分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
その人は誰よりも美しかった。
風になびくブラウン味髪。冷たくも熱い炎を秘めた漆黒の瞳。銀色の輝きを従えて、たった一人で屍山血河に立っている。頬についた返り血が、戦化粧のようにその美貌を彩っていた。
まさに戦乙女。戦場にあって誰よりも強く正しく美しい女。
幼い頃のあたしの居場所を奪ったのは、そんなたった一人の女戦士だった。
その銀の槍は容赦なく、村にいた人間を貫いた。
老いも若いも関係なく、あたしの家族を皆殺しにしたのだ。
村に取り残され、一部始終を目の当たりにすることになった幼いあたしは、その在り方に恐怖した。唐突に現れ、唐突に暴威を振りまいた彼女に、絶望を抱かずにはいられなかった。
それでも村の家族を殺された者として、当然の怒りを胸に抱いた。
「なんで、なんでみんなを殺したんですか!?」
あたしの言葉に、ようやく女はこちらの存在に気付いたようだった。
冷たい眼差しが注がれる。殺意に凍えた瞳が、あたしを捉えて不意に和らいだ。
「子供?」
「そうです! あなたに殺されたみんなの子供です!」
「ああ、保護し忘れていた子供がいたのですか」
女は疑問は解けたといわばかりに矛を引っ込める。周囲に浮いていた銀色の輝きが固まっていき、そのまま彼女の鎧になった。
「あ、あたしを殺さないんですか?」
「どうして?」
「どうしてって、だってみんな殺したじゃないですか?」
パパも。ママも。おじいちゃんも。お兄さんも。お姉さんも。全員、この女が殺した。
「なのに、あたしは殺さないんですか? どうして!?」
「……殺してほしいのですか?」
女はあたしの疑問には答えず、ただそう聞き返してきた。
その問いかけに言葉に詰まる。死にたいわけじゃない。わけじゃないが、それでもどうせ死ぬのなら今がいいと思った。
「そう、他の村人と一緒のところに行きたいのですね」
女はあたしの心を見透かしたようなことをいう。
「けれどそれは無理ですよ」
「ど、どうしてですか!?」
「だって、あなたはまだなんの罪も犯していない。死ねばきっと、始祖様もおられる天上の楽園へ行けるでしょう。ですがあなた以外の村人は皆、罪を犯した罪人だった。行き先は彼岸の地獄、一緒のところには行けませんよ」
「ざい、にん?」
「……なにも知らないのですね」
そこで初めて女は表情を変え、痛ましそうにあたしを見た。
直後、見知らぬ大人が何人もやってくる。鎧姿の兵士たち。彼らはこの状況を見ても顔をしかめることなく、女に恭しい態度で接していた。
「クインシア殿。異端者たちは?」
「すべて殲滅しました。生き残りはその子供だけです。もしかしたら、さらわれてきた子供かもしれませんので、身元の照会をしてあげてください。私は他の場所の手伝いをしてきます」
「かしこまりました。あなたに始祖ハルルカンのご加護のあらんことを」
「ええ。始祖ハルルカンのご加護のあらんことを」
男たちが保護しようとあたしに近づいてくる。どうやら本当に、あたしは殺されずに済むらしい。
そのことに安堵を覚える自分が嫌だった。死なずにいられたことに、ほっとしてしまう自分が嫌いになってしまいそうだった。
だから忘れないように、瞼の奥に焼き付ける。
家族を殺した仇のことを。
自分たちの学んだ教義に従えば、間違いなく悪であるその女のことを。
クインシア。そう呼ばれていたあなたを。
かすかな振動で目を覚ます。
「ここ、は……?」
起きてすぐ、きょろきょろと周囲を見回す。どうやら森の中のようだ。
「目を覚ましたか?」
聞き覚えのない声がした。
視線を下げれば、そこには黒い甲冑に全身を覆いつくされた怪しい男がいて、あたしのことを背負っていた。
「うひゃあ! だ、誰ですかあなた!? あたしをどこへ連れて行くつもりですか!? あたしをどうするつもりですか!? もしかしてえっちなこととかするつもりなんですか!?」
「するか。落ち着け」
「その辛辣だけどちょっと優しさを感じるツッコミは……もしかして、フィアーさんですか?」
「そこでわかるんだ。……立てるか?」
黒騎士姿のフィアーさんは足を止め、あたしを地面に立たせてくれた。
少しふらついたが、なんとか自分の足で立つことができた。そこで意識を失う前になにがあったかを思い出せた。
賊の襲撃があり、その中の一人のスキル使いの力によって、地面を崩落させられた。それに巻き込まれたところを、フィアーさんが助けてくれたのだ。どうやら落下の最中、意識を失ってしまっていたらしい。
「すみません、フィアーさん。ご面倒をおかけしてしまったみたいで」
「気にするな。それより痛いところとかないか?」
「はい、大丈夫です。怪我はありません」
「それならよかった」
安堵した様子をフィアーさんはみせる。
黒騎士化したフィアーさんの声は、今朝までとは異なっていた。少し低い大人びた声。身長だって、あたしよりも低かったのに、今は見上げないといけないくらい高くなっている。
表情もヘルメットの奥に隠れてうかがうことができない。それでも声音だけで、なにを考えているのかはなんとなく察せられたが、まさに別人だ。
……これが、デスシードの力。
その呪われたマジックアイテムは有名だった。数年前に帝国と小国との戦場に黒騎士が現れ、暴虐のかぎりを尽くした事件があったのだ。当時の黒騎士は力尽き、デスシードは帝国側に回収されたと噂されていたが、どうしてかフィアーさんが持っていたらしい。
その効力は使用者の決定的な死と引き換えに、あまりある力を与えること。
つまり目の前のまだ幼い少年は、長くても数年、短ければ数か月で死んでしまう運命が決定づけられたということ。
自責の念が募る。
護衛を引き受けていたというのに、敵の襲撃を喰い止めきれず、彼にデスシードを使用させてしまった。すべてはあたしとお母さんの力不足が原因だ。
「ごめんなさい、フィアーさん。あなたにデスシードを使わせてしまいました」
「ああ、これ。いいよいいよ気にしなくて」
頭を下げれば、フィアーさんは気にした様子もなく明るい声で笑った。
目が点になる。
「そ、そんな感想でいいんですか!? 死んでしまうんですよ!?」
「そうみたいだけど、まあ、うん。別にいいかなって」
「別にいいかな!? 軽すぎません!? はっ、もしかしてショックのあまり頭がおかしくなっているんじゃあ。それか、デスシードの悪影響とか?」
「失礼な奴だな。俺はいたって冷静だよ」
「ですが……」
「それに、どうせ帝都に到着したら最終的には使う予定だったんだから。それが少し早くなっただけさ」
「使う予定だった?」
「と、悪い。今のは聞かなかったことにしてくれ」
「……わかりました」
「よし。じゃあ、出発しようか。元いた場所になんとか戻らないと。かなり下の方まで落とされたからさ」
フィアーさんが歩き出す。その背中を追いながら、あたしは考えずにはいられなかった。
帝都に到着したら、フィアーさんはデスシードを使う予定だった。つまりは初めから死ぬ予定だったらしい。
どうしてなのだろうか?
わからない。わからないが、六聖教会が無関係ではないだろう。
教会の関係者ということ以外、なにも知らない少年。それが目の前のフィアーさんだ。彼と妹リリエッタさん、そしてカインズさんを帝都まで送り届けるというのがあたしたちに与えられたクエストだった。
お母さんが教会と懇意にしているため、これまでも何度か教会のための任務というものは受けてきたが、教会の聖女様から直々に依頼をもらったのはこれが初めてのことだった。
裏は当然あるだろうとは思っていたが、お母さんが前向きだったのでそのまま受けたのだが、やはりあたしたちの知らない目的があるらしい。幼い少年に死を強いるなにかが。
そもそもからして、あたしは六聖教会というものに懐疑的だった。
その役割と有り方には敬意と感謝をもっている。始祖、勇者ハルルカンのことも崇敬している。
けれど、六聖教会という組織自体にはあまり良い感情を抱いていなかった。
聖職者であるのに、金儲けのことしか考えていない人間を何人も見てきたからだ。一方で、過激派と呼ぶべき人間たちの狂気も知っている。上層部もそんな両極端な状況を改善できずにいるのが実情だ。
お母さんにも教会からは距離を置こうと何度も提案したのだが、それは断られてしまった。
お母さんは幼い頃からずっと教会のために生きてきた。今更、その生き方は変えられない。不器用すぎるくらい真面目な人なのだ。いいように扱われていることを承知で、それでも誰かのためになるならばと、血を流して戦ってきた人なのだ。
だからあたしは……お母さんと、そう慕っているのだから。
けれど、今回のこれはあまりにもおかしい。
まだ幼い少年の命を犠牲にして、果たしてなにを企んでいるのか。依頼主の聖女様も、闇金聖女なんて呼ばれているらしいし。もしかしてお金儲けのためにフィアーさんを利用しているのでは?
ああ、なんてことだろう。可哀そうなフィアーさん。騙されていることも知らず、自分の命を投げ捨てることを強いられて、それでもあんな風に笑ってみせて。
もしかしたらリリちゃんも? リリちゃんもなにか悲しい運命を強いられているのだろうか?
そうでなくとも、お兄さんであるフィアーさんが死んでしまうのだ。悲しくないわけがない。どうにかしてあげたくとも、引き金を引いてしまったのはあたしたちだ。あたしが弱ったから。フィアーさんを守れなかったから。
リリちゃんに、なんて謝ったらいいのだろう?
せっかく仲良くなれたのに、嫌われてしまうかもしれない。
あたしが悪いんですけど……。
後悔の念は尽きることなく、ぐるぐるとネガティブな考えが頭の中で渦を巻く。
よくない。これはよくない兆候だ。あたしから能天気さをとったらなにが残るというのか。
……気持ちを切り替えないと。
「フィアーさん。フィアーさん」
「どうした? やっぱり身体が痛むか?」
「いえ、それは大丈夫です。ただ――」
そのとき、ぐ~とあたしのお腹が音を立てた。
「なるほど」
フィアーさんがどこか呆れた様子であたしを見た。
恥ずかしい。顔から火が出そうだ。フィアーさんに雑談を振って空気を変えようとしただけなのに、燃費の悪い自分の身体が憎い。
「そうだな、タイミング的には昼飯時だもんな。とはいえ、食べるものもないからなぁ」
「あ、大丈夫です。こんなこともあろうかと」
あたしは上着の内側にあるポケットから、携帯食料を取り出した。
「じゃん! パトリシアちゃん特製、ナッツとドライフルーツたっぷりの栄養補給スティックです。これ一本で一日戦える一品ですよ。もちろん、味にだってこだわっています」
「すごいな。そんなものまで作れるんだ」
「ええ、試行錯誤を繰り返しましたからねぇ」
包装紙を破り、半分に割ろうとして力をこめる。だが割れない。硬く焼きすぎてしまったスティックは、まるで鉄のようだ。
「貸してみな」
フィアーさんがスティックを受け取り、簡単に二つに割ってしまう。
「ほら」
「ありがとうございます」
さすがの力だった。これがデスシードの力。
二つに分けて返されたスティックの片方だけを受け取り、口に含む。歯でもなかなか嚙み切れないので、しゃぶるようにしてふやかして食べる。砂糖をたくさん入れたから、口に含んでいるだけで甘くてとても美味しい。
「う~ん、我ながらいい味しています」
少し汚いが、しゃべるためにスティックを口から取り出す。
「フィアーさんもどうぞ。美味しいですよ」
「いや、俺はいいよ。お腹空いてないから、全部パトリシアが食べてくれ」
「そんな、遠慮しないでください。お母さんたちと合流するのに時間がかかってしまうかもなんですから、栄養はしっかりと補給しておかないといけませんよ」
「いや、でも……これ、高いだろ?」
「まあ、完成品を作るのにお母さんがバチギレしたくらいには高級品ですが、気にしないでください。こういうのはやっぱり、誰かと一緒に食べた方が美味しいですから」
材料費が高すぎたため、試作品を除けば一個しか作れなかったのだが、いざというときお母さんと一緒に食べようと思って携帯していたのだ。ここがまさに使い時だろう。
お腹が空いていると人間、いい考えが浮かばないものだ。気分も落ち込む。悪い方へ悪い方へと考えてしまう。
「あたし、思うんです。生きていればお腹が空きます。だから、食べることは生きるって行為そのものなんです。人間、美味しいものを食べられれば、それだけできっと生きている価値はあるんですよ」
「……そうだな」
「はい! だからどうぞ、遠慮せずに食べてください!」
「…………」
フィアーさんは無言で手の中のスティックを見る。
いっこうに食べようとしない。もしかして、甘い物が苦手だったのだろうか。
と、そこまで考えたところで気が付く。気が付いて、手からぽろりと食べかけの保存食を落としてしまった。
フィアーさんの顔は漆黒のヘルメットに覆われていて、口元が完全に塞がっている。そしてそのヘルメットは、もう取ることができないのだ。
デスシードは使用者を黒騎士に変える。
そして黒騎士は食事も睡眠も必要とせず、戦い続けられるようになるという。
つまり、黒騎士となった者は食事をすることができなくなるのだ。
そんな相手に――自分は一体、なんと言ってしまったのか?
「あ、あたし……ご、ごめんなさい!」
頭を下げる。
「フィアーさんが今なにも食べられないのに気づかなくて、それなのにお腹が空いたとか言って、変な高説まで垂れて……本当にごめんなさい!」
「いいって。気にするなよ、パトリシア」
「ですが、ですが!」
数秒前の自分があまりにも恥ずかしくて、目から涙があふれる。
食べられない。そんな彼を見て、先ほどよりも強い罪悪感を抱いてしまう。
もうフィアーさんは二度となにも食べられない。なにかを美味しいと思うこともない。それがどれだけ苦しくて悲しいことか、食べるのが大好きだからこそ理解できてしまう。
「ごめ、ごめんなさい……」
「パトリシア」
頭を下げたまま涙をこぼしていると、優しく頬に触れられ、頭を上げさせられる。
「謝ることはない。パトリシアの気持ちは嬉しかった。本当だよ」
フィアーさんがそっと涙を拭ってくれる。
硬く、冷たい手。それでもあたしには、その手がとても優しく思えた。
顔は見えないけど、きっとフィアーさんはとても優しい顔をしているのだろう。そう思えるほどに、優しい手つきだったから。
「俺のことは気にしないでくれ。これは俺が選んだことだ。ほれ」
フィアーさんが自分の手元に残った保存食を、あたしの口に突っ込む。
「せっかく作ったんだ。俺の分まで、美味しく食べてやってくれ」
「……ふぁい」
「よし。じゃあ、食べながらで悪いけど先を急ごうか」
こくり、とあたしは頷いた。
フィアーさんの優しさを前に、それ以上はなにも言えず、もごもごと口を動かすことしかできなかった。
美味しく作れた極上のスティックバーは、先ほどよりも味気なく感じられた。
それでもちゃんと甘かった。
フィアーさんはもう二度と感じられない甘さだと思うと、昔散々食べされた残飯よりも、よほど酷い味に思えてならなかった。