分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
イライザの油断をつくように振るわれたシスティー先輩の一撃は、たしかに彼女の肉体を深々と切り裂いてみせた。
しかし致命傷にはわずかに浅い。
「このっ!」
「きゃあ!」
イライザはすぐに反撃に出て、システィー先輩を蹴り飛ばした。
「システィー先輩!」
先輩へ駆け寄る。
超人スキルによる恩恵を受けた一撃は、システィー先輩の持っていた剣を砕き、その身体に大きなダメージを与えていた。地面に倒れこんだシスティー先輩が咳込むと、ぽたりぽたりと口から血がもれる。
「大丈夫か?」
「平気。それより私、やってやったよ」
口元の血を拭うと、システィー先輩はよろめきながらも立ち上がった。
「やってやった? この程度の傷でいい気になって欲しくはないわね」
攻撃を受けたイライザは、傷口を押さえながらもシスティー先輩の言葉を鼻で嗤ってみせた。
その身体は血まみれだ。けれどしっかりと二本の足で立っている。さらにはどこからか回復ポーションを取り出して飲み干してみせた。
「回復ポーションのひとつやふたつ、当然用意してきてるわ。これくらいの傷なら問題など――」
塞がっていく傷とは裏腹に、イライザの口から大量の血が吐き出される。
「これ、は?」
「準備がいいね、おばさん。ならさ、解毒ポーションは用意してるのかな?」
システィー先輩がなんとも底意地の悪い顔でせせら嗤う。
そう、先ほど砕かれた彼女の剣は、伯爵家秘蔵の猛毒の剣だ。
「用意しててもさ、普通の解毒ポーションじゃ足らないけどね! 巨大なモンスター相手だって殺せるような毒なんだからさ!」
「ふざけ――」
イライザがきつくシスティー先輩をにらみつける。
しかし一歩踏み出した時点で、その足から力が抜けて膝をつきかける。
なんとか堪えて後ろに飛び退るも、その身体には明らかに力が入っていない。
「ドラちゃんはスキルが奪われないように、念のため下がってて」
システィー先輩はそう俺に囁くと、近くに転がっていた誰かの剣を手にイライザに追撃を仕掛けた。
無数のスキルを奪ってきたイライザだ。下手をしたら、毒を解除できる手段があるかもしれない。相手を煽る口ぶりとは裏腹に、システィー先輩は油断なくトドメを刺すつもりだ。
「ようやく余裕の笑みが消えたね。遊びすぎたんじゃないの?」
「この小娘が!」
システィー先輩の攻撃に剣で応戦するイライザだったが、その動きは弱々しい。超人スキルを発動しているというのに、スキルがなくダメージを負った先輩相手に押し負けている。
「なに? 奪ったスキルで私を殺すんじゃなかったの? ほら、雷光スキルを使いなよ!」
「っ!」
「使わないの? ポリシーを捻じ曲げてでも生き残ろうとするって、さっきドラちゃんに言ってたことと矛盾しない? ねえねえ、自分の命よりもスキルが大事なんじゃなかったの?」
「貴様ぁああああ!」
激高し、イライザの攻撃が単調になる。
システィー先輩は大振りになった攻撃を避け、次々に彼女の身体に剣を叩き込んでいく。
イライザの身体にどんどんと傷ができていき、さらに動きが鈍くなっていく。
そしてついに先輩の一撃がイライザの手から剣を弾き飛ばした。
「終わりだよ」
無防備になったその身体に、システィー先輩がトドメの一撃を突き刺そうとして、
「ウォオオオオオオオッ!!」
黒き死の風が、そのとき二人の間に飛び込んできた。
突然横からすさまじいスピードで突っ込んできた黒騎士に、システィー先輩が咄嗟に回避のために後ろに下がる。
「がはっ!」
その際、先輩はイライザに最後の一撃として持っていた剣を投げつけていた。刃は彼女の腹部に突き刺さる。
「ていうか先輩、イライザへの殺意が高すぎる!」
得物を失ったシスティー先輩を助けるために、俺は前に飛び出した。
黒騎士は相当フレデリック先生にやられたらしく、武器だけではなく片腕を失い、黒甲冑も至るところがはげてその下の肌をむき出しにしていた。どちらも傷口が蠢いて再生しようとしているが、遅々として進まない。あの再生力も底が付きかけているようだ。
動きも最初よりも鈍っている。下がるシスティー先輩に追いすがろうとする黒騎士の素手による攻撃を、なんとか横から剣をぶつけてそらすことに成功した。
しかし返す拳の一撃で、剣が半ばの部分で折れてしまった。その状態でまだそれだけの力があるのかよ!
最後の武器として、俺は伯爵より受け取った貝殻状の爆弾を取り出す。
しかし投げつけるよりも、黒騎士の追撃の方が早い。
「黒騎士!」
俺を殴り殺そうとした黒騎士を、イライザの鋭い声が止める。
「ドライを殺してはダメよ! 女の子供の方だけ殺しなさい!」
黒騎士が制止する中、後ろに大きく下がる。なおも俺への不殺は貫くらしいが、システィー先輩は別のようだ。イライザはなりふり構わず殺そうとしている。
システィー先輩もさすがに剣を拾う余裕はなく、素手で黒騎士に向き直るしかなかった。
万事休すの状況。にもかかわらず、黒騎士は動かなかった。
「黒騎士? なにをしているの? さっさとその小娘を殺しなさい!」
黒騎士がゆっくりとした動きで視線を俺に、それからシスティー先輩に向ける。
「グル」
小さな唸り声。心なしか、困惑しているような響きだった。
黒騎士の登場に余裕の笑みを戻していたイライザが、再び怒りの形相で怒鳴る。
「なにをしているの! さっさと――」
「ははーん」
システィー先輩がなにかに気付いた様子でつぶやく。
「そうだよねぇ。どっちも女の子にしか見えないよねぇ」
なるほどな、黒騎士はどっちが殺してはいけないドライか、倒すべき女の子か判断できなかったってことね。
フッ、まさか俺の女顔がこんなところで役に立つとはな。
明日からはお肉を一杯食べよう。
悲しみを背負いつつ、俺は爆弾を振りかぶった。
「爆砕!」
狙いたがわず、一投は黒騎士の身体に叩きつけられ、爆発を巻き起こした。
ちょうど通常自爆の四分の一くらいの威力か。大したことないな。
爆発のプロとしての目線からそう判断したが、実際にマジックアイテムによる爆発は規模の割にはそこまでの威力ではなかったらしい。爆炎が収まったあとも、黒騎士の身体は原型を留めていた。
黒い甲冑をより黒くすすけさせているが、それだけだ。
「ふふふっ! 最後の攻撃も意味がなかったようね! さあ、今度こそ殺すのよ黒騎士! 狙いはそっちのピンク色の髪の女よ!」
「いや」
イライザは今度こそシスティー先輩を狙わせようとするが、どうにも黒騎士の様子がおかしい。
指示に動くことなく、その場で呆けるように立ちすくんでいる。さらには黒い甲冑が端から砂のように溶けていくではないか。
「黒騎士?」
やがてすべての黒甲冑が消えていき、その下の人間の姿が露になる。
三十歳前後の、これといった特徴のない男だった。
「……ああ。そうか。ようやく、解放されたのか」
彼はぼんやりとした目でそうつぶやくと、命令していた女を振り返って笑った。
「申し訳ないが、これ以上の命令には従えない。先に逝かせてもらう。あなたも、早く解放されるといいな」
「解放? なにを……」
イライザの質問に答えることなく、男の身体は黒甲冑と同じように光の粒になって消えてしまった。
代わりに、男のいた場所にぽとりと小さな宝石が落ちた。
黒く輝く、植物の種のような宝石が。
あれが黒騎士に変貌させるという呪いのマジックアイテム。俺はイライザが呆然としているうちに、飛びついてそれを回収した。自棄になって使われてしまっては、勝ち目がなくなってしまう。
しかしイライザは捨て身なんて考えていなかったらしい。
「……まあいいわ。役に立ったと褒めてあげましょう」
黒騎士が戦っているうちに、イライザはこちらから距離を取りつつ腹部に受けた剣を抜き取っていた。さらに取り出した回復ポーションを飲み干して、勝ち誇るような声をあげた。
「ええ、そうよ。そのとおり! トドメを刺しに来たのは正解よ! わたくしには毒を解除するスキルがある! 奪ったはいいけど、これまで使うようなタイミングがなかったゴミスキル! まさか役に立つ日が来るなんてね!」
イライザは剣を口にくわえると、両手を頭の上で打ち鳴らした。直後、深緑を思わせる光がその身体を一瞬包み込んだ。
「毒も傷も治った。これでお終いよ」
「くそっ!」
黒騎士の乱入によって、回復の隙を与えてしまった。
「だとしても、全快ってわけにはいかないでしょ!」
システィー先輩が先ほど弾き飛ばしたイライザの剣をひろって攻撃を仕掛ける。
「そうね。でもあなたたちを倒すくらいは十分よ」
イライザはすでにスキルを切り替えていた。向かってくる先輩に稲妻を放つ。
システィー先輩が悲鳴もあげられず、稲妻に撃たれて倒れ伏した。地面の上でびくんびくんと痙攣している。
「ドラちゃ……逃げ……」
「しぶといわね。けれど、あなたはあとよ」
「っぁ!?」
刃の切っ先を変え、雷撃を俺に向けて放つイライザ。遊びのないその攻撃はかなりの威力だった。直撃を受けた俺もまた、先輩と同じようにうつ伏せに倒れて動けなくなってしまった。
「そうよ。わたくしの美学なんて後回し。ドライからスキルを奪って。ドライと小娘を殺して。さっさと帰る。そう、すべては我が君のために。奪ったスキルで殺す。それが最優先。奪われないためだけに、わたくしは生きているのよ」
解毒し回復してなおダメージが大きいのだろう。頭をおさえ、鈍い足取りでイライザが近づいてくる。
その手から雷光の輝きが失せる。彼女本来のスキル、強奪スキルに切り替えたのだとすぐにわかった。
俺の身体はもう動かない。システィー先輩も動けない。助けに来てくれる誰かもいない。
動くのは口と手くらいのものだ。
だから最後に祈るように、震える手を組んだ。
分身ための手印。
くそっ、時間は? 時間はまだなのか?
ここまでみんなが必死になって繋いできたんだ。もういいだろ。ハッピーバースデーを歌わせてくれ。
分身の術を使い、あいつごと自爆する。それで終わりにできるんだ。
頼むよ。でないと、本当の本当に最後の手段に出るしかなくなる。
分身スキルを奪われたら終わりだ。殺されて終わり。
だからそうなるくらいなら、俺は俺自身で自爆魔法を使わないといけなくなる。スキルを奪われた瞬間を狙えば、掴みかかるくらいは今の俺でもできるはずだ。
それで相打ちには持って行ける。システィー先輩だけは助けられる。
もちろん、やりたくない。死にたくなんてないよ。俺が死んだらアインも消える。フィーネやセリカを悲しませてしまう。
いや、二人だけじゃない。システィー先輩も、リリエッタも、他のみんなも。
だから頼むよ、神様。
一年前のあの日のように、俺の誕生日を祝ってくれ!
「これで、本当に終わり」
叫ぶような祈りが神様に届いたのか――イライザが俺の頭に触れるのと同時に、待ち望んでいた瞬間は訪れた。自分の中でスキルが進化したことが、閃光のように伝わってくる。
詠唱を口にしようとして開いた口で、俺は聖句を唱えた。
「分身の――」
「強奪」
「――術」
それはあまりにも遅い、刹那の一秒だった。
誕生日を迎えた俺が分身スキルを使うより先に、イライザの強奪スキルが発動する。
奪われた俺のスキル発動は不発となり、分身の俺は出現せず――
「あれー?」
――なんてことはなく、普通にイライザの背後に現れていた。
なんで? どうして? 触れられたらスキルが奪われるんじゃなかったのか?
「エル サルハ グラム ケルセルフ」
そんな疑問よりも先に、分身の俺は自爆魔法の詠唱を唱え終わっていた。
勝ち誇った笑みを浮かべていたイライザの背後から、分身の俺が彼女に倒れこむようにしてつかみかかる。
「なっ!? どうして!?」
イライザが愕然と分身の俺を振り返った。どうやら彼女にとっても予想外の結末らしい。
「まさか移動不可のスキルだとでもいうの!?」
「よくわからないが、じゃあな簒奪者」
「奪いたいものを奪えなくて死ぬ。あんたにはお似合いの末路だよ」
そうだ。罪には罰が与えられるもの。
俺の言葉に続き、分身の俺が告げたその言葉が、なによりも彼女の終わりにはふさわしい。
自爆魔法の輝きが俺の誕生を寿ぐように、そのとき夜空に輝いたのだった。