分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
ツヴァイとしてゼルクト伯爵と面会する日は、システィー先輩が冒険者ギルドにやってきた日から三日後のことだった。
生憎の曇り空の日。
冒険者らしい服装で構わないとギルドを通して言伝があったので、兜だけ脱いだ鎧姿で伯爵邸を訪ねる。門番にもきちんと話は通っていたので、武器だけを預けてすぐ伯爵の元に案内されることになった。
以前のように跪いて出迎えれば、ゼルクト伯爵はすぐにやってきた。
ひととおりの形式ぶったあいさつのあと、彼女は心底楽しそうな顔で話しかけてくる。
「よくぞ来たな、ツヴァイ。いや、よくぞ生きて戻ったというべきか。まさか本当にモンスターどもを喰い止めて見せるとは思ってもみなかったぞ」
「運がよかっただけです。一歩間違えれば、やられていたのはこちらでしょう」
「謙遜するな。それが事実だとしても、やり遂げたのは貴公だ。私はその結果を重視する。手の内を明かせとは言わんが、話せる範囲でなにをどうやったか説明してくれないか?」
予想していた問いを投げかけられる。
現場を見ていない伯爵からしたら、どうなったのかは気になって然るべきだろう。
「はい。この身に習得した魔法をもって、モンスターを追い払いました」
「魔法か。たしかに、それらしい音と気配はしたな。が、あれだけの質と量のモンスターを追い払えるのは、魔法だけの力とも思えん」
暗にスキルかと問われる。一般常識の範疇で考えれば、あの状況を脱せられるのはスキルの力をおいて他にないだろう。実際には追い払うどころか消し飛ばしているのだが、自爆魔法を使用したなんて想像もつくまい。
貴族相手に嘘を吐くわけにもいかないので、曖昧に微笑んで誤魔化す。
伯爵も素直に話すとは思っていなかったのか、残念そうにしながらも、「まあいい」と口にした。
「約束だ。褒美をやろう。なにがいい?」
「であれば、我が弟ドライの商売に便宜を図っていただけますと幸いです」
「その顔を見れば一目瞭然であったが、貴公らは兄弟か。よかろう。貴公が成した功績と同等の便宜をはかることを約束する」
「ありがたく」
「加えてもうひとつ。こちらは褒美というよりは提案になるのだが」
頭を下げた俺に対し、ゼルクト伯爵は本題だと言わんばかりに告げた。
「私の騎士になる気はないか? 貴公の力、是非とも私は手にいれたい」
歯に物を着せぬ直接的な勧誘だった。こちらは予想していなかったので、しばし口ごもってしまう。
好機と見たのか、ゼルクト伯爵は畳みかけてきた。
「好待遇は約束しよう。無論、我が騎士の身内となるドライについてもさらに便宜をはかってやれるぞ」
騎士か。一考の余地はあるように思えるが、実際は分身スキルと自爆魔法の力ありきの誘いだからな。騎士として取り立てられるとなると、スキルの詳細を話さないわけにはいかないだろう。
やっぱり無理だな。
「いえ、お誘いは嬉しいのですが、私には冒険者が性に合っていますので」
「まだそんなことはわかるまい。十歳かそこらの子供が口にする台詞ではないぞ」
呆れた様子で伯爵は嘆息する。
「まあよい。我が領地で冒険者を続けるというのなら、この先も何度かこのような機会は来よう。先に言っておくが、あのような大言を私に向かって吐き、有言実行してみせたのだ。簡単に我が手を振り払えるとは思わぬことだな」
ゼルクト伯爵は捕食者の笑みを浮かべる。完全に標的にされてしまったようだ。
まあ、これくらいの評価を受けた方が、この先の提案も聞いてもらいやすいと思おう。
「伯爵閣下。恐縮ではありますが、こちらからもひとつ報告させていただきたいことがございます」
「報告?」
「はい。弟のドライが成したことではあるのですが」
俺は頭を下げ、ようやくその事実を関係者に伝えることができた。
「伯爵閣下の騎士システィー・レビュテッドの探していた、妹のリリエッタ。ドライめが見つけて保護しております」
「なんだと!?」
伯爵が驚いて椅子から立ち上がる。
「それは誠か!?」
「事実です。実はここにも連れてきていまして。今は控室で待っているのですが」
「それを早く言わんか! おい! 誰かレビュテッドを急いで連れてこい!」
「はっ!」
兵士の一人が部屋を出ていく。
立ち上がった伯爵はズカズカと足音を立てて俺の前までやってくると、いきなりその豊満な胸に抱きとめてきた。
「ツヴァイ。いや、ドライか。ええい、どちらでもよい! よくやった! これは我が危機を救ったものと同じか、それ以上の成果であるぞ!」
「あ、ありがたきお言葉です」
「そんな形式ぶった返答をするな! 私はな、心の底から褒めているのだ!」
心底嬉しそうな伯爵の様子に、俺は戸惑いを隠せなかった。
伯爵もシスティー先輩の事情は知っていると判断していたが、まさかここまで我がことのように喜んでくれるとは。
「そんなに私が喜ぶのが不思議か?」
「あ、いえ、すみません」
「よい。それくらい顔に出してくれた方がこちらとしては好感が持てるというものだ。貴公ら兄弟は、もう少し幼童らしくしてもバチは当たるまい。もっとも、レビュテッドに騎士としての振舞いをさせている私が言うのもあれだがな」
「……伯爵様は、システィー先輩を大切に思われているのですね」
「当たり前だ。あれは我が最強の騎士である。レビュテッドが万全ならば、貴公がおらずともあのモンスター共を殲滅することが叶ったのだ。本当だぞ? あの子はそれだけの努力を重ねてきたのだ」
誇らしげに伯爵は語る。
「レビュテッドは私の期待に応えてくれた。であれば、今度は私がレビュテッドの期待に応えねばなるまい。そう思い、方々に手を尽くして妹を捜索させていたのだが……フッ、貴公らに先を越されてしまったな」
「運がよかっただけですよ。リリエッタは色々と辛いことがあって、髪の色も白色に近くなっていましたし」
「そうだったのか。特徴が変わっていたのか。いや、それを予想できなかった私の落ち度だな」
伯爵はそこでようやく抱きしめていた手を緩めると、俺の顎に手を当て、そっと頬に口づけをした。
「褒美の一部だ。くれてやる」
「あ、ありがとうございます」
「お? 顔を赤くしたな。ははっ、なんだったら弟と共に我が寝所に来るか? 一晩くらいなら可愛がってやってもいいぞ?」
「閣下!」
「冗談だ。そういうことにしておこう」
この発言には側近からあせった声が飛んだので、伯爵は笑って俺から手を離した。
伯爵がどれだけ感謝をしてくれているかは、もう十分に伝わった。綺麗な大人の女性相手ということで、胸がドキドキしちゃったよ。
「伯爵様。至急お呼びとのことですが」
そのときシスティー先輩が呼ばれてやってきた。
ようやく会うことができたシスティー先輩は、部屋の中の伯爵と俺を見て、大きく目を見開いた。
「来たか、レビュテッド。貴公に――いや、成果を横からかすめ取ることはしてはならんな。詳細はツヴァイから聞くといい」
伯爵はそう言って、戸惑うシスティー先輩の肩に手を置いて部屋から出ていく。
その際、俺に目配せを送ってきた。リリエッタが見つかったことは、俺から伝えるようにという計らいだろう。頷き返すと、満足そうな顔で側近ともども部屋を出ていってしまった。なんともまあ、配慮に優れた伯爵様だ。
部屋に二人きりになったところで立ち上がり、なぜかきょろきょろと目線を動かしているシスティー先輩に話しかける。
「この前ぶりですね、システィー先輩」
「う、うん。そうだね」
返事はしてくれたが、システィー先輩は俺と視線を合わせてくれなかった。
不思議に思いつつも、本題の前に軽く話題を振ってみる。
「そういえば、この前はいきなり帰ってしまいましたけど、なにか知らないうちにご無礼でもしてしまいましたかね?」
「そんなことないよ。ツヴァ……あなたは悪くない。私の方でちょっと、その、あったってだけだし。うん、気にしないで」
「それならいいんですけど」
相変わらず、システィー先輩の視線が迷子だった。
なんだろう? 様子がおかしい。心なしか前見たときよりもやつれている気がするし、体調でも悪いのだろうか?
「……あの、私が呼ばれた理由だけど」
顔色をうかがっていると、ややうつむき気味のままシスティー先輩が口を開いた。
「わ、私、なにかあなたを怒らせるようなことした、かな?」
「いえ、怒ってなんていませんよ。どうしてですか?」
「だって、敬語……だし」
「そりゃ、領主様の騎士様が相手ですからね。敬語くらい使いますよ」
ドライのときはそれ以前の問題だったからな。ついついタメ口で話してしまっているし、システィー先輩も許してくれているが、さすがにツヴァイとしては敬語で話さざるを得ないというものだ。
しかしシスティー先輩は悲しそうな表情を見せる。
「そんなのいいよ。ドラちゃんと同じで、タメ口で話して。……敬語は、やだ」
「そう? なら遠慮なく」
お許しが出たところでいつもの口調に戻す。
「システィー先輩を呼んだ理由だけど、実は伝えないといけないことがあるんだ。そのために、伯爵様に時間を作ってもらった」
「伝えておかないといけないこと?」
システィー先輩はあからさまにうろたえる。
二の腕を片方の手でつかみ、視線を足元に落とす。
「な、なに、かな?」
「ああ、先輩。喜んでくれ」
なんか挙動不審だな――そう思いつつも、俺はとびきりの笑顔で、システィー先輩に告げるのだった。
「先輩の妹のリリエッタ、見つかったよ」
顔を上げるシスティー先輩。
「…………ぇ……?」
その顔は、泣いているのか、喜んでいるのか、どちらとも取れない、なんとも言えない表情だった。
「リリエッタ!」
リリエッタの待つ部屋の扉を叩き破る勢いで開け放ち、システィー先輩は中に飛び込む。
彼女がずっと待ち望んでいた相手は、部屋の中央にある椅子に所在なさげに腰かけていた。
「……お姉様?」
いきなりやってきた先輩を見て、リリエッタはそう呼んだ。
「リリエッタ?」
システィー先輩はリリエッタの姿を見る。
髪の色は記憶よりも色あせていた。それでも、すぐに最愛の妹だと分かったのだろう。
「リリエッタ!」
涙を浮かべ、勢いよくリリエッタに抱き着く。
「リリエッタ! リリエッタ! やっと会えた! やっと会えたぁ!」
「お姉様……」
再会した妹を自分の胸にかき抱くようにして強く抱きしめながら、システィー先輩は声をあげて喜びの涙を流した。
リリエッタは泣き叫ぶ先輩を、戸惑うような顔でうかがっている。
入口のところに立つ俺にも、助けを求めるような視線を寄こしてきた。
温度差のある再会ではあったが、リリエッタにも先輩の気持ちは伝わっただろう。誤解はきっと解けるはずだ。
「よかったな、先輩」
システィー先輩が泣き止むまで、そこから二十分の時間を必要とした。
まだぐすぐすと鼻を鳴らし、リリエッタを腕の中から離そうとはしないが、それでもなんとか話せるところまで余裕はできたようだ。
再会を邪魔しないように入室しなかった俺も、部屋の中に入って二人に近づいていく。
「ありがとう。リリエッタを見つけてくれて、本当にありがとう」
先輩は俺に気づき、満面の笑顔でお礼を告げてきた。
しかし奴隷商館で顔を会わせているので、心苦しいがそこは否定しておかないといけない。
「リリエッタを見つけたのはドライだよ。商売の人手を探しに行ったところで、リリエッタを見つけたらしい」
「ドラちゃんが? それってもしかして、あのときの?」
システィー先輩の顔から血の気が引いていく。
「うそ。じゃあ、私、あのとき、なんてこと」
「あー、そのことだけど、ドライから聞いてる。気にしないでくれだってさ」
「気にしないでって。だって私、勘違いしてすごく酷いこと言ったのに……」
まあね。かなりむかつきましたよ。
「実際、ドライは結構ショックを受けてたよ」
「……そう、だよね」
反省の色が濃いシスティー先輩。追い打ちをかけるようでなんだが、これだけは俺としても言っておかないといけない。
「最初に言っておくけど、ドライはもう本当にあのときのことは気にしてない。それを前提に聞いてくれ。俺もドライも、システィー先輩と一緒で元奴隷なんだよ」
「……ドラちゃんが、元奴隷?」
「だから、ドライも先輩の気持ちはわかるんだ。わかるから腹が立ったけど、わかるから許す。……俺も奴隷を買う奴を見かけたら、たぶん、同じ気持ちになると思うからな」
システィー先輩は固まったまま、口だけをパクパクと開け閉めする。
ショックを受けているようだった。そりゃそうだろう。あのときの言葉が、ブーメランとなって返ってきているんだから。
ちなみに、リリエッタにはこのことをすでに伝えていた。
そうなんだ。お揃いだね。と、ちょっと嬉しそうにしていた彼女と違い、お姉様の方はなかなか立ち直れなかった。
「……ごめんなさい」
やがて、システィー先輩は涙を浮かべながら頭を下げた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私、私すごく酷いこと言った! ど、奴隷だったドラちゃんに、恵まれてるとか、痛みがわからないとか、すごく、すごく酷いこと言っちゃった!」
「頭を上げてくれ、先輩。俺に謝ったってしょうがないし、最初に言ったとおりドライはもう気にしてないんだから。今度会ったときにでも、軽く謝ってくれればそれでいいから」
「でも、でも!」
「そんなことより、今はリリエッタとのことが大事だろ? ほら、まだ言わないといけないことがあるんじゃないか?」
隣にいたリリエッタを指し示す。
リリエッタは謝る姉の姿を、不思議そうに見ている。
システィー先輩はぐっとなにかを堪えた顔をすると、リリエッタに向けて安心させるように笑顔を浮かべる。
「ね? リリエッタ。今日からはお姉様が守ってあげるから、一緒に暮らそう?」
「一緒に?」
「うん。伯爵様にね、前から頼んでたの。リリエッタをもし見つけたら、一緒に暮らさせてくださいって。伯爵様も承諾してくれてるから、もう離れ離れにならないで済むんだよ」
「それは……お兄様も一緒?」
「お兄様?」
「あー、俺たちのことだ」
首をかしげる先輩に、軽く手を挙げてアピールする。
「リリエッタに聞いたんだけど、システィー先輩もリリエッタが持ってる水晶玉のことは知ってるよな? 証の紋っていうマジックアイテムなんだけど」
「えっ? リリエッタ、そんなことまで話したの?」
「うん。だって、お兄様だから」
「システィー先輩は、証の紋がどういうものか知ってるか?」
先輩は首を縦に振る。
「昔はよくわかってなかったけど、伯爵様のところに来てから調べたから。ファムファタールの子供たちのお話だよね?」
少し探るような聞き方だったが、事情を把握しているものには十分伝わる。
「そう。説明すると長くなるんだけど、どうも俺たちとリリエッタの間には血縁関係があるみたいで」
リリエッタに近づいて、彼女が持っていた証の紋をつまんで手のひらに乗せる。
その輝きを見て、システィー先輩は目を白黒させた。
「ちょ、ちょっと待って。待ってよ。じゃあツヴァイはリリエッタの血のつながった兄、ってこと?」
「正確には弟だけど、まあ、そういうことになるかな」
「…………」
システィー先輩が絶句する。
無理もない。まさかまさかの真実だからな。
「じゃあ、私……ドラちゃんだけじゃなくて……リリエッタの……」
先輩は口をおさえ、そのまましゃがみこむ。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。私、私、なんであんなことしちゃったんだろ。なんで、私は……」
なぜかぶつぶつとつぶやくように謝り続ける先輩。その顔は真っ白を通り越して、土気色になっていた。
かふかふと何度も呼吸をしている。どうやら過呼吸気味になっているようだ。
俺は慌てて、先輩の口に手をあてる。
湿った吐息。薄い空気を何度も吸い込んだところで、先輩はようやく落ち着いたようだった。
「お姉様? 大丈夫?」
「大丈夫。大丈夫だから」
傍でじっと自分を見つめるリリエッタに、システィー先輩はもう一度抱き着いた。
「ごめん。ごめんね、リリエッタ。……ごめんね、ドラちゃん」
なぜそこでドライ?
謝罪の理由はわからなかったが、システィー先輩は今度はすぐにリリエッタを離した。
「二人の関係はわかった。それじゃあ、すぐに引き離されると困っちゃうよね」
「うん。リリエッタは、お兄様と一緒にいたい」
「……そっか。そうだよね」
リリエッタの悪意のない一言に、システィー先輩は泣きそうな顔になる。
「わかった。リリエッタがそういうなら、そうした方がいいよね。あなたもそれでいい?」
「……先輩は、本当にそれでいいのか?」
「よくよく考えたらさ、今日から一緒にっていうのは現実的じゃないし。……だからね、いいの。リリエッタとまた会えただけで、私は嬉しいから」
「……そういうことなら」
名残惜しそうにリリエッタから離れ、システィー先輩は俺の方を向いた。
泣きはらしたまぶた。そこには無理やり作ったような笑顔が浮かんでいた。そんな傷ついた笑顔を見せられては、俺としても断れなかった。
「わかった。リリエッタは俺が責任をもって預かるよ。先輩も、いつでもうちに顔を見せにきてくれ」
「ありがとう。本当に、ありがとうございます」
先輩は俺に向かって、深々と頭を下げた。
「私の大切な妹を、どうかよろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
ゼルクト伯爵邸の前まで見送りに来てくれたシスティー先輩と別れ、俺はリリエッタと手をつなぎながら帰り道を歩いていく。
結局、リリエッタはこのまま俺と一緒に暮らすことになってしまった。
嬉しさ半分、申し訳なさ半分という感じだ。
「なあ、リリエッタ。本当によかったのか? 先輩と一緒に暮らすこともできたんだぞ?」
「なんで?」
「リリエッタもわかってるだろ? システィー先輩は、リリエッタのお姉様は、お前のことを本当に大切だと思ってる」
「…………うん」
リリエッタは小さく頷いた。
「奴隷商の人が言ってたのは、全部嘘だった。わたしも、それは理解できた」
「なら」
「でも」
リリエッタが強く俺の手を握ってくる。
「でも、それでもお姉様に捨てられたと思ったの。またなにかあったら、今度は本当に捨てられちゃうかもしれない」
「先輩はそんなことしないよ。そのために騎士にまでなったんだから」
「信じられない。だって、わたしとお姉様の血を証明するものがないもん」
「それは証の紋がってことか?」
「うん。わたしの証の紋をお姉様が持っても光らない」
「それはしょうがないだろ。証の紋を作ったのは、リリエッタじゃなくてリリエッタの父親だ。反応するのはその血筋だけだから、母親が一緒でも父親が違うシスティー先輩は光らない」
「ならもしかしたら、システィーお姉様はわたしの本当のお姉様じゃないかもしれない」
「髪色が同じだったんだろ?」
「今はもう違うよ。今は、お兄様の方が近いもん」
頑なな言葉。たしかに、リリエッタとシスティー先輩はあまり似ているとはいえない。お互いに父親の血が濃いのだろう。
種違いとはいえ、二人は血のつながった姉妹だ。けれどそれを証明する方法がない。産んだ母親はすでにこの世におらず、幼い頃の二人を知るものも周りにはいない。
極端な話、リリエッタが母親と暮らしていた間に、娼館の楼主が似ている誰かと入れ替えた可能性だってある。
無論、本当にこれは極端な話で、二人は実際に姉妹のはずだ。少なくとも、システィー先輩はそう思っている。
「お兄様はわたしと血のつながったお兄様だから。絶対にわたしのこと、お姉様みたいに置いて行ったりしない。しないんだから」
「リリエッタ……」
「それともお兄様もわたしを捨てるの? お兄様にとって、わたしは邪魔者なの?」
「そんなわけないだろ」
それは心の底からの言葉であり、それ以外を決して許されない言葉であった。
胸を撫でおろすリリエッタを見て、俺は彼女の心の傷をようやく理解できた気がした。
彼女は怖いのだ。きっと、先ほどの言葉も心からそう思っているわけではない。実際には血のつながった姉妹だと理解していて、けれど離れ離れになった過去がささくれのように彼女の胸に突き刺さっている。
もしかしたら最初から、リリエッタはシスティー先輩との別れだって奴隷商の吐いた嘘だってわかっていたのかもしれない。
それでも訪れてしまった別れに、一人になってしまった悲しみに、彼女は耐えられなかった。髪から色が抜け落ちてしまうくらいに、リリエッタにとってお姉様との別れは耐えがたい絶望だったのだ。
だから理由を作った。一人になってしまったのは、見捨てられてしまったのは、血がつながっていなかったからかもしれないと。
俺と初対面であそこまで好意を向けてきたのも、それの逆。
血の証明。リリエッタにとって、大事なのは手のひらにずっと握りしめていた、あの水晶玉の示す輝きなのだ。
証の紋が証明してくれている。血がつながっていることを証明できれば、きっと捨てられない。大事にしてくれる。
システィー先輩と別れてから俺と出会うまで、ずっとリリエッタはその輝きを信じていた。信じて生き抜いてきた。
それを否定することは、彼女の半生を否定すること。
それは俺であっても、システィー先輩であっても、許されないことだった。
今は、時間が必要なのだろう。
リリエッタの身体と心に受けた傷を、癒すだけの時間が必要なのだ。
「リリエッタ。また、システィー先輩に会いに行こうな」
「……うん。また、会いたいな」
俺の手を握ったまま、リリエッタは頷いてくれた。
待ち望んでいた二人の再会は、今日の空模様のように完璧とは言えなかったけれど、今はそれだけで十分なのだろう。
二人はこれまでとは違い、自由に会うことができる。
今はきっと、それだけで……。