分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第83話  不可解な襲撃

「我らはグッマー盗賊団! お前たちの旅はここで終わりだ!」

 

 そう宣言してきた盗賊団の頭は、名乗りをあげただけのことはあり相応の猛者だった。

 

 パトリシアの放った矢を剣で打ち払い、死角から迫ってきたクインシアさんの槍も自らの剣で受け止めてみせる。

 

「やるじゃねえか!」

 

 無言でクインシアさんが追撃する。

 

「いいねぇ。そうこなくちゃ面白くねぇ」

 

 無言でクインシアさんが追撃する

 

「おもしろ……いや、あの、もうちょっとこう!」

 

 無言でクインシアさんが首を刎ねる。

 

 その間に、パトリシアが仲間の賊を殲滅していた。今日も今日とて鮮やかなお手並みである。

 

 それを見届けて、俺は叫ばずにはいられなかった。

 

「いや襲撃多すぎだろ!?」

 

 帝国入りしてから五日。これが都合四回目となる賊の襲撃だった。

 

 盗賊らしき六人の男たちによる襲撃は、問題なく銀翼の二人によって討伐されたわけだが、明らかに最初の襲撃者よりも強かった。リーダーの男はゴールドランクのクインシアさんと十数秒とはいえ打ち合ってみせた。

 

「これが帝国の日常なのか? だとしたら、とてもじゃないが俺はこの国では暮らしていけないんだけど」

 

「そんなわけないじゃないですかぁ」

 

 折られた矢の矢じりだけを悲しそうに拾い集めていたパトリシアが、スカスカになった矢筒を手に反論してくる。

 

「いくらなんでも明らかに異常ですよ。あたしの矢、もう残り十本くらいしか残ってないんですけど」

 

「前の町に立ち寄ったときに、多めに買い込んでおくべきでしたね」

 

 クインシアさんが槍についた血を払いながら声をかけると、パトリシアは頬を膨らませる。

 

「こんなにたくさん襲撃があるってわかってたら、あたしももっと買ってますよぅ。というか、街に入る前にも遭遇したから、念のためいつもより多めに買っておいたんです。なのにご覧の有様なわけで。あたしの矢をかわしたり跳ねのけたりするような盗賊が立て続けに襲ってくるって、こんなの生まれて初めてのことですよ」

 

「そうですね。賊に扮してはいましたが、喰い詰め者というよりは、その筋の人間という感じでした」

 

「そうそう、絶対何人かは盗賊に扮した冒険者とか傭兵ですよ」

 

「そうでしょうね。最初に捕まえた盗賊は、偶々我々を見つけただけだと言っていましたが」

 

「こう何度も続くのはおかしいですよね」

 

 二人の視線が俺に向けられる。

 クインシアさんが代表として尋ねてきた。

 

「フィアーさん。そういった輩に狙われる心当たりはありますか?」

 

「そうですね」

 

 心当たりが多すぎてわからないって言ったら、二人は怒るかな。

 

 しかしやはりというか、これはさすがに帝国であっても異常な頻度らしい。しかもただの盗賊ではないようだ。

 

 となると、狙って襲撃をされているということになる。

 

「……カインズさん」

 

「……まあ、ある程度情報を共有するしかないですね」

 

 護衛の二人から疑いの目を向けられている。彼女たちからしてみれば、よくわからない事態に巻き込まれているようなものだ。依頼を引き受けたとはいえ、事情は知りたいだろう。

 

 ただ、俺のなにを知って狙ってきたのかがわからないので説明も難しい。

 

 相手が強かったため、今回は生け捕りにすることができなかった。これではどんな思惑で襲撃を仕掛けてきたのか探ることもできない。二人にはなにをどこまで説明するべきなのか。

 

「実はこちらのフィアーさん、ちょっと訳ありなスキル持ちでして」

 

「ちょっ!?」

 

 伝えるべき内容を悩んでいると、カインズさんがおもむろに二人に告げる。

 

「内容は伏せますが、魔法みたいな攻撃を放てるスキルでしてね。前にいた場所で悪い大人に目をつけられたようでして、避難もかねての帝国入りだったのですが、もしかしたらフィアーさんを諦めきれずに追いかけてきたのかもしれません」

 

 分身スキルのことは絶対に言っちゃダメな奴ではと思ったのだが、カインズさんはそこまでは言わず、誤魔化すように偽りの説明をしたのだった。

 

「なるほど。フィアーさんもスキル持ちだったんですねぇ」

 

「聖女様からの依頼だったのでなにかあるとは思っていましたが……そうですか。スキルを狙った人さらいだった可能性があるのですか」

 

 驚きながらも納得するパトリシアと、考え込むクインシアさん。

 

「すみません。黙っていて」

 

 カインズさんに目配せされたので、俺もその設定で行くことにした。謝罪の言葉を口にすれば、パトリシアが慌てた様子をみせる。

 

「そんな、謝らないでください! あたしもスキル持ちだから、隠そうとする気持ちはよくわかります! ね? お母さん」

 

「そうですね。スキルのことを隠すのは当たり前のことです。とはいえ、この頻度での襲撃となると、よほどの相手に目をつけられたのですね。それとも、それほどまでに強力なスキルなのか」

 

 どっちも正解です。

 

「護衛するためにも、できればスキルの詳細と敵かもしれない相手の情報を知りたいところですが」

 

「それはご容赦ください。アルフィリア様からも、フィアーさんのスキルについては話してはいけないと口留めされているので。あなたなら、これでご理解いただけると思うのですが」

 

「……承知しました」

 

 カインズさんの言葉に、クインシアさんが引き下がる。

 

「ではせめてルートを変更しましょう。ここまで街道で待ち伏せされているとなると、ある程度逸れて脇道に入った方がよさそうです」

 

「襲撃の所為でだいぶ足止めされてしまってますしね。あたしもちょっと、この矢の本数は心もとないです」

 

「パトリシアが戦えなくなると、私一人では皆さんを守り切れるか怪しいでしょう。できるかぎり、襲撃は回避したいと思うのですが」

 

「そういうことでしたら、俺も戦いましょうか?」

 

「あれ? フィアーさんも戦えるんですか?」

 

 パトリシアが驚く。

 

「ある程度は」

 

「いけません。いざというときの自衛はお願いするかもしれませんが、護衛対象に矢面に立たせるわけにはいきませんので」

 

 クインシアさんに却下される。まあ、そうだよな。

 

 となると、やはりクインシアさんの提案どおり、襲撃されないように道を変えるしかないか。

 

「とりあえず、襲撃を受けたこの場で立ち止まっているのもあれですし、一度出発してしまいましょうか。私とフィアーさんで今後のことを相談しますので、しばらくはこのまま街道を行ってください」

 

「……承知しました」

 

 カインズさんがそう提案し、ひとまず街道をそのまま進むことになった。

 

 クインシアさんが馬車の前を先導するように行き、パトリシアが警戒するように馬を後ろにつける。

 

 襲撃に備えた布陣の中、俺とカインズさんは馬車の御者席で相談を始めた。

 

「この襲撃って、やっぱり俺を狙ったものでしょうか?」

 

「可能性は高いですね。銀翼は有名ではありますが、賊に狙われるような立場にはいません」

 

 となるとやはり、俺のなにが理由かということなのだが。

 

「……スキルが理由じゃないですよね」

 

「さすがに違うと思います。そこに辿り着くためのルートは、ほぼ完全に消してありますので」

 

「イライザが死ぬ前にユーヴェインに伝えていたとか?」

 

「それもありません。あれが話してれば、その時点で不思議なことが起こって聞いた者は死んでいたでしょうから」

 

「じゃあスキルじゃなくて、皇族だってことが理由になるのかな。となると、襲撃者はレオンハルトの手の者でしょうか?」

 

 どこからか俺が帝国に入ったことを察知して、彼が刺客を送ってきた。

 

「そうなると、彼――ひいては、ユーヴェインにとってあなたが邪魔だということになりますが」

 

「生きていられると困る息子ってことか」

 

 元々、素直に受け入れられるなんて思ってないが、そっちがその気ならこっちも目の前で自爆してやるよ。腕の一本くらいは覚悟しやがれ。

 

「レオンハルトの手の者だと考えるのは早計ですね。あなたに生きていられると困る人間としては、むしろユーヴェインと敵対する人間の方になるかと。後継者が存在しているというのは、割と好意的に受け止められることですからね」

 

「俺のことが他の皇族にもばれてるってことですか?」

 

「ありそうじゃありませんか?」

 

「ありそうですね」

 

 あの馬鹿皇子のことだから、レオンハルトが秘密裏に動いているのに、下手をしたら普通にばらしているかもしれない。

 

「どちらにせよ、今ある情報だけでは理由も黒幕も突き止められません。次にもし襲撃があった場合は、なんとしても賊の一人を捕まえて尋問するべきでしょう」

 

「それもあって、道を変える提案を跳ねのけたんですか?」

 

「おや? そう見えました?」

 

「はい。……もしかして、あの二人のことを疑ってるんですか?」

 

 俺は避難のため襲撃中から馬車の中に隠れていたリリエッタには聞こえないように、声を潜めてカインズさんに尋ねる。

 

「当然ですよ。あまりにも待ち伏せが多すぎます」

 

 カインズさんは悪びれもなく肯定した。

 

「我々の旅程を知っているのは、我々を除けばアルフィリア様とあの二人だけですからね。アルフィリア様が悪だくみしている可能性は完全に否定できませんが、襲撃者を伏せておける相手として、一番怪しいのは銀翼のお二人です」

 

「そうなりますよね」

 

 どこからか旅程の情報がもれたとすれば、もらした犯人がいるはずだ。現状、一番怪しいのはクインシアさんとパトリシアになる。

 

「ただ、その可能性は低く見積もっていいでしょう。クインシアさんはたとえパトリシアさんが人質に取られたとしても、教会を裏切るような真似はしない人です。前にも似たようなことはありましたが、そのときクインシアさんはパトリシアさんに『人質になるくらいなら速やかに自害なさい』と言って泣かせてましたしね」

 

「それはそれでどうなんだって話ですけど」

 

 だからこそアルフィリアさんも護衛に選んだのだろうけど、そこまでいくとクインシアさんは娘に厳しすぎる気がする。

 

「ちなみに、そんな可哀そうなパトリシアの方は?」

 

「……可能性は否定できませんね」

 

 あくまでもアルフィリアさんたちが信頼しているのはクインシアさんの方らしい。娘のパトリシアをどこまで信じていいかは、正直なところわからないようだった。

 

 個人的には信じたいのだが、俺もカインズさんも、ずっとパトリシアと一緒に行動していたわけじゃない。街で宿に泊まっていたときは、相応に自由行動も許していた。もし何者かに密告するつもりがあるなら、その猶予はあったということだ。

 

「もしかして、俺が別のスキル持ちだって風に誤魔化したのも?」

 

「皇族だという情報から意識を逸らすためですね。どうせ教会の関係者という時点で、フィアーさん、あとはリリエッタさんもですか、お二人がスキル持ちである可能性をクインシアさんなら考えているでしょうし。ならいっそのこと、次点で隠すべき情報を隠した方がいいと考えました。これで次に捕まえた賊が皇族であることを知っていれば、二人の疑いは晴れますしね」

 

「なるほど」

 

「それに、襲撃者の狙いがあなたと決まったわけでもありません」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。あなたを狙うには、刺客に選ばれた人間があまりにも貧弱でしたから」

 

 たしかに、皇族、六聖のスキル、どちらが狙いでももうちょっとマシな刺客を送り込んでくるか。

 

「なので、他に狙いがあると踏んでいます。銀翼のお二人、あるいは私がどこかでドジを踏んで恨みを買ってしまったか。あるいは……」

 

「あるいは?」

 

 カインズさんは細い目をさらに細め、縁起でもないことを口にした。

 

「これまでが様子見だったか、ですね」

 

 

 

 

 

 翌日は一日襲撃がなかった。

 

 それでも道は当初の予定からは変えることにした。やや遠回りにはなるが、奇襲されづらい地形を選んで進んでいく。それでも元々山越えの道だったため、待ち伏せされやすい区間ではあった。

 

 その日は生憎の曇り空だった。

 初春にしては冷え込んで、辺りにかすかに霧が立ち込めている。

 

 肌がピリピリとして、なんとなく気配でわかってしまった。

 

 もしも襲撃があるとすれば、きっと今このときだろうと。

 

 そんな予感が的中したのか、霧の中に五人の人影が現れる。フードを目深にかぶった屈強な男たちだ。

 

「止まりなさい!」

 

 先導していたクインシアさんが制止を呼び掛けるが、男たちは止まらない。得物を手にゆっくりと近づいてくる。

 

「問答無用ですか」

 

 クインシアさんが馬を走らせる。

 

 旅の疲れを感じさせない槍捌きで襲いかかる。その鋭い一撃を、しかし先頭に立った男が持っていた剣で防いでみせた。

 

 その隙に二人の男が左右から同時にクインシアさんに躍りかかった。

 

 クインシアさんは槍を引き、左右同時の攻撃を防いでみたが、その身体が馬ごと後ろに弾かれる。そこへすかさず、他の二名が攻撃を仕掛ける。

 

「手練れです! パトリシア!」

 

「はい!」

 

 パトリシアがすぐに援護の矢を放つが、ことごとく当たる前に叩き落とされる。それでも牽制にはなっていて、多対一でもクインシアさんは一歩も譲らず戦えている。

 

 逆にいえば、クインシアさんとパトリシアの二人がかりでようやく足止めできる敵というわけだ。

 

 俺は剣を引き抜いた。

 

 これまでの襲撃がこちらの力量を見極めるためのものだったのなら、この程度で終わるわけがない。

 

 霧の奥から、さらに追加の襲撃者が現れる。これで敵の数は八人になった。

 

「かなり用意された襲撃ですね」

 

 カインズさんも警戒した眼差しを周囲に注いでいる。

 

「リリエッタさん。私のそばへ」

 

「う、うん」

 

 カインズさんがリリエッタを馬車の中ではなく、御者席のすぐ横に招く。

 

「いざというときは馬車を捨て、馬だけで脱出します。フィアーさん、最悪はよろしいですね?」

 

「ええ、俺は置いて行ってもらって構いません。リリエッタを優先してください」

 

 俺は分身だ。最悪、死んでも構わない。優先すべきはリリエッタの方だ。

 

「それに、俺には奥の手がありますから」

 

 俺は本体から持たされていたデスシードを取り出し、いつでも飲み込めるように剣を握る方とは別の手に用意しておく。

 

「デスシードですか。使うのはクインシアさんが倒れてからにしてくださいね」

 

 当たり前のように俺の奥の手を把握していたカインズさんがそう言った。

 

「あの程度であれば、銀翼の勝利は揺るぎませんので」

 

 その言葉のとおり、増援を確認したクインシアさんが動いた。

 

 馬から飛び降りて、地面に直接降り立つ。

 

「馬鹿め! 高所の有利を捨てるとは!」

 

 襲撃者の一人がクインシアさんの判断を嗤う。だが彼女は言っていた。自分は白兵戦の方が得意だと。

 

 そういうスキルであると。

 

「銀翼の異名を見せてあげましょう」

 

 クインシアさんは槍を地面に突き立て、自身のスキルを行使した。

 

 彼女の槍、そして全身を包んでいた銀の鎧が溶けたかと思うと、液体のように蠢いて周囲の敵を斬り刻み始めた。

 

「なっ!?」

 

「スキルだと!?」

 

「だが鎧を自ら脱ぎ捨てたなら!」

 

「届きませんよ」

 

 乾坤一擲を狙って捨て身で襲いかかろうとした敵の攻撃は、すぐさま形状を変化させた銀の盾によってはばまれる。

 

 敵の刃を弾いたあと、盾の表面が波打ち、そこから生えた棘が敵の身体を穴だらけにする。

 

「これは、銀を操っているのか!?」

 

「そう、それが私の操銀スキルです」

 

 クインシアさんの周囲に、液体となった銀が渦を巻く。

 それは刃に棘に、そして盾となって四方からの攻撃すべてを跳ねのけてみせた。

 

 銀を個体から液体まで自在に変化させて操るスキル。単純と言えば単純だが、銀は金属だ。その一撃は重く、なおかつ一度にひとつの形状しか取れないわけではないようだった。

 

 一部を盾として敵の攻撃を防ぐのに使いながら、一部を鞭のようにしならせて敵を粉砕する。いうなれば、どんな形にも変形できる金属の触手を何本も操っているようなものである。

 

 傍目から見たその戦い様は、さながら背中から生えた銀の翼を縦横無尽に振りかざしているかのようだった。

 

 ゆえに、銀翼。パトリシアと組むまではたった一人で戦い、そして単独でゴールドランクまで登りつめたクインシアさんの、攻防一体のスキルであった。

 

「ふっ、これは勝ちましたね」

 

 早くも勝利を確信したパトリシアが、矢を番えつつ宣言する。

 

「お母さんがスキルを出して勝てなかったのは、同じスキル持ちの相手だけでしたからね」

 

「であれば、吾輩の出番だな」

 

 霧の向こうからさらに一人の男が現れた。やせぎすの骸骨みたいな男で、これまでの者たちよりも立派な鎧を身にまとっている。

 

 男がおもむろに両手を地面につけた。

 すると地面がうねり始め、泥の鞭となってクインシアさんに襲いかかる。

 

「魔法? いえ、これは……!?」

 

 銀で迎え撃ちつつ、クインシアさんは男が詠唱をしていなかったことに気付く。

 

「左様。これは吾輩のスキルよ」

 

 男が触れた地面は泥状に変化していた。触れた箇所を泥に変え、それを操るスキル。形は違えど、クインシアさんと似たようなスキルだった。

 

 男とクインシアさんは同時に、スキルで作った鞭を振るう。

 二人の間で何度も何度もぶつかり合い、その度に泥と銀が周囲に飛び散る。

 

 やはり金属なだけあって、威力も鋭さもクインシアさんの方が上だった。しかし男の操っているのは泥、ひいては地面である。物量は男の方が上で、クインシアさんの一撃に手数をもって迎撃している。

 

「ちょちょちょ、スキルです! スキルを使ってますよあの男!」

 

 馬車の近くまでやってきたパトリシアが、慌てた様子で声をかけてくる。

 

「なんでスキルなんて使ってくるんですか? スキルがあれば盗賊なんてやらなくても他につける仕事なんて山とあるじゃないですか? しかも結構な強スキルですよあれ。なんなら帝国軍でも通用するんじゃないですか? なんでこんなところで賊なんてやってるんですか?」

 

「俺に言われても困る」

 

 だがパトリシアの焦りも仕方がなかった。

 

 明らかに男の実力は他の刺客に比べても一回りも二回りも上だった。あのクインシアさんと完全に互角に戦っている。

 

 そして敵は男だけではない。倒れ伏した仲間の死体を踏み越えて、深い霧の奥からさらに現れる。

 

「ああもう、こうも霧が濃いとさすがに矢では狙えませんよ! いえもう矢はないんですけど!」

 

 どうして馬車までやってきたかと思えば、パトリシアは矢を使い果たしてしまったらしい。申し訳程度にショートソードを構えているが、弓に比べれば構えからして不格好だった。

 

「パトリシア、剣の腕は?」

 

「軽く嗜んだ程度です。この若さで、そういくつもの武器を平行して熟練度なんて上げられませんよ。襲いかかってきたら肉壁になるくらいしかできませんから、そう思っておいてくださいね!」

 

 悲痛な、しかし責任を果たそうとする切実な叫びだった。

 

 眼前では、クインシアさんが馬車に敵を近づけまいと、泥を操る男と戦いながら、横を通り抜けようとする敵をスキルで切り裂いている。代わりに男のスキルによる攻撃を避けきれず、その身体は青あざとともに泥で汚れてしまっていた。

 

「パトリシア! 皆さんを逃がすことはできますか!?」

 

「無理です! これ、周囲を完全に囲まれてます!」

 

「なら気張りなさい! 命に代えて皆さんをお守りするのです!」

 

「了解です! お母さんも死ぬ気で敵を喰い止めてくださいね!」

 

 二人は護衛として、全力で仕事を全うしようとしてくれている。

 

 やはりこの二人が裏切っているとは思えない。

 

「カインズさん、すみません。デスシードを使いますので、リリエッタをお願いします」

 

「わかりました。ご武運を」

 

 カインズさんに声をかけ、俺は御者席から下りようとする。

 

「ちょちょちょ、フィアーさん危ないので馬車から離れないでください! ていうか今、デスシードを使うとか言ってませんでした? 言ってましたよね? デスシードって超やばやばなマジックアイテムだったと記憶しているのですが!」

 

「物知りだな、パトリシア。そのとおりだ」

 

 俺は手のひらの待機状態のデスシードを見せる。

 

 資料かなにかで知っていたのか、パトリシアはひゅっと息をのんだ。

 

「ダメ、それはダメです。使えば死ぬマジックアイテムなんて、使わせるわけにはいきません!」

 

 パトリシアが手を伸ばしてくる。

 

「フィアーさんに使わせるくらいならあたしが使います! ですから!」

 

「悪いな」

 

 彼女の制止を聞かず、俺はデスシードを飲み込んだ。

 

 変化はすぐに。もはや慣れ親しんだ骨の軋む音と共に、俺の身体が黒い甲冑に包まれていく。

 

「フィアーさん、そんな……」

 

 パトリシアは伸ばしていた手を力なく落とし、悲痛な顔で俺の変化を見届けた。

 

「じゃあちょっと、クインシアさんを助けてくる」

 

 彼女に大丈夫だと伝えるために、ぐっと親指を立てたあと、俺は地面を蹴って戦場に殴りこんだ。

 

「待ってください!」

 

 パトリシアがついてこようとするが、馬よりも速い動きで俺は敵に走り寄った。

 

 まずこちらに来ようとしていた襲撃者を拳で黙らせる。

 刃を振りかざしてきたが、そんなものは避けるまでもない。黒甲冑が刃を受けきり跳ね返す。

 

 その隙に一人を殴り飛ばし、さらに一歩踏み込んでもう一人の敵を地面に沈めた。

 

 この間、わずか数秒。やはり黒騎士の戦闘力はすさまじい。

 

「黒騎士だとぅ!?」

 

 スキルを使っていた男が、こちらを視認して叫ぶ。

 

「いかん! あれの相手は用意してきた戦力では無理だ! 撤退! 撤退だ! 霧をさらに濃くしろ!」

 

「状況判断が早いな!」

 

 俺が走り寄る前に、男は撤退の指示を出す。

 

 同時に、周囲の霧がさらに濃くなっていくではないか。この霧自体が魔法かスキルで出されていたものだったようだ。

 

「ええい、まだ大して液状化させられてなかったが――仕方ない!」

 

 泥使いの男が、手を地面の中へとさらに沈める。なにかをしようとしている。

 

 そう思った直後、踏みしめていた足場が突然なくなった。

 

「なっ!?」

 

 宙に放り出される。見れば、男のいる場所から放射線状に地面がいきなり何メートルも陥没しているではないか。表面の足場の重さを、柔らかくなった地中の泥が支えきれず、崩落しているのだ。

 

「まずい!」

 

 いつまで経っても足が地面につかない。どうやらこの場所自体がせり出した崖の上かなにかのようだったみたいだ。下を見れば、遥か眼下に剥き出しの岩がいくつも転がっていた。

 

「きゃああああああ!?」

 

 パトリシアと乗っていた馬の大きな悲鳴が聞こえてくる。

 

「っ!?」

 

 男の近くにいたクインシアさんは当然のように巻き込まれており、さらにはこちらに来ようとしていたパトリシアの足場もなくなっていた。

 

 こんな大規模な破壊、戦いが始まってからの一瞬でできるわけがない。この場所自体が、どうやら奴のスキルによって工作されていたようだ。それに気付かず、俺たちはまんまと狩場に誘い込まれていたらしい。

 

「クインシアさん!」

 

「私は大丈夫です! すみませんが娘を!」

 

 銀の鞭を使ってなんとか空中で姿勢を取り戻そうとしているクインシアさんに、そう叫び返される。

 

 俺は頷き、崩落する地面をなんとか蹴って、パトリシアへと飛びついた。

 

 彼女は乗っていた馬から放り出されていた。その身体を空中でキャッチする。ノッポさんは、くそっ、届かない。

 

「フィアーさん!」

 

「掴まってろ!」

 

 腕の中のパトリシアにそう叫び返しつつ、クインシアさんをもう一度確認する。

 

 クインシアさんは崩落しなかった地面に銀の棘を突き刺し、なんとか落下を耐えていた。あれなら大丈夫だ。カインズさんとリリエッタは、幸いにも崩落には巻き込まれていない。

 

「クインシアさん! リリエッタを頼みます!」

 

 落下しながら、俺はクインシアさんに大声で頼み込む。

 

 クインシアさんが力強く頷いてくれたのを確認し、俺は迫る落下の衝撃に備えて、パトリシアを強く抱きしめるのだった。

 

 

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