分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第8話  お名前なんですか?

 天高く勝利した俺を見て即逃げ出した人見知りの女の子は、しかし今日は家に帰ることなく木の陰に身を潜め、顔だけ出してこちらをチラチラとうかがってくる。

 

「わ、悪い!」

 

 慌てて立ち上がり、無害をアピール。

 

「驚かせるつもりはなかったんだ。ただ、返事をしてもらえたのが嬉しすぎて」

 

「び、びっくりした。心臓が口から飛び出るかと思った」

 

「そうだよな。びっくりしたよな。でも安心してくれ。俺は怖くないから」

 

「う、うん。わかってる。わたしの方こそ、いつもすぐ逃げてごめんなさい」

 

 おずおずと木の陰から出てくる。

 

「君は森の向こうにある村の子、だよね?」

 

「そうだよ。コルニ村で暮らしてる」

 

「や、やっぱり。そうだと思った。正解だった」

 

 むふん、となぜか得意気な顔。

 

「逃げてたのには理由があって。実は村の人とはあまり話さないようにって、お父さんに言われてるの。だから本当は、こうやってお話したらダメなんだけど」

 

「そうだったのか。お父さんにな」

 

 やはり家族と一緒に暮らしていたらしい。

 

「俺も君と話をしたくて会いに来てたけど、迷惑だったみたいだな」

 

「そんなことない!」

 

 思わぬ大声。彼女も叫んでしまったあと、恥じらうように顔を背ける。

 

「そ、そんなことないの。いつも会いに来てくれてたから気になってた。本当はわたしも、お話しをしてみたかった」

 

 彼女は何度か深呼吸を繰り返すと、そろりそろりと近づいてくる。

 

 改めて目の前にした女の子は、やはり俺よりも年上のようだった。十歳は超えているだろう。

 

 亜麻色の手入れされた髪を、頭の横で二つ結びにしている。

 

 初めて会ったときからずっとひもで結んでいたが、今日は赤色のリボンで結っている。服装もいつもと違い、繕いのあとがない綺麗な白いワンピースだ。胸には剣を象ったような、小さなペンダントをつけている。

 

 服の袖口やスカートからのぞく手足は、細いが血色がよく、明らかに村にいる子供よりも日に焼けていない。

 

 深窓の令嬢とまでは言わないが、それでも村娘というには垢抜けた、可愛らしい女の子だった。

 

 彼女は目の前までやってくると、綺麗なエメラルドグリーンの瞳で見つめてきた。

 

 俺は彼女の言葉を待つ。

 

 いつもよりおしゃれな格好からも、彼女の覚悟のほどがうかがえた。

 俺がこのひと月、いろいろと試行錯誤したように、彼女も彼女でいろいろと試行錯誤していたのだろう。

 

 勇気を振り絞るようにペンダントをぎゅっと握り、彼女は言った。

 

「や、野草を採るの、手伝ってくれる?」

 

 返事はもちろん決まっていた。

 

 

 

 

 

 二人、並んで地面にしゃがみこみ、草をプチプチと摘んでいく。

 

 最初は会話らしい会話はなかったが、俺が食べられる野草の種類に詳しくなく教えてほしいと頼むと、彼女は喜んで教えてくれた。

 

 そうこうしているうちに緊張がほどけてきたのか、彼女もだんだんと饒舌になっていく。

 

「わたしね、去年クリスタの街から引っ越してきたの。あ、クリスタの街って知ってる?」

 

「いや知らない。俺、村から一度も出たことないんだ。もしかして、近くにあるっていう街のことか? もうちょっと違う名前だった気もするけど」

 

「徒歩で街道を二日くらい行ったところにある街だよね? そこじゃないよ。クリスタの街はもっと遠いところ。ここに来るのに、全部でひと月くらいお父さんと旅したから」

 

「一カ月も。それはすごい」

 

 感心したように相槌を打つと、彼女は頬を緩ませる。あまり人に褒められ慣れていないようだった。

 

 俺としても、別に情報を引き出すために演技したわけじゃない。

 

 純粋にすごいと思ったのだ。旅をひと月。しかも現代社会のように、車などの交通機関がない状況での一か月間だ。かなり過酷な旅だったに違いない。

 

 それはそれとして、情報はありがとうございます。

 

 近くの街まで徒歩で二日なのか。案外近いと言ってもいいんじゃないか?

 

「でもなんで、そんな遠いところからわざわざこんな田舎に引っ越してきたんだ?」

 

「それは……その、ええと」

 

 言葉を濁される。言いづらい事情があるようだ。

 

 こんな田舎に来て、村じゃなくて森の中に住んでるんだ。そりゃ相応の理由と事情があるのだろう。

 

 聞かないよ。うん、まだそこは聞かない。

 

「でもすごいよなぁ。大きな街とか俺も一度でいいから行ってみたいよ。やっぱりたくさんの人が暮らしてるんだろ?」

 

「う、うん。そうだよ。クリスタの街にはすごくたくさんの人がいて、いろいろな物があったよ」

 

 彼女の焦りに気づかないふりをして話題を変えれば、彼女はこれ幸いと乗っかってきた。

 

 なるほどすごいねもっとたくさん教えてよ、を駆使していろいろと質問してみたところ、クリスタの街はどうやら東の方にある別の領地の街らしい。

 

 この国は王政の国家で、それぞれの土地を貴族たちが領主となって治めているとか。クリスタの街はその地を収める地方貴族の都であり、なんと八千人近い人が暮らしていたという。

 

 やっぱり繁栄しているところには人がいるらしい。コルニ村なんて、農奴を合わせても二百人いないのに。

 

 クリスタの街は小麦の産地として知られていて、良質な小麦を使った料理が有名らしい。

 

 こちらに引っ越してきて一番困っているのは、パンが美味しくないことで、クリスタ小麦を使って焼いた白くて柔らかいパンが彼女は懐かしいと口にした。

 

 でも引っ越してきたのは仕方がないことで、本人もそこは納得しているらしい。

 

 むしろお父さんに迷惑をかけて申し訳ない、と思っているようだった。

 

 彼女のお父さんは街で兵士をやっていて、出世頭だったそうだ。でも彼女のためを思って、ずっと暮らしていた街を離れる決心をしてくれた。今は慣れない畑仕事をがんばってるが、あまり上手くいっていないので、よくコルニ村から食料を購入しているらしい。彼女も父親を助けるべく、こうやって毎日野草や木の実などを採っているんだとか。

 

 ……うん、めちゃくちゃ教えてくれる。

 

 もうすでに彼女は野草を採る手を止めていて、とても嬉しそうな顔でお話をしてくれる。

 

 いろいろと察してしまえる事情からして、彼女が原因で父親と二人でここに引っ越してきたようだから、気軽に話せるような同年代の相手は久しぶりなのだろう。会話相手に飢えに飢えているのが手に取るようにわかる。

 

 ありがたいけどね。

 

 最終的に木の幹を背もたれにして並んで座り、彼女が持ってきていたパンを二つに分けて食べるまで仲良くなれました。

 

 なお、彼女曰く故郷のそれと比べると美味しくないパンだったが、俺にはとても美味しく感じられた。

 

 たしかに前世で食べていたようなパンとは比較にならない。感触もとても悪い。

 

 それでも味は間違いなくパンであり、いつもの水みたいな粥に比べればしっかりと素材の味を感じられた。

 

 つまりそれくらい彼女の家は俺と比べてしまえば裕福ということなのだが、うらやんでもしょうがない。

 

 あ、また今度持ってきてくれるの?

 

 ありがとうございます。ぜひともよろしくお願いします。

 

「だからその、ね。……またこうして会えたら嬉しいな」

 

 まもなく日が暮れようかという頃になり、彼女は上目遣いで下から覗き込んでくる。計算しての仕草ではないようだが、瞳を潤ませての懇願に断れる男はいないだろう。

 

「もちろん、またすぐに会いに来るよ」

 

「ほんと! 嬉しい!」

 

 彼女は身体全体で喜びを表現してくれる。そう言ってもらえて悪い気はしない。

 

「あ、でも、毎日はさすがに難しいな。あと、できれば俺と会ってることは内緒にしてほしいんだけど」

 

「それはわたしも同じだからいいけど、どうして?」

 

「実は森の奥には行かないように言われててさ。ここまで来てるのがばれたら、きっともう二度と森には近寄らせてもらえなくなる」

 

「そ、そうなんだ。わかった。お父さんにも誰にも言わないよ」

 

「それじゃあ、二人だけの約束だな」

 

「うん、約束」

 

 これでよし。話の内容から、彼女の父親は普通に村に来てるっぽいからな。ばれたら困る。あとで世話役に、近くに住んでいる人じゃなくて村に通っている人はいないか聞いておこう。

 

 今日みたいに長話もできれば避けた方がいいだろう。隔日で会いに来て、少しずつ、少しずつ、情報を抜き取っていくのがよさそうだ。

 

「あ、お話が楽しくて忘れてた」

 

 これからの予定に思考を巡らせていると、立ち上がった彼女が思い出したように自分の胸に手を当てた。

 

「わたしね、フィーネ・アルトゥールって言います」

 

 そういえば、まだ名前を教えてもらってなかったな。

 

「フィーネ」

 

 ついに知ることができたその名前を、噛みしめるようにつぶやく。

 

 フィーネは名乗ったあと、なにかを待つように口を閉じる。

 期待に瞳を輝かせている彼女を見れば、なにを待っているかは一目瞭然だ。

 

 そして俺は、それに返す術を持っていなかった。

 

 名前。

 

 俺の名前。

 

 そんなものはない。

 

 誰にもつけてもらえず、誰からも呼ばれる必要がなかった俺には、名前というものが存在しない。

 

 強いていえば『灰色』というのが俺の呼び名だった。

 

 髪の色からとられたその呼び名があれば、コルニ村では誰も困らなかった。

 

 前世の遠い記憶の中にある名前を思い出す。

 

 それを名乗ればいいかとも思ったが、不意に別の名前が頭を過ぎった。

 前世の名前を少し変えて零と読むならば、今の俺は……。

 

 そうだな。これから先の未来を思えば、こちらの方が都合いいかもしれない。

 

「俺の名前は――アインだ」

 

 アイン。一番目を示す前世の単語から取った、この世界での俺の新しい名前。

 

 覚えておいてくれ、フィーネ。

 

 俺が村を出るまでの短い関係になるだろうけど――そのときまでは、是非とも仲良くやっていきたいものだ。

 

 




拙作をお読みいただいてありがとうございます。

今更ではありますが、プロローグを追加投稿させていただきます。

昨今の曇らせ小説に感銘を受けて書き始めたのですが、書いているうちに案外これそこにたどり着くまでもう少しかかるぞ、と気づき、物語の方向性もわかりづらくねと知り合いに言われまして、前に書いて要らないかと思って削っていたプロローグを投稿させていただく運びになりました。

一応、未来の時間軸のプロローグになるので読んでもらわなくても大丈夫なようになっていますが、もしよろしければ一読いただければと思います。

今後ともお付き合いの程、よろしくお願いいたします。
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