分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
《別視点》
我が名はユーヴェイン・ケーニヒ・ゼノ。偉大なる帝国の第一皇子にして、次の皇帝となる男。
今、私は黄昏の光に照らされ、馬上で厳かな空気に包まれていた。絵になる、とはまさにこのことをいう。その様はさながら神話の登場人物のようだ。後年にはこの日の私の姿が、芸術作品として描き残されることだろう。
「ご機嫌ですね、兄上」
隣で同じように馬を操っていたオズワルドが声をかけてくる。
髪を後ろに撫でつけながら、フッ、とニヒルに笑って私は返す。
「わかるか。我が弟よ」
「ええ、それはもう」
にっこりと無邪気な笑みをオズワルドは私に向ける。
この第五皇子オズワルドは、父上が市井の女に手を出して生ませた子供だ。兄弟の中では母親が高貴な血筋ではないからと邪険にするものもいるが、私にとっては可愛い弟の一人だ。
オズワルド自身も聡明であり、かつ私のことを兄として慕ってくれる。どこぞの誰かと違って、私のことを長兄として立ててくれるのだ。
「まあ、ご機嫌にもなる。もうすぐ懐かしき我らが帝都ナハトヴァールに到着するのだからな」
「そうですね。兄上からしてみれば、一カ月以上離れていたわけですしね」
「ああ。こんなにも長く帝都を離れていたのは久しぶりだな」
「兄上は皇位継承者筆頭ですから、やはり帝都にこそいていただかないと」
「そうか。うむ、そうだな」
私は頷き、オズワルドもまた朗らかに笑って馬を離す。
友好的な態度。好意的な視線。
しかしながら、オズワルドは先の魔女への扱いなど、ある意味では皇子らしい振舞いをすることを厭うような人間ではない。レオンハルトなどは相当警戒しているようで、あまり気を許すなとわざわざ釘を刺してくるくらいだ。
わかっている。帝国の皇族として、誰もが腹に一物を抱えているのは当たり前だ。
そういう風に育てられたし、そういう世界で生きている。誰もが無邪気な子供ではいられない。背負うべきものがあり、目指すべき姿がある。皇族とはそういうものだ。
私の自分に酔いしれる姿もまた、他者に向けたパフォーマンスでしかない。
どうすれば他者から自分が良く見えるかを突き詰めた結果、私ならばこうした方がよいと思っているだけだ。
そう、馬鹿皇子などと揶揄される姿は偽りに過ぎない。
真実の私は帝国の次期皇帝にふさわしき、権謀術策に長けた冷徹なる策略家なのだ。
父上に訴えてまで今回の作戦の指揮をとった、オズワルドの魂胆もわかっている。
彼は最初から【輝ける槍】を見つけられるなんて思っていなかった。
オズワルドの目的は、魔女を自分の手元に一度置くことで、彼女にスキルを奪われた弟や妹たちから譲歩を引き出すことだ。
処刑されるのを待つだけだった彼女を一度自由の身にし、その上で自分が生殺与奪の権を握る。この時点で、スキルが戻ってくるかどうかはオズワルドの機嫌ひとつとなるわけだ。
おそらくオズワルドは必ず魔女を始末することを条件として、裏で情報や契約の類を引き出したはずだ。
スキルを持たない私には理解できない部分もあるが、スキルを失うということは耐えがたい喪失であるらしい。オズワルドが仕組んだことと知りながらも、契約を交わした者は多いはずだ。
そう考えれば、自分のスキルを渡したことも説明がつく。あれは契約を交わした皇子皇女らへのパフォーマンス。自分も同じ条件にすることで、契約の確実性を担保したのだ。
あとは確実に魔女を始末するために自分の足でここまでやってきて、契約通り処理したというわけだ。オズワルドからしてみれば、槍探しの指揮権を手に入れた時点で目的は達せられていたということだろう。
それ以外にも、ふたつほど目的はあったと思われる。
ひとつはスキルの実験だ。
調伏スキルは強力なスキルだが、効果範囲が狭いという欠点があった。ずっと自分の影響下に置いておかないとモンスターは従わない。よって、戦場には必ずオズワルドも帯同する必要があった。要はモンスターは武器であって、駒としては扱えないということだ。
スキルは稀にだが進化することがある。オズワルドは特にその研究に熱心だった。以前、サロンである論文のことを私に話してくれたことがある。
聖者、聖女と呼ばれる複数のスキルを生まれ持ったものたち。彼ら彼女らのスキルは、従来確認されていたスキルよりも強力になっていることが多いという研究発表だ。
その理由はおそらく、複数のスキルを持つがゆえの相互干渉のようなもの。スキルとスキルが共鳴しあい、強化されているのだ。
であれば、複数のスキルを有する魔女に一度スキルを預ければ、あるいは自分のスキルもと考えた可能性はある。だが結果は上手くいったようには見えない。
あくまでも人から奪ったスキルでしかないからか。あるいは同時には使用できないといった制約からか。彼女の中でスキル同士が干渉しあうということはなかったようだ。
ただこちらは実験のようなものだろう。本命はもうひとつの方に違いない。
オズワルドは作戦に際して、自身は帝都に残った。そしてその事実を悟られない程度に噂として広めていた。
ならば、オズワルドを警戒している例の悪魔も今回の作戦に現れるかもしれない。そこを魔女に託した調伏スキルで支配下におければ、契約を反故にして彼女を殺さない選択をしたとしてもお釣りがくる。
奴にはそれだけの価値がある。
忌々しきベルフェゴル――あのモンスターの首魁さえスキルの影響下に置くことができれば、オズワルドは皇帝の座のみならず、救世主という名の世界の王の座すら手に入れられるだろう。
だがこちらも結局は空振りだ。
おそらくは先のモンスタースタンピードの折に、教会に【輝ける槍】があることを奴も知り撤収したのだろう。
結局、オズワルドの思惑はすべて空振りに終わり、魔女は粛々と弟の手によって処理された。
魔女。
いや、イライザと呼ぶべきか。
彼女は結局のところ、オズワルドに利用されただけだった。
哀れな女だ。皇族に手さえ出さなければ、もう少しまともな最期を迎えられただろうに。
オズワルドが言っていたとおり、皇族に手を出した時点で死は避けられなかった。性格にも難があり、当然の報いといえばそれまでだが、それでも罪を雪ごうと心を入れ替えて我らに尽くそうとはしていたのだ。決して愛した男の手で殺されていい女ではなかった。
その証明として、彼女は最後の最後に私にスキルを使って言伝を残した。
――わたくしを倒したあの子を、味方につけなさい。
あれは間違いなく、私への手向けであった。私の助けとなるべく、最後の奉公を果たしたのだ。
讃えられるべき献身だろう。その最後の言葉は、帝国の第一皇子として必ずや叶えてやらなければならない。
それが私、次代の皇帝であるユーヴェイン・ケーニヒ・ゼノの決定である。
――問題は、誰が彼女を倒したのかわからないことなのだが。
見てないんだよなぁ……。
私が現場に駆け付けたときには、すでにイライザは地面に瀕死の状態で倒れ伏していた。さらには突然絶叫をあげて助けを求めてきたので、慌てて連れ去ったのだ。だからどうやって彼女が敗北したのか、決定的な瞬間は見ていない。
状況から推察するに、ゼルクト伯爵家の人間であるのは間違いないだろう。
イライザにスキルを奪われ、憎悪をもって彼女をにらんでいたあの小さくも勇ましい騎士だろうか。
あの子、とイライザが呼んでいたのも気になる。どう考えても年若い子供に向けるような言い方だ。少なくとも、同い年や年上の相手に向けるような呼び方ではあるまい。
となれば、システィー・レビュテッドがやはり第一候補だろう。
あのイライザを倒した手段は不明だが、最強と騎士とまで呼ばれていたのだ。スキル以外に奥の手もあったに違いない。イライザが死んでしまった以上、奪われたスキルも戻っているとなれば、味方につけた方がいいと言い残すのも変な話ではないだろう。
雷光スキル。かなり強力なスキルであった。
持続力にこそ難があるものの、あの汎用性と瞬間的な制圧力はマクシミリアンの氷結スキルに近しいものがある。味方になってくれれば、さぞ心強いだろう。
とはいえ、彼女はゼルクト伯爵の騎士。王国でも二番目に絶滅領域の脅威に晒されている防波堤の主の騎士だ。仲間に引き入れろといわれてもどうすればいいのか。お前のお陰で心証は最悪だと思うのだが。
う~ん。レオンハルトに相談すればいい案を思いついてくれるだろうか。
先ほどのオズワルドの目的にしたって、レオンハルトが懇切丁寧に教えてくれたわけだからな。いや私も気づいていたぞ? 本当だぞ? あの可愛いオズワルドがそんなことするわけないじゃないか、なんて思っていなかったぞ?
だから呆れた目で見るのはやめるのだ。傷ついてしまうだろう。
……レオンハルトにこの件を相談するのは、もう少し自分で考えたあとにしよう。
イライザを倒した相手。一体誰だろうか?
殺した相手の間違いで、オズワルドのことではないだろうな?
さすがにないか。あの状況でオズワルドを味方にしろと言い残すのは、あまりにも健気すぎる。イライザがそのような女でないことくらいは、私とて理解している。
他に可能性があるとすれば……。
そういえば、イライザをさらうときに現場にいた子供がいたな。
以前、庶民の食堂で出会った子供。妹と一緒にいた子だな。
名は……聞いていないか。
ほんのわずかな時間でしかなかったが、紫色の瞳が帝国の高貴な血を思わせて、妙に記憶に残っている。
いや、瞳の色というよりは全体的な顔立ちか。あのときも思ったが、誰かによく似ているような気がしてならない。
父上、になんとなく雰囲気が似ているような気がしないでもないが、もっと別の、そう、かなり昔のことだった気がするのだが……。
誰だっただろうか。
すぐに思い出せないとなれば、そこまで関係の深い相手ではないだろう。昔に一度か二度会った程度の、しかし記憶に焼き付く程度には関係をもった誰か。
……思い出せない。
なにかが思い出すのを邪魔しているような感覚がある。
恥。そう、恥だ。思い出すのが恥ずかしいというか、黒歴史に身もだえしてしまう予感があるというか、そういう感じだ。
「兄上。先ほどからなにか考えこんでいますが、悩みごとでしょうか?」
頭をひねっていると、オズワルドがもう一度声をかけてきた。
優しい弟だ。うむ。やはりこれで権謀術策を巡らせているのは、レオンハルトの勘違いではないのか?
「オズワルドよ。心配をかけてすまんな。だが大丈夫だ」
「そうですか。であればよかったのですが。なにか悩みごとがあれば、このオズワルドが力になります。なんなりとご相談ください」
「オズワルド……くっ、なんて兄想いの弟なのだ。あのマクシミリアンに見習わせてやりたい」
「そんな、畏れ多いことです。私などがマクシミリアン兄上の手本などと」
「なにをいうか。マクシミリアンよりもお前の方がよほど優秀だ」
オズワルドは困ったように微笑む。
私の言葉を否定したくはないが、マクシミリアンのことも悪く言いたくはない。オズワルドにとっては、私もマクシミリアンも等しく兄ということか。
こういった配慮を、マクシミリアンが忘れなければな。
であれば、私もまた……。
「兄上?」
「ああいや、すまん。マクシミリアンにも、オズワルドのように私を慕ってくれていた頃があったなと思ってな」
「そう、なのですか?」
オズワルドは驚きに目を瞠る。
「オズワルドが城に来たのは八年ほど前のことか。であれば、知らないのも無理はないな。お前が来る少し前から、マクシミリアンは今のようになってしまったから」
「はい。私からすれば、マクシミリアン兄上はいつも冷静沈着で思慮深い御方なのですが」
「ははっ、私の知るマクシミリアンとは正反対だな。あれは幼い頃、好奇心旺盛で考えるより先に行動するような子供だった。なにかにつけて、私と張り合おうとするのは変わらないがな」
第二皇子マクシミリアン。母の異なる、同い年の私の弟。
昔は仲のよい兄弟であった。そして血のつながった友人だった。
「私が剣を学び始めれば、マクシミリアンも学び始めた。魔法を学び始めれば、マクシミリアンも隣にやってきた。兄上がされるのであれば自分もするのだと言ってな。私の真似をするのが好きだったのだ」
可愛らしい弟であった。兄上、兄上と笑いながら駆け寄ってくるあいつが私も好きだった。
だがいつくらいの頃からか、マクシミリアンは私と距離を取るようになった。
今となっては会うたびに小馬鹿にし、蔑んでくる始末。次代皇帝の座も隠そうともせずに競ってくる。
兄上が皇帝の座を引き継いだときには、私が宰相として支えます――そんな風に言ってくれたこともあったのだがな……。
なぜああなってしまったのか。いつああなってしまったのか。
十年ほど前、ちょうどヴォルフの仕事についてあのゼルクトの街まで外交にきたときは、まだ私と一緒に悪戯をするような奴だったのが。
せっかく王国まで来たのだから、こっそりと迎賓館を抜け出して、酒場に繰り出したときもマクシミリアンは付き合ってくれた。父上の真似でもしてみようかと、街を抜け出して迷子になったときも一緒だった。
いや、あのときは途中ではぐれてしまったのだったか。あれにはまいった。どことも知れぬ森に迷い込んでしまい、偶々村があったから助かったが、あとから絶滅領域に近かったと知り肝を冷やしたものだ。
あのとき立ち寄った村は、さてなんといったか。
十年以上前だ。一泊の宿を求めただけだったため、さすがに覚えていない。
さ迷い歩いて疲れ果てていたし、振舞われた食べ物も特に美味しくはなかった。それでも精一杯歓待しようとしてくれたので、私もそれに応えて……
「……………………あ」
思い……出した……!
そうだ。あのときの娘だ。
歓待のためにと、寝所に寄こされた村娘。灰色の髪の美しい女。
あのときの娘にあの子供はよく似ているのだ。
そうだそうだ。そっくりじゃないか。あの子供があと十年もすれば、あのときの彼女のような美人になるだろう。
……同時に、なかなか思い出せなかった理由にも得心がいった。
いやだって、十四歳の頃のことだったし。経験だって、ほとんどなかった頃のことだったし。
相手は年上の、なんとも色っぽく、包容力にあふれた女だったから。
その、ほら、あれだ。色々と、色々とやらかしてしまったのだ。
ほぁああああ! ほぁあああ! こ、転げ回りたい! 穴があったら入りたい!
落ち着け。落ち着くのだ、ユーヴェイン。
お前は格好いい。私は格好いい。そうだ。あの頃のなにも知らなかった私ではもうないのだ。
もう一度厳重に封印を施して、あの夜のことは記憶の奥底にしまっておく。
しかしあれだな。一回とはいえ関係を持った女の、おそらくは子供かそれに近しい誰かを見てしまうというのは、なんともいえない感覚だな。
年齢は十歳くらいだったか。
……十歳か。
私が彼女と関係をもったのが、正確には十一年前か。妊娠期間を考えると。
ふむ。
ままま待て。まだそうと決まったわけではない。
関係を持ってしまった以上、当然の礼儀として父上のように証の紋は託してきたが、私は父上のように種馬スキルを持っていないので、そんな一回で女を孕ませるなんてことにはならないはずだ。
「……レオンハルト殿。なんか兄上がびっくりするくらい挙動不審なのですが」
「いつものことじゃないですか」
外野がなにか言っているが耳には入ってこない。
そうだ。思い出せ。彼女は避妊用のポーションを情事のあとに飲んでいた。これで妊娠することはありませんよ、と言われて私は安堵したものだ。
避妊用のポーションの効果は九割九分大丈夫といわれている。飲んでなお、孕んでしまうのはそれくらい低い確率だと。
だから大丈夫。気にしすぎというものだ。
――わたくしを倒したあの子を、味方につけなさい。
魔女の囁きが脳裏をよぎる。
倒した。あのときの子供がそうだという可能性はゼロではない。なにせ一緒になって倒れていたのだから。イライザの実力を思えば信じがたいが、ゼロではないのだ。
そして味方につけろというのが、戦力的な言葉を意味していない可能性もある。
「イライザよ。あのときの言葉は、そういうことだったのか?」
彼女が鑑定スキルをもって、なにかを見抜いていたとしたら。
血のつながりとか、そういうなにかを見抜いていたとしたら。
ヴォルフがそんなの見抜けるなんて聞いたこともないが、魔女であるあの女が見抜いていたとしたら!
――わたくしを倒したあの子を、味方につけなさい。
あの言葉はつまり、こういう意味だったのだ。
――女を孕ませた責任は、最後まできちんと取りなさい。
「……レオンハルトよ。帝都に戻り次第、至急調べてもらいたいことがある」
「はっ」
傍らに控えていた無二の従者に声をかけると、レオンハルトは頷いた。今の男らしい私の顔を見て、理由を訪ねることも文句をつけることもしなかった。
「兄上?」
オズワルドは訝し気な視線を向けてくるが、言うわけにもいかない。
そうだ。言えるはずがない。
皆の尊敬すべきお兄様である私が、人間のクズも同然の真似をしていた可能性があるなんて……!
しかもよくよく思い出してみれば、食堂ではあの子をお兄様と呼ぶ妹がいた。同じく紫色の瞳をした娘が。
つまり……双子?
お兄様ということはあのお姫様にしか見えない子供は男の子で、その妹ということはすなわち我が姫君ということ!
帝都はもうまもなくだ。父上に帰還のあいさつだけしたら、私室の机の中にしまったままの、あの欠けた証の紋を引っ張り出さなければなるまい。
そして確かめるのだ。
皇子として、一人の男として、必ずや確かめねばなるまい。
「イライザ。我が忠臣よ。貴公の最後の願い、必ずや叶えると此処に誓おう」
我が名はユーヴェイン・ケーニヒ・ゼノ。偉大なる帝国の第一皇子にして、次の皇帝となる男。
名も知れぬ我が子らよ。待たせたな。
私が――パパだ!