分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
気が付くと、時間が飛んでいた。
「騎士レビュテッド。伯爵様がお呼びです」
部屋がノックされ、伝令役の兵士が扉の前に立っていた。
伯爵様が呼んでいるらしい。拝謁の準備を機械的に整えて、いつもの自分になって屋敷を歩く。
「来たか、レビュテッド」
伯爵様は夕餉の最中だった。
赤ワインの封を開け、機嫌がよさそうに飲んでいる。
「妹との再会はどうだった? どうやら一度帰してしまったみたいだが、やはり一緒に暮らすことになったのか?」
「はい。いいえ、リリエッタはドラちゃんの元で暮らすことを選びました」
「……そうか」
伯爵様は持っていたワイングラスを置くと、私を手招きした。
そのまま部屋に他の人がいないことをいいことに、軽く頭を撫でてくる。
十は年の離れている私のことを、伯爵様は愛玩動物かなにかだと思っている節がある。撫でてやれば喜ぶと。
個人的には子供扱いされているようであまり嬉しくないのだが、文句を言ったことはなかった。
「時間が経過しているものな。最初から上手くいかないのは仕方あるまい。だが同じ街で過ごせるようになったことには変わりないのだ。いずれまた、一緒に暮らせる日も来るだろう。だから、そうしょげた顔をするでない」
「……ありがとうございます」
憔悴している理由はそれではないのだが、心配してくれたことにはお礼を述べる。
リリエッタと一緒に暮らせなかったことは悲しいけれど、今となって都合がいいとすら言えた。
こんな弱った私をリリエッタにはあまり見せたくなかった。彼女の中では、いつでも強いお姉様でいたかった。
それに……彼女と一緒に暮らしていたら、罪悪感でどうにかなっていたかもしれない。ドラちゃんだけでも眠れぬ夜を過ごしていたのに、そこにリリエッタも加わったら、私は早晩、心身の疲労で倒れていたことだろう。
「リリエッタの信頼を取り戻せるように、これからも励む所存です」
「ああ、貴公ならやれるさ。我が最強の騎士なのだからな」
私の言葉に伯爵様は満足そうに頷いて、頭を撫でる手を離した。
「だが、レビュテッドよ。貴公の目的はどうあれ果たされたわけだ。我が騎士であり続ける必要はないのだぞ?」
「えっ?」
それは思いがけない言葉であった。
けれどたしかにそうだ。私がゼルクト伯爵家で騎士をやっていたのは、リリエッタ捜索に伯爵家の力を借り受けるためだ。
その目的が果たされた以上、この家に留まる理由はない。
「妹のそばに寄りそうだけならば、ツヴァイやドライと一緒にいた方がよいだろう。ツヴァイの仲間として冒険者をやるなり、ドライの商売を手伝うなり、一緒にいる方法はあるはずだ」
「それは……そうですが」
「無論、我が家に留まるというなら歓迎しよう。離れるとしても、今すぐ許可するというわけにもいかん」
「森でのモンスターのイレギュラー発生のことですね?」
「そうだ。調査を続けた結果、やはり人為的に引き起こされた可能性が高いことがわかった」
その報告を受けて、私は頭に血が上っていくのを感じた。
ぐつぐつと煮えたぎる憤怒の感情。元を正せば、すべては森でモンスターをけしかけてきた何者かがすべての原因なのだ。
「やはりベルフェゴルですか?」
「可能性はある。私の知るかぎり、先のような真似をできるのは二人だけだ。一人がそのベルフェゴル。先のスタンピードのように、我が領地を狙った攻撃という可能性はある。そしてもう一人が、帝国の第五皇子オズワルドだ」
帝国の皇子皇女たちは種馬皇帝のスキルによって、強力なスキル持ちが多い。第一皇子を初めとしてスキルを持っていない者もいるが、八割以上が持っているというのだから驚きだ。
そして帝国は力を誇示するためか、皇子皇女らのスキルを開示していた。
有名なところでいえば。
すべてを凍り付かせる『氷結』スキルの使い手である、第二皇子マクシミリアン。
視認するだけでスキルを判別可能な『鑑定』スキルを持つ、第三皇子ヴォルフ。
第三皇女ナターリアも女だてらに第一第二皇子に次ぐ勢力を築き上げるに足るスキルを持っているようだが、こちらはなぜか隠されているようだった。
そして件の第五皇子オズワルドもまた、強力なスキルを持っていることで知られていた。
「オズワルドのスキルは『調伏』、一定範囲内のモンスターを手懐けられる強力なスキルだ。あのベルフェゴルですら、このスキルを恐れて帝国には近づかぬという。先のような襲撃も十分に可能だろうな」
「……オズワルド」
その名を覚えておく。もしも下手人であるなら絶対に許さない。
ああいや、彼もまたファムファタールの子供たちであるリリエッタやドラちゃんの兄にあたるのか。殺したら二人は悲しむだろうか? 顔見知りではないのだし、惨たらしく殺さなければ許されないだろうか?
「落ち着け。そのオズワルドだが、犯行時間に帝都にいたことが確認されている。調伏スキルは強力な代わりに効果範囲が狭い。奴には犯行は不可能だ」
「ではやはりベルフェゴルでしょうか?」
「そう考えた方が自然なのだが、ひとつ気になる情報があってな」
「と言いますと?」
「帝国にて捕らえられていたはずの犯罪者がいる。『強奪』スキルの使い手であり、『簒奪者』という名で指名手配されていた犯罪者だ」
有名な人物である。世界各地を周り、スキル所有者からスキルを文字通り奪っては、そのスキルで殺すという残虐な犯行を続けていた人物。近年では帝国の皇族を狙ったことで、最悪の犯罪者とまで呼ばれていた。
しかし一国の皇族を狙ったことで大規模な討伐部隊が組まれ、ついには捕らえられたと噂されていたのだが……
「帝国は簒奪者を捕まえたと言っていたが、実際は取り逃がしていたらしい。そして噂ではあるが、何人かの皇子皇女らがスキルを奪われたそうだ」
「まさか、オズワルドのスキルを奪った簒奪者がこの街に?」
「可能性の話だがな。ベルフェゴルは同じ街を立て続けに襲うようなことをこれまでしてこなかった。私としては、こちらの線もあるのではないかとにらんでいる。無論、我々の知らないスキル持ちの仕業かもしれんがな」
どちらにせよ、この街に悪意をもって伯爵様を狙った敵が潜んでいる。
「間違いなく難敵だ。レビュテッドよ。貴公の力がいる」
「はい、伯爵様。私からもお願い申し上げます」
私は手を胸にあて、跪いた。
「敵の首級は私に取らせてください。その罪を必ずや償わせてみせます」
「滾っているな。心強いことだ」
伯爵様は笑みをこぼすと、真剣な顔になって続けた。
「だがそのあとの進退は今から考えておけ。私は貴公の意思を尊重するつもりだ。昔と違い、今の貴公には自分で選べる意思も力も備わっているのだから」
「はっ!」
「ふふっ、逆にツヴァイとドライを我が家に取り込み、貴公と番わせるという道もあるがな」
「え?」
「リリエッタを見つけてもらった褒美の話だよ。さすがに私の口づけだけではな」
「くちっ……そ、そんなことをされたのですか!?」
「あの二人はどちらも将来性が高い。貴公とも釣り合おう。文字通り唾をつけておいたわけだ」
「し、舌は入れたのですか!?」
自分でもなぜそれを聞いたのかは理解できなかったが、そんな問いを受けた伯爵様はきょとんとした顔をする。
「いや、頬へ軽くやっただけだ」
「そ、そうでしたか。よかった」
「ふむ。どうやら貴公も満更ではないのだな。であれば、私としてはそういう道もありではと思うのだが?」
「そ、それは」
嬉しい。嬉しいけれど。
「……あちらが頷いてくれるとは思えません」
私はドラちゃんにとって、兄を見殺しにした仇だ。
笑いかけてくれてはいたが、心のうちでは恨んでいるに決まっている。
少なくとも私はリリエッタを見殺しにした人間がいたら、十回は八つ裂きにしているだろう。
そこまでは行かなくとも、良い感情なんて抱いていないはずだ。ツヴァイのこと以外にも、やらかしてしまったことが多すぎる。
「ならば向こうを頷かせれば、貴公は反対しないのだな?」
「……否定はしません」
「なるほどな。よくわかった。ちなみにレビュテッドよ。ツヴァイとドライ、どちらが好みなのだ?」
「ドラちゃんです」
「即答だな」
伯爵様は少し驚いたように目を見張ったあとに、柔らかい笑顔で私を見た。
「貴公も色を覚える年か。ふふふっ、これは先を越されてしまうかもな」
「お戯れを。伯爵様は好んで独り身でいらっしゃるのでは?」
「気に入る男がおらんだけだ。王国貴族どもは軟弱者が多くて困る」
これまで何人もの見合い相手を断って来たのは伯爵様だ。結婚適齢期をかなり過ぎてしまっており、周りはやきもきしているのだが、本人はあまり気にしてはいないようだった。
「だが少しうらやましくもある。私にとってのこの領地とそこに暮らす民のように、貴公にも妹以外に全力で守りたい相手ができたのだな」
「守りたい、相手」
伯爵様が何気なく口にした一言が、私の中でぴたりとはまった。
守りたい相手。そのとおりだ。ドラちゃんとリリエッタのことは、その言葉がなにより似つかわしい。
守る。そう、この手で守るのだ。
これ以上、あの子たちが傷つかないように。
これまでのような苦しみを、これ以上味合わせないように。
私がすべての脅威から、二人を守ってみせるのだ!
そのために、私はきっとスキルを持って生まれてきたのだろう。
「ありがとうございます、グランマリア様! 私、ようやく自分がするべきことが、しなければならないことがわかりました!」
「お、おお、そうか。よくわからんが、迷いが晴れたのならなによりだ」
「はい!」
いつだって、私に導きをくれるのはこの人だった。
心からの感謝を捧げる。伯爵様のためにも、ゼルクトの街を脅かす敵は必ず私が討ち取って見せる。
最強の騎士である、このシスティー・レビュテッドが!
翌日。私はここ数日で一番晴れた心地で屋敷を出た。
目的地はシュクラ流の道場だ。
今日はドラちゃんが稽古にやってくる日。今日こそは面と向かって謝って、リリエッタのことについてお礼を言おう。彼が望む報酬を、あるいは贖罪を、それがどんなことであれ実行に移そう。
商売してるんだもんね。
お金、欲しいのかな。だったらいくらでもあげる。孤児院への寄付なんてやめるから。いいよ。他の子供たちなんて知らない。ドラちゃんとリリエッタだけが幸せになってくれればそれでいい。
それとも邪魔な商売仇とかがいるのかな? 言ってくれれば喜んで消してくるよ。ううん、言われなくても消した方がいいよね。ドラちゃんの邪魔をするとかさ、そんな奴は生きてる価値がないよね。
あはは、でもそれって私にも言える話じゃない?
よくよく思い返してみれば、私ってばドラちゃんの邪魔ばっかりしてる気がする。
しかも生き恥まで晒して……私って生きてる価値があるのかな?
私が死んだ方が、ドラちゃんもリリエッタも幸せになれるんじゃない?
でもね、ごめんね、死にたくないの。
死にたくない。死にたくない。そう思って、この三年間生きてきたから。
ああでも、それはリリエッタと再会せずに死ぬのが許せなかったからだっけ。
なら再会を果たせた今はもう、死にたくない理由なんてないのかも。
うそ。あるよ、死にたくない理由。
許してほしいの。ドラちゃんに嫌われたまま、死にたくなんてない。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。
生き恥を晒してでも、私は生きていたいから。
「あら」
物思いにふけりながらぼんやりと歩いていると、曲がり角から現れた人と軽く衝突してしまう。
「ご、ごめんなさい。考え事をしてて」
ここは貴族街だ。服装からして貴族だろう。慌てて頭を下げる。
日傘を差した貴婦人然としたその人は、ぶつかったことを気にした素振りもなく、優しい笑みを私に向けてくれた。
「いえいえ、お気になさらず。わたくしも余所見をしていたものですから。お怪我はありませんか?」
「はい、私は問題ありません。そちらも大丈夫でしょうか?」
「お気遣いありがとうございます。ご覧のとおり、わたくしは平気ですよ」
くるくると日傘を回して、無事をアピールされる。
「ですが、ふふふっ、気を付けた方がよいですよ。気を抜いていると、こわーい人とぶつかってしまうかもしれませんからね」
そう言った彼女の瞳が怪しい輝きを帯びる。
私は反射的に、彼女から大きく距離を取っていた。
内なる雷が、バチバチと全力で警戒をかき鳴らしていた。目の前にいるのは敵であると、直感がそう囁いてくる。
「あら? まるで獣のようね?」
女はニタリと嗤い、日傘と共に貴婦人としての振舞いをかなぐり捨てた。いつのまに取り出したのか、その手には短剣が握られている。
「見ただけなのに、まさか気付かれるなんて。それもあなたのスキルの力なのかしら?」
「……なに? おばさん。腕試しかなにか?」
ゼルクト伯爵家最強の騎士。名実共にそう呼ばれるようになってから、そういった輩に絡まれることは多々あった。
けれど自分で言っておいて、違うと思った。
放たれる殺意が違う。腕試しなどではなく、目の前の女は私を殺しに来ている。
「それとも、暗殺者かなにか? そんな格好をして隠そうとしても、その血生臭さは隠せてないよ?」
「ふふふっ、あなたも生まれ持った獣臭は隠せていませんよ?」
「言ってくれるじゃん」
剣を抜いて構える。
事ここに至って、明確に目の前にいるのが敵であると認識した。
問題は、このタイミングで仕掛けてきた相手であるということだ。
「ねえ、一応聞いておきたいんだけど。もしかしておばさん、簒奪者なんて格好悪い呼び方されてたりしないよね?」
「簒奪者? なんですか? その呼び名」
女は不快気に眉を顰める。
そちらの関係者じゃなかったか。がっかりしかけた次の瞬間、女は唇を歪ませて言った。
「個人的に好きではないの。それならまだ、魔女と呼ばれた方が嬉しいわ」
「そう、じゃあ――死ね」
私は全力でスキルを行使した。
雷が弾け、私の身体を稲妻の速さまで加速させる。
「あはっ! 嬉しいわ! 最初から全力でお相手してくれるのね!」
哄笑を響かせ、魔女が短剣を振るった。打ち合わされた刃と刃が火花を散らせる。
私はそのまま稲妻の速度で距離を取る。
刃を合わせられた!?
私の雷光スキルは、文字通り雷を操る。体外で普通に雷を操るだけではなく、体内を駆けめぐらせ、魔力による身体強化と同じように身体能力を強化することも可能だった。その強化の幅は、魔力による身体強化以上となり、特にスピードにおいては雷光のような速度を出せるようになる。
どんな達人でも、見切ったり避けるのは至難の業だ。
にもかかわらず、初見で避けるどころか刃を合わせられた。初めての経験だった。
私は距離を取ったあと、再び加速して刃を突き立てようとした。しかしまた刃を合わせられる。さらに今度は勢いすら押し殺され、鍔迫り合いに持ち込まれる。
「『超人』スキルというの。シンプルに身体能力を底上げするだけのスキルだけれど、だからこそ上昇幅は他のスキルにも勝るわ。いいスキルでしょう?」
「っ!?」
くるりと魔女が回転したかと思うと、回し蹴りが私の横腹に吸い込まれるように突き刺さっていた。
撃ち込まれた衝撃は、なるほど普通の人間の力ではなかった。
その勢いを殺すことなく私は吹き飛び、受け身を取って立ち上がる。
「今度はこちらから行くわよ!」
踏み込みで石畳を砕きながら魔女が飛び込んでくる。
私が稲妻ならば、彼女は弓から放たれた矢のようだった。一瞬で距離を詰めてくると、次々に短剣を叩き込んでくる。
それを私は余裕をもって打ち払う。
雷光スキルによる強化は身体強化だけではない。反射速度もまた向上している。今の私には魔女の攻撃はとてもゆっくりに見えた。
けれど、それは彼女も同じらしい。
超人化する身体強化には反射速度も含まれるらしく、反撃の刃はことごとく打ち落とされる。
「素敵! このスキルを使ってここまで打ち合えたのはあなたが初めてよ!」
心底愉しそうな声で、魔女が攻撃の速度をさらに上げていく。
まだまだ身体能力が上がるというのか。私のスキルによる強化よりも、身体能力でいえば明らかに上!
接近戦は不利だ。
私は大振りの攻撃を避けると同時に、全力で距離を取った。
「雷光」
声に出して聖句を唱える。
私の周囲に四つの紫電の輝きが生まれる。それらは雷の槍となって、魔女に殺到した。
最初の二発を魔女はその身体能力によって避けてみせる。しかし回り込む位置に同時に打ち込んだ雷槍までは避けられなかった。仕方なく、持っていた刃で打ち払おうとする。
だが悪手だ。私が放ったのは雷である。
刃が触れた瞬間、雷は弾け、魔女の剣を伝ってその腕を焼いた。さらに周囲の地面をえぐり、土煙を巻き上げる。
「生憎と、私は接近戦より遠距離の方が得意なんだよね!」
「そのようね!」
次々に雷槍を作って、魔女に打ち込んでいく。
魔女は溶けて使いものにならなくなった短剣を放り投げ、全力で走り回る。先ほどの一撃でこちらのスキルの特性を理解したのか、遮二無二避けきってみせた。
「ならこれでどう!」
雷槍を放ちつつ、手から広範囲に向けて稲妻を奔らせた。
さしもの超人も、これは避けられなかったようだ。稲妻の帯が命中し、魔女の肉体を焼いていく。
人間の身体はほとんどが水分だ。魔力による強化があっても、普通なら直撃すれば一撃で絶命させられる。
けれど超人スキルによる恩恵か、魔女は服を裂かれ、その下の肌を焼けただれさせながらも生き延びて見せた。
その顔には、わずかばかりの焦りもない。
そう、焦るべきは私の方である。
目の前の女が件の簒奪者であるのは、ほぼ間違いないだろう。
であれば、長期戦はまずい。私のスキルも奪われかねないからだ。
強奪スキル――それは相手のスキルを奪い我がものとするスキル。
この女があまりにも多くの犯行を繰り返し、有名になりすぎたため、これまでの交戦記録からそのスキルの詳細はほとんどが暴かれていた。
その情報から推察するに、スキルを強奪するには条件がある。
まず相手の身体への身体接触が必要。それだけでは不十分で、相手のスキルのことを理解しなければいけない。
相手のスキルの詳細を知れば知るほど、強奪する成功率が上がるようだ。
つまりスキルを使って攻撃すればするほど、奪われる可能性が加速度的に上がっていく。接触を許すつもりはないが、長期戦は致命傷になりかねない。
加えていうなら、この女が森でモンスターをけしかけてきたというのなら、調伏スキルの効果範囲から見て、あの場にこの女もいたはずだ。あのときも私は雷光スキルを何度か使っている。こうして直接会いに来たことから見ても、ある程度の解析は進んでいると思って間違いはないだろう。
これ以上戦闘を長引かせるのはまずい。大技で一気に仕留めるべきか。
それともこのまま接近を許さずに、事態に気付いただろう援軍を待つべきか。
「ずいぶんと怖い目をしているわね」
そのとき、稲妻を避けつつ魔女が嗤った。
「ずいぶんと殺意をあらわにしていると思ったけど、もしかしてわたくしがあなたの大事な人を殺してしまったのかしら? たとえば、わたくしがこの前あなたにけしかけたモンスターに立ち向かった小さな少年とか。ねえ、知ってる? あの子ね、最後に自爆魔法を使って死んだのよ?」
少年の最期を嘲り嗤う。
「素敵な花火だったわ。人間って、あんなに綺麗に死ねるのね」
「っ!? 死ね! 死んで詫びろ、このクソババア!」
私は手を天高くかかげ、充電していた雷を束ねていく。
手のひらを中心に雷が集い、黒雲立ち込める空のようにゴロゴロと音を立て始めた。その余波だけで先ほど以上の稲妻が周囲に迸り、魔女ごと周辺の街並みを焼き払っていく。
落雷と同等の破壊をもたらす私の必殺技。
たとえ超人であろうと、かすめただけで致命傷は免れない。
いや、超人だからこそか。
奪ったスキルを自在に行使することが可能な、ある意味では六聖よりも反則な強奪スキル。しかしまったく制限がないわけではない。スキルを二つ同時に使うことができないという、明確な弱点が存在しているのだ。
そして魔女は私の攻撃を避けるために、超人スキルを発動させている。いや、発動させるしかない状況に陥っている。
今それを解除すれば、牽制の一撃に焼かれて終わり。
かといって、そのまま逃げまどっていてもお終いだ。
「死ねゴミが。クズが。罪人が。跡形もなく消え失せろ!」
怒りのまま、束ねた雷を解き放つ。
「天地雷鳴――紫電雷光!」
必殺の一撃を解き放つ。
轟音と共に落下する天の雷が、すべてを白熱させ、圧倒的な熱量をもって蒸発させていく。
貴族街の一角を丸ごと消失させた一撃のあと、そこには抉れた石畳みの残骸が転がるばかりで、魔女の姿はどこにもなかった。
殺した。消した。やってやった。
「はぁ、はぁ、はぁ……ドラちゃん、リリエッタ……二人のお兄様の仇、私が取ったよ」
その場に膝をつく。今の一撃で溜め込んでいた力をすべて使い果たしてしまった。
だが仇は討てた。簒奪者を殺すことができた。
今の一撃を受けて、すぐに伯爵様の兵たちもこの場にやってくるだろう。
後片付けは彼らに任せて、私は二人に会いにいこう。
ツヴァイが死ぬことになった元々の原因が死んだことを教えてあげるのだ。私がこの手で仇を討ったといえば、もしかしたらドラちゃんも少しは許してくれるかもしれない。
また前みたいに、一緒になって笑いあえるかもしれない。
ああ、それはなんて夢みたいな――
「――油断したわね?」
その声は背後から響いた。
ぽん、と軽く頭に手が置かれる。
「なん、で?」
「確実に殺したはずですって? ええ、たしかにあのわたくしは殺されてしまったわ。もっとも、ただの幻影にすぎませんけれど」
「幻影? うそ、だって強奪スキルは同時にふたつのスキルは――」
私はゆっくりと振り返り、その事実に気付く。
身体のあちこちを稲妻の余波で焼かれながらも、五体満足の魔女。
その背後に控える、顔を面で覆い隠した二人の男。その片方の男の手が、ゆらゆらと蜃気楼のように揺らめいていた。
「そう、強奪スキルで奪ったスキルは同時には使えない。けれどね、騎士様。ひとりぼっちのあなたとは違って、わたくしには仲間がいたの」
魔女とは別に存在した、幻影を出すスキルの使い手。
どのタイミングで? 一体いつから幻影と入れ替わっていた?
わからない。頭に血が上りすぎて、視野が狭くなっていた。
「魔女よ。貴様、遊び過ぎだ」
幻影のスキルを行使したのとは別の仮面の男が、剣呑な声で魔女を咎める。
「最初に触れた段階で強奪スキルの条件は整っていたのだろう? そこで奪っていれば終わった話ではないか。なぜわざわざ危険をおかしてまで戦うような真似をしたのだ?」
「あら? 必死になってわたくしを殺そうとする相手を、抗う相手を、弄び、嘲り笑い、蹂躙してこそ、強奪の悦びがあるというものよ?」
「理解できん。そうするのなら、わざわざ鑑定スキルを貰い受けてくる必要はなかったではないか。しかも戦いぶりを見るかぎり、この少女は【輝ける槍】ではないのだろう? 襲撃する必要性すらなかったではないか」
鑑定スキル?
私はそのスキルの名前を聞いて、背筋が震えた。
第五皇子オズワルドの調伏スキルのみならず、第三皇子ヴォルフの鑑定スキルまで魔女は奪っているというのか?
最悪だ。相手を目で見るだけでスキルの内容を把握できる鑑定スキルなんて、強奪スキルの持ち主に絶対に与えてはいけない力だろう。
同時に、男の言葉もよく理解できた。
鑑定スキルを持っているのなら、わざわざ私と戦う必要なんてなかったはずだ。なぜなら、戦うまでもなく相手のスキルの詳細を理解できているのだから。幻影と共に近づいてきて、触れさえすればスキルを奪って終わりにできたはず。
なのに、魔女はそうしなかった。
「答えろ、魔女よ。我らの目的はあくまでも、槍の持ち主だけだったはずだ。なぜこの少女を襲った? そうまでして手にいれなければならないスキルだったのか?」
「雷光スキル。ええ、たしかに強力なスキルですわね。けれど、我が君より授かったスキルがあれば、不要ではありましたわ」
「ではなぜ?」
「そんなの簡単です。この子にね、絶望を与えたかったの」
魔女は私を襲った理由を、あっけらかんと告げた。
「ええ、そうです。こんな恵まれたスキルの持ち主は、見つけ次第最大限いたぶってあげなければ、わたくしの溜飲が収まりませんわ」
手で口を塞がれ、瞳を覗き込まれる。
怪しげな瞳が憎悪を帯びているのがわかった。私を妬んでいるのがわかった。
「ああ、羨ましい。妬ましい。その若さで最強の騎士とまで謳われるなんて、なんて恵まれてるの? きっと、そのスキルの力でこれまでの人生、楽に楽しく生きてきたのでしょうね!」
顔をつかむ魔女の五指に力が込められていく。
ああ、これが魔女の本性か。
おそらくは壮絶な半生を送って来たのだろう。他人の幸せが妬ましいのだ。羨ましくてしょうがないのだ。
自分もまたスキルを持っているくせに、スキルを持っている人間が許せなくてしょうがないのだ。
「だから奪うの。その力、その人生、奪って、奪って、奪って……奪った力で、絶望を与えながら殺してあげる!」
ごめんね、ドラちゃん。
今更になって、私は彼に吐いた言葉の罪深さを知る。
相手の事情を知ろうともせず、一方的に決めつけ、罵倒する。その様の、なんと罪深く醜いことか。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
直接伝えられなかった謝罪の言葉を、私は彼に向けた。
酷いことを言ってごめんなさい。
大切なお兄さんを見捨ててごめんなさい。
その癖、仇を討てなくてごめんなさい。
今日まで生き恥を晒してきて、本当にごめんなさい。
「それじゃあ、さようなら。最強の騎士さん」
魔女は嗤う。そして、勝ち誇るように。
「――強奪」