分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
アルフィリアさんはそれ以上はなにも語らず、聖都へと帰っていった。
帝国へ向かう準備はゆったりとしたペースで進められた。
今の季節は冬。旅立ちは一カ月後、春を待っての出発と決まったからだ。
アルフィリアさんより直々に同行を命じられたカインズさんが街に残って、馬車などの旅支度を手配してくれている。
本人は俺のことを恨めしそうな目で見てきたが、一緒に商売をして俺の父親の正体まで突き止めた仲だ。ここに来て仲間外れにするわけないじゃないか。
帝国まで道連れです。
「はあ……わかりました。最後までお付き合いしますよ」
ありがとうございます。
カインズさんは帝国へ何度か出張経験があるそうなので、旅の道案内に心配はないそうだ。
問題は道中である。
前世とは違って、この世界の旅は命の危険が大きいのだ。
盗賊などに襲撃を受けることもあるし、モンスターと遭遇する危険性も高い。長旅をするなら護衛は必要不可欠であった。
こういったとき、活躍するのが冒険者だ。
護衛専門の冒険者もいるくらいで、金銭と引き換えに旅の安全を守ってくれる。
とはいえ、目的が目的のためゼルクトの街の冒険者には頼めない。そこでアルフィリアさんが教会で懇意にしている冒険者パーティーを手配してくれた。
近くの街にいたとはいえ、わざわざ冬の間に移動してきてくれたその冒険者パーティーのリーダーと、これから会うことになっている。
「今回、アルフィリア様が呼び寄せたのは、『銀翼』という名前の冒険者パーティーです」
道すがら、カインズさんが説明してくれる。
「六聖教会の所属ではありませんが、秘密裏に教会に協力してくれている人物が率いています。実質、帝国周辺を主な活動領域としている、私のご同輩みたいなものと思ってください」
つまりは情報収集を専門とする密偵か。
「ランクはゴールド。護衛としては、最上級といえるでしょう」
「アルフィリアさんも過保護ですよね」
「いやはや、愛されていますねぇ」
色々な意味でね。
「その人にはどこまで俺の事情を伝えているんですか?」
「なにも伝えていませんよ。純粋に、帝都までの護衛をお願いしただけです。ただ、アルフィリア様経由の依頼ですからね。あなたが教会の関係者であり、重要人物であることは伝わってしまっているでしょうが、口の堅さについてはご安心ください。教会への忠誠心は私の比ではありませんので、たとえ捕まって拷問されても決して情報を吐くことはないでしょう」
「それはなんというか」
「まあ、一言で言ってしまうと在野の狂信者ですね。やばいですよ」
アルフィリアさんからの推薦ということで覚悟していたが、カインズさんと違ってかなりガチガチの六聖教信者のようだ。
案内されたのは、以前アルフィリアさんと会談した喫茶店だった。喫茶ウンディーネ。お土産のお菓子はみんなに大人気だった。
ダンディな店主に奥の個室へ通される。
さあ、どんな怪物が待っているのだと身構えていたが、部屋の中で待っていたのは妙齢の女性であった。
椅子に背筋をのばして座っていた彼女は、俺たちに気付くと立ち上がり、腰を折って深々と頭を下げる。
「はじめまして。ゴールドランクの冒険者、『銀翼』のクインシアと申します。この度は帝都までの護衛の任を命じられました。道中の安全は私共にお任せください」
「あ、どうも」
反射的に頭を下げ返したあと、俺はこの旅の間使う予定の名前を名乗った。
「フィアーです。こちらこそ道中、よろしくお願いします」
「旅程はこんな形になります」
あらかじめ決まっていた帝都までの工程を説明し、クインシアさんに了解を得る。
「片道で三週間ほどの日程です。最大で一カ月ほどかかる可能性あり。問題ありませんか?」
「ええ、問題はございません」
クインシアさんが恭しい態度で返事をしてくれる。
間近で確認できたクインシアさんは、三十歳前後の綺麗な女性だった。
長いブラウンの髪を飾り気のない紐で束ね、耳や首元に銀細工のアクセサリを身に着けている。見た目の年齢の割に貫禄じみた落ち着きがあるため、もしかしたらもっと年齢は行っているのかもしれない。この世界の人間は魔力の恩恵か、前世に比べて全盛期が長い傾向があるからな。
俺が作成した契約書を隅から隅までしっかりと確認する姿は、本人の真面目さをうかがわせる。さながら女教師というべき厳格さをもった女性だった。
今もせっかくテーブルに紅茶とお菓子が並べられているのに、一切口をつけようとしない。
「護衛対象はフィアー様とカインズ様の二名でよろしかったでしょうか? 事前に癒しの黄金の聖女様より知らされていた情報では、もしかしたら一名護衛対象が増えるかもしれないとありましたが」
「すみません。まだそこは決まってないんです」
話し合っていないというべきか。
護衛対象に追加されるかもしれないというのは、リリエッタのことだった。
「話し合いの結果次第では、もう一人増えるかもしれません」
「承りました。詳細が決まり次第、共有をお願いいたします」
護衛対象が増えると聞いても、クインシアさんの態度に変化はない。人数が増えても問題はないといわんばかりだ。
「クインシアさんたちは何人パーティーなんですか?」
「これは申し訳ございません。説明を失念しておりました。銀翼は私と娘の二名からなるパーティーとなります。娘は別室に待機させておりますので、後ほどごあいさつさせていただきますね」
「娘さんのランクは?」
「シルバーランクです。名前はパトリシア。まだ十四歳と若輩者ですが、実力は私が保証いたします。ただ――」
クインシアさんがそこで一度言葉を切ると、契約書を置いて立ち上がる。
「実際に見てもらって方がいいでしょう。後ほどと申しましたが、今からご足労願ってもよろしいでしょうか?」
とのことで、さっそくもう一人の旅の仲間とも顔合わせを行うことになった。
三人で一緒に部屋を出て、距離的には少し離れた隣の部屋の扉をクインシアさんが開く。ノックはしなかった。
「はぐっ、もぐっ、お、美味しいです。この甘さは罪の味です。ああ、始祖様。あたしの罪をお許しください」
件の娘さんは、別室でお菓子を頬張っては懺悔の祈りを捧げていた。
「ですが、止まらない。これは止まりませんよ。うぅ、こんなに甘い物を食べたらお母さんにあとで怒られてしまう。ならせめて、最後にたくさん食べておきましょう。ええ、こんな高級なお菓子を次に食べられるのはいつかわかりませんしね」
「パトリシア」
「むぐっ」
クインシアさんに突然声をかけられ、パトリシアがびくりと肩を揺らす。
両手にお菓子を持ち、頬をハムスターのように膨らませた状態で、彼女は入口に立つ俺たちの方を振り向いた。目尻の垂れ下がった大きな瞳が、大きく見開かれる。
パトリシアは水色の髪をショートカットに切りそろえた、可愛らしい少女だった。お洒落に敏感なのか、毛先に向かって髪は軽く巻かれ、母親とお揃いの銀細工で髪や耳元を華やかに飾っている。
彼女は母親から冷たい視線を向けられ、もぐもぐもぐもぐと高速で咀嚼して口の中のものを飲み込むと、すくりと背筋を伸ばして立ち上がった。
「はじめまして。シルバーランクの冒険者、銀翼の一翼を務めるパトリシアと申します。この度は帝都までの護衛の任を命じられました。道中の安全は私共にお任せください」
「いやもう取り繕うのは無理だよ」
あと取り繕うつもりなら、せめて両手のお菓子は皿に片付けてからにしてくれ。
「うぅ、第一印象で失敗してしまいました。恥ずかしい。かくなる上はもう食べるしか。はぐもぐっ……や、やっぱり美味しい。し、幸せですぅ」
「……これが娘のパトリシアです。ご覧の調子ですが、腕だけは確かですので」
口元をひくひくと痙攣させながら、クインシアさんは娘を紹介してくれる。
「ふぁい。こう見えて、もぐ、腕には自信がありますよ」
パトリシアはにぱっと笑うと、手に持ったお菓子を俺に向かって差し出してきた。
「あ、依頼人さんもお菓子食べます? これとかすっごく美味しいですよ? パトリシアちゃん超オススメです!」
旅の仲間であるクインシアさんとパトリシアとの顔通しも終わった。
一抹の不安を覚えなくはないが、旅慣れた彼女たちとカインズさんがいるかぎり問題はないだろう。
ゼルクトの街の方も大丈夫だ。なにせ今回旅立つのは分身の俺である。
簒奪者との戦いで新たに出せるようになった分を、そのまま帝国へと送り込む。あとは分身の俺の判断で、死を偽装してもらおう。
こちらに残る俺も、しばらくは大人しくしているつもりだ。
兜でしっかりと顔を隠して冒険をしたり、あまり表に顔を出さずに裏でコソコソ商売をしていれば、探っている密偵の目をごまかすことくらいはできるはずだ。あとは分身から共有される情報を待って、それから本格的に動けばいい。
今回やこれまでの件から、俺はまだまだこの世界のことを知らなさすぎると思い知らされた。カインズさんたちからの情報だけに頼っているわけにもいかないし、資金がある程度溜まったら、商売の販路を広げつつ、自前で情報収集できる人や組織などを構築したいと考えている。
なので残る問題があるとすれば、それは彼女のこと。
リリエッタがどうするかという問題だった。
冬が終わりを迎える頃。俺とリリエッタ、そしてシスティー先輩の三人で家のテーブルを囲み、今後に対する話し合いが行われた。
「リリエッタ。前にも話したが、俺がやろうとしている計画は今改めて話したとおりだ。上手くいけば、俺は死んだものとして帝国では扱われる。今後、皇族がちょっかいをかけてくることはなくなるだろう」
「うん」
「だが同時に、それは帝国と完全に縁を切る選択でもある」
「……うん」
「やっぱりリリエッタは他の兄弟姉妹のことが気になるか?」
俺がそう聞けば、リリエッタは躊躇ったのち、コクリと頷いた。
「リリエッタはどうしたい? 前にも言ったとおり、リリエッタには帝国に身を寄せるという選択肢もある。それは別に今すぐじゃなくて、そう思ったときでも構わない。ただ今なら、俺と一緒に皇族に会いに行くことができる。俺が自爆するまでの間だけだけど、リリエッタのことを助けてやることもできると思う」
「……どうしても、最後には自爆しちゃうの?」
「するだろうな。俺の気持ちも前に話したときから変わってない」
リリエッタは顔をうつむける。今の一言だけでも、リリエッタの心の一部が帝国にあるのは間違いなかった。
そこでこれまで黙っていたシスティー先輩が口を開く。
「だからね、リリエッタ。もしも帝国に行くってなったら、そのときはドラちゃんとのお別れを覚悟しないといけない。ついでみたいだけど、私とも」
その言葉にリリエッタが目を見開く。
そのあと少しだけ寂しそうに、けれどわかっていたような口ぶりで言った。
「やっぱりお姉様は、そうなってもわたしには付いてきてくれないんだね」
「うん、ごめんね。私ももう、そこは決めてるから。私の居場所はここ。ドラちゃんの隣だから」
システィー先輩が俺の手を握ってくる。
「それとさ、リリエッタもわかってると思うけど、皇族に戻れたからって、それで幸せになれるとはかぎらないよ。政治に巻き込まれることになるだろうし、言い方は悪いけど、奴隷だったリリエッタがやっていけるとは私は思わないかな」
「……お姉様は、わたしにどうしてほしい?」
「もちろん、ここに残ってほしいよ。ずっと一緒に暮らしていきたい。それが私の夢だったんだもん」
本音を語りつつも、システィー先輩はそれを妹に強制しようとは思っていないようだった。
「でもね、一番はリリエッタに幸せになってほしいって思ってる。リリエッタがどうしても他の兄弟姉妹と一緒にいたいっていうんなら、それがリリエッタの幸せだっていうんなら、私はリリエッタのその選択を尊重する。ドラちゃんも同じ気持ちだよ」
「……わたしの、選択」
リリエッタの額に汗がにじんだ。
自分で選ぶ。奴隷としての生活が長かったリリエッタが、なによりも不得意としていることだった。
「わ、わたしは、お兄様と別れたくない。もちろん、お姉様とも」
絞り出すようにリリエッタはそう言ったあと、いつも大事に持ち歩いている証の紋を取り出した。
「でも、お母様の言葉も覚えてる。いつかあなたは帝国に行きなさい、って。ずっと、ずっと、そう思って生きてきたから」
「そっか」
複雑そうな顔でシスティー先輩はつぶやく。
「リリエッタにとっては、帝国に行くことがあの女――私たちのお母さんとの大事な約束なんだね」
「そう、なんだと思う。だから、だからわたしは……」
その先は言葉にならなかった。そのまま、しばらく沈黙が下りる。
最初にこの話をしたときのように、リリエッタは自分で決断を下すことができなかった。
「まあ、今がちょうどいいってだけで、帝国に今絶対行かないといけないわけじゃない」
黙り込んでしまったリリエッタを見て、俺は口を開いた。
帝国が関わる話である以上、リリエッタにはきちんと話をしなければ不義理だと思って話をしたが、結果的に彼女を苦しめることになってしまった。
この前誕生日が来て祝ったが、それでもリリエッタはまだ十一歳だ。将来を決めるにも等しい決断を下すのは、たとえ奴隷の経験がなくなって難しいだろう。
「俺が帝国に行けば、リリエッタの残りの兄弟姉妹がどういう人間で、どういう生活を送ってるのかもわかるしな。それを聞いてから選んでも遅くないさ」
「……ううん、お兄様。それは、それはダメなんだと思う」
「リリエッタ?」
「わかるの。きっと、時間をかければかけるほど、わたしはお母様との約束を忘れてちゃう。今の生活に慣れて、手放したくなくなって、帝国に行くことすら嫌になっちゃうと思うの」
リリエッタは手のひらを広げ、そこにある証の紋を見つめた。
「今しかない。自分の意思で納得できるとしたら、この今しか。だから」
リリエッタは選択できなかった。
それでも決意を込めた目で俺のことを見て、深々と頭を下げた。
「お願い、お兄様。わたしも帝国に連れて行ってください。お母様と幼いわたしが憧れた場所がどういうところなのか、この眼で確かめたいの」
「それは皇族に戻るって意味じゃなくて、純粋に帝国に行ってみたいってことか?」
「うん。わたしは話だけで、実際に帝国って国を見たことがないから」
「たしかにな」
判断材料のひとつとするなら、帝国まで行ってみるのも手ではある。
本来なら別のタイミングで行った方がいいのだろうが、リリエッタにとっては今俺と一緒に行くのが大事なのだろう。俺が皇族に潜入する間はカインズさんに面倒を見てもらうことになるから、彼の許可を取る必要はあるが、おそらく否とはいわないだろう。
「システィー先輩はどう思う?」
「いいんじゃないかな。ある意味、リリエッタのお母様との約束もそれで果たしたことになるんだし」
リリエッタに残ってほしい先輩としては、それで里心がつくのは困るが、それ以上に母親との約束を果たせないまま放置する方が心残りになると考えたのだろう。
「ちなみに、私も一緒に行きたいって言ったらどうする?」
「システィー先輩は目立ちすぎるからダメ。俺やリリエッタと違って、先輩は帝国関係者に顔と名前が知られてるって話なんだろ?」
「だよねー。私が付いて行ったら、こっそりなんて無理だよね」
「ああ。俺が王国にいたって情報も、できれば知られたくない。あくまでも帝都に行って、そこで名乗りをあげるつもりだから」
ユーヴェインとゼルクトの街で顔を合わせている以上、無駄な努力かもしれないが、少しでも俺のことを探られる可能性は低くしたい。帝国に近い領地を持つゼルクト伯爵の最強の剣だった先輩は、どうがんばっても連れていけなかった。
だから連れて行くのは、リリエッタだけだ。
「わかった。リリエッタ。一緒に帝国まで行こう」
「ありがとう、お兄様」
「そうなっちゃったかぁ。あ~あ、滞在期間も考えると、二カ月は最低リリエッタと会えないのかぁ。一緒に暮らすことができた期間よりも長くなっちゃうなぁ」
「ごめんね、お姉様」
寂しそうにぼやくシスティー先輩に、リリエッタが頭を下げる。
そんな最愛の妹の姿を見て、システィー先輩は困ったように笑い、それから飛びついて抱きしめた。
「いいよ。お姉様、待つのは得意だから。リリエッタが帰ってきてくれるの、ここで待ってる。ここがリリエッタの家なんだからね?」
「うん。必ず帰ってくるね、お姉様」
「にひひ、約束だからね」
システィー先輩は俺とリリエッタの顔を見て、それから少しだけ早い見送りの言葉を口にした。
「ドラちゃん。リリエッタ。行ってらっしゃい。気を付けてね」