分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
気が付くと、パトリシアと仲良くなっている自分がいた。
「フィアーさん。フィアーさん。知っていますか? 次の街は名物料理がありまして。肉料理なんですけど、一緒に買って食べてしゅわしゅわした飲み物で優勝しませんか?」
「しゅわしゅわ? 俺、酒はちょっと」
「お酒じゃありませんよ。しゅわしゅわとした不思議な飲み物です。ああでも、パンに挟んで食べても美味しいですよ! タレがすごいんですタレが!」
人懐っこい笑顔で話しかけてきては、聞いてもいないことをあれこれと教えてくれる。護衛とは思えない距離感で、宿場町に入るたびに観光案内やら名物紹介やらを俺とリリエッタにしてくれるのだった。
お陰で王国領を出る頃には友達といってもいい関係値になってしまった。
しかしそれでも、俺としては一定の距離を心掛けていた。
帝都で自分がすることを思えば、あまり仲良くなるのは憚られたからだ。
銀翼は帝都までの護衛役で、滞在中とリリエッタの帰り道の護衛は別の者が担当する手はずになっている。つまり銀翼の二人はそのまま帝都に残るのだ。
死んだあと俺の死が公表されるかどうかは定かではないが、普通に考えて自分が護衛してきた人間が死んだと聞かされたらショックだろう。あまり仲良くなるべきではなかった。
代わりといってはなんだが、リリエッタとパトリシアの距離は俺以上に縮まっていた。
「リリちゃん。お馬さんは怖がる必要はありません。友達です。友達と思うんです」
「パトちゃんみたいに?」
「そうですそうです。あたしにそうするように接するのです」
「えい」
「手荒な真似を!? それがリリちゃんの愛情表現だというのですか!?」
「? パトちゃんは喜んでくれたよ?」
「それはもう、いつだってあたしはツッコミ役を求めてますからね。あと、雑な扱いをされると距離が縮まったみたいで嬉しくありません?」
「わたしは大事にされたいよ?」
「ふっふっふ。リリちゃんはまだまだお子様ですね。まあ、お馬さんは繊細な生き物なので、それくらい優しくしてあげた方がいいのですが。そうそう、そんな感じで丁寧にお世話をしてあげてください。パトちゃんとの約束です」
「わかった。こう?」
「いい感じです。ノッポさんも気持ちよさそうな顔をしていますよ。こんな美少女二人にお世話されて、いいご身分ですねうりゃうりゃ」
「うりゃうりゃ」
本当にずいぶんと仲良くなった。
一緒に馬のお世話をしている二人を横目で見て、俺はそんなことを思う。
いつの間にかお互いのことを愛称で呼んでいるし、すでにシスティーお姉様との距離感は超えたといっても過言ではないだろう。下手をしたら、俺よりもリリエッタと仲良しなのでは。ちょっとジェラシー。
「……あまり護衛対象と仲良くなるべきではないと言っているのですがね」
同じ火を囲んだクインシアさんが、娘の様子を見て溜息を吐く。
「厳しく育てたはずなのですが、あんなにも能天気な性格になってしまって。あれはおそらく天性のものでしょう」
「いいじゃないですか。よくも悪くも、相手の懐に入り込める技能は冒険者としては必要だと思います」
「たしかに、稀に他のパーティーと連携するときはあの性格に助けられている部分はあります。私は得意ではないので」
だろうなぁ。
ただまあ、クインシアさんもクインシアさんで、第一印象のときほどお堅いイメージはなくなった。
俺を自分の馬に乗せて馬術を教えてくれたし、旅で気を付けることなんかも聞けば丁寧に教えてくれた。今は良くも悪くも真面目な先生、という感じだ。
そんなある意味では正反対な親子なのだが、俺とリリエッタを気にかけてくれるところは一緒だった。
同じ護衛対象であるカインズさんとは一定の距離感を設けているのに、俺とリリエッタに対してはなにくれと面倒を見てくれる。今もクインシアさんは、寒いでしょうと言わんばかりに俺の肩に自分の上着を羽織らせてくれた。
「ありがとうございます。温かいです」
「いえ。まだ夜は冷えますからね。風邪をひいてしまっては、帝国に入る前に立ち往生することになってしまいますから」
「ふむ。あなたがそこまで子供に優しいとは、少しだけ意外ですね」
クインシアさんの俺への態度を見て、カインズさんがそうつぶやく。
「二人は知り合いなんでしたっけ?」
「クインシアさんとはこれまでも何度か仕事をご一緒させてもらっています。私もまだまだ若造なのでね。色々と助けてもらいました」
そういや、雰囲気に騙されるけど、カインズさんってまだ二十代半ばくらいなんだよな。
「じゃあ、クインシアさんはカインズさんにとって先輩みたいなものなんですね」
「先輩らしいことはなにひとつした記憶はありませんが。この方は初めて会った五年前くらいから、ずっとこんな調子ですよ」
「おや? 始めて会った頃はもっと可愛げがありませんでしたか?」
「ありませんでした。人の話をのらりくらりとかわして……私はあなたが教会関係者ということ以外、今もってなにも知らないままですよ?」
俺も俺も。
「私を先輩と尊敬するのなら、そろそろひとつくらいは自分についてなにか教えていただいてもバチは当たらないのでは?」
「ではひとつ個人情報を開示しましょう。実は私、辛いものに目がなくてですね」
「そういうことが知りたいわけではないのですが」
「カインズさん、誰に対してもこんな調子なんですね」
俺の言葉に、カインズさんは帽子で表情を隠し、肩をすくめてみせる。
「はあ……もういいです。仕事の話に移りましょう」
クインシアさんはもう一度溜息を吐くと、この先に控える帝国入りの話に移る。
ここまでの旅は順調だ。モンスターと遭遇したのも、ゼルクトの街の周辺だけの話で、あとは襲撃などもなく穏やかな旅程だった。
「明日には帝国領に入ります。その前に検問があるわけですが、問題などはございますか?」
クインシアさんに率直に尋ねられる。
要はなにかあるならあらかじめ言っておいてくれ、ということだろう。
俺とカインズさんは顔を見合わせる。
クインシアさんはゴールドランクの冒険者だ。あらかじめ俺とリリエッタが皇子皇女であることを伝えておけば、いざというときは相応に助け舟を出してくれるかもしれない。
素性を言うべきか、黙っておくべきか。
悩んでいる時点で、言うべきではないのだろう。
「そうですね。問題ないと思います」
「そうですか」
俺がそう言えば、クインシアさんはしばし俺の目を見たあと、それ以上食い下がらなかった。
「承知しました。では明日の朝は早めに出発しましょう。首尾よくいけば帝国の最初の町まで辿り着けるはずですが、検問所で時間を取られる可能性がありますし」
フラグになるようなことを言わないでほしい。なんだか俺も不安になってきた。
そのあと、パトリシアが率先して作った料理を食べて、今夜は早めに就寝することになる。
眠る場所はあらかじめ各自決められていて、カインズさんは御者席で、クインシアさんはいざというときのために馬車の外で眠っていた。大人二人は交代で見張りもやってくれている。
俺とリリエッタは馬車の中だ。見張りもなし。
パトリシアは日によって眠る場所は異なっていた。
見張りに参加するときはクインシアさんの隣で眠っているのだが、やはりまだ若く毎夜では体力が心配ということで、二日に一回は馬車の中で俺たちと一緒に眠っていた。
今夜はそんな休息日で、馬車までやってきたパトリシアはリラックスした寝間着に着替え、櫛で自分の髪をすいていた。
それをリリエッタが興味深そうに見ている。
「パトちゃんは旅の間でも髪に気を使ってるんだ」
「そうですよー。女は髪が命ですからね。まあ、今回の旅が予算豊富で、ゆったりとした旅程なのもあるのですが。いつもはもっと忙しく動き回っていて、どうしても手入れに時間を割けないこともありますし。三日連続で野宿みたいなときもざらですしね」
「ふ~ん」
「逆にリリちゃんは頓着しなさすぎでは? 街の宿に泊まっているときも髪をすいたりしませんよね?」
「あれそうなのか?」
リリエッタも櫛は持ってきているはずだ。システィー先輩が使い方を教えつつ用意していたから間違いない。
「システィー先輩にちゃんと毎日手入れするように言われてなかったか?」
「面倒」
「面倒って。いつもはシスティー先輩がやってくれてたからな」
宿場町などで泊まるときは男女で部屋を分けているので、リリエッタが手入れをさぼっているのを俺は知らなかった。このあたり、やはり奴隷だった頃の影響か、リリエッタは自分自身に無頓着なんだよなぁ。お洒落に着飾る暇があるなら、読めるようになった本を読んでいるのがリリエッタだった。
「噂のリリちゃんのお姉様ですか。ずいぶんと甘やかしていたようで。もう、仕方ないですねぇ」
パトリシアがリリエッタに近づいて、自分の櫛で髪をすき始める。
「せっかくふわふわとした素敵な髪なんですから、大事にした方がいいですよ。ほんと、雲みたいにふわふわとしていて……なんだか美味しそうです。じゅるり」
「食べないでね」
「食べませんよ。人をなんだと思ってるんですか」
食欲モンスターかな。
「リリちゃんが終わったら、フィアーさんもやってあげますからね」
「俺はいいよ」
「ダメですよ。フィアーさんもリリちゃんと一緒で、すごくいい顔に産んでもらったんですから、大事にしてください」
「と言われてもなぁ」
俺の脳裏に、自画自賛する露出狂の顔が思い浮かぶ。
たしかに顔はよかった。死んだ母さんもそうだったし、俺も将来には期待がもてるだろう。
でもなぁ。わざわざ手入れまでしたいかと言われたら。
「面倒」
「似たもの兄妹ですねぇ。ええい、問答無用です!」
「のわっ」
パトリシアにつかまり、強引に胸元へ抱きかかえられる。
後頭部が大きくて柔らかいものに包まれる。夜着ということで、下着の類はつけていないようだ。
ふかふかだ。ふかふかである。
「フィアーさんもこの機会に綺麗綺麗にしてあげますよ。ふっふっふ、前々からちょっといじってみたかったんですよねぇ」
「おぱ柔らかに、じゃなくてお手柔らかにお願いします」
俺はパトリシアを跳ねのけなかった。跳ねのけるわけがなかった。
「……お兄様」
リリエッタが自分の平らな胸を見下して、ちょっとだけ悔しそうにしていた。
リリエッタは今後きっと成長するさ、とお兄様は思うわけである。
翌日。
クインシアさんがフラグになりそうなことをつぶやいていたが、検問所は問題なく通過することができた。
素性を確認され、軽く馬車の中を検められたが、それだけだった。
どうも帝国の兵士はクインシアさんのことを知っていたらしく、他の人たちよりも時間がかからなかったように思える。
「ここが帝国か」
ずっと王国で暮らしていた俺からすると、初めての他国ということになる。
なるのだが。
「当たり前だけど、別に国境を越えた瞬間になにかが変わるわけじゃないんだよな」
検問の先には草原と一本の道があるだけだった。
「なにもない」
父親の治める国を楽しみにしていたリリエッタも、これにはちょっとがっかりの様子だった。
「半日くらい行った先に帝国の町があるらしいし、そこに期待かな」
「ノルの町ですか? あそこは王国への備えの町なので、城壁以外はあまり見るものはありませんよ? 名物も特にありませんし」
俺のつぶやきを聞いたパトリシアが、そんな夢のないことをいう。
リリエッタと一緒に、パトリシアをジト目で見る。
「あれ? もしかしてあたし、なにかやっちゃいました?」
「いや、俺たちにとっては初めての帝国だったから、ちょっとがっかりしてただけ」
コクリ、とリリエッタも頷いて同意する。
「ああなるほど、そうだったんですね。それならそうと早く言ってくださればよかったのに」
「というと?」
「あたしは逆に帝国中を旅して暮らしていた身の上ですからね。帝国のご案内は任せてください。ノルの町はなにもありませんが、その次のスィーリアの町は玄関口にあたる町ですから見所がたくさんありますよ。到着したら色々と案内してあげましょう」
「それは楽しみだ。な? リリエッタ」
「うん、楽しみ。お願いね、パトちゃん」
「任せてください!」
パトリシアはどんと大きな胸を叩くと、
「あたしの故郷を二人にも好きになってもらえるように、精一杯おもてなしをさせていただきます!」
「……つもりだったのですが」
スィーリアの町の手前で、俺たちはさっそく帝国の洗礼を浴びせられていた。
「げっへっへ。女が四人も。こりゃ、高く売れるぜ」
ナイフペロペロ盗賊が、そう言って馬車の前に立ちふさがった。
他にも彼の手下らしき一味が、六名ばかり逃げ道を塞ぐように取り囲んでいる。
「盗賊か。治安が悪いなぁ」
「うぅ、せっかく二人に帝国のことを好きになってもらう予定でしたのに」
パトリシアは弓を握りしめると、怒った様子で矢を番えた。
「容赦しません! 捕まえて衛兵に突き出して報奨金でがっぽり豪遊です!」
「そんな余裕はありませんよ」
娘の宣言に、クインシアさんが淡々と訂正を入れる。
その槍が閃くと、一番近くにいた盗賊の首を貫いていた。
「縛って連れて行くのは手間がかかります。一人を残して皆殺しにしなさい」
「はーい」
と、パトリシアは渋々頷いて、矢を放つ。
その矢は吸い込まれるように、リーダーの盗賊の額を射抜いた。
「お、おい! こいつらやばいぞ!」
「逃げろ!」
「逃がしません!」
逃げようとする盗賊の後頭部を、容赦なくパトリシアが射抜いていく。
その手前で、クインシアさんが馬を走らせ、次々に命を狩り取っていった。
当たり前のように、二人は敵に対して容赦しなかった。
「帝国は人口が多い上に、軍の兵士たちは主に帝都か国境沿いに展開されていますから」
カインズさんが馬の速度を緩めながら、軽く教えてくれる。
「内側は相応に盗賊も多いんですよ。この先、こういう機会は何度かあると思いますので、今の内に慣れておいてください」
「うわぁ」
王国領内ではモンスター以外は襲撃がなかっただけに、どうにも見比べてしまう。
リリエッタがショックを受けた様子で、つぶやいた。
「これが……帝国」