分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
オークション会場となったのは、ゼルクト伯爵家が所有している洋館だった。
貴族街でも外れの場所に位置しており、本来の用途は他の街から来た来賓をもてなすための場所らしい。
オークション自体ゼルクトの街で開かれたことがほとんどなく、今回も急遽開催が決まったものだった。商業ギルド主催であり、いくつかの商会が共同で企画し、商品を用意して開かれたとのことだ。
事前公開された商品のラインナップには貴族が秘蔵していた品々もあるということで、突然の開催だったにもかかわらず、会場には多くの客が詰め掛けていた。
商人、貴族、果ては冒険者まで様々だ。
今回のオークションのルールは簡単なものだった。
用意してきた資金を受付に預けること。
これは所持していない金額以上の額で落札させないようにする措置で、受付の段階で提示できる額の上限が決められることになる。
所持金以上の入札をしないというのはオークションに参加する上での暗黙の了解であり、それを明示させるためのこのルールは、青天井を狙うオークションのルールとしてはかなり珍しいといえるだろう。
夕刻。カインズさんと共に会場入りした俺も、受付に金を預ける。袋を受け取った係員に、他の客からは見えない位置で一枚一枚数えられる。
ここであまり提示金額が少ないと参加が見送られることもあるそうだが。
「持ち込まれた金額の確認が済みました。こちらの番号札を受け取り、オークション会場でお待ちください」
「ありがとうございます」
問題なく参加が許された。第一関門は突破だ。
お金を受付に預け、代わりに二十番と記された札を渡される。
入り口で入念なボディチェックを受けたあと、俺たちは会場に足を踏み入れた。
広々としたエントランススペースはダンスパーティーを開くこともあるという場所で、そこに椅子が持ち込まれて即席のオークション会場が作られていた。すでに何人もの客が椅子に腰かけ、オークションの開始を待ちわびている。
気になるのは、会場のいたるところに確認される兵士の姿だった。
「物々しい警備ですね」
「客層が客層なので、当然といえば当然ですが……何人かの顔に見覚えがあります。間違いなく、ゼルクト伯爵のところにいた兵士ですよ」
「つまりオークションの開催に、伯爵が一枚かんでるってことですね」
「会場からして間違いありませんね」
やはりこのオークション自体が、なにかしらの罠と思って間違いないようだ。
しかしシスティー先輩の存在までが作戦のうちかはわからない。
オークションの目玉のひとつとしてラインナップに載せられていたシスティー先輩。救済する予定があるのならいい。けれど、そうでなかったら。
「結局、やることは変わりません」
「わかりました。最後までお付き合い致しますよ」
「ありがとうございます」
改めて、カインズさんに頭を下げておく。
洗濯板のこともそうだが、この数日この人にはとてつもない面倒をかけてしまった。俺の用意した発明品を手に、いくつもの商会に交渉に向かってもらったのだ。俺もゼルクト伯爵の後ろ盾を証明する書類を持っていくつか商会を回ったが、それでも交渉をまとめてきた数はカインズさんの方が多かった。
「カインズさんがいなければ、こんな額は用意できませんでした。本当にありがとうございます」
「いえいえ、ドライさんの発明品の質が良かったからですよ。私の力だけではありません。それに、委託などの煩雑な交渉ではありませんでしたからね」
オークションに向けた資金を用意するために、俺は当初予定していた商会への発明品の委託を諦めていた。それでは実際にお金が手に入るまで時間がかかってしまう。
「販売する権利自体を売り払う。委託するのに比べて、こちらの手元に入ってくるお金は小さくなりますので、売れ行きは絶好調でしたね。逆にあまりにも上手い話だと疑われる始末でしたよ」
「今回ばかりはしょうがありません。必要なのは将来の大金ではなく、目の前のまとまった資金ですから」
結局、洗濯板以外の現物を用意していた発明品のすべてを手放してしまった。いくつかはカインズさんにそれだけはやめておきましょうよと止められたが、それで資金が不足しましたとなったら後悔してもしきれない。
商人として成り上がるために用意したすべてを用いて、俺はこのオークションに臨んでいた。
もちろん、それだけではない。
ツヴァイとしての伝手も使って、可能なかぎり資金集めを行った。
知り合った人々に頭を下げ、お金を借りられるだけ借りてきた。このゼルクトの街に来てから、おおよそ一年間。培ってきたすべてを動員したことになる。
惜しむべきは、準備にあてられる日数の少なさと用意できる手数の少なさだった。
あと一週間とは言わない。あと一日、一日だけでもあれば、もっと資金を上乗せできたのに。
明日は俺の誕生日なのだ。今夜十二時を回れば、出せる分身の数が一体増える。明日一日かけて上乗せできる金額は、今の手持ちの半分以上だったはず。
「最終的に、俺が稼げた金額は金貨百枚と銀貨五枚でした」
「奴隷の購入という意味では、十分すぎる額ではありますね」
高級な奴隷だとしても、その額は金貨三枚から多くて五枚だ。
オークションに出されるような最高級品だとしても、金貨十枚から二十枚あれば十分だとカインズさんは教えてくれた。
「問題は、オークション側がシスティーさんをどのように紹介するかですね」
「スキルの有無のことですよね?」
「そうです。スキルがないとなれば、有名税を含めても金貨二十枚はおそらく超えないでしょう。ですが、スキルの消失を隠すようなら、その額は倍以上となるのは間違いありません」
ゼルクト伯爵家最強の騎士という扱いならば、下手をしたら金貨百枚を超えてもおかしくはないだろう。
「その可能性は低いと見積もっていますがね」
システィー先輩がスキルを失ったことは噂という形で喧伝されていた。あくまでも、元騎士という形で紹介されるはずだが……。
不安は尽きない。俺が用意できた資金で、果たして足りるだろうか?
今まで感じたことのない類の緊張の中、カインズさんと共に用意された席に座って開始を待つ。
次から次へと客が入ってきて、用意された席が満席になった頃、正面の壇上に司会者が現れた。
「紳士淑女の皆々様! 大変長らくお待たせいたしました!」
司会者席についた男は、よくとおる声を張り上げて、手に持ったガベルをカンと打ち鳴らす。
「ゼルクト商業ギルド主催のオークション、只今より開始させていただきます!」
始まった。かいた手汗をズボンに擦り付ける。
「まず最初の品はこちら。大変稀少なマジックアイテムで――」
商品が一個ずつ紹介されては、客の間から威勢のいい声で金額が提示される。
稀少なマジックアイテムやレアな魔導書、美術品やよくわからない謎の鉱石の破片など、様々な品が次々に落札されていった。
システィー先輩の出品はなかなかされなかった。
そうこうしているうちに、オークションはボルテージを上げつつ進んでいく。
どんどん。どんどんと。
おいおい。待ってくれ。このままだとシスティー先輩の順番って。
「では次が最後の出品となります」
最後の最後の大目玉として、その少女は壇上に立たされた。
「元ゼルクト伯爵家の騎士、システィー・レビュテッド! 最強の騎士とまで謳われた彼女ですが、持っていたスキルを自らの不注意で失ったことで処罰を受け、奴隷となってこの度売りに出されることになりました!」
「……システィー先輩」
手足に枷をはめられ、さらには鉄格子の檻にいれられた状態で壇上に並べられたシスティー先輩は、とても奴隷とは思えないほどに綺麗だった。
ウェディングドレスのような純白のドレス。髪や顔には傷どころか汚れひとつなく、薄く化粧をほどこされた顔はまさに花嫁と呼ぶにふさわしい美しさだ。
だからこそ、余計にその姿が哀れで痛々しかった。
檻の中、囚われの姿で大人しくうなだれている姿は、かつてのシスティー先輩からは想像もできないものだった。
ギシリ、と膝の上で拳を握りしめる。
誰の提案かは知らないが、あの先輩を再び奴隷としてオークションになんてかけやがって。あの衣裳はなんだ? 皮肉かなにかなのか?
客席から美しいだの愛らしいだのという感嘆の吐息がもれる。
それを聞いて、俺はいつだったかシスティー先輩が失望をあらわにした気持ちがまた少しわかった。人を物として扱う。その事実への嫌悪感を本当の意味でわかるのは、あの場所に立たされた人間だけなのだろう。
これがゼルクト伯爵の作戦なのだとしても、許しておけるものか。
改めて思う。やはり他の誰かにシスティー先輩を落札されるわけにはいかない。
俺の先輩は、他の誰かには渡せない。
「さあ、では最低落札金額金貨十枚からスタートです!」
「三十!」
俺は札をかかげ、声を張り上げた。
それを受けて、下を向いていたシスティー先輩が顔をあげた。
殺意に塗れていたその眼が俺の姿を映す。
ドラちゃん、とルージュの塗られた唇が呆然とつぶやいたのがわかった。
ああ、先輩の眼に今の俺はどのように映っているのだろうか?
他の客と同じように浅ましい人間として映っているのか?
人を物として買おうとする、そんな軽蔑してやまない人間に見えているのか?
だとしても構わない。罵倒も凍えた視線も甘んじて受け入れる。
たとえシスティー先輩に嫌われたとしても、その冷たい檻から出してあげられるのなら本望だ。
「さあ、いきなり金貨三十枚が出ました! 他に誰かいらっしゃいませんか?」
司会が煽るように声をはりあげる。
俺が提示したのは、最低落札価格の三倍の金額だ。これまでのオークションの品々からしても、金貨三十枚というのはかなりの高額にあたる。
さらに司会はきっぱりとスキルを失ったと言い切った。であれば、このままこの金額で落札されることも。
「こっちは三十五だ!」
「いや、ワシは三十八出すぞ!」
「ならばこちらは金貨四十枚だ!」
続く提示の札は、会場からいくつも上がった。
番号を振り上げているのは、見るからに貴族や大商会の主といった太客たちだった。
目を欲望でギラギラと輝かせ、壇上のシスティー先輩を見ている。
「まずいですよ、ドライさん」
隣の席で、カインズさんが慌てた声でいう。
「スキルはないと紹介されましたが、最後の大目玉として出されてしまいました。これではなにかがあると思われても仕方ありません。あるいは、ゼルクト伯爵家への攻撃に使えると判断されたのかも。予想以上に高くなりそうですよ」
「加えていうなら、先輩は方々に対して立派にメスガキをしてましたからね」
札を上げた何人かは、金銭的価値よりも先輩個人への恨みや欲望で上げているはずだ。
システィー先輩が騎士としてゼルクト伯爵家で活躍していた三年間。
いい意味でも悪い意味でも、それが彼女に付加価値として大きく乗っかっていた。
そうだよな。あの先輩を、こんな少額で競り落とせるわけないよな。
「金貨五十!」
俺は再び札を持ちあげ、声を張り上げた。
稼いだ額の半分。一般的な三人家族の庶民ならば、四年近くは遊んで暮らせる金額だ。
これで札を上げていたうちの何人かが札を下した。冒険者や小規模な商会の人間。
「金貨五十五!」
「こちらは六十だ!」
だが貴族や大商会の人間はなおも競ってきた。
「八十!」
俺はそちらをにらみつけ、さらに金額を上乗せする。
貴族が悔しそうに札を下げた。商人が歯ぎしりしたあと、
「は、八十五!」
「九十だ」
「きゅ、九十五」
苦渋の決断をするような、絞り出す言葉。
俺もまた冷や汗を垂らしながら、口を開いた。
「――私は百枚出そう」
その前に、今まで参加していなかった老紳士が静かに札をあげてそう言った。
品のいい髭と服に身を包んだ彼の言葉に、最後まで残っていた商人がうなだれて札を下げた。
「金貨百枚! 金貨百枚です! 六十七番のお客様から、金貨百枚が提示されました!」
これには会場中から感嘆の声がもれる。
オークションに参加するような人間でも、金貨百枚というのは相当な額なのだろう。少なくとも、一人の奴隷に払うような金額ではない。
「さあ、他に誰かいらっしゃいませんか?」
司会は会場中に向けてそう呼びかけつつも、視線は俺の方を向いていた。他の客たちも、さあどうなるのかという目線を俺に向けてきている。
札を上げているのは老紳士を除けば俺だけだ。
そして俺は咄嗟に声を出せなかった。
やられた。金貨百枚、それは俺が今まさに言おうとした金額だった。それを先に言われた。となれば、オークションの形式上、同じ金額は出せない。
「……き、金貨百枚と銀貨五枚」
俺は背中にじっとりと汗をかきながらそう言った。
銀貨五枚分の上乗せ。オークションの暗黙のルールとして、金貨複数枚で提示されている場合は、金貨での上乗せをするべきという流れがあった。しかし金貨以外を提示するのは明確な違反というわけではない。他の客からの視線が痛いが、構うものか。
たとえ銀貨五枚だとしても、システィー先輩を落札できれば。
「金貨百十枚だ」
老紳士が、やはり静かな声でそう告げた。
おお、と周囲から声と共に、彼に向けていくつかの拍手が贈られる。
無粋な真似をした子供を躾けるがごとき上乗せ。これは決まりだ。よくやった。そんな空気が会場に満ちる。
「さあ、金貨百十枚です! 本日の最高額を超えました! さあ、どうなる!」
司会はそう言いつつ、ガベルを持ち上げた。
あれが振り下ろされれば終わる。
どうする? どうすればいい? そんな逡巡は一瞬だけ。
視界の先で、システィー先輩が俺のことを見ていた。
「金貨百二十!」
だから俺は、覚悟を決めてそう言い放った。
会場にどよめきが起こる。全員が、先ほどの金貨百枚と銀貨五枚が俺が受付に提出した全財産だと勘違いしていたに違いない。
けどそれは間違いだ。その金額は、俺がこのオークションに向けて稼ぐことができた金額でしかない。
用意できた金額は、その倍の金貨二百一枚だ。
もちろん、躊躇って細かく刻んでしまったように、半分は正しい行いで用意した金額ではない。
稼ぐことができた金額を手に、分身スキルを使って複製した金――つまりは今出している分身の消失とともに消え去る偽金だ。本来であれば、流通させることが許されないものである。
やってしまった。ついにやってしまった。
体中の穴という穴から汗が噴き出す。
俺は今、禁忌に足を踏み入れた。
これまでも装備とかはスキルを使って増やしたことはあったけれど、それはあくまで自分が使う目的だった。それで誰かに迷惑をかけるわけではなかった。
けれど今回のこれは違う。詐欺のようなものだ。いつかそう思ったように、明確に一線を超えてしまった。
システィー先輩が知れば侮蔑するだろうか。
そんなお金で私を買うなんてと詰ってくるかもしれない。
いや、システィー先輩は分身スキルのことを知らないからそんなことは絶対に言わないだろう。これは俺の被害妄想だ。罪の意識がそうさせる。
ならここに誓おう。
分身が消えれば、用意した金額が消えるというのなら――そのお金をすべて回収するまで、俺は今出している分身の俺を、絶対に消さないとここに誓おう。
だから許してくれ。
ここで先輩を見捨てることの方が、俺にとっては何倍も後悔することなんだから!
「き、金貨百三十!」
老紳士が、慌てた様子でそう告げた。
「金貨百四十」
すかさず、俺も追随する。
「百五十!」
「百六十」
「百七十だ!」
「百八十」
ごくり、と静まり返った会場に、老紳士の息をのむ音が響いた。
話が違う。そう言わんばかりの震える声で、彼は紳士らしからぬ様子で叫んだ。
「金貨二百!」
「金貨二百一!」
俺も負けじと声をはった。
大声で言ったにしては細かすぎる額だと笑えば笑え。これが正真正銘、俺の全部だ。
これを超えられたら俺は終わり。さあ、どうなる?
老紳士がそうであるように、冷や汗が顎を伝い、落ちる。
無音の中――老紳士が無念そうに札を下げるのにあわせ、カン、カン、というガベルの音が響き渡った。
「決着です! 二十番のお客様! 金貨二百一枚で落札です!」
司会の声とともに、周りから万雷の拍手を贈られる。
けれどそんなものは要らなかった。人を金で買ったのだ。これはそんな偉いことではない。
胸にはただ、安堵だけがあった。
俺がずっと上げていた札をそっと下ろし、システィー先輩を見る。
先輩はこちらを見つめ、静かに涙を流していた。
あれはどういう涙なのだろうか?
わからない。けど、すぐにその涙をぬぐいにいこう。
俺は安心させるように、先輩に向かって微笑んだ。
どこに隠し持っていたのか、システィー先輩はその手から小さな毒々しい色のナイフをポロリと落とした。
そして自分の胸に手を当てると、嬉しそうに、けれどどこか苦しそうに、涙ながらの笑顔を浮かべてみせたのだった。