分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
カインズさんが亡くなり、リリエッタがさらわれた日から丸一日が経過した。
クインシアさんの容体は悪い。
明らかに普通の怪我ではなく、定期的に回復ポーションを飲ませているが、ほとんど身体に復調は見られない。かろうじて命だけは繋いでいられるという感じだ。
その回復ポーションも、今朝の分で底をついてしまった。一刻も早く、プリーストに診せないといけない。
あとはクインシアさんの体力次第といった感じだったのだが、そこは冒険者、件のナルマッシュの街に到着するまでもってみせた。
「どうか第三皇女ナターリア様にお取次ぎください! ゴールドランク冒険者、銀翼のクインシアの命を助けてください! そのためなら、あたしはなんでもしますから!」
入口の検問所で、パトリシアが門兵に必死に訴える。
クインシアさんの金の認識票を確認し、馬車の中で倒れ伏す彼女の容態を確認した兵士は「確認する」と言って去っていく。
「お母さん。もう少しです。がんばってください」
パトリシアがクインシアさんの手を握って祈る中、俺はこちらを警戒する兵士に近づいた。
「なあ、兵士さん。回復ポーションだけでも先に買わせてもらえないか?」
「い、いや、ダメだ。あんたを街の中に入れるわけにはいかない」
黒騎士の伝説を知っているのか。俺を見る兵士は腰が引けていたが、それでも職務を果たそうとしている。
やはりこの格好がまずいのか。
道中は、パトリシアがかなり追い詰められていて休もうとしなかったから、今の自分の睡眠不要な部分を主張して寝ずの番などを引き受けていた。襲撃の警戒もあって解除することが憚られたから、そのままここまで来てしまった。
まさか街に入ることすら許されないとは。
「ならお金を余分に出すから、回復ポーションを分けてもらえないか? クインシアさんはあの調子なんだ。皇女様の許可が下りるまでもたないかもしれない」
「それは……どうする?」
対応していた兵士が、他の同僚に相談する。
「……ナターリア様が銀翼殿を以前誘われていたのは事実だったはず。いいんじゃないか?」
「なら売ってやろう。高くつくぜ?」
「買わせてくれ」
相場の五倍近い値段を取られたが、回復ポーションを売ってもらえた。
それを持って、パトリシアに声をかける。
「パトリシア。回復ポーションだ」
「ありがとうございます、フィアーさん。お母さん、飲めますか?」
パトリシアはクインシアさんの上半身を起こすと、口元に回復ポーションをゆっくりと傾けていく。
粗悪品の心配はあったが、まともなポーションだったようで、嚥下したクインシアさんの息が少し落ち着く。これならなんとか、皇女様に報告が行くまで大丈夫だろう。
あとは件の第三皇女様が、プリーストを寄こしてくれるかどうかだが。
……第三皇女ナターリアか。
現皇帝の皇女の中では一番有名な人物だろう。継承の上では不利気味な皇女でありながら皇位継承権第三位につける傑物であり、他の兄弟姉妹と違ってスキルの詳細が明かされていない謎深きお姫様だった。
年齢はたしか十八歳だったはず。巷では『吸血姫』なんて呼ばれて恐れられているそうで、正直あまりいい噂は聞かないのだが。
「なあ、兵士さんたち。この街の代官様ってどんな方なんだ?」
「なんだお前? ナターリア様を知らずにここまで来たのか?」
情報収集もかねて兵士たちに話しかければ、お金を渡したことで気をよくしたのか、軽い調子で話に付き合ってくれた。
「噂通りの御方だよ。綺麗だけど、どことなく危険な香りが漂う御方でな。あと癇癪もちだから、そこは気を付けた方がいい」
「機嫌を損ねた奴らが、何人か不敬罪で首を刎ねられてるからな」
「そうそう。公開処刑されてさ。怖かったね、ありゃ」
口ぶりの割に、兵士たちの表情には敬意が含まれていた。
「それでも悪い方じゃない。あの方がこの街の代官になってくれてからは、治安もだいぶ良くなったしな」
「このあたりは帝国でも南の方に近いから、割とモンスターが出るんだよ。偶に俺らじゃ敵わないようなモンスターが現れると、ナターリア様が子飼いの騎士様を派遣してくれるんだ」
「ナターリア様は人材マニアでな。何人もスキル持ちを囲い込んでるんだ。その人たちにかかれば、強いモンスターでも一捻りよ」
「なるほど」
治安維持に協力してくれているというわけだ。
矢面に立ちがちな兵士からすれば、頼れる上司といったところなのだろう。
「ま、そういう意味では銀翼殿も、あんたも、あの方のお眼鏡には叶うだろうな」
「ゴールドランクの冒険者に黒騎士だからな。無能には厳しいが、有能な人材には甘いところもある人だ。大事にしてもらえるだろうぜ。うらやましいかぎりだ」
「いやいや、黒騎士になると飯どころかアレも使えなくなるんだぜ? 俺はごめんだね」
下手に出ていたため、下品に嗤う兵士たち。治安は良いのかもしれないが、門兵がこの調子では品位はあまり期待できないかもな。
そうこう過ごしているうちに、報告に行った兵士が戻って来た。
一緒に立派な鎧を身に着けた、騎士らしき人物を連れている。
「貴公か、畏れ多くも皇女殿下に拝謁を求めている者というのは?」
「はい。フィアーと申します。馬車の中にいるのは、銀翼という冒険者パーティーのクインシアとパトリシアになります」
「クインシア殿のことは存じている。皇女殿下がお誘いしているにもかかわらず、首を縦に振らぬ無礼者よ」
壮年の騎士はクインシアさんを蔑む発言をする。
「が、皇女殿下の御心は広い。治癒魔法を施すことをお許しになられた。館まで案内しよう」
「ありがとうございます」
「あとで皇女殿下御自らお会いになられる。礼は直接本人に言うのだな」
黒騎士という暴力装置に直接会ってくれるのか。思ったよりも大胆な人なんだな。
騎士の手引きに従って、馬車で門を潜る。
ナルマッシュの街はこれまで見てきた帝国の街よりも、いくらか活気のある街だった。
王国も同じなのだが、街は治めている人次第でかなり変わる。ナターリアはあくまでも代官であり、皇帝直轄領のナルマッシュの統治者は皇帝その人である。
パトリシア曰く、帝都の周辺はこういった直轄領ばかりらしい。皇位継承権が上位の皇子皇女らに練習だといわんばかりに治めさせているという。統治の腕を見るためだろう。皇子皇女らも下手なことはできないと、どこもそれなりに力を入れて統治されているとの話だった。
代官屋敷は街の中心部にあり、まっすぐ大通りを進めば辿り着いた。
屋敷というよりかは砦といった印象の場所だ。分厚い城壁に囲まれ、いざというときは立てこもれるようになっている。お陰で内部は薄暗く、少し空気がじめっとしていた。
「クインシア殿はプリーストのいる医務室に。パトリシア殿、運んでいただけるか?」
「もちろんです。あ、でも」
パトリシアがこちらを見る。護衛として俺を放置できないのだろうが、今はクインシアさんについていてあげるといい。
そう思って頷くと、申し訳なさそうな顔で頭を下げられる。
「フィアー殿はこちらへ。ナターリア様がお待ちだ」
「わかりましたが、この格好でよろしいので?」
「本来なら許されんが、着替えられんのだからどうしようもあるまい」
館に入ったところでパトリシアと別れ、騎士に連れられて奥の謁見の間に通された。
中央に赤い絨毯が引かれ、左右に剣を携えた兵士たちが控えている。奥は一段高くなっており、そこに鉱石を削りだして作られたであろう、艶ややかな黒い玉座が鎮座していた。
玉座の主はまだいない。あとで入室する形なのだろう。
「こちらで待たれよ」
騎士は俺に指示を出したあと、他の騎士と同じ列に並んで剣を構える。
とりあえず、ゼルクト伯爵にそうしたようにその場に跪いて待つことにした。
「帝国第三皇女、ナターリア・ケーニヒ・ゼノ皇女殿下のお越しである!」
ややって、玉座に一番近い位置にいた騎士が大きな声で宣言する。
コツ、コツ、コツとヒールで床を叩く音が響き、誰かが玉座に腰かけた。
「頭を上げよ!」
騎士から許可が下りる。
頭を上げ、帝国の第三皇女様の姿を視界におさめる。
第一印象は『夜』だった。
月明かりを溶かしたような銀色の髪に、血が本当に通っているのか疑わしいほどに白い肌。ゴシック調の黒いドレスとのコントラストで、髪も肌もまるで輝きを放っているかのよう。
未だ少女と呼ぶべき年齢ながら、どこか浮世離れした美しさがある。
さながら月夜がそのまま人の形になったかのような、そんな妖しい少女だった。
玉座に足を組んで腰かけたナターリアは、その血のように赤い瞳で俺を見下すと、三日月のように口を歪めた。
「よく来たわね、今代の黒騎士。あたくしが帝国の第三皇女ナターリア・ケーニヒ・ゼノよ」
「拝謁の栄誉に預かりまして大変恐縮であります、皇女殿下。私はフィアーと申します。この度は私の仲間であるクインシアの命を救っていただき、感謝の念に絶えません」
「いいのよ、フィアー。いいえ、むしろよくやってくれたと言っておくわ。あたくし、前々からクインシアのことは手に入れたかったの。その機会がこんな風に転がり込んできてくれて、あたくしとても嬉しいわ」
ナターリアは大きく口を開き、八重歯をのぞかせつつ機嫌良さそうに笑う。その姿は第一印象とは裏腹に、どこか童女めいた幼さがあった。
「それに、フィアー。あたくし、あなたのことも是非手に入れたいと思っているの。どうかしら? あたくしの覇道に力を貸してくれない?」
「お戯れを。黒騎士の危険性は、皇女であるあなた様はよくご存じなのでは?」
「そうね。先代、いえ、もしかしたら先々代かしら? どちらかはわからないけれど、ずいぶんと我が国の戦場で暴れまわったもの。まさに伝説どおりの黒き死の風であったと噂で聞いているわ。
けれど、あなたは冷静さを保っている。話に聞く狂気とやらはどこにも感じさせないわ。であれば、あたくしの命令にも従えるでしょう? 謙遜しなくても、あなたはこのあたくしに仕える価値がある人間だわ」
黒騎士の戦闘力を考えれば、当たり前というべき高評価だった。
やはりこうなったか。ナターリアと会うことになると聞いたときから、こういう展開になることは予想がついていた。皇位継承戦の只中であるナターリアからすれば、黒騎士は是非とも勧誘したい戦力だろう。
だからといって、頷くわけにもいかない。
俺にはやらないといけないことがある。
「申し訳ありませんが、私にはやらなければならないことがありますので」
「やらないといけないこと? それはあたくしの誘いを蹴ってまで優先することなのでしょうね?」
断る意思を見せると、ナターリアの眉が跳ね上がり、瞳が危険な色を帯びる。
「実は妹を人さらいにさらわれてしまったのです。私はなんとしても彼女を見つけ出し、この手に取り戻さなければなりません」
「あらそうなの」
やるべきことを正直に伝えると、途端にナターリアは落ち着いてみせる。今のこのやり取りだけでも、感情の起伏が激しい少女なのは容易に見て取れた。
「そう、妹を誘拐されてしまったの。それは悲しいことね。あたくしも妹や弟を持つ身、気持ちはわからないでもないわ」
「そう言っていただけると助かります」
「であれば、話は簡単ね。あたくしがその妹とやらを見つけ出してあげるわ」
「本当ですか?」
「ええ」
とびきりの笑顔をナターリアは浮かべる。
「その代わり、もしも見つかったらあたくしの配下になると約束してくれる?」
「……妹を、無事に取り戻すことができたのであれば」
俺は一瞬悩んだあと、そう約束した。
今の状況では他に手段はなかった。リリエッタが誰にさらわれたのかもわからなければ、頼れる相手もいない。カインズさんが亡くなって初めて、どれだけ情報収集や方針決定の面で頼りになっていたか思い知らされる。
あとのことは、リリエッタを取り戻したあとで考えるしかない。優先すべきはまずリリエッタの身の安全だ。
「素敵なお返事を嬉しく思うわ」
ナターリアは玉座から立ち上がると、すぐ目の前まで下りてきた。
手の甲を差し出される。彼女がなにを望んでいるかはすぐにわかった。
俺はナターリアの手をとり、口づけを落とす。といっても、甲冑に覆われているので感触もなにもなかったが。
「……やはり、その甲冑は邪魔ね」
同じことを思ったのか、ナターリアが小さな声でそうつぶやいた。
「いいわ。あなたのことは、時間をかけてゆっくりとあたくしの虜にして差し上げましょう。幸いにも、あなたのような狂気を虜にするのは初めてではないものね」
指でヘルメットの表面をなぞられる。
俺を見下すナターリアの視線には、暗い支配の悦びが込められていた。
「そのためにも、早速あなたの妹を捜索する手はずを整えましょうか。情報が出揃うまでは、そうね、モンスター退治でも手伝ってもらおうかしらね」
「お望みとあらば」
「頼もしいお返事。やはり戦仕事は得意ということね。他になにか特技などはあるかしら?」
「特技、ですか?」
「そうね。たとえば、なにかしらのスキルを持っているとか」
「まさか。そんな便利なものを持っていたら、呪われたマジックアイテムなんて使っていませんよ」
淀みなく返事をする。これが本体だったら悩むんだろうが、生憎と今の俺は本当に戦うことくらいしか能がない状態だ。
「そう。まあ、黒騎士ですものね」
「ええ。仕えることになるとしても、時間制限があることはお許しください。自分で言うのもあれですが、あまり長くは生きられない身の上ですので」
「ふふふっ、それを自分で言うなんて、本当に黒騎士らしくないのね」
コロコロと笑ったあと、ナターリアは玉座に戻り、皇女の顔になって告げた。
「黒騎士フィアー。吉報を待ちなさい。あなたの妹は、必ずやこのナターリアが見つけてあげるわ!」
「ありがとうございます、ナターリア皇女殿下」
このときばかりは彼女に対して、俺は本心から頭を下げたのだった。
同時になんとなしに思った。
この娘、きっと俺がおばさんって読んだらバチギレるだろうなぁ、と。