分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第87話  彼女の狙い

 第三皇女ナターリアとの謁見のあと、クインシアさんの様子を見るために医務室に足を運ぶ。

 

 兵士に案内を受けた先では、すでにクインシアさんが治療を受けたあとだった。ベッドで眠る彼女の身体に傷らしい傷は見当たらない。

 

「パトリシア。クインシアさんの容態はどうだ?」

 

 ベッド脇の椅子に座っていたパトリシアに聞けば、道中で見せていた焦燥は消え、穏やかな表情で応えてくれる。

 

「大丈夫です。治癒魔法をかけてもらって、すっかり怪我は治りました。あと数日安静にしていれば、起き上がれるようになるとのことです。目ももうすぐ覚ますだろうって」

 

「そっか。よかった」

 

「はい。本当に、よかったです」

 

 安心したのか、目尻に浮かんだ涙をパトリシアは拭う。ずっと気を張ってたからな。無理もない。

 

「すみません。つい。フィアーさんはナターリア様に謁見していたんですよね? どんな方でしたか?」

 

「想像していたより、ちゃんと話が通じそうな人だったよ」

 

 俺はパトリシアに謁見での出来事を話した。

 

 リリエッタの捜索を引き受けてくれたこと。代わりに、捜索中と見つかったあとは俺が色々とナターリアの手伝いをしなければならなそうなこと。

 

「そうですか。助けてもらいましたし、あたしもナターリア様のために働かないといけないですね」

 

「そうなるだろうな」

 

 リリエッタの捜索にしてもそうだったし、ナターリアがクインシアさんの治療をしてくれたのは、彼女を自分の陣営に引き入れたいがためだろう。

 

 良くも悪くも損得勘定で動いている。助けた分は働いて返せというわけだ。

 

「すみません、フィアーさん」

 

 眠るクインシアさんを見守っていると、パトリシアが改まって謝罪してきた。

 

「どうしたんだいきなり?」

 

「色々と迷惑をかけてしまいましたから。元はといえば、あたしたちが不甲斐ないばかりに、護衛対象であるフィアーさんたちを危険な目に遭わせてしまいました。カインズさんも守り切れず……」

 

 カインズさんか。俺、あの人が普通に死んだとはどうしても思えないんだよな。

 

 腰に下げた袋に触れる。黒騎士状態ではポケットもクソもなかったので、ベルトを無理やり巻き付けることで道具袋をくっつけているのだが、そこにカインズさんの死体から拾った金貨を入れていた。

 

 この金貨は普通の金貨ではない。流通しているものとは異なる意匠の金貨だった。

 

 これに似たものを、俺は前にも見たことがあった。

 アルフィリアさんがスキルをもって生み出したコインに似ているのだ。

 

 人格排出スキルと呼ばれた、アルフィリアさんの第二のスキル。それによって生まれたものは、この硬貨と生きているのに動かない『生き人形』だった。

 

 詳細は不明だが、おそらくアルフィリアさんは人から人格――魂と呼ぶべきものを抜き取ることができる。その際に自分の身に着けた硬貨を使っていたことから、そこに抜き出した魂を封じていると思われる。

 

 魂を抜き取られたため、ザリオと部下二名は抜け殻のようになってしまったのだ。

 

 一生そのままなのであれば、アルフィリアさんは肉体を処分なりしたはずだ。

 しかし、生き人形も魂のコインも回収して聖都まで運ぼうとしていた。となれば、アルフィリアさんならあとで元に戻すこともできる可能性が高い。

 

 硬貨を触媒にして、人の魂を抜き差しできるスキル。それが人格排出スキルの正体だと俺は見ている。

 

 カインズさんの死体から見つかったこの硬貨が、その魂のコインだとするなら、彼もまた魂を抜き取られた経験があるはずだ。

 

 コイン排出後の死体の人相が変わったことから、魂のコインは生き人形であれば本人のものでなくとも入れられるのではないだろうか。肉体は魂に引っ張られ、姿形を宿主のそれに変化する。

 

 ……ここまでの予想が正しければ、おそろしいスキルである。

 

 魂のコインの状態で意識があるかは定かではないが、もしあるのだとすれば、元の身体に戻りたければ命令に従えと言われたら、アルフィリアさんに逆らえない従順な兵士の完成というわけだ。

 

 さすがに使用条件はあると思うのだが、魂という本来観測できないものを対象に攻撃されては、普通の人なら手も足も出せない。

 

 無詠唱魔法に加えてそんなスキルまであるのだから、六聖教会で特別高い地位にいるのも納得というものだ。

 

 そんなアルフィリアさんが派遣してきたカインズさんが、誰かの生き人形に魂だけを入れて働かされていた身の上だとすれば、肉体の破壊は彼の死を意味しない。このコインさえ大事に保管しておけば、あとで復活できるかもしれない。

 

 まあ、すべては俺の願望込みの考えなのだが、そう思えるのはアルフィリアさんのスキルを知っているからだ。パトリシアからすれば、やはりカインズさんは死んだものと考えているのだろう。

 

「前にも言ったけど、パトリシアが悪いわけじゃない。悪いのは襲ってきたあいつらだ」

 

 そう、あのとき襲い掛かって来た何者か。すべての原因はあいつらだ。

 

 カインズさんを殺し、リリエッタをさらい、クインシアさんを傷つけた。この報いは必ず受けてもらわないといけない。

 

 問題は、今もって襲撃者が誰なのかわからないことだ。

 

「リリエッタを見つけるためにも、襲ってきた相手についてクインシアさんの話を聞きたいところなんだけど」

 

 クインシアさんはまだ目を覚まさないようだ。

 

 俺が遭遇した敵の情報については、すでに兵士を通してナターリアに伝えてある。

 

 あとはカインズさんを殺し、クインシアさんをここまで追い詰めた何者かの情報を伝えられれば、ある程度は絞り込めると思うのだが。

 

 二人を圧倒した敵だ。ほぼ間違いなくスキル持ちだろう。泥を操るスキル持ち、あとは霧使いもスキル持ちだったと仮定すれば、敵の陣営にはスキル持ちが複数存在していることになる。

 

 そんな組織が無名のはずがない。最低でもどこかの貴族やそれに準ずる力を持った人間が率いているはずだ。

 

 そういう意味では、ナターリアも怪しいといえば怪しい。

 

 皇族の彼女ならスキル持ちを複数従えていてもおかしくないし、そもそもこの付近一帯はナターリアの支配領域である。敵についてなにも知らないとは思えない。

 

「あの、フィアーさん。言えないのならよいのですが」

 

 考え込んでいると、パトリシアが声をかけてきた。

 

「お母さんたちを襲った相手に、フィアーさんは心当たりはあるのでしょうか?」

 

「そうか。カインズさんとは色々と相談してたけど、それをパトリシアたちには共有してなかったな」

 

「はい。誰が襲ってきても護衛するつもりでいましたが、結果は御覧のとおりなので。可能でしたら、情報を共有していただけると助かります」

 

「それはもちろん……と言いたいところなんだけど、俺もわかってないんだ」

 

「そうなんですか? カインズさんがフィアーさんを狙っていた人たちがいると言っていましたが」

 

「狙われてはいるんだけど、このタイミングで襲撃を仕掛けてくるとは思えないんだよ。特にリリエッタをさらう必要性が見つからない。俺への人質かなにかかと思ったけど、それにしてはなんの要求もないし」

 

 俺のスキルを狙った者による刺客。皇族であることを危惧した者による刺客。カインズさんと一緒に考えたどちらにしても、やはり今回の襲撃とは結び付かない。

 

「なんというか、俺のことを狙ってはいるんだけど、別に俺のことを詳しく知ってるわけじゃないように思えるんだよな」

 

「ええと、どういうことでしょうか?」

 

「なんて説明したらいいかな。最初から俺を狙って計画していたわけじゃなくて、偶々網を張っていたら迷い込んできたのが俺だったから狙った、みたいな?」

 

「……計画的なものではなく、衝動的な襲撃、ということでしょうか?」

 

「そうだな。たぶん、そうなんだと思う」

 

 最初は雇った盗賊をぶつけ、こちらの戦力を測っていたところから見ても、一連の黒幕は俺のことをよくは知らなかったはずだ。

 

 たとえば、黒幕が俺のことをよく知るアルフィリアさんだったとするなら。

 

 初撃で最大火力をぶつけてくるだろう。警戒される前に奇襲でクインシアさんとパトリシアを無効化し、カインズさんをリリエッタの側から動けないようにして、俺のことはデスシードを使われる前に捕らえる。声を出せないようにすれば自爆もできないし、それで俺は無効化できる。

 

 だが黒幕はそうしなかった。

 

 盗賊をぶつけ、戦力を推し量り、そのあとで戦力を整えてぶつけてきた。そして俺がデスシードを使ったことに驚いて一度は撤退したが、最後の一撃で俺とパトリシアを分断できたことを知り、カインズさんを奇襲して殺害。クインシアさんを倒してリリエッタをさらっていった。

 

 俺とパトリシアが落下しなかったら。カインズさんを奇襲で倒せなかったら。上手くいかなかった作戦だろう。

 

 行き当たりばったりとまでは言わないが、用意周到に計画されたものでもない。

 

 おそらくこの黒幕は、俺が分身スキル持ちであることも、帝国の皇族であることも知らない。

 

 襲撃前にわかっていた情報は、俺が危険を冒してでも襲撃するに値する価値があるということだけ。

 

 デスシードのことを把握していなかったのならば、黒幕が俺に見出した価値はスキルくらいのものだろう。カインズさんも言っていたではないか。教会関係者という時点で、俺やリリエッタがスキル持ちだと勘違いするのが普通だと。

 

 つまり黒幕は、分身スキルのことは知らなかったが、俺になにかしら強力なスキルがあると思って襲ってきた。目的は命ではなく拉致すること。

 

 そう考えれば、リリエッタをさらったことにも納得がいく。

 

 俺にあてはまる価値は、そのまま同じように守られていたリリエッタにもあてはまる。黒幕はリリエッタもスキル持ちだと判断してさらっていったのではないだろうか。

 

 カインズさんを殺し、クインシアさんを排除しようとしたのは、その邪魔になるから。

 

 敵の狙いは、教会の人間によって大事に守られたスキル持ちの子供二人。

 

 そう考えるとしっくり来る、かなぁ? なんかまだ違和感があるけど。

 

 あとその場合でも疑問は残る。

 ずばり、どうやって黒幕はその情報を得たのかということだ。

 

 小さな商隊にしか見えなかった俺たちを観察して、襲撃しなければと判断した理由がわからない。

 

 カインズさんは諜報員で、基本的に教会関係者だとは周りには知られていなかった。だとすれば、銀翼からか。クインシアさんは有名人みたいだし、教会と懇意にしているのも有名だとすれば、銀翼が守っている=教会の重要人物という等式は結べる可能性はある。

 

「なあ、パトリシア。ちょっと聞きたいんだけど」

 

「はい、なんでも聞いてください」

 

 考え込む俺のことを黙って見守っていてくれたパトリシアは、話を振るとに威勢よく答えてくれる。

 

「パトリシアたちは、いつも俺たちみたいな教会関係者ばかりを護衛しているのか?」

 

「いえ、そういうわけじゃありません。ほとんどは商人とかそういう人たちですね。割合でいえば、教会の仕事を受ける頻度は一割もないくらいですよ」

 

「そんなに少ないのか?」

 

「はい。お母さんが仲がいいだけで、別に正式に教会所属というわけじゃありませんしね。まあ、お母さんは各地の情報をこっそりと伝えていたみたいですけど、直接依頼を受けるのは本当に稀で、聖女様から護衛を頼まれるみたいなことは今回が初めてですね」

 

 だとすれば、銀翼が守っているからといって即座に教会関係者と認識することはできないはずだ。

 

 やはり黒幕は、最初から情報を得ていたことになる。

 

 そしてその得られた情報というのは、あくまでも教会関係者の子供たちという情報だけで、分身スキルのことも、皇族のことについても知らされていない。

 

 ……その限定的な情報だけを得ていた人を、俺は知っていた。

 

「ありがとう、パトリシア。参考になった」

 

「いえいえ、これくらいのことならいくらでも。他にもなにか聞きたいことがあったら聞いてくださいね。今なら秘密の情報でもなんでも答えてあげますよ!」

 

 おどけるようにパトリシアは言った。

 

 俺はちっとも笑えなかった。

 

 なぜなら俺の考える犯人像に一番近いのは、そこにいるクインシアさんその人だったからだ。

 

 彼女が犯人で襲撃者の内通者だったと考えれば、すべての説明はつく。

 

 いや。

 

 さすがに考えすぎか。

 

 クインシアさんがここまでボロボロになってまで、スキルを欲する理由なんてないはずだ。

 

 もしクインシアさんが犯人で教会を裏切っていたとすれば、絶対にアルフィリアさんは彼女を許さないだろう。ちゃりーんとかいって、クインシアさんも魂のコインに封じ込められてお終いだ。

 

 闇金聖女の恐ろしさは、クインシアさんだって当然知っているはず。

 

 本当にあるのかどうか、強いのかどうかも定かではないスキルと引き換えにアルフィリアさんを敵に回すのは、あまりにも割にあわないはずだ。彼女と敵対するということは、六聖教会そのものを敵にするといっても過言ではないのだから。

 

「ん、んん……」

 

 そのとき、小さな唸り声とともにクインシアさんが目を覚ました。

 

「ここは……?」

 

「お母さん。大丈夫ですか?」

 

 パトリシアが目を覚ましたクインシアさんの顔を覗き込む。

 

 クインシアさんは娘を見て、それからこちらを見て、

 

「そう、ですか。申し訳ありません。どうやら、ご迷惑をおかけしてしまったようですね」

 

 謝罪の言葉をまずなにより先に口にするのだった。

 

 

 

 

 

 目を覚ましたクインシアさんに、なにがあったのかをパトリシアが説明する。

 

「事情は理解しました。ナターリア様にはお礼を述べなければなりませんね」

 

「あ、そうですね。あたし、お母さんが起きたことをあちらの方々に伝えてきます」

 

 パトリシアが医務室を出ていく。

 

 それを見送ったところで、俺はクインシアさんに向き直った。

 

「クインシアさん。本調子じゃないところ申し訳ないんですが」

 

「わかっています、フィアー様。カインズ様や私を襲い、リリエッタ様をさらっていった敵についてですね」

 

 俺は頷く。今はなによりその情報がほしい。

 

「もちろんご説明させていただきます。ただ、私も敵の正体についてはつかめていません。敵は仮面をつけ、素性を隠していましたから」

 

「いきなり襲ってきたんですか?」

 

「はい、暗殺者のごとく気配もなく忍び寄ってきて、まずカインズ様が殺されました。そこでようやく私も敵の存在に気付き、リリエッタ様を守るべく戦ったのですが……申し訳ありません。力及ばず、リリエッタ様をさらわれてしまいました」

 

「そうですか……」

 

 頭を下げるクインシアさんを見て、俺は彼女を責めることはできなかった。

 

 リリエッタを誘拐した何者か。その情報はクインシアさんに事情を聞いてもわからないままだった。

 

 これでは本格的に、皇女様頼みということになってしまう。

 

 それでいいのか? 他に俺になにかできることはないのか?

 

「フィアー様。なにもできなかった私がこんなことを提案するのはいかがなものかと思うのですが」

 

「提案?」

 

「はい。ナターリア様が動かれているのであれば、敵についての情報はいずれ集まるかと思います。敵の規模がどうであれ、敵わないということもないでしょう。ただ、それでもリリエッタ様のことを思えば一抹の不安は残ります」

 

「その通りですね」

 

「ですので、可能であれば癒しと黄金の聖女様に応援を頼むことはできないでしょうか?」

 

「アルフィリアさんに?」

 

「はい。ナターリア様にも話は通さないといけませんが、事態が事態です。我々の状況をお伝えすることだけでもするべきではないでしょうか?」

 

「たしかに」

 

 いつも仲介してくれるカインズさんがいないから失念していたが、アルフィリアさんに連絡を取ること自体は俺でも可能なのだ。聖都に向けて手紙を出せばそれでいい。

 

 今すぐどうこうは無理でも、窮地を訴えればアルフィリアさんなら応援を寄こしてくれるはず。なんなら、モンスタースタンピードのときのように転移で直接本人が駆けつけてくれる可能性も……

 

「…………」

 

 待て。

 

 もしかして、それが狙いなのか?

 

 俺の頭の中で、今まで言葉にできなかった違和感のようなものが、ぴたりとはまったような感覚があった。

 

 そうだ。あるのかどうか、強いのかどうか定かではないスキル持ちの子供。そんな不確定な情報より先に、ひとつ確実で大事な事実がある。

 

 俺とリリエッタは、かの聖女アルフィリアが大事にしている子供、という揺るがない事実が。

 

「フィアー様。なにか問題はありましたでしょうか?」

 

 クインシアさんがまっすぐ俺を見つめてそう告げる。

 

「……いえ。実は俺、アルフィリアさんの連絡先を知らないんです。そういうのは全部、カインズさんがやっていたので」

 

「そうだったのですね」

 

「ええ。クインシアさんこそ、アルフィリアさんに連絡を取ることはできないんですか?」

 

「私も直接は。しかし、懇意にしている司祭様などを通して連絡することは可能かもしれません。本来であればどこかで止められてしまうでしょうが、今回は事情が事情ですので、行けるかもしれませんね」

 

「だったらお願いできませんか? 俺も聖都に向けて手紙だけでも送ってみます」

 

「そうですね。どちらかでも届くことができれば」

 

 クインシアさんはそこで小さく、怪しんで見てないと気付かないくらい本当に小さく笑みを浮かべると、

 

「なかなか人前に現れないことで有名な癒しと黄金の聖女様も、もしかしたらこちらに駆けつけてくれるかもしれませんから、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは何気ない平穏な日常の一幕。

 いつもどおりに午前中は勉学に励み、午後を鍛錬に費やしたその帰り道のこと。

 

 大聖堂の柱の影に隠れ、こちらを手招きする小さな人影を見つけた。

 

「――アイン。こっち。こっちじゃ」

 

「ん?」

 

 白いシーツを頭からかぶった誰か。今の俺と背丈もほとんど変わらない子供だ。

 この聖都の誇る大聖堂に入れる人間で、俺やフィーネをのぞけばこんなちみっこい相手は一人しかいない。

 

 近づいて、おもむろにそのシーツを奪う。

 

「こんなところでなに遊んでるんですか? ネル様」

 

「ああ! シーツを取らないでほしいのじゃ!」

 

 涙目で背伸びをし、俺の手からシーツを奪い返そうとしているのは、十歳くらいの小さな幼女だった。

 

 床につきそうなくらい長い金糸の髪。蒼穹をたたえたような大きな青い瞳。将来の美貌を約束された人形のような美少女であり、その耳は木の葉のようにピンと尖っている。

 

 しかし素質は一流でも、格好は褒められたものではない。

 

 髪は寝癖であちらこちらが跳ねているし、着心地重視のシャツはよれよれでしわしわだ。風呂にもしばらく入っていないか、ちょっぴり臭う。

 

 誰であろう、このどう見ても部屋の片隅か押入れの奥が似合いそうな少女こそが、人類の守護者。

 

 六聖教会の最高指導者、教皇ネルその人ある。

 

 うん、マジで。

 

 ネル様は俺から取り戻したシーツを頭からかぶり、姿を隠したところでようやく人心地ついたのか、俺をジトっとした目でにらんできた。

 

「アイン。お主は前々から儂への扱いがぞんざい過ぎでは? 儂が死んだら人類終わりよ? 大事にしなければならない人類の宝よ? そこのところ本当にわかっておるのか?」

 

「いやだって」

 

 どう見ても引きこもりのニートだしなぁ。

 

 いや、わかってはいるのだ。

 

 俺がこの聖都で暮らし始めて一年以上が経過している。色々なことを学ぶことができたし、目の前の少女の重要性も嫌というほど理解できている。

 

 しかし実態がこれだからなぁ。

 

 別に四六時中祈りを捧げているわけではなく、だいたいが大聖堂の奥に引きこもってお菓子を食べたり、各地から搔き集めた書物を読んで笑い転げたり、真昼間からお酒をかっ喰らってパンツ丸出しで居眠りしているところしか見たことがない。

 

 アルフィリアさん曰く、『ネル様は乙女心を千年前に置き去りにしているので』とのことだったが、そんな休日のおっさんみたいな姿しか見たことがない俺からすれば、敬意など抱きようがないのである。

 

「ネル様。もうちょっと普段からまともな生活をしましょうよ」

 

「ええい、お主もアルフィリアみたいなことを言うでない。いいんじゃ。儂は生きることがお仕事なんじゃもん。生きてるだけで偉いんじゃもん」

 

「じゃもんって……年齢を考えてくださいよ、ロリババァ」

 

「今ババァって言わんかった? 言ったよね? あんまり舐めたこと言うと処すよ? 人類反逆罪で処しちゃうよ?」

 

「具体的には?」

 

「フィーネに――」

 

「ごめんなさいネル様偉いです人類の宝です永遠の美少女ですすごいぞヤッター」

 

「お、おう。まだなにも言っておらんのじゃが……ふふん、わかっておるならよいのじゃ」

 

 しまった。つい条件反射で。

 

「そこでフィーネを持ち出すのは反則でしょうが」

 

「儂とフィーネはマブじゃからな! 悔しかったら、アインももっと陰属性を鍛えてくるんじゃな!」

 

 俺も別に陽属性じゃないと思うんだけどな。フィーネとネル様の波長が合い過ぎるだけだ。初対面はあれだったのに、いつの間にか仲良くなりやがって。

 

「はあ……まあいいや。それよりも、ネル様が地下から出てくるのは珍しいですね。なにか俺に用でもあったんですか?」

 

「そうじゃった!」

 

 ネル様はきょろきょろと周囲に誰もいないことを再確認したあと、

 

「アインよ。アルフィリアからカインズが死んだことを聞いておるか?」

 

「カインズさんが死んだ?」

 

「その様子だと聞いておらんようじゃな。まったく、やはり自分一人で終わらせようとしておったか」

 

 カインズさんというのは、アルフィリアさんとネル様の部下の男の人で、俺にとっても知り合いだった。本体の俺への手紙をお願いしたこともあるくらいだ。

 

 二人からの信頼が厚いようで、どうやら本体の俺の監視役兼いざというときの護衛役みたいな形で派遣されている人物なのだが、どうやら彼が亡くなったらしい。

 

「カインズさんが死んだって、一体なにがあったんですか?」

 

「案ずるな。カインズは死んだが、あとで復活できる」

 

「復活できる?」

 

「アルフィリアのスキルの話になるから詳しくは話せん。まあ、そこはよいのじゃ。問題はあのカインズが何者かに殺されて死んだということじゃ」

 

「殺された? たしかカインズさんって今、別の分身と一緒に帝国で行動してるんじゃなかったでしたっけ?」

 

 本体の俺が巻き込まれている帝国の皇族問題。それを解決するための帝国行きの護衛として、アルフィリアさんが肝いりの冒険者を指名して手配したこと。

 

 それらの情報は、定期的にやってくる本体からの手紙や、直接会いに行ったアルフィリアさんから教えてもらっていた。

 

「儂もそう聞いておる」

 

「ということは、そっちに行った分身の俺がピンチに陥ってるってことですか」

 

「そうなるじゃろうな。心配か?」

 

「どちらかと言うと、一緒にいるっていう妹が心配ですね」

 

 リリエッタ。会ったこともない相手だが気になっていたのだ。

 

 なんだよ、妹だけど本当は姉で、でもそれも間違いで実は叔母様だったけど、でも俺はリリエッタのお兄様だからなんの問題もないって。意味わからん。本体の俺はもしかしたら馬鹿になっちゃったのかもしれない。

 

 あ、元々か。

 

「向こうの俺は大丈夫なんですか?」

 

「そこまではわからん。ただ、アルフィリアは事情を確認するために帝国まで行こうとしておる」

 

「アルフィリアさんが帝国に?」

 

「ああ。……あまり過干渉はよくないのじゃがな。それに前も無理やり転移して死にかけておったし。姉としては心配じゃよ」

 

 姉か。

 

 ネル様とアルフィリアさんは姉妹の関係らしい。どう見ても逆にしか見えないが、ネル様が姉でアルフィリアさんが妹なのだそうだ。エルフマジックなのだろうか。エルフマジックなのかもしれない。

 

「やっぱり、兄姉としては妹のことは心配になりますよね」

 

「そうじゃな。というわけで」

 

 ネル様がぽん、と俺の肩を叩いてきた。

 

「アインよ。お主、アルフィリアに付いて行ってやってくれんか?」

 

「俺が?」

 

「お主の言うことならアルフィリアも耳を傾けるじゃろう。それに元はと言えば、お主らの問題じゃろう? 窮地に陥っているからといって、アルフィリアが助けにいくのはちと違うと思うんじゃが」

 

「たしかに」

 

 ネル様のいうことはもっともだ。

 

 分身の俺が危機に陥っているのなら、助けに行くべきは本体の俺であり、同じ分身の俺であるべきだ。

 

 そして帝国で問題が起きているなら、今から王国にいる本体の俺に手紙で知らせて動いてもらうよりも、聖都にいる俺の方が早く現地に辿り着けるだろう。船を使って海から行けば、大陸の北端にある聖都から帝国西部の港町までは一週間とかからない。そこからの旅程を含めても、帝都まで十日もあれば行けるはずだ。

 

 帝国は教会と仲がいいわけではないが、完全に断絶しているわけでもない。

 ネル様に親書のひとつでも書いてもらえれば、皇帝への謁見すら叶うだろう。

 

 少なくとも、帝国内で俺とリリエッタを探すくらいはできるはずだ。

 

「あ、でも俺の素性が帝国にばれるのはまずいのでは?」

 

「そこは大丈夫じゃ。前に渡したマジックアイテムをまた貸してやろう」

 

「ああ、例の白騎士装備」

 

 姿形を一時的に成長させ、白亜の甲冑で覆い隠すことができるというマジックアイテム。デスシードとかいうマジックアイテムを本体が手に入れたようだが、それに似たようなものだ。

 

 といっても、こちらは身体強化も回復能力もない。本当にただ姿形を偽るだけのものだ。ネル様がまだ表舞台に顔を出していたときに使っていたそうだが、ここ百年くらいは死蔵されていた変装グッズだった。

 

「わかりました。そういうことなら、ちょっと行ってきますよ」

 

「……なんか押し付けてしまったようで悪いのぅ」

 

「いいんですよ。俺が動くべき事態なのは事実ですし、今日アルフィリアさんの様子がおかしかったのは俺も心配してましたから」

 

「そうか。そう言ってくれると儂も嬉しいのじゃが……ぶっちゃけ、儂も妹がなにを考えておるのかはよくわからん。ただまあ、【永遠の騎士団】たる者があまりアルフィリアに寄りかかるべきではないのじゃろう。あれはお主らの支配者になってはいかんし、お主らはあれの操り人形になってはいかん」

 

 ネル様は見た目にそぐわない、どこか大人びた様子で言葉を付け加えると、アルフィリアさんがよくそうするように俺の頬へ手を触れた。

 

「あなたはあなた。わたしたちの始祖様ではない。アルフィリアも早くその事実を受け入れられるとよいのですが」

 

 俺を見つめる青い瞳はどこまでも透き通っていて。

 優しく微笑むその姿は、まるですべてを包み込む聖母のようであった。

 

「ネル様……」

 

「あ、今儂に見惚れた? 見惚れちゃった? いやぁ、美少女過ぎるのも罪というものじゃな。しかし残念、儂の操は勇者様に捧げておるからの。惚れるのであればアルフィリアにしておけ。それなら儂も応援してやってもよいぞ?」

 

「こ、このロリババァ……」

 

 ちょっと見直しかけたらこれだよ。

 

 大人びた姿は幻だったように消え、いつもの調子に戻ったネル様は幼女丸出しで怒鳴ってくる。

 

「あーまたババァって言いおったな! これで二回目じゃぞ! もう許さぬ、フィーネの説得は絶対に手伝ってやらんからな!」

 

「俺一人でフィーネを説得しろと!?」

 

「言っておくが、フィーネは連れ出し厳禁じゃからな。ほれ、がんばって説得してくるがよい。男の見せ時という奴じゃ」

 

「こ、この……覚えておけよ!」

 

 三下の悪役のような台詞を残し、俺は走り去る。

 

 くそぅ、俺の危機を教えてくれたのはありがたいが、最後の最後で嫌な役目を押し付けやがって。いや、俺がするべきことなんだけどさ!

 

 フィーネか。説得できるかなぁ。できないかも。

 

 いや、俺と可愛い妹のピンチなんだ。なんとかして説得するしかない!

 

 フィーネも一年以上経ってようやく、四六時中べったりとくっついていなくてもよくなってきた。ご飯こそ毎日一緒に食べているが、同じベッドで眠るのも三日に一回くらいのペースになったし、お風呂に一緒に入るのも一週間に一回で済むようになったんだから。

 

 あれ? お風呂に一緒に入るのは聖都に来るまでやってなかったような……?

 

 い、いや、フィーネは成長している。

 なら俺だって成長してるんだってところを見せないとな。

 

 うぉおおおおおお! いっけぇええええ――!

 

 

 

 

 

「お帰りなさい、アイン。今日はずいぶんと遅かったんだね。――あとなんで、他の女の濃い匂いが身体からするのか教えてもらってもいい? あ、その前にご飯にしようね。お風呂にしようね。それから……わ た し にベッドの上で教えてくれればいいからね?」

 

 

 

 

 

 わーい! 今夜はフルコンボだドゥン!(←壁ドンされた音)

 

 ……うん。

 

 ごめんよ、四番目の俺(フィアー)。

 

 やっぱ俺、助けに行けないかも。

 

 

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