分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第69話  簒奪者を討て

 イライザの襲撃。それに対するゼルクト伯爵の動きは早かった。

 

「総員、戦闘配置!」

 

 邸宅中に響くかと思える大声にあわせ、部屋に兵士たちが雪崩れ込んでくる。彼らはイライザを取り囲むと、剣や槍の切っ先を向けた。

 

 俺もすぐに立ち上がり、イライザから距離を取る。

 

 システィー先輩が床に置かれた武器を手に、俺を背後に庇って前に出た。

 その前にさらにゼルクト伯爵がレイピア片手に出て、盾を構えた騎士が最前列に駆けつける。

 

「出たな、簒奪者。そのそっ首を刎ねてくれるわ」

 

「あら情熱的。ですけど、あなたに興味はありませんの。伯爵様」

 

 イライザがパチリと指を鳴らすと、さらに空からいくつもの異形が落下してきた。

 

「モンスター!」

 

 誰がそう叫んだか、何十というモンスターが雨のように屋敷に降り注いできた。天井のみならず、壁という壁が破壊され、すぐに至るところで悲鳴や戦闘音が響き始めた。

 

 この部屋にも五体のモンスターが兵たちの前に落ちてきていた。さらに部屋の四方の壁を壊しながら、他のモンスターも駆けつけてくる。

 

 モンスターは集まった兵士に向かって本能のままに襲い掛かった。一番近くにいるイライザには見向きもしないのを見るかぎり、どうやらログレスの森のときのように彼女が操っているようだ。

 

 空いた穴から夜空を見上げれば、巨大な影が何体か旋回しているのが見える。

 

 ワイバーンかなにかだろうか。あれがどうやら、イライザや他のモンスターをここまで運んできたようだ。

 

「まさか空からの襲撃とはな。ええい、これは想定していなかった!」

 

 伯爵が歯噛みしながら空をにらむ。自由に飛ぶことのできるモンスターは本来、絶滅領域かダンジョンにしか存在しない。モンスターを操れるからこその戦術といえたが、この世界の人間にそれを警戒しろというのは無理があるだろう。

 

 とにかく、イライザを物量でどうこうするという作戦は破綻した。

 

「さあ、これでこれ以上邪魔な兵がやってくることはないでしょう。あとはこの場にいる雑兵だけ」

 

「言ってくれるな、女」

 

 そう言って、数名の騎士が前に出た。

 彼らはモンスターに攻撃を仕掛けると、またたく間に討伐してみせる。

 

「あら? 少しは出来る人もいたのね?」

 

「当然だ。ここはゼルクトの街、そして私はゼルクト伯爵だ」

 

 伯爵が毅然と言ってのける。

 

 奇襲を許してしまったが、元より伯爵はイライザを迎撃するために準備をしていた。しかも相手はシスティー先輩を倒したような猛者だ。相応の人員は配置していたに違いない。

 

 そのうち何人かは屋敷に現れたモンスターの討伐に手を取られているようだが、それでもこの場に駆けつけられた者も多い。

 

 歴戦の猛者めいた雰囲気を漂わせた騎士に、あちらはたしか冒険者ギルドで見たことのある顔だ。たしか、数組しかいないゴールドの冒険者だったはず。クエストを出して雇っていたのか。

 

「そう、つまりわたくしはこの街を代表する戦力を相手どらないといけないのね」

 

 ゼルクトの街の領主が用意した人員を前に、イライザは余裕の笑みを崩さない。むしろ興奮した様子で舌なめずりをする。

 

「けれど、準備を整えていたのはあなた方だけではなくてよ?」

 

 イライザの言葉に従うように、一緒に落ちてきた黒いヒトガタが動き出す。

 

 全身を漆黒の甲冑に覆い隠した、巨躯の騎士。両手には肉厚の刃を持つバトルアックスを握り、獣のような唸り声をあげている。

 

「ゼルクト伯爵! その黒騎士には気を付けてください!」

 

 入口近くにいたカインズさんが、焦った様子で叫んだ。

 

死神の種(デスシード)と呼ばれるマジックアイテムを植え付けられた人間です! 寿命を捧げる代償に、高い戦闘能力と防御力、再生能力を得ることのできる呪いのマジックアイテムです!」

 

「デスシード。聞いたことがあるな。そのマジックアイテムを手にした人間は、戦場においては『不死身のバーサーカー』『黒き死の風』あるいは『黒騎士』と呼ばれ恐怖の代名詞となっていると聞く」

 

「ご明察ですわ、伯爵閣下。残念なことに、お前の趣味にはこれ以上付き合っていられないとお仲間から言われてしまったので、代わりに用意してきましたの」

 

 イライザの意思に従うように、黒騎士がゆっくりとした動作で動き出す。

 

「我が君より与えられた至高の暴力。どうぞ堪能してくださいましね?」

 

「ヴォォオオオオオ!」

 

 人間のものとは思えない雄たけびをあげて、黒騎士が一番近くにいた兵士に躍りかかった。

 

「総員、攻撃開始!」

 

 同時にゼルクト伯爵の指示にあわせ、全員が動き出す。

 

 まず最初に屋上に隠れていた兵士が矢を雨あられと放った。イライザは剣で巧みに撃ち落とすが、黒騎士に至っては視線すら向けなかった。まとった黒甲冑がすべてを弾き返し、傷ひとつ負わない。勢いを失うことなく、兵士の構えた盾に向かって斧を叩きつけた。

 

 巨大なバトルアックスの一撃は、まるで破城槌の一撃のように盾ごと兵士の守りを打ち砕いた。

 

「ええい、化け物が!」

 

「伯爵様、お下がりください!」

 

 小石のように吹き飛ばされる配下の兵士を見て、伯爵が大きく悪態をつく。

 

 彼女を後ろに下がらせた側近の騎士たちが黒騎士に殺到した。

 

 三方向から見事な連携で剣や槍を繰り出す騎士たち。練度はかなりのものだ。

 

 しかし黒騎士は平然と攻撃を黒甲冑で受け止めると、防御を一切無視した動きで暴れまわる。さしもの黒甲冑も騎士の攻撃には傷つくが、その傷はまるで生き物のように蠢いて再生していく。

 

 肉体のみならず黒甲冑をも再生する力、止めるのは至難の業だ。

 

「ウォオオオオオオ――ッ!」

 

 雄たけびをあげ、無秩序に暴れまわる黒騎士。

 モンスターの攻撃で緩んでいたイライザへの包囲はまたたく間に崩され、屋上の兵士たちも壁や天井ごと斧で粉砕されていった。

 

「ではこちらも始めましょうか」

 

 広く空いたスペースで、イライザもまた動き出す。

 手に握った剣を横に構えると、その剣が稲妻をまとった。

 

 それを見て、システィー先輩が苦々しい顔をする。

 

「私の雷光スキル……!」

 

「ええ、あなたのお仲間を相手取るのに、これ以上ないスキルでしょう?」

 

「なんて悪趣味!」

 

「褒め言葉をありがとう。その歪んだ顔、とても素敵よ!」

 

 雷光と共に、システィー先輩に突っ込んでいくイライザ。前に出た騎士が押しとどめようとするが、周囲の球体から放たれた稲妻の前に蹴散らされていく。

 

「いいわいいわよあなたのスキル!」

 

「なめるなぁああ!」

 

 そう叫んだのは騎士の一人であった。手に持った槍で稲妻を薙ぎ払い、イライザに詰め寄る。

 

「あら?」

 

 攻撃を避けるためイライザは下がった。すかさず、騎士が槍を振りかぶる。

 

 イライザは雷をもって迎撃するが、本来受けきれないはずの輝きを騎士の槍は弾いて見せた。

 

「どうやら雷光の対策をしている者もいるようね」

 

「当たり前だ! 我らはグランマリア・フォン・ゼルクト伯爵閣下の騎士!」

 

「応とも! いつまでも生意気な小娘に最強を名乗らせてたまるかと!」

 

「コツコツ毎月の給料をためて、特注の武具を用意しておいたのだぁ!」

 

 大人げなく後輩の騎士への嫉妬を叫び、さらに二人の騎士が戦列に加わる。

 

 三人の男たちは練習したと思しきフォーメーションで、イライザに襲い掛かった。

 

 しかしイライザはいつかの先輩のように、雷光の速度で動き回り、次々に騎士たちを撃墜していった。たとえ刃が雷を弾こうと、斬撃とともに直接身体に流し込まれてはたまらない。即死しないだけよく鍛えていると言えるだろう。

 

「くっ、無念!」

 

 攻撃を受けた騎士が後ろに下がる。伯爵家に所属するプリーストが駆け寄り、治癒魔法を唱え始める。

 

 その間は他の騎士や兵士が、イライザの前に立ちふさがった。

 

 一人一人の実力はイライザや黒騎士に劣るものの、決して彼らは弱卒というわけではない。訓練された動きで、数の利を活かして猛攻を耐えしのいでいる。さすがは領主様の騎士や兵士たちだ。

 

「想像よりもやりますわね。楽しくなってきましたわ」

 

「このまま戦線を維持せよ! 雷光は長期戦には向かん!」

 

「そのとおり。このまま小さな騎士様を殺す前に消耗させられてはたまりません。だから」

 

 直後、彼女のまとっていた紫電が消えた。一秒かそこらという一瞬の時を経て、全身から放たれる圧力が増し、暴風のような動きで戦い始めた。

 

「スキルを切り替えたぞ! 報告にあった超人スキルだ!」

 

「盾持ち前に! 魔導師は詠唱を始めろ!」

 

 戦場に指示が飛び交い、盾を構えた兵士たちが再び一塊になってイライザの前に立ちはだかった。

 

「トルバ ガラン」

 

「エリ サリス エルサラ」

 

 その後ろで複数の魔導師がいっせいに詠唱を始めた。

 魔力が高まっていき、その手からいくつもの閃光が放たれる。

 

 広範囲を一気に攻撃する範囲魔法。身体能力が増大したらしいイライザだったが、魔法の一斉掃射を前にしては避けきれなかった。

 

 しかし被弾してなお、服が破け、その下の肌にかすかな傷を負うだけだった。超人故の防御力。あるいは、魔法対策をしてきているのかも知れない。

 

「あはっ!」

 

 魔法による爆炎を切り裂くようにして、イライザが盾持ちに斬りかかる。

 大砲から放たれた砲丸のような勢いで突っ込まれ、再び盾を装備した兵士たちが宙を舞った。

 

 超人。まさにその名にふさわしい圧倒的な身体能力。剣を縦横無尽に振り回し、戦線に風穴を開けていく。

 

 その横で黒騎士もまた、周囲の地形ごと手あたり次第に破壊をばらまいている。

 

 今、戦場では二体の止まることのない狂戦士が暴れまわっているも同然だった。

 

 ここまで連携してよく戦っていた伯爵側の戦力だったが、いよいよ戦線を維持できなくなってきた。プリーストの回復も追いつかず、怪我人が床の上に積み重なっていく。

 

「まずいな」

 

 素人目に見ても、伯爵側が劣勢に見えた。

 

「いよいよとなったら、俺が前に出る」

 

 同じ感想を抱いた分身の俺が、横に来てそう言った。

 

「金貨のことはもういいよな?」

 

 つまりは消えてもいいかということ。意味するところは自爆魔法による広範囲爆破だ。

 

 自爆魔法を衆目に晒すことになるが仕方ない。イライザは戦いながらも、視線をシスティー先輩と俺に向けていた。彼女の狙いが先輩のみならず、俺に向いているのは間違いなかった。

 

 システィー先輩と一緒にいるため、他の人間は狙われているのは先輩だけだと思っていることだろう。けれど張本人であるシスティー先輩もまた、イライザの視線の先にいるのは自分だけではないと気付いたようだった。

 

「ドラちゃん。正直に教えて。もしかして、ドラちゃんもスキルを持ってる?」

 

「ああ、持ってる。それで実は前にもイライザと会ったことがあるんだ。そのときかにどうも目をつけられていたらしい」

 

「そっか。道理でドラちゃんのことをいやらしい目で見てると思った」

 

 憎々しくイライザをにらんだあと、システィー先輩は床から武器を拾い上げ、俺とツヴァイに渡してきた。

 

「いい? ドラちゃん。あいつは鑑定っていう視認するだけでスキルを看破するスキルを持ってる。前にも見られたことがあるなら、触られただけでスキルが奪われると思って」

 

「マジかよ」

 

 こりゃいよいよ自爆魔法の出番のようだ。

 

 分身の俺が出番のようだなと言わんばかりの顔で、一歩前に出る。

 

「ツヴァイも下がってて! 私の前には出ないで!」

 

「大丈夫さ、先輩。忘れたのか? 俺は森でモンスターの大群を相手にして生き延びてみせたんだぜ? 当たり前に、切り札のひとつやふたつは持ってるさ」

 

 いやふたつは持ってないだろ。あと森で生き延びてもない。決め顔で嘘を吐くな。

 

「システィー先輩こそ下がってな。先輩は、俺が守ってやるよ」

 

「…………はっ!?」

 

 親指を立てていい顔をする分身の俺に、システィー先輩が一瞬言葉を失ったあと、勢いよく俺を方を振り返った。

 

「ち、違うから! 一瞬だけきゅんとしちゃったけど、それはドラちゃんと同じ顔で同じ声で言われたからだからね! 本当だよ信じて!」

 

「そこは気にしないでくれ」

 

 説明が面倒だから言わないけど、そいつも俺だから。

 

「とにかく、先輩。ツヴァイを行かせてやってくれ。こいつは伯爵様の助けになる」

 

「……信じていいの?」

 

 森で見捨てたことがトラウマになっていたシスティー先輩だ。ツヴァイを行かせることに抵抗があるようだったが、俺はさっさと行けと分身に合図した。

 

「それじゃあ、行きますかね」

 

「あ」

 

 システィー先輩が止める暇もなく、分身の俺が剣を構えて前に出る。

 

 前線の伯爵に合流し、言葉を交わしている。どう言ったのかはわからないが、伯爵は承諾するように頷き、分身の俺は戦場へと駆けて行った。

 

 見てろよ、先輩。あいつ、爆発するぜ。

 

「エル――」

 

「黒騎士!」

 

「ヴォオオオオ――ッ!」

 

 自爆魔法の詠唱を始めた分身の俺に気付き、すかさずイライザが黒騎士に指示を飛ばした。

 

 他の騎士と戦っていた黒騎士が急停止し、手に持っていたバトルアックスを分身めがけて投げつける。

 

 回転しながら飛んでいったバトルアックスは、ものの見事に分身の俺を横から強襲した。分身の俺が血反吐を吐きながら、床の上を転がっていく。

 

「ツヴァイ!」

 

 システィー先輩が悲鳴をあげ、助けに向かおうとする。

 

「ダメだ、先輩!」

 

 俺はその肩をつかんで止めた。

 

「ドラちゃん! でもドラちゃんのお兄さんが!」

 

「……今からじゃ間に合わない」

 

 イライザが自爆魔法のことを把握しているのは知っていたが、ここまで警戒しているとは。

 

 自爆魔法は発動さえしてしまえば無類の破壊力を持つが、魔法は魔法。詠唱を遮られると発動させることが叶わないという弱点はある。あの様子だと、イライザは自爆魔法を使わせてはくれないだろう。

 

 現に投げたバトルアックスを追って、黒騎士が分身の方へと向かっている。

 

 血だらけになって分身は倒れ伏している。そのまま黒騎士がトドメを刺すのなら問題ない。分身は消え、俺はまた出し直すことができるからだ。

 

 しかし、そういった分身スキルの詳細すら鑑定スキルでイライザが把握しているとすれば、彼女の意思を受けた黒騎士の行動は分身の俺の殺害ではないはず。

 

 分身の俺の前まで来た黒騎士は、これまでの勢い任せのそれではなく、繊細な斧捌きを見せた。

 

 後頭部へ吸い込まれるようにバトルアックスの柄の部分が叩き込まれ、分身の俺が速やかに意識を失う。あの狂戦士、殺さずに無効化しやがった。

 

 俺は手印を組み、分身を消そうと試みる。

 

 しかし視線を遮るように黒騎士が動き、消失を邪魔される。

 

 その隙にイライザが動いていた。近くの瓦礫を器用に放り投げ、分身の俺を殺さない程度に生き埋めにする。

 

 ちくしょう! スキルを把握している奴と戦うのは始めてだが、こうも簡単に分身スキルの弱点を突いてくるのか!

 

 さらに、黒騎士がそのままこちらへと突っ込んでくる。

 

 その様はまさに黒き死の風。前方のすべてを粉砕する、暴力の風だった。

 

「ドラちゃん、下がってて!」

 

 システィー先輩が覚悟を決めて前に出る。スキルがあっても黒騎士の相手は難しいだろうに、いくらなんでも今の先輩じゃ無理だ。

 

 しかし逃げきれないのも事実。

 

「こうなったら俺も!」

 

「――いや、私に任せなさい」

 

 そのとき、穏やかな声とともに俺たち二人の横を通り抜け、黒騎士に斬りかかる人影があった。

 

 いつの間に戦場に駆けつけていたのか、現れたのはフレデリック先生だった。

 

 先生は鋭い踏み込みで床を砕くと、両手で握った剣を振り切った。

 刃は黒騎士を真正面から斬り伏せ、その身体に深々と傷を刻んで見せた

 

「やあ、二人とも。待たせたね」

 

「フレデリック先生! 来てくれたんですね!」

 

「当たり前さ。可愛い教え子の危機とあれば、駆けつけないわけにはいかないよ。――で、これを斬ればいいんだよね?」

 

 そう言うが早いか、フレデリック先生は油断なく黒騎士をにらみ据え、追撃の刃を見舞う。

 

 スキルでも魔法でもないただの斬撃のはずなのに、恐るべき技量によって振るわれた一撃は、黒騎士の胴体を腰の部分で上下に両断して見せた。

 

「うん、硬いがそれだけだ」

 

「や」

 

 やべぇ!

 

 他の騎士では甲冑の表面を傷つけることしかできなかったのに、甲冑どころかその下の肉体まで軽々と斬ってみせたよ。

 

 気難しいシスティー先輩が敬意を向けるのもむべなるかな。本気になったフレデリック先生はすごかった。

 

「あちらでも暴れてる女性がいるね。あれも斬った方がいいのかい?」

 

「お願いします! でも気を付けてください、システィー先輩のスキルを奪って使ってきます! それ以外にも!」

 

「なるほど、あれがシスティー君を襲った下手人か。だが安心しなさい。システィー君とは何度もスキルありで模擬戦をやっている」

 

 フレデリック先生は剣をゆるやかに構え、システィー先輩に笑いかけた。

 

「さて、勝率はどっちが上だったかな? システィー君」

 

「……フレデリック先生が九割方勝ってます」

 

「マジですか?」

 

「あ、でも誤解しないでねドラちゃん! あくまでも、遠距離攻撃なしでの模擬戦だから! 遠距離攻撃ありなら、私が先生をぶち殺して勝ってたからね!」

 

「おっと、可愛い教え子からの容赦のない言葉だ。こりゃここでがんばって、先生の威厳って奴を見せるしかないね」

 

 なんのてらいもなく笑って、フレデリック先生もまたイライザとの戦いに参戦しようとする。

 

 だがその直前――倒れていた黒騎士が壊れた人形のように跳ね上がり、雄たけびをあげてフレデリック先生を横から襲った。

 

「なんと」

 

 バトルアックスの攻撃を受け流して見せた先生だが、奇襲じみた攻撃に軽く肩を切り裂かれてしまう。

 

「おかしいな。きちんと二つに切り裂いたはずなんだが」

 

「そいつ、呪いのマジックアイテムで再生するらしいです!」

 

「それは本当かい? 私は斬ることはできるが、斬る以外には脳がないよ?」

 

 フレデリック先生は刃を奔らせ、黒騎士の身体を斬り刻んでいくが、すぐ再生されてしまう。

 

 いくら先生が強くても、身体が真っ二つになっても再生するんじゃどうしようも。

 

「大丈夫です! そのまま攻撃してください!」

 

 そう叫んだのはカインズさんだった。

 

「再生能力を使わせ続ければ、いずれ所持者の寿命が尽きて動かなくなるはずです! それまで斬って斬って斬り刻んでください!」

 

「なるほど。そういう絡繰りなのか」

 

 カインズさんの説明を聞いて、フレデリック先生の動きが変わる。

 

 一撃一撃に渾身の力をこめていた剣捌きから、黒騎士の身体を切り裂く程度の省エネ体勢に。

 

「であれば、こちらは私が引き受けよう。あちらの淑女の相手は、伯爵様と門下生のみんなに任せるとしようか」

 

 廊下の奥から、シュクラ流の道場に通う門下生たちがやってくる。

 

 十人以上の援軍。しかも騎士とまではいかないが、冒険者にしてブロンズランク相当の実力者ばかりだ。黒騎士の援護がないイライザ単独なら、今の残存戦力でなんとか勝てるのではないか。

 

 そう思った俺はまだまだ、簒奪者とまで呼ばれて恐れられたイライザを侮っていたらしい。

 

「あら? まだまだおかわりがいたのね?」

 

 部屋の中央からゆったりとした足取りでイライザが歩み寄ってくる。

 

 その背後には、動かなくなった騎士や兵士たちが転がっていた。ゼルクト伯爵もまた、他の騎士や兵士に庇われる形で意識を失っている。

 

「まさか、他の人たちをこの短時間で片付けたっていうのか?」

 

「ええ。雷光スキルへの対策はしていたようですけれど、他のスキルへの対策がおざなりだったようですから」

 

 手数の豊富さ。それが強奪スキルを持つイライザの強み。それを活かし、ゼルクト伯爵の手勢を倒してしまった。

 

 いつか仲間のユーヴェインに対し、この街を滅ぼすことも可能だと言い切ったのも過剰な自信ではなかったのだろう。間違いなく、イライザの力はこの街の兵力を相手どれる領域にある。

 

 ただ、彼女にも誤算はあった。

 

 黒騎士を一方的に蹂躙するフレデリック先生を見て、さしものイライザも警戒せざるを得ないらしい。

 

 いや違う。純粋に、黒騎士の無様さを嘆いているのか。

 

「なにをしているの? 黒騎士。あなたは我が君がわたくしのために用意してくれた至高の暴力なのよ? それなのに、スキルも持たない人間相手に追い詰められるなんて……そんなことが許されると思っているの?」

 

「ウォオオオオ」

 

 イライザの言葉に、黒騎士は小さな唸り声で応える。

 

 その四肢は切り裂かれるそばから再生しているが、再生しきる前にフレデリック先生に切り裂かれ続けている。結果、一歩も動くことができずに、床に縫い止められるように片膝をついたままだ。

 

 これまでの言動から見ても、おそらく黒騎士には人間のような思考能力はない。イライザの指示どおりに動くことしかできない、操り人形。

 

 そう、これまでの黒騎士には命令を聞く程度の理性があったのだ。

 

「死を厭うな。死に向かえ。あなたはそのためだけに生きているのだから」

 

 その最後の糸を、イライザがぷつりと切った。

 

 黒騎士が声になっていない雄たけびをあげる。壊れた機械のような、そんな人外の絶叫。

 

 瞬間、黒騎士の再生力が劇的に上がり、瞬時に傷を治したかと思うと、フレデリック先生をカウンター気味に蹴り飛ばした。

 

 床に転がっていたバトルアックスを握り、フレデリック先生を追って叩きつける。

 

 先生はギリギリ受け流してみせたが、手に持った剣が粉々に砕け、さらに叩きつけられた床は陥没し、瓦礫を大きく巻き上げた。

 

「人間の力ではないね!」

 

 先生は身軽な動きで黒騎士から距離を取ろうとするが、黒騎士はぴたりとくっついて離れない。

 

 先生は腰にさしていた二本目の剣を引き抜き、応戦する。

 

 しかし先ほどまでとは違って、一方的に押さえ込むことができなかった。二人の間ですさまじい剣戟が巻き起こり、周囲を余波で吹き飛ばしながら互角の戦いを続ける。

 

 あれがフレデリック先生の本気であり、黒騎士の真骨頂。再生能力を極限まで高めた上での捨て身の特攻だ。

 

 黒騎士の相手を務めてくれていると思えば素晴らしい戦果だが、一方でこちらとしても最高戦力であるフレデリック先生を拘束されているともいえる。黒騎士はこの場所から遠ざかるように動き、先生もそれに付き合わざるを得ない。

 

 この隙を、見逃すイライザではない。

 

「さて、ようやく本命と相対することができるわね」

 

 シュクラ流の門下生も下したイライザが、ゆっくりと俺と先輩に近づいてきた。

 

 もう守ってくれる相手はいない。俺と先輩は頷いて、同時に剣を構えた。

 

 相手は最悪の犯罪者、簒奪者イライザ。使うのはゼルクトの街最強とまで謳われた騎士の雷光スキル。

 

 対するは冒険者にしてブロンズランク相当の子供二人だけ。

 

 頼みのスキルを片方は失い、もう片方も封じられているようなもの。

 

 絶望的な状況。しかし、わずかではあるが希望は残っていた。

 

「システィー先輩。とにかく時間を稼ぐぞ」

 

「なにか考えがあるんだね?」

 

「ああ」

 

 実は俺、もうすぐ誕生日なんだ。

 

 イライザの手前、口には出さないが、俺に残っている手札はそれだけだ。奇襲に成功すれば相手を一撃で倒せるかも知れない、分身という名の強力な爆弾。

 

 夜も更けている。しかし正確な時計というものがないこの状況で、具体的にあとどれだけの時間で日付が変わるのかはわからない。それでもオークションが始まったタイミングから見て、一時間もかからないはずだ。

 

 であれば一分一秒でも長く時間を稼ぎ、刹那の一瞬に勝負をかける他ないだろう。

 

「先輩。作戦はこうだ。俺が――」

 

 小声で作戦を伝える。システィー先輩はなにか言いたそうな顔をするが、頷いて後ろに下がってくれた。

 

 代わりに俺が前へ出る。目の前までやってきたイライザが、口の端を歪めた。

 

「やるというのね。やってくれるのね。ああ、素敵よ! やっぱり抗ってくれないとわたくしも盛り上がらないわ!」

 

 イライザが剣を構える。その身体から紫電が迸った。

 

「なら、使うべきはこのスキルをおいて他にないわね」

 

 雷光スキルに切り替えた。その顔には嗜虐的な嘲笑が浮かんでいる。

 

 正直にいえば、超人スキルのままの方がこちらとしては厳しかった。しかし、イライザは自らの趣味嗜好に則ってスキルを変えた。明らかにこちらを見くびり、弄ぼうとしている。

 

 ならば勝算はある。

 

「やってやるよ」

 

 その夜の、最後の戦いが幕を開けた。

 

 

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