分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
元いた場所まで戻る道程は、なかなかに険しかった。
木々の生い茂る裾野を抜けたかと思えば、険しい岩山が立ちふさがる。山道へ出るには、ここを越えなければならないらしい。
「これは、ちょっとあたしには登れそうにないですね」
「じゃあ、俺がまた背負っていくよ」
フィアーさんが背中を向けてくれる。
申し訳ない気持ちになりながらも、その好意に甘えることにした。
「あの、さっきまで背負ってもらっておいてあれですが、重かったらすみません」
「なんの。今の俺には軽いくらいだ」
言葉どおり、フィアーさんは軽々とあたしを背負ってみせた。
さらにこれまではあたしのペースに合わせてくれていたようで、ひょいひょいとすさまじい身体能力で岩山を蹴り上がっていく。
「ちょ、こわっ! 怖いです!」
「我慢してくれ!」
「うぅうう」
今のフィアーさんには簡単なことだとは理解しているが、地面を走るように岩山を登られてはこちらも怖い。思わず、フィアーさんの身体を抱きしめるようにつかんでしまう。
その際、フィアーさんとの間で自分の胸が潰れた。硬い甲冑に覆われているので、どうしてもそういうのがわかってしまう。
「く、黒騎士の甲冑って、触感があるって噂は本当でしょうか?」
「残念ながら、ただの甲冑だ。体温とかは伝わってこないな」
「そ、そうですか」
ほっと一安心。さすがに男の人に胸を押し当てるのは恥ずかしい。
いや待て。なにを考えているのか。相手は四歳も年下の子供じゃないか。前にも似たようなことを、しかも自分からやった覚えもある。
けれど仕方ない。こうして背負われて改めて自覚したが、今のフィアーさんを年下の子供と認識するのは難しかった。元々、年不相応に大人びていたところのある少年だ。見た目が大人になってしまえば、年上の男性に見えてしまう。
そう考えると、異性とここまで密着するのは生まれて初めてのことだった。感触はわからなくても、匂いとかは伝わってしまってないだろうか。ここ最近は襲撃もあったし、身体をあまり綺麗にできていない。散々世話になっておいて今更かもしれないが、臭いと思われるのは嫌だった。
と思いつつも、怖いのでしがみつく力は緩められない。馬に乗っているのとはあまりに乗り心地が違い過ぎる。
「そういえば、ノッポさんはどうなりましたか?」
自分の記憶がたしかなら、一緒に落ちてしまったと思うのだが。
「……悪いな。助けられなかった」
返って来た返事はそんな言葉。悲しく思うが、それ以上にそんなことをフィアーさんに言わせてしまったことが申し訳なかった。
「いえ、気にしないでください。あの状況では仕方ありません。むしろあたしだけでも助けてもらえて感謝しています」
「そう言ってくれると助かるけどな。……長い付き合いだったのか?」
「そうですね。お世話し始めてから三年になります。旅の中、ずっと一緒でした」
「旅暮らしか。パトリシアはずっとそうやって暮らしてきたのか?」
「そうですね。長くても、ひとつのところには半年以上とどまったことはありません。ずっとお母さんと一緒に、旅から旅の暮らしです。あ、それが嫌だと思ったことはありませんよ? 各地の美味しいものも食べられますし、色々と美しいものも見れますし、たくさんの人と知り合うことができますので」
ただ、それでも少しだけ、ひとつのところで暮らし続ける人たちがうらやましいと思うことはある。
「でも、そんな暮らしなのでなかなか仲の良いお友達はできなくて。それがちょっとだけ寂しいことでしょうか」
「そっか。護衛相手として知り合うことも、パトリシアくらいの年齢だとあんまりいないか」
「そうですね。なのでフィアーさんとリリちゃんとお友達になれたのは、あたし的にもすごく嬉しいことでした」
同い年というのには少し年下だが、それでも気兼ねなく話せる相手とこうして長い間過ごすのは初めてのことだった。
「まだ終わっていませんが、この旅のことは忘れられそうにありません」
「こちらとしても、いい思い出だけ残してあげらればよかったんだけどな。悪いな、こっちの都合に巻き込んだみたいで」
「いいえ、それがあたしの仕事ですから。巻き込まれたなんて思っていません。あたしはただ、あたしの意思で大事な友達を守っているだけです」
「……ありがとな」
そうこう話しているうちに、岩山を登り切る。
空の高さが今朝見たものと同じものになった。山道を見えてくる。恐らく、もう少し歩けば落下した場所へとたどり着けるだろう。
「もう少しで戻れるな」
「はい。リリちゃんは大丈夫でしょうか。もしもあたしたちが落ちたあとも、敵が残っていたらと思うと」
「クインシアさんとカインズさんがついてるから大丈夫さ。それに、敵も撤退しようとしていたしな」
「そうですね。お母さんがついているんですから大丈夫ですね」
これまで誰もお母さんには敵わなかった。熟練の技量に加え、使い勝手のよいスキル。銀翼のクインシアは、まさに帝国でも最強クラスの冒険者なのだ。
「クインシアさんのスキルを見たけど、あれは強いよな。まさに攻防一体だった」
「わかりますか? 今回の相手は相性があれでしたが、純粋に手数が倍増するので強いんですよ。戦闘中はそこまで細かい操作ができないので、周囲に誰かいると巻き込みかねないのが欠点といえば欠点ですが、そこはお母さんも理解していて立ち回りでカバーしていますし」
「さすがはゴールドランク。あれだけ強いんだ。さぞ帝国でも有名なんだろうな」
「それはもう。帝国近衛兵のスカウトが来るくらいですよ」
「帝国近衛兵?」
「皇族専用の護衛騎士のことです。王国でいうところの近衛騎士隊ですね。皇族への忠誠心と、なにより一騎当千の実力がなければ務まりません。国中の少年少女の憧れの職業ですよ」
えへん、と思わず自慢げに説明してしまう。実際に、そんなお母さんはあたしの自慢だ。
「つまりエリートの中のエリートってことか。そんなとこからスカウトが来るなんてクインシアさんはすごいんだな。けど冒険者をやってるってことは断ったってことだよな?」
「まあ、お母さんの忠誠心は教会に向いているので。もったいないですが、お断りしてしまっていますね」
「そりゃ残念……って話でもないのかな」
「残念ですよぅ。近衛兵になれば、帝国では基本的に安泰ですからね。まあ、近衛兵でも色々あって、どの皇族の近衛兵になるかで、政治に巻き込まれかねないところが難点といえば難点ですか」
「へー」
「あまり興味なさそうですね」
「政治に巻き込まれるのはなぁ」
「でもでも、皇子様や皇女様の側近になれるんですよ? すごいじゃないですか。あたしも一度でいいから、本物の皇子様や皇女様と会ってみたいです!」
「……ソウデスネ」
じゃっかん棒読みで返事をされる。フィアーさんはあまり皇族に興味がないのだろうか。
白馬の王子様に誘われるなんて、年頃の乙女ならば誰もが夢見るシチュエーションなのだが。かくいうあたしも、そんなことをされれば一発でその手を取ってしまう自信がある。
「ちなみに、クインシアさんってどの皇族に誘われてたんだ?」
フィアーさんにそう聞かれる。なにかを誤魔化すように感じたのは気のせいでしょうか?
まあ、訳ありみたいなので、あまり詳しく聞かないでおこう。
今後のことは、お母さんと合流してから決めるべきだ。
デスシードを使わせてしまったこと。その詫びと対価は、きちんとこの身で払わなければならないだろう。フィアーさんが望むなら、その命が尽きるときまで付き合うことになっても構わない。
教会の思惑がなんであれ、あたしとお母さんはこの人の護衛なのだから。
そしてあたしたちは、いつだってそういう覚悟で護衛に臨んでいる。
そうだよね? お母さん。
「誘われた相手ですか。お母さんはすごいので、結構色々なところから来てましたよ。ただ何度もお誘いが来ていて、お母さんが仕方なく会いに行くくらい熱心だったのは――……」
元の場所まで戻ってくる。
戦いの激しさを物語るように荒れていたが、それでも馬車も馬も無事だった。
けれど。
馬車にもたれかかるようにして、ぐったりと倒れている男性がいた。
特徴的な帽子とコート。
「カインズさん!」
フィアーさんと一緒に慌てて駆け寄る。
倒れていたカインズさんをフィアーさんが抱き起こすが、彼の瞼は開くことなく、身体もぴくりとも動かなかった。
「……死んでる」
「そ、そんな……!」
あたしもしゃがんで脈を確かめるが、完全に止まっていた。
「嘘だろ? カインズさん。あんた、こんな風に死ぬような人だったのかよ……」
あたしよりも遥かに関係が深かったフィアーさんが、そんな言葉で悲しみの感情を表現する。
旅の仲間だ。あたしとしてもその死は悲しい。しかしより衝撃的だったのは、この人がこんなにも簡単に死んでしまっていることだ。
お母さんがカインズさんのことについては話してくれていた。教会の優秀な諜報員で、その実力はおそらく自分よりも上であると。
実際、この人は旅の道中まったく気を抜いていなかった。いつだってフィアーさんやリリちゃんを守るため、周囲を警戒していた。それはあたしやお母さんも例外ではなく、不用意に近づくことすらあたしには憚られるくらいだった。
依頼を持ってきた聖女様としては、あたしやお母さんはあくまでもバックアップで、本命の護衛はカインズさんだったはずだ。
なのに……そんな彼が敵と争った痕跡すらなく死んでいる。
カインズさんの身体は綺麗なものだった。致命傷となったのは、胸のところに開いた小さな穴だろう。ちょうどナイフが入るくらいの穴が、的確に背後からカインズさんの心臓を破壊していた。
襲撃者は音もなくカインズさんに近づいて、反撃のいとまを与えず一撃で殺してみせた。それくらいのことしか、その死体から襲撃者の存在を臭わせるものはない。
あるとすれば、胸元にのせられた一枚の古ぼけた金貨くらいか。
「あれ? そんな金貨、最初からありましたか?」
見たことのない刻印の金貨がいつの間にか現れて、カインズさんの胸元に置かれていた。
「カインズさんの似顔絵が彫られた金貨……?」
フィアーさんもその金貨の存在に気付き、つまみあげてそうつぶやく。
顔を近づけると、たしかに金貨にはカインズさんによく似た帽子の男性の顔が彫られていた。
「あれ? これ、もしかしてアルフィリアさんの……」
そうつぶやくフィアーさん。その横で、あたしは金貨以上の変化に気が付いていた。
「フィアーさん、カインズさんの顔を見てください!」
「カインズさんの顔?」
フィアーさんが死体の顔を見る。
そこにあったのは、カインズさんとは似ても似つかない男性の顔だった。
「誰だこいつ?」
「カインズさん……ではないですよね」
「死体がすり替えられた? いや、俺がずっとカインズさんの死体を抱えてたんだからそれもない。ということは、この人はカインズさんになるんだけど……」
「どういうことなんでしょうか?」
死体の顔が突然変わった。タイミング的には、謎の金貨が現れた瞬間の変化だったのですが。
「……わからないことにこれ以上時間を割いていられないな」
ややあって、フィアーさんは金貨を握りしめ、カインズさんだった誰かの死体を地面の上に下した。
「パトリシア。今は」
「ええ、リリちゃんとお母さんを探さないと」
馬車とその周辺に二人の姿はなかった。フィアーさんと一緒に捜索する。
するとすぐ、馬車から少しだけ離れた木々の中に、倒れて息絶えたお母さんの馬を見つけた。
それを目印にさらに奥へ行けば、お母さん本人の姿を見つける。カインズさん同様、その身体は真っ赤に染まっていた。
「お母さん!」
急いで駆け寄る。抱き起そうとして、自分の心臓が大きく鼓動するのがわかった。
まさか。まさかお母さんも、カインズさんみたいに……。
「…………パトリ、シア……」
あたしの心配とは裏腹に、お母さんは生きていた。身体はボロボロであちこちから血を流していたが、抱き起せばゆっくりと瞼を開いてみせる。
「お母さん、大丈夫ですか!?」
「私など……それより、フィアーさん……申し訳、ありません……」
お母さんの目が、隣でしゃがみこむフィアーさんに向けられた。
「約束を果たせず……リリエッタさんをさらわれて、しまいました……」
「さらわれた? リリエッタを?」
「は、い……撤退したと思わせて、また敵が……ゴホッ」
お母さんが咳込むと、口から血の塊が吐き出された。あたしは慌てて、持っていた回復ポーションを取り出す。
「お母さん。回復ポーションです。飲んでください」
かなり奮発した高級な回復ポーションだったが、お母さんの傷を回復させるまでには至らなかった。息も荒いままだ。
「ダメです。このままじゃ、お母さんも死んじゃいます」
「治癒魔法が使えるプリーストのところに急いで連れて行くしかない。パトリシア。急いで馬車に戻って街に出発しよう」
「ですが、リリちゃんがさらわれたって」
「どこにさらわれたのかもわからないんだ。なにがあったのか詳しく聞くためにも、今はクインシアさんの傷を治すのが先決だ」
カインズさんがおそらく死に、リリちゃんがさらわれたと聞いて一番ショックなはずなのに、フィアーさんは冷静にそう判断を下してみせる。
これでは動揺しているあたしの方が足手まといだ。一度息を大きく吸って、気持ちをなんとか切り替える。
冷静になって考えろ。今自分がするべきことはなにか。どうするのが最善なのか。
「わかりました。すぐに出発しましょう。ですが、次に行く予定だった町にはおそらくプリーストはいません」
「いない? プリーストが?」
「帝国では王国よりもプリーストの数が少ないんです。その少ないプリーストも、前線に配属されたり、大貴族が囲っていたりしますので」
「じゃあ、どこに行けばいい?」
「ここから一番近くて、プリーストがいる可能性が高くて、なおかつお母さんを治療してくれそうな場所……」
考える。考える。考える。しかし、そんな都合のいいところは思いつかない。
「……な、ま、しゅ……」
そのとき、お母さんがうわ言をつぶやくようにそう囁いた。
「なましゅ? ナルマッシュ!」
「町の名前か?」
「はい! ここから比較的近い街です! 皇帝直轄地で、今はある皇族が代官を務めています。たしかにあそこならプリーストもいるでしょうし、お母さんの治療もしてくれるはずです!」
「道はわかるか?」
「任せてください! 以前にもお母さんと一緒に行ったことがあります!」
「わかった。案内してくれ」
フィアーさんがお母さんを抱き上げて馬車へと運んでくれる。
あたしは御者席へと座った。
「……悪いな、カインズさん。行かせてもらう」
フィアーさんがカインズさんの特徴だった帽子だけ手に取って、地面の上の亡骸に謝る。
「置いて行くんですか?」
「少しでも急ぐ必要がある。荷物は少ない方がいいだろ」
そう言って、フィアーさんは不要な物を馬車から取り出してその場に放り捨てていく。
「これでいい。パトリシア、出発してくれ」
「はい」
後ろ髪をひかれつつも、フィアーさんが隣に座ったところで馬の鞭を入れた。
遠ざかっていく景色。置き去りにしてしまった仲間の死体。
カインズさん。あたしにとって、護衛なのに殺されてしまった初めての人だった。
今の時点でもうあたしは護衛失格だ。
カインズさんは死んでしまい、リリちゃんはさらわれて、フィアーさんは呪いのマジックアイテムを使用した。お母さんは瀕死の状態で、自分は弓も矢もなくして戦う力さえない。
情けない。フィアーさんに縋りついて泣いて謝りたい。
けれど、それは許されない。最低で最悪の状況だからこそ、ここで奮起しなければあたしはあたしを一生許すことはできないだろう。
「フィアーさん。約束します。リリちゃんは絶対に助けてみせます!」
「頼む」
そのためにも、お母さんの力は絶対にいる。
お母さんは強くて、なによりも正しいのだ。
いつだって、どんなときだって、正しい判断を下してくれる。
「それで、パトリシア。本当に、そのナルマッシュって街にいけば、クインシアさんを治療してもらえるのか?」
「ええ、間違いありません。なにせ、先ほどフィアーさんにもお話した、一番お母さんに執着していた皇女様がいる街ですからね」
フィアーさんの疑問に、あたしは自信満々に答えた。
あまりにも熱心に誘われるものだから、お母さんが断り切れずに会いに行くことになった皇女様。権力も皇族の中ではかなりある人だ。プリーストの一人や二人くらい、当然のように配下にしているだろう。
あたしは会ったことはないから絶対とはいえないが、あのお母さんが近衛になることを断りつつも、それでも何度か誘いに応じて足を運んでいるくらいにはすごい人なのだ。
お母さん本人からも悪い話は聞いていない。
それならきっと、お母さんに借りを作るためにも助けてくれるはず。
あるいは、リリちゃんを捜索する手伝いもしてくれるかもしれない。
あの皇女様なら。
「第三皇女ナターリア様なら、きっとあたしたちを助けてくれるはずです!」