分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
謎の女の子とお近づきになりたい。
そうと決めれば、必要なのは勇気と分身だけ。
生憎とプレゼントなんて用意できないし、身だしなみに気を付けようにも、俺には一張羅のボロ服しかない。
腰布一枚の蛮族よりはマシという程度の貫頭衣。
一目で貧しているのがわかる格好だが、そこはなんとか誤魔化すしかない。
……せめて川に寄って、顔と髪の汚れくらいは落としていくか。
例の女の子がいた家だが、森を横切る川を目印にして歩いていけばたどり着けることがわかった。
生活に水は必要不可欠だからな。
あの子もこの川を生活用水として使っているに違いない。
川の近くは動物に出会いやすいので、あくまでも目印にして森を進んでいく。
目的地に到着。
まずは前と同じく木の陰からこっそり観察することにした。
家は外観から察するに、建てられてからあまり経ってない気がする。村の建物に比べると、明らかに劣化が少ない。
やはり最近住み始めて、だから世話役は知らなかったのだろうか。
村長と普通に仲がいいとかだと少し困るけど。
しばし待ち続けると、この前みたいにドアが開いて女の子が出てきた。
楽し気な鼻歌を頼りに、こっそりと後をつけていく。
踏み固められた細い道を迷いなく進んでいき、不意に向きを変えて森の中に。
なにをするつもりだろうか。疑問に思いながら引き続き観察を続けていると、女の子は時折しゃがみ込んでは、プチプチとなにかを摘み取って、手に持ったかごに入れていく。
野草採りかなにかをしているらしい。
……声をかけるなら、このタイミングか。
一度周囲を見回して誰もいないことを再確認し、木の陰から出て、脅かさないようにゆっくりと近づいていく。
手元に集中している女の子は、近づく俺にまだ気づかない。
さてどうなるか。ドキドキしつつ、声をかける。
「こんにちは」
「ふぇ!?」
無難にあいさつすると、女の子は飛び上がって驚いた。
カゴからいくつかの木の芽をこぼしつつ、俺の方を見て目を見開く。
「悪い。驚かせたかな。俺は――」
「ご、ごめんなさい!」
彼女の反応は早かった。勢いよく頭を下げ、脱兎のごとく逃げ去ってしまう。
呼び止める隙も暇もなかった。あっという間に、小さい背中が森の木々の向こうに見えなくなってしまう。
「……まさか逃げられるとは」
森の中で見知らぬ相手に出会ったら、怖がって逃げるのも無理はないかもしれない。けど、俺は子供だぞ。近くで見てわかったが、女の子は明らかに俺よりも体格が大きく、二、三歳は年上だった。
それなのに、あんな怯えた反応をするとは。
待っていれば戻ってこないかな?
とりあえず、落とした野草を拾い集めながら待ってみる。
なるほど、このあたりが食べられる野草なんだな。前に集めた中にも同じやつがあった。覚えておこう。
なお、女の子がその後戻ってくることはなかった。
その夜はなかなか寝付けなかった。
もしかしたらあの女の子が俺のことを誰かに告げ口するかもしれない。そう不安に思ったからだ。
まさかあの家で女の子が一人で暮らしているわけはないだろう。
大量の薪や畑の手入れ具合を見るかぎり、少なくとも大人が一人は一緒に暮らしているはずだ。
家族が相談を受け、そこから村長に話が伝わってしまう。その可能性はあった。
杞憂だった。
特になにごともなく朝を迎え、念のため分身を出さずに一日を過ごしたが、やはりなにもなかった。
翌日も念には念を入れ、というか連続して畑仕事を続けた疲労のため、分身に仕事を任せて森で休養を入れる。
いつも以上に周囲を警戒していたが、やはり何事もなく。
俺の心配はどこまでも杞憂で終わったのだった。
というわけで、分身を再び森の奥へと向かわせることにした。
彼女の家までやってきて、観察を続ける。
やがて家のドアが開き、女の子が顔を出す。
鼻歌はない。きょろきょろと周囲をうかがっている。
どうやらこちらを警戒しているようだったが、俺に気づくことはなかった。この前も話しかけるまでこちらに気づかなかったし、もしかしたら少しどんくさい子なのかもしれない。
女の子は家に一度戻って木のかごを持ってくると、前よりも少し速い足取りで小道へ向かい、森に分け入っていく。
その背を追う。警戒されていようと、俺のやることは変わらない。
ゆっくりと近づいていき、女の子の前に姿をさらす。
「こんにちは」
「ふぃっ!?」
変な鳴き声をあげ、女の子がこちらを向く。
この時点ですでに逃げ腰。
あと少しの刺激を与えたら、また逃げ出してしまいそうだ。
無言のまま見つめあう。
女の子はなにかを言いたげに口をパクパクと開くが、言葉にならない。
なんかちょっと面白くなってきたのでこのままお見合いを続けてもいいのだが、また逃げられても困るので、俺は持ってきていたお土産をそっと差し出した。
女の子がこの前落とした野草だ。
といってもこの前実際に落としていたものはしなびてしまったので、今日来るまでの間に見つけて摘んでおいたものだ。
自分が落としたものを拾って持ってきてくれる。
この状況で、これに勝る友好アピールはないだろう。
他に考え付かなかっただけだが――届け! 俺の精一杯の気持ち!
ダメだった。
逃げ出してしまった女の子を無言で見送る。
ボク、怖くないよ。
君と仲良くなりたかっただけだよ。
そんな気持ちを遠ざかる背中に送るが、彼女が引き返してくることはなかった。
とりあえず、野草だけその場に置いて俺は帰った。
諦めるという文字は俺の辞書にはない。
あの女の子を警戒心の高い野生動物と思えば、一回や二回で仲良くなれるわけがないのだ。
別に傷ついたりもしていない。
本当だ。
女の子に逃げられたとしても、俺は別に傷ついたりはしていないのだ。
むしろ逆。絶対に仲良くなってやるという反骨精神さえわいてくる。
俺はその後も女の子に会いに行っては、果敢に声をかけ続けた。
一言目のあいさつを変えてみたり、一息でいろいろと伝えてみたり。姿はさらさずに声をかけてみたり、あるいは無言で背後から忍び寄って肩を叩いてみたり。
いずれも逃げられたが、だんだんと逃げるまでの時間が長くなっている気がする。背後から肩に手を置いたときは悲鳴をあげて即ダッシュされたけど。
それでも少しずつ、心が近づいているのを感じる。
ここまで通い詰めてなお、俺の存在が誰にも伝わっていないので、女の子は俺のことを誰にも言うつもりはないのだろう。
つまり興味自体はあるはずなのだ。
あとは警戒心、それを解かせればいいだけのこと。
俺と遭遇するのが、彼女の中で当たり前になればいい。
本体の俺が畑仕事をするのを二日に一回にし、そのときは必ず分身を女の子の許に向かわせる。
他にやるべきことがあるのではないか、この労力を別のことに使えばよかったのではないか、そんな疑問に押し流されそうになりつつも、往年の恋愛シミュレーションゲームの主人公のごとく足しげく通い続ける。
そしてついに――苦労が報われる日はやって来た。
「こんにちは。今日は髪紐がいつもと違うけど、そのリボンもよく似合ってると思う。あ、野草摘み手伝ってもいい? こう見えて野草を採ることにかんしては一家言あるんだ種類はよく知らないけど」
俺のいつも通りのあいさつに、女の子はいつも通り身体を硬直させ、
「…………い、いいよ」
勇気を振り絞った赤い顔で、か細くそう返してきた。
俺はその場に膝をつき、天高くこぶしを振り上げた。
だってその一言を聞くためだけに、俺はずっとがんばってきたのだから。
というか。
まさか返事をしてもらうだけで、一カ月近くもかかるなんて思ってもみなかった。人見知りってレベルじゃねえぞ勘弁してくれ!