分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第75話  平穏な生活は始まらない

 新居が決まった。

 

 結局、リリエッタの生家を購入することはなかった。

 

 他でもない、リリエッタがそれを望まなかったからだ。母親との思い出はある。けれど逆にそれが辛いからと。

 

 システィー先輩はお姉様に遠慮しなくていいんだよと声をかけたが、それに対してはリリエッタは「えっ?」という顔を返していた。そういう配慮は特にないようだ。まだまだ、二人の温度差は一致していないようである。

 

 そんなこんなで、家は別の物を買うことになった。

 

 繁華街からは離れているが、不便なわけでもない絶妙な位置にある小さな家。そこが俺たちの新たな住居だった。

 

 傷んでいる部分を大工の人を呼んで直してもらい、全員で大掃除する。

 

 そのあと、三人で近所の人にあいさつ周り。前世とは違って、このあたりはちゃんとしておかないといけない。

 

 幸い、近所の住人は温かく歓迎してくれた。

 

 いずれも家族連れで、子供三人で暮らすと聞いてなにか困ったことがあったら頼ってくれと言ってくれた。ご近所トラブルは回避できそうでよかったよかった。

 

 そんなわけで、引っ越しである。

 

 俺の荷物は発明品を売り払ってまもないためにあまりなく、リリエッタはさらに少ない。ほとんどがシスティー先輩が持ち込んだものだ。

 

 その中のいくつかは、将来リリエッタと再会したときに贈る予定で買ったものらしく、システィー先輩の手でリリエッタの部屋へと運び込まれていく。下手をしたら、先輩の部屋よりも荷物が増えてしまったのではないだろうか。

 

 リリエッタはそれを困ったような、嬉しいような、なんとも言えない顔で荷ほどきしていた。一個一個、どこに置こうかと延々と悩んでいる。

 

 その様を、システィー先輩は恍惚とした表情で見守っていた。

 

「ドラちゃんドラちゃん。商売でたくさん稼げたら、『画家殺し』っていうマジックアイテムを買ってほしいな。時間を切り取ったみたいに、精巧な絵を勝手に書いてくれるやつなんだけど」

 

「カメラみたいなものか。いいけど、どれくらいの値段がするんだ?」

 

「うんとね、たぶん私五十人分くらいかな。王国の秘宝だから」

 

「金貨一万枚じゃねえか」

 

 買えるわけないだろ。

 

「えっ? あ、ごめん。計算間違ってた。私、五百人分だった。ていうか、ドラちゃん。計算早いね」

 

 指をいくつか折って数えたシスティー先輩が、じゃっかん尊敬の眼差しを注いでくる。

 

 そりゃまあ、これくらいの暗算はね。

 

 ていうか、金貨十万枚はさらに不可能だよ。そんなものおねだりするな。

 

「ねえねえ、計算の仕方を今度教えてよ」

 

「いいけど、それだったらリリエッタから教えてもらえば? この前教えたらすぐ理解してたし」

 

「えっ?」

 

「なあ、リリエッタ。この前教えた掛け算だけど、お姉様に教えてあげてやってくれないか?」

 

「お姉様に? うん、いいよ」

 

 リリエッタがトコトコとこちらに近づいてくる。

 

「お姉様、計算はどこまでできるの? 九九は言える?」

 

「九九? な、なにそれ?」

 

「知らないの?」

 

「んぐっ」

 

 小首をかしげるリリエッタに、システィー先輩の威厳が大ピンチだった。

 

「わ、わかるよ。九九だよね。ええと、そう、わかるよ。わかるに決まってるじゃん」

 

「そっか。じゃあ、あとは二桁の掛け算ができれば、桁数が増えるだけだから簡単だよ。なんの計算をしようとしたの?」

 

「そ、それはね、王国の秘宝って呼ばれてるマジックアイテムと私の買値と、どれだけ違うか、みたいな?」

 

「お姉様のお値段? そういえば、いくらだったの?」

 

「実質タダみたいなものなんだけど」

 

「タダじゃないけど? 私はね、金貨二百一枚の女なんだから!」

 

 システィー先輩は胸を大きくはる。なにその謎のプライド?

 

「それよりドラちゃん、今度リリエッタに内緒で今言っていた九九? とかいうの教えて」

 

 リリエッタから引っ張って距離を取らされ、囁き声でお願いされる。

 

「いいけど、見栄張らない方がいいんじゃないか? リリエッタ、たぶん滅茶苦茶頭いいよ?」

 

「だとしても! お姉様としての威厳がね、私にはあるの。お願い。今度いっぱいサービスしてあげるから。ね?」

 

 なんのサービスですかね?

 

「……金貨二百一枚」

 

 いかがわしいお店の客引きみたいなことを必死にしてくるシスティー先輩。その後ろで、リリエッタが小声でぽつりとつぶやいた。

 

「……わたしの、四〇二倍」

 

 

 

 

 

「ツヴァイ! 来たわよ!」

 

 

 

 

 

 そのとき、大きな声が玄関から響き渡った。

 

 セリカの声だ。

 

「来た」

 

 システィー先輩が俺から離れ、簒奪者と戦ったときと同じく臨戦態勢になった。

 

 約束どおり訪ねてきたセリカは、勝手知ったる我が家という感じで中に入ってくると、俺たちのいる部屋までやってきた。今日も今日とて、救護魔導院の白い制服姿だ。

 

「見つけたわよ、ツヴァイ。けっこう大きな家を買ったじゃない」

 

「まあな。約束どおり、セリカの部屋も用意したから」

 

「ありがとう。すごく嬉しい」

 

 にっこりと笑みを浮かべたあと、セリカは真顔になって俺の横に立つシスティー先輩を見た。

 

「で、それが噂の先輩さんね」

 

「どうも初めまして。システィー・レビュテッドです」

 

 伯爵家で習ったであろうカーテシーで優雅に一礼し、そのあとシスティー先輩は俺の腕に抱き着いてきた。

 

「ドラちゃんの騎士で、愛の奴隷です」

 

「あらご丁寧にどうも。あたしはセリカ。ツヴァイと将来を誓い合った女よ」

 

「しょっ」

 

 システィー先輩が涙目になって俺の顔を見てくる。

 

「ほ、本当に婚約者なの? 友達以上恋人未満って言ってなかった?」

 

「いや、将来を誓い合っただけで婚約者ってわけでは」

 

「まあ、確かにね。将来どうなるかはまだわからない。だから、そういう意味では友達以上恋人未満って言っても間違いではないわね。もちろん、将来的にどうなるかはもう決まっているようなものだけれど」

 

「ままま、負けないし!」

 

 システィー先輩はなおも強く俺の腕を抱きよせながら、猫のようにセリカを威嚇する。

 

「ドラちゃんは私のことを末永く飼ってくれるって言ってくれたもん。その証に首輪だって買ってくれたし」

 

「首輪? それ、チョーカーじゃない?」

 

「首輪なの! ドラちゃんの所有物っていう証なの! それに、あなたは知らないだろうけど、私とドラちゃんはすでに一緒のベッドで一夜を明かした仲なんだよ?」

 

 ふふん、と勝ち誇った顔をシスティー先輩はする。

 

 まるで男女の関係を仄めかすようなことを言っているが、普通にアパートのときにベッドがなくて一緒に寝ただけだし、なんなら俺とシスティー先輩の間にはリリエッタがいた。

 

 それにその理屈でいくと、セリカは強い。なにせ一カ月に満たなかったシスティー先輩とは違って、半年も同じ部屋で生活をしていたのだから。

 

 しかしそれを知らないシスティー先輩は、メスガキ全開でセリカを煽りに行く。

 

「同衾だよ? これが許されたってことは、もう恋人っていっても過言じゃなくない? ねえねえ、あなたはドラちゃんにそこまで許されたことある? ないよねぇ」

 

「同衾ならあたしもしたことがあるけど?」

 

「ほへ」

 

 システィー先輩にセリカの言葉が突き刺さる。

 

「あなたも知ってると思うけど、ツヴァイったら体温が高くて温かいのよね。ぎゅうっと抱きしめたまま夜を過ごしたけど、最高の夜だったわ。あなたも知ってるだろうけど」

 

「ふぐ」

 

「あと仲良くなると警戒心が薄くなっていって、眠っちゃうと案外なにしても起きないのよね。その可愛い寝顔を見ながら、どれだけ我慢させられたことか」

 

「が、我慢? ふ、ふ~ん。そこで手を出さないなんて、お姉さんってばヘタレじゃない?」

 

 セリカのその言葉に、システィー先輩がなんとか立ち直って反撃に出る。

 

「私はね、やっちゃったよ」

 

「む? あなたもしかして、ツヴァイが寝てることをいいことに一線を超えたの?」

 

「ふふん、悔しい? でもね、もう遅いの。私はこっそり」

 

 システィー先輩は顔を真っ赤にして言った。

 

「頬っぺにちゅうしちゃった。にひひ」

 

「ぐはっ!」

 

 セリカに大ダメージ。いやこれ絶対、違う意味での大ダメージだろ。自称清楚を思い知らされただけだろ。

 

「や、やるじゃない。てっきりあたしはツヴァイの■■■で■■を■■したとばかり思ったのに」

 

「ななな、なに言ってるの?! そんなことするわけないじゃん!」

 

「そう? でもあたしはこっそりと夜中に■■で■■くらいはやったし、そのあと自分のベッドに戻って――」

 

「は~い、リリエッタ。これ以上は聞かないようにしようね」

 

 俺はリリエッタの耳をふさぐ。リリエッタはきょとんとした顔で、俺の顔を振り返った。これ以上は教育に悪い。

 

 あとセリカ、そのときは必死に寝たふりをしていただけで、普通に俺は起きていました。

 

 システィー先輩のときも、顔を真っ赤にして三十分くらい俺の顔を覗き込みながら悩んでいたときから起きてたよ。なんならリリエッタも起きてて、小声で「お姉様なにしてるの?」「思春期特有のあれかな」みたいな話をしたし。逆に先輩はそのことに気付いていなかったのか。

 

 しかし……これ勝負はあったな。

 

「あともし今度ツヴァイと一緒に寝ることがあれば、そのときは■■■を絶対に■■■■■■で■■■■■■するつもりだし。あとは」

 

「う、うわぁん」

 

 外見とは裏腹に清楚系なメスガキと見た目だけは清楚系なプリーストの戦いは、後者に軍配が上がったようだった。

 

 セリカの口撃に、システィー先輩は成すすべもなくぷるぷる震えている。なまじ育ってきた環境から知識だけは豊富な所為で、セリカの繰り出すどぎつい妄想に耐えられないようだ。

 

 俺も耐えられない。至急、部屋の扉には内側からかけられるカギを取り付けるとしよう。

 

「そ、それでもいざとなったら負けないし! 私だって、その、男を悦ばせるテクニックは学んでるんだから!」

 

「なんですって?」

 

 セリカの目の色が変わる。

 

「じゃあ、あなたは男をその気にさせるテクニックを?」

 

「百は知ってるけど?」

 

 システィー先輩のその言葉に、セリカがしばし考え込む。

 

 そして俺に向けたときのような笑顔で、システィー先輩に右手を差し出した。

 

「あたしは別に、ツヴァイを独り占めにするつもりなんてないの。仲良くやっていきましょう」

 

「え?」

 

「これから一緒に冒険に行くことだってあるんだし。そういう意味でもあたしたちは仲間よ。そうでしょ?」

 

「……仲間」

 

「そう、仲間よ」

 

 システィー先輩はセリカの顔と差し出された手を交互に見たあと、すべてを理解したような顔で力強く握った。

 

「改めて、セリカよ。よろしくね、システィー」

 

「こちらも改めまして。システィー・レビュテッドだよ。よろしく、セリカ」

 

 がっしりと手を組む二人。一時はどうなることかと思ったが、どうやら仲良くやっていってくれそうだ。

 

「じゃあ、システィー。早速だけど、あなたの技術をあたしに教えてくれないかしら?」

 

「誘惑する技術ってこと? 別にいいけど、試すときは私も呼んでよね」

 

「もちろん。なんなら最初から二人で――」

 

「おっと、誰か来たようだ」

 

 呼び鈴が鳴ったので、努めて二人の話は聞かないようにその場をあとにした。

 

 会わせてはいけない二人を出会わせてしまった気配をヒシヒシと感じていたが、そこから必死に目を逸らしつつ玄関まで出迎えに行く。

 

「は~い。どちら様ですか?」

 

「どうも、ドライさん」

 

「カインズさん」

 

 家を訪ねてきたのは、イライザ襲撃の夜以降、行方知らずになっていたカインズさんだった。

 

「今までどこに行ってたんですか? 心配したんですよ?」

 

「申し訳ありません。いろいろと本業の方が忙しくなって、今の今まで会いに来ることができませんでした」

 

「その割に教えてない新居がよくわかりましたね――って、今更か」

 

「今更ですね」

 

「ま、いいや。どうぞ上がってください。手伝ってもらった報酬も渡さないとですし、お茶くらい出しますよ」

 

「いえいえ、お構いなく。これからすぐに出ないといけないので。今日は伝え忘れていた報告だけをしに寄っただけですので」

 

「報告?」

 

「お忘れですか? コルニ村の村長から聞いた、あなたの御父上のことですよ」

 

「そういえば」

 

 色々ありすぎて忘れていた。

 

「わかったんですか?」

 

「ええ、村長はしっかりと相手の顔を覚えていました。結論から先に言いましょう。あなたとリリエッタさんのお父上は同一人物ではありません」

 

「そう、なんですか?」

 

「お二方の特徴、なにより外見から推察できる年齢が一致しませんでしたから」

 

 意外な答えだった。てっきり俺は、種馬皇帝が俺の父親だと諦めていたのだが。

 

 安心する気持ちが半分、リリエッタと兄妹ではないことに残念な気持ちが半分だ。

 

「……もっとも、こちらとしては一致していてもらった方が助かったのですが」

 

 ぼやくような言葉をつぶやくカインズさん。帽子を一度脱ぐと、それを顔の前にあて、はぁ~と心底疲れたように溜息を吐いた。

 

「カインズさん?」

 

「失礼。あなたの巡りあわせというものに、少々呆れ果ててしまいまして」

 

 そう零したあと、カインズさんは帽子をかぶり直す。

 そのあとには、いつものどこかうさんくさい表情だけがあった。

 

「あなたの父親は、帝国の第一皇子ユーヴェインです」

 

 そのまま間髪入れずにカインズさんは告げた。

 

 証の紋の本来の用途からしても間違いないこと。

 自分の方でも調べたので間違いないこと。

 間違いないからさっさと認めてください。

 話が先に進まないので。

 

 容赦なく事実を陳列してくるカインズさんに、俺もその事実を認めるしかなかった。

 

 まさかあの露出狂が俺の父親だったなんて。

 

 これなら種馬皇帝の方がよほどよかった。父親としての評価は同じくらいだが、少なくとも彼にはリリエッタという可愛い可愛い妹が付属してくるのだから。

 

 そう、ユーヴェインが俺の父親ってことは、リリエッタは俺の妹ではなく。

 

 血縁上は叔母にあたる存在で、俺はリリエッタの甥だった。

 

「俺は、リリエッタのお兄様じゃなかった……!」

 

「最初からそうだったじゃないですか」

 

 それはそう。

 

 リリエッタは俺にとって可愛い妹(姉様)だった。

 それが今回の一件で、可愛い妹(叔母様)になっただけだ。

 

 うん、あんまり変わらないね。

 

「とにかく、ご自身の立場は自覚してもらえましたか?」

 

「ええ、まあ。でも父親がユーヴェインに確定したからといって、なにか変わりますか?」

 

「変わります。あなたはこれまで、スキルがばれてはいけない立場だった。それが今回の一件で、素性がばれてはいけない立場になってしまったのです。ユーヴェインがもし次期皇帝になった場合、あなたの皇位継承権は一位になります」

 

「えっ? あいつ、他に子供とかいないんですか?」

 

「いません。ちなみに今からもしできたとしても、あなたの継承権はおそらく変わらないでしょう」

 

「……それは、まずいですね」

 

 ここに至って、俺も今回の件の面倒臭さに気が付いた。

 

「だとしても、俺の存在ばなれなければ一緒のことですよね?」

 

「ばれなければ、そうですね」

 

「……ばれかけているんですか?」

 

 ユーヴェインの前でそんな素振りを見せたつもりはなかったのだが。証の紋だって見せていないはずだし。

 

「ここまで報告が遅くなった理由でもあるのですが、コルニ村を調べている人間がいます。こちら側で気付いて相手を調べたところ、ユーヴェインの右腕であるレオンハルト・フォン・オルドリンドの手による者であることが判明しました」

 

 やばいですやん。

 

「フィーネさんのことに気付いたのかとも思いましたが、彼女が六聖教会に保護されていることはすでに帝国関係者も把握しています。わざわざ、レオンハルトが手を回すとは考えにくい。となれば」

 

「狙いは俺ってことですか」

 

「今のところは、教会の人間が防諜に成功しています。ゼルクト伯爵も帝国の人間には目を光らせているので、この街に踏み込んでくるまでには時間がかかるでしょう。ですが、あちらがなにかしらの根拠をもって動いているというのなら、そう遠くないうちにあなたにまでレオンハルトの手が届く」

 

「…………」

 

「六聖教会が、あなたを守り抜くのは難しいと思ってください。フィーネさんと同じように保護することは可能でしょうが、その場合はなぜあなたが保護されたのかを徹底的に調べられる。スキルの存在までばれかねない」

 

「そしてスキルがばれれば、帝国は徹底的に俺の身柄を要求してくる、ですか?」

 

「要求はフィーネさんの比ではないでしょうね。皇帝の直系の血筋なのですから。現皇帝はユーヴェインを皇帝の座に据え、次の皇帝としてあなたを要求してくる。……教会が引き渡しを断るのは難しいでしょう。いえ、それでも拒否する可能性があることが、私は怖い」

 

「カインズさん?」

 

「……私が言うのもなんですが、教会に保護を求めるのは避けた方がいいでしょう」

 

「気にしてもらえるのはありがたいですけど、最初からそのつもりはありませんよ」

 

「ではどうなさるおつもりで? 個人的には、素性がばれることを承知でこの街から逃げ出した方がよいかと思いますが。もしもユーヴェインに我々の知らない婚約者などがいた場合、そこで諦めて、あなたという皇子の存在はなかったことにしてくれる可能性はあります」

 

 カインズさんのいうとおり、ゼルクトの街から逃げ出すのが一番いい選択肢かもしれない。

 

 俺がユーヴェインの子供である事実は調べ上げられてしまうかもしれないが、身柄を補足されなければ逃げきれるかもしれない。いつものように名前を変えて、他の街で再出発すればいい。

 

 仲間は、きっと一緒に来てくれるだろう。

 

 セリカも、システィー先輩も、リリエッタも、この街と知り合った人々と別れることになったとしても、俺を優先してくれる。それくらいはわかっているつもりだ。

 

 だがそれは俺の問題に巻き込み、これまで築いたすべてを捨てさせるということ。

 

 その決断は俺一人ではできるものじゃないし、していいものでもない。

 

「他の選択肢としては、いっそのこと帝国に身を寄せるのもありかもしれません」

 

 悩む俺を見て、カインズさんはそう提案する。

 

 平穏な人生とは無縁になるだろうが、それはもう半分諦めているし、分身スキルのことを話せば帝国でも身を立てるのは不可能ではないだろう。

 

 次の次の皇帝として権力を振るうのも、あるいは楽しいのかもしれない。

 

「ユーヴェインが俺を邪魔者扱いしない確信が持てるなら、それもひとつの手かもしれませんけど……あとあいつが皇帝になれなかった場合がやばいですし」

 

「マクシミリアンが皇帝になったら、本格的に粛清の対象でしょうね。帝国に身を寄せることになったら、全力でユーヴェインを次の皇帝に押し上げるしかないでしょう」

 

「それを含めて、少し考える時間をください」

 

「それがいいでしょう。それまでは我々の方で、できるかぎりあなたの情報を遮断しておきます」

 

「ありがとうございます」

 

「構いません。アルフィリア様の指示ですから」

 

「アルフィリアさんの?」

 

「はい。……申し訳ないのですが、すでにアルフィリア様には今回の一件を報告済みです。もしかしたら、近いうちに今後の相談のためにあなたを訪ねて来るかもしれません」

 

「ありそうだなぁ」

 

 立場の割にフットワークが軽いからな、あの人。

 

 カインズさんが帰る素振りを見せる。その前に、最後にそう教えてくれた。

 

「あなたの情報を隠し通せるのは、おそらく半年が限界だと思ってください」

 

「半年ですか。逆にそんなにもつんですね」

 

 てっきり、一カ月とかそこらの話だと思っていたのだが。

 

「コルニ村の防諜力をあらかじめ上げておいたのが功を奏しましたね。とはいえ、我々が真に隠そうとしたのはあなたのスキルであって、素性は二の次でした。まさかこんな爆弾が隠れているとは想像していなかったので。……実は母親の方もやばい血筋だったりとかしませんよね?」

 

「さぁ?」

 

 奴隷だったこと以外、素性をなにも知らないので。

 

「……今は考えないようにしておきます」 

 

「なんかごめんなさい」

 

「本当ですよ。いえ、あなたが悪くないのはわかっているのですが」

 

 心底疲れた様子のカインズさん。きっと俺の知らないところで、散々骨を折ってくれたんだろうな。

 

「商売を手伝ってくれた報酬に、もうちょっと色をつけておきますね」

 

「ありがごとうございます。とはいえ、しばらく私は商売を出来そうにありませんが」

 

 苦笑するカインズさんにフォローする言葉を思いつかず、とりあえず用意しておいた報酬を持っていくことにした。

 

「ちょっと待っててください」

 

 玄関をあとにして、自分の部屋へ向かう。

 

 廊下に出たところで、反対側からやってきたリリエッタとぶつかりそうになってしまった。

 

「リリエッタ。悪い」

 

「う、ううん、大丈夫」

 

 リリエッタはなんか元気がない様子だ。

 

「どうかしたのか?」

 

「……別に、なんでもないよ」

 

 いつもの無表情でリリエッタはそう告げる。やはりどこか元気がないように見えるのだが……。

 

「ねえ、お兄様。お兄様は、システィーお姉様と結婚しないの?」

 

「え? どうした突然?」

 

「……お似合い、だと思ったから」

 

「う~ん。そう言ってくれるのは嬉しいけど、そういうのは先の話だろうから」

 

 なんか部屋の奥の方からすごく盛り上がっている声が聞こえてくるけど、ユーヴェインの問題もあるしそういうのは今はまだ考えられない。

 

「……そっか」

 

「ああ。ただまあ、二人のことは最後まで面倒を見るつもりだから、そこは安心してくれ」

 

 俺はリリエッタの頭を軽くなで、報酬を取りに向かう。

 

「…………」

 

 リリエッタはなにも言わず、ぎゅっとポケットのなにかを握りしめていた。

 

 

 

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