分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
デスシードの運用方法が決まったあとに、ゼルクトの街にやってきた人物がいた。
家を訪ねてきたカインズさんに連れられ、なんとも隠れ家チックな雰囲気の喫茶店に連れて行かれる。完全個室の一室に足を踏み入れれば、顔を白い布で隠したエルフさんが俺を待っていた。
「お久しぶりです、アルフィリアさん」
六聖教会の聖女、アルフィリアさんだ。
「お久しぶりです。今はなんとお呼びすればいいでしょうか?」
「ドライって呼んでください」
「わかりました、ドライさん。どうぞこちらにおかけください」
テーブルをはさみ、アルフィリアさんの向かいの席に腰かける。
すでにテーブルの上には紅茶とお菓子、それに軽食からなるティーセットが用意されていた。紅茶は淹れられたばかりなのか、湯気を立てている。
「どうぞ。わたくしが淹れたものにはなりますが」
「ありがとうございます」
一口紅茶を飲む。豊かな茶葉の香りが口から鼻に向かって通り抜けていく、ような気がした。
いや紅茶なんて久しぶりすぎて、味が絶妙にわからない。子供舌になってしまっているのか、苦みすら感じてしまう。お砂糖が欲しい。それかミルク。
しかしながら、テーブルの上を探すがどちらも見当たらない。
代わりにジャムが入った陶器の小瓶が置いてあった。あれを淹れて飲むのだろうか。なんかそういう飲み方があったよな。いや、スプーンで紅茶に浸しつつジャムの方を食べるんだったか。
「ドライさん。好きに飲んでもらって構いませんよ」
俺の内心を察したのか、アルフィリアさんは口元に手を当てて上品に笑う。
「そちらのお菓子は甘く作られていますので、お茶請けにすれば紅茶もよい感じの味になるかと思います。サンドイッチもどうぞ。ああ、お腹が空いていれば、もっとボリュームのあるものも頼めますよ?」
「いえ、大丈夫です」
お菓子はもらっておくが。
ぱくり、とマフィンみたいなお菓子をかじる。
ひぇえええ、なんだよこの甘さ! 一体どれだけ砂糖が入れられているんだ!?
砂糖は割と高級品なのに。たぶんこれ、一個で大銅貨何枚かするぞ。
この異世界にやってきてから、こんなにも甘い物を食べたのは初めてだ。くそぅ、美味しいな。できればこういうのは自分で稼いだお金で食べにきたかったが、お菓子に罪はないので綺麗に平らげる。
はっ!?
お菓子に夢中になってしまった。
見れば、アルフィリアさんが紅茶のカップを持ち上げながら、ニコニコとした笑顔で俺の様子を見守っていた。いつのまに取ったのか、顔を隠す蔵面はすでにない。いつ見ても人間離れした美貌があらわになっている。
「すみません。お菓子に夢中になってしまいました」
「いえいえ、楽しんでいただけたようでなによりです。ふふっ、支払いはわたくしが持ちますので、いくらでも食べてくださいね」
「……可能ならお土産としていくつか包んでもらえると」
「構いませんよ。お店の方にはわたくしから頼んでおきます」
ありがたい。是非、家のみんなにも食べてもらおう。
お土産を確保したことで甘味の誘惑を断ち切り、俺は姿勢を正す。
「アルフィリアさんに呼ばれているとカインズさんから聞いてきましたが、俺の出自に関することですよね?」
俺が切り出せば、アルフィリアさんも真剣な顔つきとなる。
「はい。あなたの今後の身の振り方にかんして、相談させていただければと思い馳せ参じました」
改めてアルフィリアさんから俺を取り巻く状況を説明される。
その上で、カインズさんとは異なる結論を述べた。
「あなたが望むのであれば、わたくしにはあなたを保護する用意があります。たとえ帝国が全力をあげてあなたの身柄を要求しても、必ずや守ってみせましょう」
「できるんですか?」
「可能です。わたくしにお任せください」
カインズさんは否と言っていたが、アルフィリアさんは是と答えた。だが安易にそれを信じるわけにもいかない。
俺はアルフィリアさんに次に会ったとき、聞こうと思っていたことを口にした。
「それは俺が【永遠の騎士団】の担い手だからですか?」
「気が付いていたのですね」
少しだけ驚いた顔をするアルフィリアさん。
日本語で書かれたアインの手紙の内容は、さしものこの人でも読めなかったことだろう。アインから俺にその情報が伝わっていたことは知らなかったようだ。
それでも困った様子はない。俺の分身スキルが六聖であることは、彼女にとっては俺に知られても構わない情報だったらしい。
「そのとおりです。あなたの分身スキルは、我らが始祖、勇者ハルルカンの使った六つのスキルのひとつで相違ありません」
「つまり俺も、アルフィリアさんにとってはフィーネと同じく保護対象ってことですよね。だから俺を教会に保護しようとしているんですか?」
「そうですね。今はそれが最善であると考えています」
「じゃあ、最初から俺のことを?」
「いいえ。信じてもらえないかもしれませんが、今回のことがなければ、あなたにはこのまま自由に生きてもらえればと思っていました」
「カインズさんとかが周りにいますけど?」
「保険は必要ですので」
「つまり死んでもらっては困るけど、自由を奪うつもりはない。そういうことでいいですか?」
「そうですね。それが一番、わたくしのスタンスとしては正しいかもしれません」
アルフィリアさんの、か。教会という組織としては違うのかもしれないな。
「ですが、先ほども申し上げたとおり、事情が変わってしまいました。帝国があなたの身柄を狙っているのであれば、保護する用意はあります」
「俺が帝国に行くことは、アルフィリアさん的には許容できませんか?」
「そうは申しません。あなたが心から帝国へ赴くことを願い、帝国もまたあなたを受け入れるのであれば、こちらも介入するつもりはありません。結果的にあなたのスキルを用い、帝国が他国を侵略したとしても、今の世界の在り方が維持されるのであればなんの問題もないのです」
「世界の在り方、ですか?」
「はい。つまり、絶滅領域がこれ以上拡大しなければ、教会としては国同士の争いに介入することはありません」
絶滅領域。モンスターたちの住まう領域であり、地続きの地獄とすらいわれている場所だ。
ちょうどこのゼルクトの街も絶滅領域に面している。この世界で暮らしていくうちにわかったのだが、こういった場所は『防波堤』と呼ばれ、世界中にいくつも存在しているようだった。
「ドライさんもご存じかと思いますが、人類領域と絶滅領域は不可視の境界線で区切られています。強力なモンスターは、この線を越えて人類領域側に来ることはできない。これはあのベルフェゴルですら例外ではありません」
「不可視の境界線。六聖のひとつ【不滅の鎧】の力って聞いてますけど」
「事実です。我ら六聖教会の指導者、ネル教皇聖下の有するスキルこそ、【不滅の鎧】と呼ばれし『境界』スキル。人類守護の要となっているスキルです」
アルフィリアさんは境界スキルについて説明してくれた。
それによると、境界スキルはこちらとあちらを区切ることができる能力を持つという。そう言われると今ひとつよくわからないのだが。
「敵にこの線を越えて踏み込むことを許さない。言ってしまえば、境界スキルの能力はそれだけです。【不滅の鎧】とまで呼ばれ称えられているのは、それが大陸を二分するほどの規模で展開されており、なおかつ永続的に継続されているからです」
千年前、勇者ハルルカンの死によって人類とモンスターの戦いは振り出しに戻った。人類は再びモンスターの脅威に晒され、後退を余儀なくされた。
そこへ現れたのがネルという少女だった。
六聖教会という組織を発足させた、勇者ハルルカンの仲間だった人物だ。
彼女はどうしてか勇者ハルルカンと同じく境界スキルを有しており、それを用いてモンスターの侵略を防いでみせた。
その功績をもって、彼女は教会の初代教皇となった。以来、六聖教会の教皇はネルという名前と境界スキルを襲名、継承し続けている。
すべてはモンスターの侵略を、その身をもって防ぐために。
だが不滅と呼ばれた境界スキルも絶対ではない。千年という年月を経て、大陸の半分を取り戻されてしまっているように、弱点は存在する。
「境界スキルによる不可視の境界線は、絶えず揺らいでいます。具体的には、境界線の近くにいる人の数が少ない場合、境界線は弱まってしまいます」
「弱まる?」
「なにもない平原よりも、人が集まって暮らす街の方が領土としてわかりやすい。要は人類とモンスターとで、境界線上で絶えず陣取り合戦が行われているのだと思ってください。優勢な方へと、境界線は傾いていくのです」
「じゃあ、ゼルクトの街みたいな絶滅領域に近いところにいくつも街があるのは」
「そうでないと、絶滅領域が少しずつ拡大していってしまうからです。絶滅領域側には、無数のモンスターが蔓延っていますからね」
「なるほど」
モンスターの襲撃の危険性が高い場所にゼルクトの街があるのは、人類全体のためという理由があったのか。おそらくは他の国も同じように、防波堤の街を作って維持しているのだろう。
「また境界線の維持に特に関わってくるのが、要となる大陸中央の趨勢です」
「たしか最前線って呼ばれている場所ですよね?」
「はい。我ら六聖教会が、各国からの支援を受けつつ日夜戦いを繰り広げている場所になります。ここで優勢となれば境界線は維持され、劣勢となれば境界線は後退します。今は一進一退といったところですが、治癒魔法がなかった頃は劣勢続きで、今日まで絶滅領域を拡大させてしまいました」
六聖教会にとって最も大事な役割。
それこそが【不滅の鎧】による不可視の境界線の維持というわけか。
「じゃあアルフィリアさん的には、防波堤をきちんと維持して、最前線に戦力を貸してくれるのであれば、帝国の皇帝が誰になろうが構わないという認識なんですね」
「加えていうなら、国が滅ぼされようと、後継の国がきちんと人類領域の維持に協力してくれるのであれば問題としません。そもそも、六聖教会自体が基本的には国家間の争いには不介入を原則としていますし」
もっとも、とアルフィリアさんが続ける。
「人類にとって不利益になるような結果になれば、我々はそれを正すために動きます。動いてきました」
それは人類を守ってきたという自負と誇りにあふれた言葉であった。
あるいは、勇者の遺志を守ってきたという自負か。
アルフィリアさんの顔が、簒奪者が見せた過去の光景に出てきた少女と重なる。
初代教皇となったネルとアルフィリアさんは、あまりにも似すぎていた。
金髪碧眼。そしてエルフ耳。あの少女がそのまま大きくなれば、きっとアルフィリアさんと同じ姿になるだろうと確信できてしまうくらいに。
……下手をしたら、同一人物の可能性もあるよな。
いやでも、アインの手紙にはアルフィリアさんそっくりのロリエルフがいるってあったか。じゃあそちらが本物の教皇ネルで、アルフィリアさんが彼女に似ているだけか。
同じエルフってことは、もしかして姉妹とか?
ていうか、教皇ネルがエルフってことは、下手したら名前を襲名しているんじゃなくて、千年間ずっと生きて教皇をやっている可能性もあるのか。
話はじゃっかん逸れてしまうが、気になるな。
「俺たちの世界を守ってくれてる、今の教皇様ってどんな方なんですか?」
「ネル様ですか? もちろん、大変素晴らしい方ですよ」
「アインから前にもらった手紙には、陰キャニートって書かれていたんですが」
「……アインさんには、今度会ったときにお説教をしておきます」
すまん、アイン。
「ですが、事情を知らなかった頃のアインさんがそう思うのも無理はないのかもしれませんね。ネル様は基本的に人前には姿を現しません。境界線の維持のために、聖都の大神殿の奥深くで祈りを捧げる毎日を送られていますので」
「勇者ハルルカンが守った人の世界を存続させるために、か」
「ええ。ネル様はそのためだけに生きておられます」
この世界は遥か昔に、一人の勇者によって救われて。
この世界はそれからずっと、一人の聖女の祈りによって守られている。
教皇ネルは聖都から一歩も外に出ず、ほとんど誰とも会わず、人類を守護する祈りだけにその生涯を捧げている。
なぜならば。
「ネル様がもし亡くなるようなことがあれば、不可視の境界線は消え、絶滅領域からモンスターたちが雪崩のように攻め込んでくるでしょう」
彼女が死んだ時点で、人類滅亡のカウントダウンが始まってしまうからだ。
「ゆえにこそ、【不滅の鎧】は不滅でなければならない。ネル様は絶対に守らなければなりません」
「守る?」
「どうか覚えておいてください。彼女は常に命を狙われている。――ベルフェゴルの最終的な狙いはいつだって、ネル様の御命を奪うことにあるのです」
人類守護を担う勇者の後継、ネル。
人類絶滅を狙う魔王の後継、ベルフェゴル。
人間とモンスターの長きにわたる生存戦争の決着は、そのどちらかの死によって決められる。
それが俺の転生した世界の在り方だった。