分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第81話  いざ帝国へ

「はじめまして。リリエッタ、です」

 

「はじめまして、リリエッタさん。あたしはパトリシアっていいます」

 

 ぺこぺこと頭を下げて、パトリシアはリリエッタにあいさつする。

 

「ふへ、可愛い子ですねぇ。これは守り甲斐があるってものです。あ、フィアーさんも負けてませんよ。守り甲斐ばっちりです。でも勘違いしないでくださいね。あたしは別に守る相手を顔で判断してるとかはないので。どんな人でもお仕事ならばっちりくっきり守っちゃいますから!」

 

「パトリシア。あいさつはそのあたりにして、荷物を積み込むのを手伝いなさい」

 

「任せてください! しばらく休んだ分、今日からバリバリ働きますよ!」

 

 忙しない動きでパトリシアが馬車へと荷物を積み込んでいく。

 

 彼女を見送ったリリエッタは、目を白黒させていた。

 

「びっくりした。すごくお話好きな人なんだね」

 

「落ち着きがないともいうけどな」

 

 しかしながら、あの年齢でシルバーランクというのは普通にすごいことだ。娘であっても忖度しないであろうクインシアさんが褒めていたくらいなので、あれで実力は確かなのだろう。

 

 荷物を馬車に積み込んだところで、俺は御者席に、リリエッタは馬車の中に用意された座席に座る。クインシアさんとパトリシアは、それぞれ自前の馬に乗って並走するそうだ。

 

「じゃあ出発しようか」

 

 全員にそう告げる。

 

 本体の俺、セリカとシスティー先輩との別れは、すでに家の前で済ませている。準備が完了したところで、御者席に腰かけたカインズさんが馬車を出発させた。

 

 さて。

 

 今回の旅だが、片道三週間以上の長旅になる予定だった。

 

 一番安全なルートということで、できるかぎり王国領内を通って、帝都に一番近い地点から帝国入りするルートを選んでいる。ゼルクトの街に隣接する山を越えるルートもあり、そこを全力で馬を走らせれば半分以下の時間で到着するそうだが、そこまで急ぎの旅というわけではないので安全重視だ。

 

 まだまだ帝国の長い手が俺の情報に届くまでには時間がある。たとえ一カ月以上かかったとしても問題ないように旅程は組まれていた。

 

 この旅の一番の問題となるのは、帝国領内に入るところらしい。

 

 一週間は先になる予定なのだが、正式なルートから帝国へ入ろうと思うと国境に用意された検問所を通過する必要があるそうだ。

 

 今回俺とリリエッタは、カインズさんの商売を手伝う丁稚という設定で旅をする。クインシアさんとパトリシアはその護衛。つまりこれはカインズさんの商隊というわけだ。

 

 商人を遮る国境線はないので、検問も問題なく通過できると思われるが、レオンハルトがもしも俺の姿絵をばらまいて網を張っていた場合、検問所で止められる可能性はあった。一度だけとはいえ何気に顔を見られているからな。

 

 ただ、コルニ村への調べ方を見るかぎり、レオンハルトは裏で手を回して密かに調査をしているようなので、おそらくこの可能性は低いとのことだ。簒奪者が死ぬまでにどこまでなにを話したかはわからないが、あくまでユーヴェイン陣営はその情報を独り占めしようと企んでいる。

 

 別に犯罪者というわけでもないのだから、秘密裏に出発し、けれど堂々と帝国入りしようということになった。

 

 万が一、検問所で引っかかった場合は強行突破か撤退かになってしまうのだが。

 

 まあ、今から低い可能性を心配してもしょうがない。

 

 どちらにせよ、今日から一週間は王国の領内を旅することになる。

 

 俺としても、ゼルクトの街を遠く離れるのはこれが初めてのことだ。セリカと一緒にナリン村などの近場の村へクエストに行ったことは何度かあるが、他の大きな街へ足を延ばすのは正真正銘初めてだ。

 

 せっかくなので楽しんでいこうと思う。

 

 あとこれから先も旅をすることはあるだろうから、旅慣れた三人からできるかぎり旅の方法について学ぶとしよう。馬車の扱い方も覚えたいな。

 

「お兄様。わたしもそっちに行っていい?」

 

 同じことをリリエッタも考えたのか、出発してすぐ馬車の中からそう聞いてきた。

 

「もちろん。隣に来な。風が気持ちいいぞ」

 

「うん」

 

 馬車の前面の扉を開き、リリエッタが御者席へとやってくる。

 

 足場はしっかりとしているが、揺れる馬車の上だ。転んだりしないように手を差し出す。

 

 リリエッタはぎゅっと俺の手を握って、そのまま隣の席へとやってきた。

 

 馬車はアルフィリアさんが奮発してくれたのか、二頭立ての立派な箱馬車だった。御者席はクッション張りになっていて、カインズさんも含め、大人一人子供二人で並んでもまだ余裕がある。

 

 リリエッタは目の前で揺れる馬の尻尾を、興味深そうに眺めた。

 

「リリエッタは馬に乗ったことあるか?」

 

「ううん、ないよ。お兄様は?」

 

「俺もだ。せっかくだし、どこかで一度乗ってみたいな」

 

「わたしも、ちょっと興味ある」

 

「馬具は用意してますから行けますよ。とはいえ、馬も休ませてあげないといけませんから、休憩中に乗せるみたいなことはあまりできませんが」

 

 横で俺たちの話を聞いていたカインズさんがそう言えば、パトリシアが馬車に馬を近づけてきた。

 

「だったら、あたしの馬に乗りますか? あたしの馬、ノッポさんっていうんですけど、二人で乗っても大丈夫なくらい丈夫な馬ですよ。気性も穏やかなので、素人さんにもオススメです」

 

「だってさ、リリエッタ。お言葉に甘えてみるか?」

 

「いいの?」

 

「どうぞどうぞ、あたしの腕の中でよければ来てください。一人で馬を走らせてると退屈なので、一緒におしゃべりしましょう」

 

 ほにゃっとした気の抜けるような笑みで、パトリシアはリリエッタを誘う。

 

 彼女の馬はたしかに立派な馬だった。巧みに手綱を操っているし、任せても問題ないだろう。

 

「それじゃあ、どこかでリリエッタの面倒をお願いしてもらおうか」

 

「合点です。その次はフィアーさんですかね。それとも、お母さんに乗せてもらいます?」

 

「クインシアさんに?」

 

 ありだな。パトリシアと違って、義務的なこと以外まったく話せてないし、最初のうちにコミュニケーションを取っておきたい。

 

「じゃあお願いしようかな」

 

「えっ? 自分で言っておいてなんですが、フィアーさん物好きですねぇ。きっと地獄みたいな空気になりますよ?」

 

「パトリシア。聞こえてますよ」

 

「なんでもないでーす」

 

 パトリシアがへたくそな口笛を吹きつつ、馬車から遠ざかる。

 

 代わりにクインシアさんが近くに寄って来た。割と軽装な娘とは違い、全身を白銀の甲冑で覆い隠し、頭にもフルフェイスの兜をかぶっている。

 

「フィアー様。私は構いませんが、もし戦闘などになれば巻き込まれる恐れはありますので、長くは乗せられませんよ」

 

「それでも大丈夫です。ちょっと体験してみたいだけですから」

 

「そうですか。承りました」

 

 クインシアさんはやや戸惑った様子で返事をしたあと馬を離した。

 

 ……自分で言っておいてあれだが、あとであの人と一緒に相乗りするのか。大丈夫だろうか?

 

「お母さん、前方」

 

 そのとき、パトリシアがクインシアさんに声をかけた。

 

「出ましたか」

 

 クインシアさんはそう言うが早いか、馬車の前へと馬を走らせた。

 

 その手には銀の槍が握られている。見れば、馬車の前方にモンスターの影があった。

 

 ゼルクトの街の周辺だもんな。モンスターも出るか。

 

「お兄様」

 

 リリエッタが俺の腕を震える手でつかむ。

 

「大丈夫だよ」

 

 俺はリリエッタに優しく声をかけた。

 

 そう、問題はない。カインズさんはモンスターを確認しても馬車を止めようとはしなかった。

 

「フィアーさん。早速、銀翼のクインシアの槍捌きが見えますよ」

 

 むしろ、どこか面白そうな様子だった。

 

 ゴールドランクの冒険者。それは冒険者全体の一パーセントにも満たない強者の中の強者だ。長く続けていればなれるものではないそこまで昇格したクインシアさんが、只者であるはずもなかった。

 

 人馬一体となってモンスターに走り寄ったクインシアさんは、馬上で槍を閃かせる。槍の一振りで迫ってきていた人型のモンスター、オーガの身体を易々と切り裂いて見せた。

 

 返す刃で取り巻きのモンスターを、蹂躙するかのように薙ぎ払う。

 

 返り血一滴浴びることなく、クインシアさんは鎧袖一触とばかりにモンスターを片付けてしまった。

 

 彼女は周囲を一度ぐるりと確認したあと、こちらに戻ってくる。

 

「モンスターを掃討しました。素材の剥ぎとりはされますか? 私の槍で倒したモンスターはアンデッド化しないので、放置しても問題はありませんが」

 

「オーガの肉か。筋張ってるし、クセが強くて美味しくないんだよな」

 

「モンスターの肉を食べるのは、あまりよいとはいえませんよ」

 

 苦言を呈される。クインシアさんはモンスターの食肉には否定派らしい。

 

 俺も最初は苦手意識があったが、獣系のモンスターの肉は普通に美味しいし、庶民でも気軽に手に入る肉はモンスターの肉くらいなので、いつのまにか慣れてしまったんだよな。

 

 まあ、ゴールドランクの冒険者なら、畜産された動物の肉も手に入るだろうし、クインシアさんの考えを否定するつもりもないが。

 

 どちらにせよ、わざわざ馬車を止めるほどのことでもないか。

 

「じゃあ、剥ぎ取るのはなしということで」

 

「待ってください」

 

 そう思っていたら、馬車を守るような位置取りをしていたパトリシアが話に割り込んでくる。

 

「オーガの肉はたくさんの香辛料と一緒に長時間煮込むと、ぷるぷるほろほろになってとっても美味しいんですよ。帝国では偶に食べられる食材です。是非とも確保していきましょう」

 

「パトリシア。悪食はほどほどにしなさい」

 

「違いますよぅ。この口と胃袋をもって、悪しきモンスターをこの世から抹消しているんです。これは尊い行いなんです」

 

「はあ……とにかく、素材の剥ぎとりはしないということでいいですね?」

 

「ええはい」

 

 ちょっとだけパトリシアの言葉に興味は出たが、旅の中で長時間煮込んだりなんてできないしな。

 

「ああ、あたしのオーガシチュー……」

 

 パトリシアが残念そうに倒した死体を見送る。

 

 しかしすぐに切り替えたのか、パトリシアは笑顔で母親に話しかけた。

 

「オーガの死体を見ていたらお腹が空きました。お母さん、今日のお昼ご飯はなんですか?」

 

「あれ? パトリシアは昼も食べるんだ?」

 

「はい。帝国ではお昼も食べますよ。王国では基本的に朝夜の二食なんでしたっけ?」

 

「冒険者とかは昼も食べたりはするけど、だいたいはそうかな」

 

「はー、それでよく夜までお腹が持ちますねぇ。あたしだったら、お腹がぐーぐー鳴ってしまいますよ」

 

 その言葉のあとに、タイミングよく彼女のお腹が鳴る。

 

 パトリシアはなぜかドヤ顔を浮かべた。

 

「ほら」

 

「パトリシアは昼ご飯抜きにしましょう」

 

 代わりにクインシアさんが、恥ずかしそうに頬を染めてそう告げたのだった。

 

 

 

 

 

 そんな感じでお調子者なパトリシアだったが、戦いになるとすごかった。

 

「いきますよー」

 

 彼女の得物は弓で、馬上から遭遇したモンスターに射かける。

 遠距離にもかかわらず、彼女が放った矢はまっすぐ飛んでいき、迫っていたモンスターの額を射抜いた。

 

 続けざまに矢を放てば、すべて狙いたがわずモンスターの頭に突き刺さる。揺れる馬上でこの命中精度、すさまじいというしかない。

 

「すごいな」

 

「うん、すごい」

 

 思わず、リリエッタと一緒になって拍手してしまう。

 

「いやぁ、それほどでもありますかね。ちなみに、こんなこともできますよ」

 

 パトリシアは得意気な顔になり、おもむろに空に向かって矢を放った。

 放物線を描き、頭上から遠方の敵に突き刺さる。風の動きすら読んだ神業だ。

 

「さらに、こんなことも」

 

 パトリシアは今度は五本の矢を取り出し、それをまとめて一射で放つ。

 

 五つの矢はそれぞれ別の射線を描き、ターゲットの頭や胸などの急所に突き刺さる。身体から五つの矢を生やし、モンスターは絶命した。

 

「さらにさらに!」

 

「パトリシア。無駄に撃ちすぎです」

 

 クインシアさんがパトリシアを止める。

 

「あなたが仕留めると、矢を回収する手間を取られるのですから、必要最低限にしなさい」

 

「あ、はい」

 

 しゅんとパトリシアは肩を落とす。そうだよな。矢はどうしても残弾があるから、旅の中では死体から回収しないといけないよな。

 

 けっこうな団体でやってきたモンスターの残りを、クインシアさんが手早く片付ける。結局、俺などは手伝う必要もなく、二人だけでモンスターを倒してしまった。

 

「時間も時間ですし、今日はこのあたりで野宿といきましょうか」

 

 カインズさんが矢の生えた死体を見て提案する。たしかに、どうせ立ち止まって矢を回収するのなら、少し早いがここらで野宿しても問題ないだろう。

 

「じゃあ、俺も矢の回収を手伝うか」

 

「お兄様が手伝うならわたしも手伝う」

 

「お二人ともお優しい。うぅ、お母さんにも見習わせたい」

 

 クインシアさんは娘の言葉を無視して、さっさと野営の準備を始めた。

 手慣れた様子で馬車から荷物をおろし、火をおこして夕食の支度を整えていく。

 

 銀翼は護衛として雇われたが、野宿に際してはこうして手伝ってくれる約束をしていた。旅の半分くらいは、どうしても宿場町に辿り着けず、こうして一緒に火を囲んで夜を過ごすことになるからだ。カインズさんも誰に指示されるまでもなく、別の支度にとりかかる。

 

 いずれ俺たちも野宿のやり方を覚えないといけないだろうが、今日はパトリシアを手伝うことにする。

 

「じゃあ、矢を抜くついでにお肉にできそうなモンスターは捌いてしまいましょう。フィアーさん、リリエッタさん、解体の経験はありますか?」

 

「俺は何度か」

 

「わたしはないよ」

 

「では、リリエッタさんはあたしと一緒にやりましょう。な~に、慣れてしまえば簡単なものです。あ、血とかは大丈夫ですか? 慣れてない人はけっこう臭いとかで吐いちゃったりしますが」

 

「大丈夫。人間の死体の片付けなら何度もしたことあるから」

 

「そ、そうなんですか。あたしはそっちの経験はないです。あ、リリエッタさんはそっちを持ってもらっていいですか。血抜きしたいので」

 

「こう?」

 

「そうですそうです。いい感じです。リリエッタさんは才能があります。よっ、剥ぎ取り名人!」

 

 パトリシアが淀みなく獣型のモンスターをさばいていく。リリエッタも見様見真似でその手伝いをしていた。

 

「リリエッタさんは何歳なんですか? あたしは十四歳です」

 

「わたしは十一歳。この前誕生日だった」

 

「それはおめでとうございます。ですが、こんなに年の近い方と旅をするのは、何気に初めてかもしれませんね。ただ、その年齢で旅は辛いと思いますので、なにか困ったことがあったらすぐあたしに言ってくださいね?」

 

「大丈夫だよ。それにお兄様の方が若いし」

 

「そうなんですね。あれ? お兄様なのでは?」

 

「そうだよ。お兄様がお兄様なのは当たり前のことだよ。なにを言ってるの?」

 

「あ、はい。すみませんでした」

 

 作業する間も、パトリシアは矢継ぎ早に話を振っていた。

 

 リリエッタは相変わらずの無表情で返答も短いが、パトリシアは気にした様子もなく話し続けている。何気に相性がいいのかもしれない。友達になれるかも。

 

 リリエッタにはこれまでそういう相手はいなかったし、旅の間だけになってしまうかもしれないが、パトリシアが仲良くしてくれるのは嬉しいことだ。積極的に二人にしてみるのもいいかもしれない。

 

「このモンスターの心臓は新鮮だと抜群に美味しいんですよ。あとで焼いて一緒に食べましょうね」

 

「うん」

 

 背景は百合の花どころか、血と臓物で真っ赤に染まってますけどね。

 

 

 

 

 

「じゃじゃーん! パトリシアちゃん特製、モンスターの内臓シチュー~毒消しパンを添えて~です。美味しいですよ」

 

「もう名前からして美味しそうじゃないんだよ」

 

 大鍋の蓋をあけて紹介するパトリシアに、ついついツッコミを入れてしまう。

 

「フィアーさん。よいツッコミですね。いやぁ、ネタを仕込んだ甲斐があります」

 

「こいつめ」

 

 芸人か。

 

「まあ、偶々持ってきていたパンが毒消し効果もあるハーブを練りこんであっただけなんですけどね。シチュー自体に毒なんてありません」

 

 でもモンスターの内臓なんだよな。見た目は美味しそうなんだけど、響きがあまりよくない。

 

 クインシアさんなんて一瞥もせずに、あらかじめ用意してあったパンと干し肉をかじっている。断固としてモンスターの肉は食べるつもりがないようだ。

 

「他にも新鮮な部位で串焼きなんかもこしらえてみました。どうぞご賞味ください」

 

 焚火にあてて炙っていた肉の串焼きに岩塩を削って振りかけたものを、パトリシアが笑顔で差し出してくる。

 

 匂いはとてもよい。滴り落ちる脂が美味しそうだ。

 

「ではあたしも。はぐもぐむぐっ……おいひ~でふ」

 

 パトリシアは串焼きにかぶりつくと、なんとも幸せそうに頬をゆるめる。

 

 それを見て、俺も肉に口をつけた。

 

 うん。美味しい。血生臭さもないし、塩気もいい感じだ。俺が大人だったらお酒がほしくなる味だな。

 

「美味いなこれ」

 

「それはなによりです。リリエッタさんはいかがですか?」

 

「美味しいよ」

 

 俺の隣でリリエッタも串焼きに夢中だった。

 

 前に比べたら食事のマナーなども気を付けてくれているのだが、こうやって串焼きを食べるのは初めてなので、口の周りを汚してしまっている。

 

 俺がハンカチを取り出す前に、リリエッタの口元を拭く手があった。

 

「汚れてしまっていますよ。落ち着いて食べてください」

 

 クインシアさんだった。優しい手つきでリリエッタの口元を拭ってくれる。

 

「ありがとう」

 

「お気になさらず。癖のようなものです」

 

 クインシアさんは横の娘を見る。口いっぱいにお肉を頬張っているパトリシア。たしかに、このご飯大好き娘を育てていたら、口元を拭うのも癖になってしまうかもしれない。

 

「しかしお二人とも、さすがの腕前ですね」

 

 シチューをしみじみとすすっていたカインズさんが、銀翼の二人に話しかけた。

 

「モンスターに馬車へ接近することすら許さないとは。お陰で速度を緩める必要もなく、明日には次の街に到着できそうです」

 

「それは重畳です」

 

「ふっふっふ。アーチャーが敵の接近を許してはやっていられませんからね」

 

 クインシアさんはランサー。

 パトリシアはアーチャー。

 

 それぞれ騎乗兵で自らの得物を自在に扱っていた。

 

 基本的に馬に騎乗しての戦闘は難しいと聞いている。特に弓なんて両手で使うものだから、足だけで馬に身体を固定し、なおかつ操らないといけない。相当な練度だろう。

 

「馬に乗って戦うのって難しくないですか?」

 

「たしかに、最初は全然的に当たりませんでしたね。ですが、今となってはずずいのずいですよ」

 

「私は馬上でも戦えるというだけで、どちらかというと地上での戦いの方が得意ではあるのですが」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。そういうスキルなので」

 

 スキル。教会関係者と聞いたときから予想していたが、やはりというか、クインシアさんはスキル持ちらしい。

 

「あれ? お母さん、スキルのこと言っちゃっていいんですか?」

 

「具体的な内容まで説明するつもりはありませんが、持っていることくらいは伝えても問題ないでしょう。この方々は教会と関わりのある方々ですから」

 

「なるほど。あ、ちなみにあたしもスキル持ちです。お母さんと違ってそんなすごいスキルじゃありませんが」

 

 ひょいと手をまっすぐあげてパトリシアが教えてくれる。親子そろってなのか。

 

 う~ん。スキル持ちは珍しいはずなのに、この場の半分以上が持っているよ。

 

 何気にカインズさんも持ってそうなんだよな。これまで一切戦うところを見たことはないし、その素振りすら感じさせないが、あのアルフィリアさんがわざわざ六聖である俺のところに派遣してきた人物なのだ。情報収集だけではなく、俺の護衛も兼ねている可能性が出てきている。

 

 そうなると、逆にスキルを持っていないのはリリエッタだけという話になるのだが……。

 

「スキル……」

 

 リリエッタはなんとも言えない表情でそうつぶやいた。

 

 スキルがないことで皇帝に捨てられた身としては、スキルに対して思うことはあるのだろう。

 

「あれ? もしかしてリリエッタさん、スキルが欲しい人ですか?」

 

 触れづらい話題に果敢に斬りこんでいくのはパトリシアだった。

 

 リリエッタは珍しくむっとした表情を彼女に向ける。

 

「スキルが欲しくない人なんていないと思う」

 

「それもそうですね。あたしもスキルがあったからこそ、今の立場があるわけですし。いやぁ、スキルがあってよかったよかった。あ、そんなことよりこのシチューには別の顔があってですね。パンをひたしてチーズを振りかければ、なんと突然のチーズグラタン風に早変わりなのです!」

 

 すごいな。台詞だけ聞くと煽っているようにしか聞こえないのに、パトリシアが言うと悪意の欠片も感じさせない。途中から食事に気を取られているし。

 

 リリエッタもぺかーんとした笑顔に毒気が抜かれたようで、パトリシアが差し出したシチューグラタンを受け取り、口をつける。

 

「あ、美味しい」

 

「えへん。当然です。なにせあたしは旅の料理名人を自称してますからね」

 

 大きな胸をはって自画自賛するパトリシア。

 

「皆さんもたくさんおかわりしてくださいね!」

 

 よくも悪くも裏表のない、まさに旅のムードメーカーな少女であった。

 

 

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