分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
オークションは盛況のうちに幕を閉じた。
従業員に連れられて、俺は奥の応接間に通される。
中には手足の枷が外され、自由の身となったシスティー先輩が一人で待っていた。入口の手前でカインズさんは足を止め、二人きりにしてくれる。
「システィー先輩」
「ドラちゃん」
花嫁姿の先輩は、涙をたたえた瞳を向けてくる。
「ねえ、ドラちゃん。どうしてここに来たの?」
「決まってるだろ。システィー先輩が売られるって聞いて、慌てて助けにきたんだよ」
「助けに? 私を?」
システィー先輩は理解できないという顔で首を横に振る。
「私なんかを助けるために、金貨二百一枚も使ったの? ありえないでしょ。絶対馬鹿じゃん」
「否定はしないけどな」
正直にいって、人一人に金貨二百一枚は馬鹿の所業だ。普通の奴隷なら二百人は揃えられるし、ゼルクトの街の相場なら庭付きの立派な家だって買えてしまう。
「ドラちゃんも聞いてるでしょ? 私、もうスキルがないんだよ? 今戦ったら、ドラちゃんに勝てるかも怪しいくらいの強さしか残ってないの。金貨一枚だって高いくらいだよ?」
システィー先輩はすっかり自信を失っているようだった。それだけ彼女にとって、スキルの存在は大きかったんだろう。
けど俺には関係にないことだ。
「俺は先輩がスキルを持ってようが持っていなかろうが、同じことをしたよ」
「スキルじゃなくて、私自身が欲しかったってこと?」
一歩、システィー先輩が近づいてくる。その眼にはやはり困惑があった。
「それはどうして? ドラちゃんは私のことが嫌いになったんじゃないの? 本当は恨んでるんじゃないの?」
「嫌っても恨んでもないよ。どうしてそう思ったんだ?」
「それは……」
ぎゅっとドレスの裾を両手で握り、システィー先輩は何度か呼吸を繰り返す。そうして許されぬ罪を告白する罪人のように告げた。
「ドラちゃんも本当は気付いてるんでしょ? 私はね、ドラちゃんのお兄さんを見殺しにしたんだよ?」
「へ?」
いきなりなんの話です?
「とぼけなくてもいいよ。ドラちゃんがお兄さんの振りをしてるのは気付いてるし、そのことを誰にも言ったりはしてないから。だから、正直な気持ちを言って。ドラちゃんはお兄さんを見殺しにした私のこと、本当は恨んでるんでしょ?」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ。話が見えない」
お兄さんって、つまりツヴァイのことだよな?
先輩がツヴァイを見殺しにした? いつ? どこで? そんな記憶はどこにもないんだけど。
「もしかして、森でのことを言ってるのか? けどツヴァイは戻って来たんだから、そんな先輩が気にすることなんて」
「うそ。ツヴァイは自爆して帰ってこなかったんでしょ?」
「自爆? どうしてそのことを?」
「戦った簒奪者がそう言ってたけど……そう、やっぱり本当なんだ。ツヴァイは自爆魔法を使って、あのモンスターを追い払って見せたんだね。すごいよ。そんな勇気、私にはとても持てない」
簒奪者イライザ。やはり先輩はあいつと戦ってスキルを奪われたのか。
しかもあの女、森での戦いをどこからか見ていたのか。全然気付かなかったな。
「……つまり話をまとめると、システィー先輩はツヴァイが自爆魔法を使って死んだと思ってるんだよな? それで俺がその死を隠そうとして、ツヴァイ役として演技をしてると」
「そうなんでしょ? 誤魔化さなくていいよ」
「誤魔化すとかじゃなくて、そんな事実はないから。ツヴァイは死んでないよ」
「うそ。だって私、そういうのわかるんだから」
「わかる?」
「私のスキルの応用でね、生体電気っていう触れた相手の指紋みたいな特有の波紋を読み取れるの。それでドラちゃんと、今のツヴァイの生体電気が同じことをたしかめた。双子だからって同じにならないのに。だからドラちゃんがツヴァイの演技をしていたのはね、もう間違いないことなんだよ」
「そ、そんな特技をお持ちでしたか」
それでこの前会ったとき、どことなく様子がおかしかったのか。
たしかにドライもツヴァイも同一人物なので、その確認方法なら同じ反応が出るだろう。それならそうとその場で言ってくれよ。勝手に確かめられて、勝手に勘違いされたら気付けるはずがないじゃないか。
先輩がスキルを失って奴隷になってしまったから慌てて動き、その結果として先輩はこの事実を告白してくれたが、今回の一件がなかったらずっと気づけなかったままだったかも知れない。
そう思うとぞっとするな。不安定に揺れる先輩の眼差しを見れば、システィー先輩がどれだけこの件に罪の意識を抱いているかはわかる。
なんとかしないといけない。
こうなったら、分身スキルのことを話すか?
いや今は分身を新しく出せないから、スキルの実在を証明する手段がない。そんな状況で複雑なスキルについて説明するよりも、もっと簡単な方法がある。
「先輩。ちょっとここで待っててくれ」
「あ」
システィー先輩を置いて部屋を出る。
「カインズさん、すみませんけどツヴァイを呼んできてもらってもいいですか?」
「ツヴァイさんを? ええ、構いませんが」
実は分身の俺を屋敷の近くに配置しているのだ。
金貨の保持のために消すことができなかったので、いざというときのために待機させていたのだ。同じ場所にはフレデリック先生を含めたシュクラ流の道場の門下生もいる。
なお、いざというときというのは、システィー先輩をお金で買えなかった場合、購入した相手を穏便に拉致説得する手はずだったためである。冷静になって考えてみると、贋金を作り出すより襲撃の用意をしている方がよほど悪いよな。
システィー先輩を首尾よく助けだせたことも伝えないといけないので、カインズさんにはみんなのところに行ってツヴァイを呼んできてもらうことにした。数分も経たずにやってくることだろう。
さて。
俺は扉を締め直し、所在なさげなシスティー先輩に向き直る。
こうしてしおらしくしている姿はリリエッタに似ていた。やっぱり姉妹なんだなと改めて思う。
リリエッタも今回の一件にはとても心を痛めている。発明品を複製したり、忙しい俺たちに代わって料理を買ってきてくれたりと、できるかぎりの手伝いもしてくれた。今は家で俺たちの帰りを待ってくれている。彼女のためにもやはりシスティー先輩は笑顔になってもらわないといけない。
「システィー先輩。はっきりと言っておく。ツヴァイはちゃんと生きてる。死んでない。全部先輩の勘違いだ」
「うそ。うそだよ」
頑なな様子。そりゃ先輩からしたら、そうとしか思えないんだろう。
「さっき言ってた先輩の生体電気を確かめるっていうの、本当に双子でも別になるのか?」
「間違いないよ。前に双子だっていう人を確かめたことがあるもん」
「じゃあその双子の人って一卵性双生児だったのか?」
「一卵性双生児? なに、それ?」
やっぱり知らないか。
「双子にも種類があるんだよ。顔がよく似ている一卵性双生児と、双子だけどあまり似てない二卵性双生児。その人たちはどっちだったんだ?」
「それは……わからないけど、あまり顔は似てなかったかも」
「じゃあ、二卵性双生児だったのかもな。で、俺とツヴァイが御覧のとおりの一卵性双生児だ。その生体電気っていうの、もしかしたら一卵性双生児の双子なら同じ反応を示すんじゃないのか?」
「そ、それは……たしかめたことはない、けど……」
初めて先輩の意思が揺らぐ。
実際どうなのかはわからないけど、可能性としては否定できないだろう。ましてや、もう確かめる術は失われているのだから。
「で、でも、ツヴァイはモンスターを倒すために自爆魔法を使ったんでしょ? なら死んでないとおかしいじゃん!」
「おっとそこに気付いてしまいますか」
そこを突っ込まれると誤魔化しようがない。実際に一度死んで出し直してるわけだしな。
誤魔化しようがないので、ここははっきりと証拠を突きつけるとしよう。
ベストタイミングで、コンコンと部屋の扉がノックされる。
「入ってくれ」
「どうも。なんか呼ばれたみたいだけど」
入室の許可を出せば、扉を開けて俺と瓜二つの顔をした少年が入ってくる。
分身の俺だった。
「…………ぇ?」
システィー先輩が俺と分身の俺を見比べて、素っ頓狂な声をあげる。
「えっ? えっ? えっ?」
「システィー先輩。ご覧のとおりだ」
俺は分身の俺の隣に立つと、幽霊でもないことを証明するためにがっしりと肩を組んだ。
「ツヴァイは死んでない。先輩の勘違いだよ」
「……なんかよくわからないけど、勘違いっぽいぞ」
事情を知らない分身の俺が肩を組み返してくる。
俺たち元気です。みたいなポーズを真正面から見て、システィー先輩は魂が抜けたようにその場に尻もちづいた。
「…………全部、私の勘違いだった、ってこと?」
「だからそうだって言ってるじゃないか」
「死んでない? 私はドラちゃんのお兄さんを、リリエッタのお兄様を、見殺しになんてしてない?」
俺は頷く。分身の俺もよくわかってない顔で頷く。
システィー先輩は両手で口元をおさえると、
「……よ、よかったぁ。勘違い。勘違いだったんだ。そっかそっか。勘違い。ぐすっ、よかっ……うぅ、よかったよぅ」
心底安堵した顔でそう零し、壊れた蛇口のように泣き始めた。
「な、なにそれ? わ、私、自分のスキルに騙されてたってこと? そんなの気付けるわけないじゃん。ないじゃんね」
「なあ、これどういう状況なんだ?」
「システィー先輩が勝手に勘違いして、勝手に曇ってたって話だよ」
「で、その勘違いが解けたってこと?」
「そういうことになる」
「ふ~ん。ま、システィー先輩が笑顔を取り戻してくれてよかったよ。あとカインズさんに聞いたけど、ちゃんとシスティー先輩を助けられたんだよな?」
「ああ。使った金額、ジャスト金貨二百一枚。全財産の高い買い物だった」
「そうだよ! 高すぎるでしょ!」
泣き顔のまま、システィー先輩は勢いよく立ち上がった。
「全部私の勘違いで、ドラちゃんが私のことを恨んでなかったとしても、それでも金貨二百一枚も出すなんて馬鹿じゃないの!? それだけあったら、一生とはいわないけど、しばらく遊んで暮らせるでしょ!」
「なに言ってるんだ? 遊んで暮らせたとしても、その横でシスティー先輩が悲しんでたら、なにも楽しくないだろ?」
「な、なにそれ? スキルじゃなくて私自身とか言ってたし、もしかしてドラちゃんって私のことが好きなの?」
「? なに言ってるんだよ、先輩」
「あ、そ、そうだよね。これもやっぱり、私の勘違いだよね」
「いや、勘違いじゃなくて。先輩のことが好きじゃなかったら、俺は今日ここに来てないよ」
まっすぐ正直な気持ちをぶつける。
知らなかったのか? 俺、システィー先輩のこと、結構好きなんだぜ?
「…………バカじゃん」
システィー先輩は顔を真っ赤に染めて、そう言った。
「やっぱり、ドラちゃんはバカだよ。私なんか、私なんかをそんな理由で……買われたらさ、救ってもらえたらさ、もうドラちゃんのこと、二度と嫌いだなんて言えなくなっちゃうじゃん」
先輩はゆっくりと俺に近づいてくると、トンと床を蹴って胸の中に飛び込んできた。
「ツヴァイを見殺しにしてなかったとしても、見殺しにしようとした事実は変わらない。私はさ、ドラちゃんが思ってるほど、優しい人間なんかじゃないよ?」
「えっ? 先輩、自分のことを優しい人間だって思ってたの? それはちょっと無理があるというか。今までの自分の言動をよく振り返って欲しいというか」
そのまだ小さな身体を抱き返しながら苦笑する。
「システィー先輩の性格の悪さはよく知ってるよ。そうさ、先輩はどこに出しても恥ずかしくないメスガキだ。俺も何度むかっとさせられたかわからない」
「メスガキ言うなぁ」
ぐりぐりと額をこすりつけてきながら、まったく怒ってない顔で先輩はいう。
「でも、でもね、仕方ないからドラちゃんに買われてあげる」
「俺のしたこと、余計なお世話じゃなかったか?」
「なに? そんな心配してたの? 余計なお世話なわけないじゃん。」
システィー先輩は顔をあげた。
「会場にさ、ドラちゃんがいたのを見つけたとき、私がどれだけ嬉しかったか。私を諦めずに何度も何度も高い金額をつけてくれたとき、どれだけ胸が高鳴ったか。ガベルが鳴らされてドラちゃんの物になったって理解したとき、私がどれだけの幸せを感じたか、今の私の顔を見ればわかるでしょ?」
「……ああ、わかるな」
よくわかる。わかってしまう。
「ありがとう、ドラちゃん。私を見捨てないでいてくれて。助けてくれて。本当にありがとう」
だってそのときのシスティー先輩の顔に浮かんでいたのは、まさに全財産はたいても買いたいくらいの、幸せそうな笑顔だったんだからさ。
――と、ここで終わればいい話だったのだが。
「だけど、その、ドラちゃん。すごく、すごく言いにくいんだけど……」
システィー先輩が俺から離れると、ツヴァイに背を迎える形で目の前に立ち、そっとドレスのスカートの裾をつかんだ。
そしておもむろに前部分をゆっくりと持ち上げていくではないか。ニーソックスに包まれた足があらわになっていく。
そんなスカートをたくし上げるなんてはしたないですよと思いつつがっつり見ていると、太ももが見える位置まで持ち上げたところで、システィー先輩は手を止めた。ガーターベルトで釣られた太もも部分にはベルトが巻かれ、そこにいくつかの武器が止められていた。他にもドレスの裏地などにもちらほらと。
システィー先輩はたくしあげたスカートをあむと口で固定すると、ひとつずつ手で外して床の上に並べ始めた。
毒々しい色のナイフを初め、あからさまに凶悪そうなマジックアイテムの数々。貝殻に似た形のマジックアイテムは前に見たことがあった。いわゆる、爆弾のように使えるマジックアイテムだったはずだ。
そんなこんなで並べられた凶器の数は十を軽く超えていた。
「……システィー先輩、これって」
「ゼルクト伯爵家秘蔵のマジックアイテムだよ。こっちは猛毒の剣で、こっちは相手を麻痺させるアイテム。これは爆炎を起こす奴で、標的が近づいてきたらツヴァイを見習って諸共――じゃなくて、投げつけて爆破するつもりだったの。つまり、ね」
説明してくれるシスティー先輩。口を離したことで軽くなったドレスの裾が元に戻り、ふわりと優雅に揺れる。
見た目はどこに出しても恥ずかしくない可憐な花嫁。その実、殺意あふれる純白の刺客だった少女は、その場に膝をついて床に額をこすりつけてきた。
「私がオークションにかけられてたのは、伯爵様と一緒に計画した簒奪者絶対にぶっ殺そう作戦です! 騙す形になって本当にごめんなさい! なんでも、本当になんでもしますから私のことは嫌いにならないでください!」
「ですよねー」
薄々確信しておりました。
でもまあ、システィー先輩が笑顔になってくれたので無駄ではなかったはずだ。
それに……うん。見事な土下座であるし、今日のところはずっと目標だったわからせを達成できたということでよしとしておこう。
ああもう。まったく。本当に。
「メスガキ先輩め」