分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
システィー先輩が奴隷になったらしい。
「は?」
いやありえないでしょ。
「なに言ってるんですか? あのシスティー先輩ですよ? ゼルクト伯爵家最強の騎士。そんなことあるわけないじゃないですか」
「私もそう思う。けど、それにしては噂が広まりすぎてる気がするんだよ。それに、システィー君がスキルを失ったなんて噂もある」
「先輩がスキルを? いや、そもそもスキルを失うなんてことありえるんですか?」
「通常では考えられないね。昔の知り合いに何人かスキル所有者はいるけれど、どんなにスキルを使い過ぎてもなくなるなんてことはなかった」
「ですよね」
俺もそんな話は聞いたことがない。
例外があるとすれば、それは……
「……強奪スキルの持ち主に奪われるとかしないかぎりは、だが」
「強奪スキル、帝国で捕まったっていう犯罪者のスキルですよね?」
「そう。簒奪者なんて呼ばれている犯罪者だ。だからありえないことだ。ありえないことなんだが」
難しそうな顔でフレデリック先生は考え込んでいる。どうやら俺が思っているよりも、噂は信憑性の高い筋から入ってきているらしい。
「こうなったら、また伯爵家に行って見ようか。ちょうど暇そうな門下生が何人かいるし」
「やめてください」
血の気が多いんだから。
「俺、明日ちょうど商売の報告でゼルクト伯爵に面会する予定になってるんです。その噂がなんで広がってるのか、ちょっと調べてきますよ」
「お願いできるかい?」
「任せてください。システィー先輩も、そんな噂を立てられて怒っているでしょうからね」
俺は当然、噂は噂に過ぎないと考えていた。
当たり前の話だ。
あのシスティー先輩がまた奴隷に堕ちてしまうなんて、そんなことありえないのだから。
ゼルクト伯爵との約束の期日まで残り一週間と迫ったその日。
コルニ村に出張していたカインズさんが、商品と一緒に戻ってきた。
リリエッタのことを分身の俺に任せ、街の門の近くで待っていると、大きな布にくるまれた洗濯板をたくさん積んだ荷馬車が三台やってくる。先頭で手綱を握っているのはカインズさんだ。後ろの二人の御者は知らない顔だが、もしかしてコルニ村にいた教会関係者だろうか。
「やあ、ドライさん。お待たせしてしまいましたね」
御者席に腰かけたまま、カインズさんは帽子を取ってあいさつしてくれる。
表情は明るい。どうやら納品は問題なくされたようだった。
「カインズさん。おかえりなさい。首尾はどうでした?」
「喜んでください。洗濯板五百枚、問題なくお届けに上がりました」
「本当ですか? よかった!」
システィー先輩には会えなかったので伝えることができなかったけど、前々からゼルクト伯爵家には今日荷物が届くことは伝えてあった。街の門番にも伯爵家から伝わっていたのか、中身を簡単に改めるだけで、荷物を他の目には映らないように配慮してくれた。
「カインズさん。このまま伯爵邸まで行くことになってるんですけど、問題ないですか?」
「ええ、荷物については問題ありません」
少し含みのある言い方だった。
目配せされたので、御者席に近づく。もしかして、頼んでいた俺の父親の特徴について村長から聞けたのだろうか。
「カインズさん。なにかありました?」
「少し小耳にいれたいことがあります。隣にどうぞ」
御者席の隣の席に腰かける。
カインズさんは伯爵邸に向けて荷馬車を出発させたあと、小声で情報共有をしてくれた。
「以前、ドライさんに頼まれていた帝国の皇子の一件ですが」
「ああそっちですか。なにかわかったんですか?」
「ええ。少なくとも、王国内で帝国の第一皇子を出迎える用件は確認できませんでした」
「街でも皇子の件は噂にはなってないので、やっぱり内緒で滞在していたみたいですね」
で、おそらくはもう帰路についているか、その準備を整えていることだろう。調べておいてもらってなんだが、俺の取り越し苦労で、彼らの存在はあまり問題なく終わりそうだった。
そう思ったのだが、カインズさんは難しい顔を崩さない。
「問題はその同行者であるイライザという女になるのですが」
「何者かわかったんですか?」
「名前からでは辿り着くまで時間がかかりましたが、どうやらその女は簒奪者と呼ばれる犯罪者のようです。全国で指名手配されている凶悪犯ですよ」
「簒奪者って、例の強奪スキルの持ち主の?」
「ご存じでしたか。そのとおりです。帝国で捕まって処刑を待つ身だったはずなのですが、詳しく調べてみたら、帝国も取り逃がしたことになっていました。恐らくは司法取引がなにかをして、解放するかわりになにかをさせようと企んでいるのでしょう」
「なにか、とは?」
「わかりません。ですが、聞けばゼルクト伯爵を狙って大量のモンスターが現れたというではありませんか。恐らくそれもイライザの仕業です」
俺が自爆したあのときか。
「伯爵の暗殺でも企んでるってことですか。でもなんで?」
「ゼルクト伯爵に死んでほしいと思っている帝国の人間は多いと思いますが、わざわざイライザを勧誘してまで暗殺するというのは理由としては弱い。おそらくは別の目的のついで、あるいは伯爵を殺害することが他の目的を達成する助けになるのか」
「別の目的……」
例の噂を思い出す。
伯爵家最強の騎士がスキルを失い、奴隷となってオークションで売られる。そんな噂は、市井で暮らす俺の耳にすら届いていた。
明らかに異常な広まりよう。誰かが積極的に流しているとしか思えなかった。
そして、時同じくして現れた簒奪者イライザ。
ありえないと思った噂が現実味を帯びていく。
「ドライさん。なにか心当たりでも?」
「実は」
コルニ村にいたカインズさんはまだ噂について知らないようだった。シルフの食堂のことも含めて話そうとしたのだが、その前に馬車が伯爵家に到着してしまった。
そうだ。このあとゼルクト伯爵に会えるのだから、わざわざ伝える必要はないだろう。
噂は噂だ。そうに決まっている。
洗濯板の納品はつつがなく完了した。
「ドライよ。よくぞ我が期待に応えてみせたな。約定どおり、我が家が後ろ盾となろう」
商品を届けたその足で、俺とカインズさんはゼルクト伯爵と面会が叶っていた。
伯爵は淡々とした口調だった。彼女の後ろに、システィー先輩の姿はない。
「加えて、兄であるツヴァイの望んだ報酬のこともある。困ったことがあったら我が家を頼るがいい。助力は惜しまんぞ」
「感謝申し上げます」
「うむ」
伯爵の頷きにあわせ、側近の一人が羊皮紙を渡してくれる。
「その書類に我が家が貴公の後ろ盾になったことが記されている。上手く使って存分に稼ぐがよい」
「ありがたく」
「洗濯板を売り出す時期については、いずれ担当官を通して通達しよう」
「ああいえ、わざわざ担当の人を用意していただかなくても、システィー先輩に伝えてもらえれば大丈夫です」
「レビュテッドか」
伯爵の眉がかすかに揺れたのがわかった。すぐに鉄面皮とも取れる顔に戻ったが、俺は見逃さなかった。
「……街にシスティー先輩についての妙な噂が広まっています。もちろん、でまかせだとは思っていますが、もしかして先輩になにかあったのでしょうか?」
「それは貴公とは関係のない話だ」
ばっさりと問いを切り捨てられる。
「関係のない話ではないでしょう。私は妹のリリエッタも預かっています。システィー先輩の近況を聞く権利くらいはあると思いますが?」
「ぬっ。……悪いが私も忙しい。これで面会は終了だ」
食い下がろうとすると、いきなり伯爵が席を立った。
「待ってください伯爵閣下! システィー先輩が奴隷として売られるなんて、そんなのただの噂ですよね!?」
「面会は終了と言ったはずだ。おい」
「はっ!」
控えていた兵士が動き、俺の両脇を固める。
その隙に、伯爵は側近ともども早足に部屋を出ていってしまった。
「ドライ殿。お帰りを」
「ちょっと待ってください。先輩になにがあったんですか!?」
「お帰りを」
強引に腕を掴まれ、無理やり家から追い出されてしまった。
兵士の人に追いすがろうとするが、門番が槍を構えて行く手を阻む。
「ドライさん。ここは」
「……わかりました」
カインズさんに促され、俺はそのまま帰路につく。つくしかなかった。
「ドライさん。君の先輩に一体なにがあったのですか? 噂とは?」
「実はシスティー先輩がスキルを奪われて、奴隷になってオークションで売られるって噂が立っているんです」
「それはまた」
カインズさんは考え込む。
「タイミングがタイミングです。スキルを奪われたという話、あながち嘘ではないのかもしれません。システィー・レビュテッドがスキル所有者であることは、ゼルクトの街では多くの人が知っている事実ですからね。イライザが標的にした可能性は否定できません」
そこまで口にしたあと、「待てよ」とつぶやいてカインズさんはさらに言う。
「もしかしたら、最初から彼女が狙いだったのかもしれません」
「森でのモンスターのことですか?」
「ええ。てっきりゼルクト伯爵が狙いだと思ったのですが」
あの場には伯爵だけではなく、システィー先輩もいた。襲撃の狙いが彼女だった可能性はありうる。
「どんなスキルを持っているかまでは公表されていませんでしたが、最強の騎士とまで謳われた力です。狙ってもおかしくない……と言いたいところですが、実際は別のスキルを狙ってのことだったのでしょう」
俺はシルフの食堂での第一皇子の言動を思い出す。
「あいつらはフィーネを探しているようでした」
「そうなのですか? であれば、間違いないでしょう。先のベルフェゴルと同じで、帝国の狙いはずばり、【輝ける槍】です」
ここに来てようやく、帝国の皇子たちの思惑が理解できた。
「教会がフィーネを保護したことがまだ公表されてない」
「そう、王国の上層部には通達していますが、他の国からしたらそんなことは知る由もありません。となれば、彼らはこう考えるでしょう。まだ王国のどこかに【輝ける槍】を手にした少女が潜んでいる、と」
「実際にフィーネはコルニ村に潜んでました。あの村に行くには、当然ゼルクトの街を経由しているはず」
「その痕跡を調べていた諜報員からすれば、この街にフィーネさんが潜んでいる可能性は捨てきれない。加えて、ベルフェゴルもそう判断してスタンピードを起こそうとしたとなればより怪しい。そうなったとき、一番に疑うべきはこの街にいるスキル所有者です」
この街で一番有名なスキル所有者。フィーネと同い年の少女。
つまり、システィー・レビュテッド。先輩だ。
「じゃあ、システィー先輩はフィーネと間違われて襲撃を?」
「受けたのかもしれません。先のモンスターの襲撃も、システィーさんのスキルを判別しようとしたと考えられます」
「そんな……」
「不幸中の幸いは、システィーさんがおそらく生きていることでしょう」
「たしかに、帝国の第一皇子がそれらしいことは言ってたけど……あのときの話、システィー先輩のことだったのか」
そうとわかっていれば、あの場で締め上げたのに。くそっ。
「簒奪者に襲われて生き残っているのは幸運です。これまでの被害者は、例外なく殺されていますからね」
「じゃあ安心だなんて言えませんよ。奴隷になってるって話じゃないですか」
スキルを失った。そうなれば、なるほどシスティー先輩の価値は戦闘面から考えると大きく下がるのかもしれない。
だからといって、奴隷にする? 売り飛ばす?
それが事実だとしたら、俺はゼルクト伯爵を許せそうにない。
「奴隷として売るというのは少し疑問がありますね。たとえスキルを失ったとしても、じゃあ要らないから売るなんて真似をゼルクト伯爵がするとは思えません。違いますか?」
「俺もそう思いますけど」
「実際にそんなことをすれば、非難は免れませんよ。いえ、そういうことを平然とする貴族が王国に多いのは事実ですが、さすがにゼルクト伯爵がそんな短慮に出るとは……」
思えない。俺たちが知っている伯爵がそんなことをするとは思えない。
けれど。
俺もカインズさんも、ゼルクト伯爵のすべてを知っているわけではない。
数回顔を合わせ、仕事上の話をしただけの間柄だ。
たしかに、彼女はシスティー先輩を大事に思っているようだった。けれどそれはスキルの存在が大きかったとしたら? それを失ったシスティー先輩に失望し、売り飛ばすなんて暴挙に出たとしたら?
「いえ、やはり可能性は低いでしょう。もし本当だとしても、そこには別の狙いがあるはずです」
「別の狙い?」
「たとえば、件のイライザをおびき寄せるためとかでしょうか。先ほど言ったとおり、イライザはこれまで例外なくスキルを奪った相手を、その奪ったスキルを使って殺害しています。システィーさんがどうやって逃げのびたかはわかりませんが、生きていることをイライザが知れば、再び狙う可能性は極めて高い」
「そのための囮にするつもりってことですか? もう先輩にはスキルがないのに?」
「危険ではあるでしょうね。ですが、ゼルクト伯爵の立場からしたら、イライザの存在は放置してはおけません。なんとしてでも排除しようと考えるでしょう」
そのためにシスティー先輩を利用しようとしている。
あまりにも広がりの早い噂も、領主自らやっているとすれば辻褄は合う。
もしかしたら、システィー先輩自身も納得の上のことかもしれない。あの先輩のことだ。一度負けたからって、それで諦めるとも思えない。
俺の知る先輩と伯爵ならば、こちらの可能性の方が高そうだ。
けれど。
「……もしも噂が本当に全部真実で、ただゼルクト伯爵が血も涙もない冷酷な貴族って可能性もありますよね?」
カインズさんはなにも言わない。
そう、可能性はどちらもありうる。
そして噂が真実だとするならば、システィー先輩は奴隷として売られることになる。あの性格であの立場だ。恨みだって買っているはず。誰が買ったとしても、碌な目に遭わないことだけは間違いないだろう。
「すみません、カインズさん。洗濯板の件は終わりましたが、もう少しだけ俺の金稼ぎに付き合ってください」
「構いませんが、どうなさるおつもりで?」
「決まってますよ」
もしかしたら最悪の事態が起きるかもしれない。
そうなったとき、なにもできないでいるのは嫌だ。
そう思って、俺は商売に手を出すと決めたのだから。
「システィー先輩が売られるっていうんなら、それを買えるだけのお金を用意するだけです。全力で、形振り構わず、金を稼ぎに行きます!」
それが商人ドライとしての、俺の選択だった。
三日後、商業ギルドからの正式な発表という形でその情報はもたらされた。
大きなオークションが明後日の夜に開かれる。
公開された商品のラインナップには、システィー先輩の名前があった。
俺に許された残り時間は、たった二日しかなかった。