ取るだけでも、あたしみたいに変な気持ちになっちゃうものなのよ! あなたはそれをちゃんと自覚しなさい!」
「それはさすがにセリカだけだと思うよ」
「いいえ、あたしにはわかるわ。さっきのあの女の子、あれはあたしの同類よ」
「先輩はセリカと違って清純派だよ?」
「失礼ね。あたしも清純派よ」
セリカは清純派だとしてもあれだから。清純派まるまる女優みたいなものだから。
システィー先輩と一緒にするのはさすがに失礼だろう。いや俺のこの考え方が全方位に失礼か。
そのあと、いかに自分は清純で純愛派なのかを熱く語るセリカと、俺は久しぶりのクエストに出かけた。
システィー先輩の様子が変だったことは気になっていたが、モンスターと戦っているうちに気にならなくなってしまっていた。
……ただ、あとになって思えば。
この日からシスティー先輩は、たしかにおかしくなっていったのである。