分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
システィー先輩が土下座してきた直後のこと。
「失礼する」
見計らっていたようなタイミングで部屋の扉が開き、堂々たる足取りでゼルクト伯爵が入室してきた。
伯爵は室内の様子を見て、やれやれと肩をすくめる。
「聞き耳を立てさせてもらっていたが、レビュテッドよ。ダメだな、なっておらん。そこは私を悪役にしてドライの家に転がりこむべきところだぞ。馬鹿正直に話してどうするのだ?」
「元はと言えば、私が強行したことですので」
顔を上げたシスティー先輩は、伯爵にそう答えた。
「それに、私はこれ以上ドラちゃんに隠し事をしたくありません」
「仕方のない奴だな。ドライとその関係者だけは巻き込まないようにしてくださいと頼んできたのは貴公であろうに」
伯爵は応接間の椅子に腰かけると、向かいの席を指し示した。
「ドライ。ツヴァイ。座るといい。すべてを話しておこう」
俺と分身の俺は頷きあうと、対面のソファに腰かけた。
システィー先輩は床で正座したまま控え、カインズさんもしれっと入室し、扉の前を守るように立つ。
伯爵はそちらを一瞥したあと、説明を始めた。
「最初に謝罪しておこう。レビュテッドの意向があったとはいえ、今回貴公らを蚊帳の外に置く判断を下したのは私だ。不義理なことをしたと思っている。すまなかった」
口だけの謝罪ではなく、軽くとはいえ伯爵は頭を下げてみせた。彼女からしてみれば最大限の謝罪だろう。
とはいえ、こちらとしてもじゃあ許しますと言うには支払ったものが大きい。贋金の保管もなんとか頼まなければならないし、まずは事情を聞くべきだろう。
「謝罪は受け取りますが、そのあとのことは事情を説明してもらってからでいいですか?」
「構わない。ではまず事の発端、レビュテッドがスキルを失った経緯を説明しておこう。簒奪者と呼ばれる犯罪者と交戦し、強奪スキルによって奪われたのだ」
「簒奪者……イライザっていう女ですね」
「そんな名前なのか? とにかく、そのままレビュテッドは殺されかねなかったのだが、不幸中の幸いと言っていいのか、奪われたレビュテッドのスキルはまともに使おうと思うとある程度の貯めが必要なのでな」
「雷光スキルっていうの。充電した雷の力を、身体強化や攻撃に使えるスキルだよ」
「そうだな、貴公らに隠しておく必要はないか。そういうわけで、レビュテッドは敗北こそ喫したものの、その場では簒奪者に見逃されたのだ」
「一緒にいた仲間は口封じのために殺そうとしてきたけどね。あの女は私を庇ってまで見逃した。絶対に私から奪ったスキルで殺さないといけないから、って」
「論理的ではない。損得勘定が破綻している。簒奪者はそういう頭のおかしい手合いだ。まあ、それに救われたわけだが……どちらにせよ、レビュテッドはまだ狙われているということだ」
「そこで私を囮にして簒奪者を誘き出す計画を申し出たの」
「先輩から言い出したのか?」
「うん。だって、このまま放置なんてできないでしょ?」
「スキルが奪われたのだ。私としても、囮にするのは危険すぎると言ったのだがな。レビュテッドは聞く耳をもたなかった。必ず自分の手で殺すと言ってきかなくてな」
「だって……ツヴァイを殺した仇だと思ってたから」
なるほど。勘違いしていたシスティー先輩からしてみれば、イライザは森でモンスターをけしかけてきた憎い相手だったのか。
「単身でもやると言ってきてな。最終的には私が折れる形になった。当然、相応の装備は持たせたがな」
床に並べられた装備一式がそれか。
「伯爵家秘蔵のマジックアイテムだ。イライザが近づいてきたところを隠し持っていたそれで仕留める。そこまでは無理でも深手を負わせられれば、あとは配置していた我が兵で、という作戦だった」
「だとしても、わざわざ奴隷にしてオークションにかけなくても」
「簒奪者は私を狙ってくるはずだけど、もしかしたらそのまま逃走する可能性もあったから」
一番気になった部分を問えば、考案者らしいシスティー先輩が答えた。
「私が奴隷に堕ちてオークションにかけられる。そういう噂があればね、あの女は絶対にその様を見に来るって思ったの。あいつはそういうの、大好きだろうと思ったから。……そこは予想が外れちゃったんだけど」
相手から奪ったスキルで相手を殺すなんて真似をする女だ。そこにスキルの制約的な意味がないのなら、間違いなく性癖によるものだろう。そう言われてしまえば、たしかにおびき寄せる餌としては最高の物だとは思うが。
「システィー先輩が奴隷になったって聞いて、心配する人間だっているんだぞ?」
「うん、ごめんなさい。そういうの、あのときの私は考えられなかった」
システィー先輩は後悔した様子で頭を下げる。
「伯爵様も申し訳ありません。今思えば、配下の騎士を奴隷に堕とすなんて噂を立てれば、伯爵様の名にも傷をつけるのに……私は、私のことしか考えていませんでした」
「頭に血が上ると視野が狭くなるのは貴公の悪癖だな。だがな、私はそんなことは承知で作戦に乗ったのだ。謝罪はドライたちのみにすればいい」
「ですが」
「フッ、領主になって三年が過ぎたが、まだまだ若輩者だと甘く見てくる輩も多い。自分の騎士すら容赦なく奴隷に堕とすという悪名くらいあった方が、貴族としてはむしろ箔が付くというものだ」
「……ありがとうございます。この借りはいずれ必ず」
「期待している。そんなわけでな、ドライ。我らは商業ギルドを巻き込んでオークションを開き、簒奪者を誘き出そうとしたのだ。主催側はもちろん、客の半分くらいは我が家の息がかかった者たちだ」
「じゃあ、もし簒奪者が現れなかった場合、システィー先輩の身柄は?」
「当然、我が家で押さえる形を予定していた。貴公と最後に競り合った男がいただろう? あれは私を幼い頃から世話をしてくれている我が執事でな」
「あの老紳士は関係者でしたか。けどシスティー先輩を絶対に取り戻すつもりだったなら、もっとお金を用意しておくべきでしたね」
「そうは言うがな。こちらとしても、持ち出せる金貨には限りがあるのだ。二百も用意しておけば、十分だと判断しても仕方あるまい?」
「けど運営側に食い込んでたなら、俺が受付で二百一枚提示した時点で、念のためにそれ以上用意しておくべきでは? 最初に所持金を預けるルールはそのためのものですよね?」
「気付いていたか。たしかに、そこは報告をあらかじめ受けてはいた」
客の提示できる最大値があらかじめわかっていたのだ。ならば、それ以上を用意しておけば問題はない。それをしなかった伯爵にちょっと棘のある声でツッコミを入れてしまったが、彼女は逆にニヤリとした笑みを向けてきた。
「それよりも、貴公が参加してきたという報告の方が私には重要でな。可能性としては考えていたが、まさか本気でレビュテッドを手に入れようとするとは。しかも金貨二百一枚とは驚いた。どうやってこの短期間で、それだけの額を用意したのだ?」
「それはもちろん、死に物狂いで搔き集めましたよ。以前、伯爵閣下に見せた発明品は全部利権ごと手放すことになりました」
「そうか。どこぞの組織とつながりがあり、そちらから引っ張って来たのかと思ったが、すべて個人で稼いだのか。そうかそうか」
バシバシと膝を叩き、伯爵は破願する。
その様には、さすがの俺も苛立ちを隠せなかった。
「笑いごとではありませんよ。俺は飯の種をすべて失いました。借金だってしたんですから」
「ああ、すまんすまん。だが男の意地でそこは隠しておけ。レビュテッドが罪悪感で今にも死にそうな顔をしているぞ」
「あ」
先輩に視線を向ける。無言でまた土下座してきた。
「いや、隠すことなくすべて吐いておいた方がよいか。その方が、レビュテッドもどれだけ自分が大事に思われているか理解できてよいだろう」
「その先輩はぷるぷる震えるだけの哀れな生き物になってますけど」
「よい薬だ。この様子なら、貴公に借りを返すまで死に急ごうとはせんだろう」
伯爵にも、システィー先輩が最悪イライザと刺し違えるつもりでいたことは理解できていたのだろう。彼女は床のマジックアイテムのひとつ、貝殻状の爆弾を手に取って俺に差し出してきた。
「今回の詫び代わりだ。これを含め、そこのマジックアイテムを好きなだけ持って行くといい。上手く売りさばけば、今回の損失の補填分にはなるだろう」
「それなら、これ以外のマジックアイテムは要らないので、預けた金貨を半分返してもらえると助かるのですが。ちょっと曰くのある金なので、できるだけ速やかに回収したかったりします」
「ん? そうなのか? しかしあれは、レビュテッドを貴公が買った証となるものだからな。それを返せというのは、少々あれではないか?」
「……伯爵様、もしかして少し怒ってます?」
「怒っている? 私が貴公にか? 生憎と、そこまで私は狭量ではないよ。だがまあ、うらやましいとは思っているよ」
「うらやましい?」
「実は金貨二百枚というのは、私が用意できた個人的な額になる。無論、相手が貴公でなければ、ルールを無視してでも金額を吊り上げさせるつもりだったが、最後に残ったのが私と貴公の時点で、あれは本物のオークションだったのだよ」
そう言って、伯爵は降参だと言わんばかりに両手を上げた。
「フフッ、貧乏貴族の悲しき宿命よ。貴公には純粋に上を行かれてしまった。これでは、我が最愛の騎士を奪われても諦める他あるまい」
「奪われたって」
「違うのか? レビュテッドよ」
「はい。いいえ、相違ありません、伯爵様」
システィー先輩は頭を上げると、まっすぐ伯爵を見て答えた。
「進退のお話の返答をさせていただきます。私はゼルクト伯爵家を辞して、この人の下に身を寄せさせていただきます」
「そうか。競り負けたのは私の方だからな。潔く身を引こう。……よき主人であり男に出会えてよかったな、レビュテッド。やはりうらやましいかぎりだよ」
「それはどちらに対してですか?」
「さあ、どちらだろうな」
伯爵は肩をすくめる。それを見て、システィー先輩も笑みをこぼした。俺にはわからない関係性が、この二人にはあるのだろう。
「とはいえ、簒奪者の襲撃の心配がなくなるまでは我が家に身を寄せておけ。最愛の男を巻き込むわけにもいくまい」
「はい、それまではお世話になります。……いいよね? ドラちゃん」
「それはもちろん」
「む? そこは離したくないって言ってほしいところなんだけど。ドラちゃんってば、女心がわかってないなぁ」
システィー先輩は足元にしなだれかかってくると、太ももをツンツンと突いてきた。勘違いが解けて、久ぶりにメスガキ全開という感じだ。
いやでも、前とは少し違う気がする。手つきが優しいというか、指先まで愛情たっぷりというか。
あれ? もしかしてこれ、システィー先輩を本当に引き取らないといけない流れなのか?
ゼルクト伯爵の作戦ではなかった場合、俺としては助けたあと、普通に奴隷身分から解放して自由にしてもらい、働いてお金を返してもらうつもりだったんだけど。
「システィー先輩。俺の奴隷なんて嫌じゃないのか?」
「実際はまだ私、騎士階級のままだけどね。……でも、ドラちゃんの奴隷にだったら、なってもいいよ」
システィー先輩は俺の手を取ると、自分の細い首に触れさせた。
「今度、首輪を一緒に買いにいこ? それで、末永く私のことを飼ってね?」
買ったと飼ったをかけているわけか。お上手!
……どうやら俺は、システィー先輩のよくない扉を開けてしまったようだ。
「そ、それについては前向きに善処するという形で」
「実際にはしないやつの答えだな」
分身さん? なに他人事みたいに言ってるの? 君自身の問題ですよ?
「し、仕方ない。システィー先輩を買うのに全財産どころか借金もいくつかしちゃったし、うん、プレゼントしたいのはやまやまだけどお金がないからしょうがないね。一緒に暮らすのも金銭的に難しいので諦めてもらう方向で調整しよう」
「であれば、レビュテッドの退職金は弾まなければな。そのためにも、やはりドライがオークションで使用したお金は全額受け取るとしよう。その上で、そちらを丸ごと退職金とさせてもらおうか」
「さすがはグランマリア様! いつも私がして欲しいことをしてくださいますね!」
「そう褒めてくれるな。元主としては当然のことをしているに過ぎない」
はっはっはっ、と高笑いをする伯爵。こ、この配慮に優れたお貴族様め!
偽金のこともあるから、そうしてもらえると大変助かるんだけど?! やっぱりあなた、システィー先輩を奪われてちょっと恨んでますよね!?
……どうやら、家に新たな奴隷が転がり込んでくるのは避けられないようだった。
まあ、先輩がいいならいいさ。リリエッタも喜ぶだろうし。
けど三人だとさすがにあのアパートだと手狭になっちゃうよな。今回使ったお金を返してもらえるなら、もっと大きい家族向けのアパートでも探すべきか。
あ、でもそんなことになったら、セリカも絶対に同じ家に住みたいとか言ってくるか。少なくとも部屋は用意しておかないとまずいだろう。それならいっそのこと家を買おうか。金貨五十枚あれば小さい家なら買えるはずだ。
う~ん。でもそうなると、本格的にゼルクトの街に腰を落ち着けてしまうことになる。
商売が上手くいったら、あとは分身に任せて情報収集がてらもっとこの世界を見て回ってみたいと考えてたんだけど。
……どっちもやればいいか。
冒険をするのも、商売をするのも、世界を見て回るのも、分身スキルさえあれば全部できるのだから。なにかを諦める必要もない。
そう、分身スキルさえあれば。
「――ご歓談中のところ、お邪魔致しますわね」
招かれざる客はどこまでも暴力的に。
なんの前触れもなく天井をぶち破って、黒いヒトガタのなにかが落ちてきたかと思うと、続いて貴婦人が軽やかに降り立った。
「ごきげんよう。わたくしのために開かれたパーティーなのに、遅れてしまってごめんなさいね。馬車と御者を用意するのに、ずいぶんと時間がかかってしまったの」
日傘の代わりに一振りの剣を夜の闇に輝かせながら、闖入者はシスティー先輩を冷たい眼差しでにらみつけた。
「早速ですが、ずいぶんと幸せそうなので、今すぐ壊させていただきますね?」
その後、簒奪者イライザは別の人物に視線を向ける。
「それにあなたも、ええ、決して逃がしはしませんわよ?」
その妖しい微笑みは、まっすぐ俺へと向けられていた。