分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
「というわけで、クインシアさんが襲撃の犯人じゃないかと思うんだ」
三日後。
再び舞い込んできたモンスター退治の最中、俺はモンスターと戦いながらパトリシアにひっそりと打ち明けた。
今もナターリアの兵による監視は継続中だが、戦いに巻き込まれないよう距離を取っている。館内とは違い、小声ならなんとか密談が可能だった。気付かれないよう相談に乗ってくれという俺の突然の言葉に頷いてくれたパトリシアも、不自然にならないよう戦いながら返答を寄こしてくれた。
そんなパトリシアはこれまで一度だって話しながらも矢を外さなかったのだが、母親の話を聞いた直後初めて矢を外した。
「ちょちょちょ、なに言ってるんですかフィアーさん! お母さんが犯人って、そんなわけないじゃないですか!?」
「パトリシア。悪い。もうちょっと小さい声で」
「あ。す、すみません」
パトリシアははっとなって、声を潜めてくれる。ゴブリンを撲殺しつつ後ろを確認するが、どうやらナターリアの兵士には聞こえなかったようだ。
「ですが、フィアーさんも悪いです。そんなありえないことを言うんですから」
俺と背中合わせになり、敵を再び仕留めつつ当然の反論をされる。
「最初に言っていたナターリア様が怪しいって話は、なんとなくあたしも理解できます。第三皇女様なのにまったくリリちゃんの手がかりをつかめてませんからね。なにか別の思惑があるんじゃないかってのは想像できるんです」
「それにクインシアさんも絡んでるって考えは受け入れられないか?」
「はい。ありえません。お母さんは正しすぎるくらい正しい人ですから」
きっぱりと娘であるパトリシアは俺の考えを否定した。
「護衛を依頼してきた六聖教会の聖女様を引っ張り出すために、フィアーさんたちを人質として利用した。そういう作戦があったことは否定できないかもしれません。ですが、その手伝いをお母さんがしているはずがありません」
「現状、怪しいのはクインシアさんだとしても?」
「なにかの間違いです。お母さんが教会を裏切って、カインズさんを殺したなんてことはありえません。違ってたらあたし、なんでもしますよ」
「そうか」
パトリシアがそう言うのなら、きっとそうなんだろう。
「わかった。クインシアさんは絶対にそういうことをしないんだな。けど、脅されて無理やりやらされている可能性は?」
「それもないです。脅迫に屈するくらいなら、自分の命を絶つことを選ぶ人です」
「パトリシアを人質にされているとしても?」
「はい」
迷いなく頷かれる。この線もない、と。
「じゃあ、クインシアさんがスキルかなにかで洗脳されてる可能性は?」
「洗脳、ですか」
そこで初めてパトリシアの即否定が止まる。
「……たしかに、洗脳されて意思に反して操られているなら、あのお母さんでもそういうことをするかもしれません。ですが、その可能性もありえませんよ」
「どうしてそう思うんだ?」
「洗脳されているということは、ナターリア様かその部下にそういったスキルの持ち主がいるってことでしょう?」
「ああ。俺はナターリア本人が怪しいんじゃないかって思う。皇族は強力なスキルを持ってるらしいし、ナターリアはその中でも不自然にスキルの詳細が隠されている。それが洗脳スキルってことなら、皇帝がひた隠しにするのも納得できないか?」
「納得はできますけど、でもやっぱりありえませんよ」
今日ここに至るまで、考えに考え抜いた自論を披露するが、パトリシアに否定されてしまう。その理由を矢を番えながら教えてくれる。
「フィアーさんは知らないようですが、人間を洗脳するスキルを人間が授かることはありません」
「それは洗脳スキル自体が存在しないってことか?」
「いえ、洗脳スキル自体はあります。ちょうどこの帝国の第五皇子であるオズワルド様の調伏スキルがそうですね。あれはモンスターを洗脳して従えるスキルですから」
「なるほど?」
「そして同じように、過去人間を洗脳して従えるスキルが表舞台に出てきたことがあります」
どういうこっちゃ。
「説明すると少しややこしいんですけど。いいですか? スキルというものはですね、人それぞれでたくさん世の中にありますが、一方で『スキルブック』っていう辞典にまとめられるくらいの数しかないんです」
パトリシア曰く、スキルというのは巡るものなのだという。
ひとつの時代に同じスキルを授けられることはないが、前の持ち主が没したあと、数年、あるいは数十年、長ければ数百年後に同じスキルを持った子供が生まれてくる。
わかりやすいのはフィーネの魔弾スキルだろう。彼女のスキルは【輝ける槍】という異名で、歴史上何度も登場している。
俺の分身スキルも勇者ハルルカンが使っていたわけだし、他のスキルも同様ということなのだろう。
「六聖教会が発見したスキルをそのスキルブックにまとめているのですが、千年の間におおよそすべてのスキルがそこに編纂されたと聞きます。ここ百年でそのスキルブックに新しい項目が追加されたのは、片手で数えられるほどだそうです」
そんなスキルブックを作成した理由が、洗脳スキルなどの危険極まりないスキルを取り締まるためだったのだという。
「洗脳スキルなんて一番に考え付く危険なスキルですからね。だから歴代の教皇様たちは警戒し、スキルブックを作ってスキルを調査しようとしたんです。で、その結果、人間を操る洗脳スキルの存在自体は見つかりましたが、同時に人間には授からないことが判明したんです」
「けど、さっき人間を従えるスキルが表舞台に現れたって」
「はい。その名も悪名高き『血属』スキル。血を注ぎ込むことで人間を同族とし、操り人形に変える恐ろしいスキルです。その持ち主は『吸血公』と呼ばれ、当時の六聖教会のパラディン全員が出動して討伐隊を組み、多くの犠牲者を出しながらなんとか討伐できたと伝えられています」
そこまで聞いて、俺はようやくパトリシアの言わんとしていることが理解できた。
「そういや、スキルは大きく分けると二種類あるって話だったな。人間が生まれ持つスキルと」
「モンスターが生まれ持つスキルですね。これは別々のスキルブックが存在しており、決して交わることはありません」
「つまりその吸血公っていうのは――」
「はい、三百年ほど前に出現したネームドモンスターの名前です」
人間を洗脳するスキルはモンスター側に。
モンスターを洗脳するスキルは人間側に。
他のスキルも人間とモンスターとで完全に別のスキルとして確立しており、人間が過去持っていたスキルをモンスター側が授かることはないし、逆にモンスター側が過去授かったスキルを人間側が授かることはない。
ベルフェゴルの持つという人化スキルなんて、それこそ人間に与えられても意味がないスキルだしな。なにかしらの法則によって、そう決められているのだろう。
「人間を洗脳するスキルはモンスターしか授りません。フィアーさんの考えだと、ナターリア様がモンスターを配下にしているか、ナターリア様自身が人間に化けているモンスターってことになってしまいますよ」
「……いや、一概にその仮定は否定できないかもしれないぞ」
「え? ナターリア様がモンスターってところがですか? たしかに、顔色が悪い方ではありますけど」
「吸血姫なんて呼ばれてるらしいしな」
「それは昔、ナターリア様が処刑しようとした人が『吸血公みたいな女に従ったのが間違いだ』っていう死に際の台詞が原因みたいですよ。本人は認めていませんから、本人の前では絶対に口にしないでくださいね?」
「わかってるよ。あとナターリアがモンスターって話じゃなくて、モンスターを配下にしているかもって説の方だ」
「どういうことですか?」
「パトリシアも言ってただろ。帝国の皇子にはモンスターを洗脳できるオズワルドがいる。なら、血属スキルを手にした第二の吸血公を、オズワルド経由で姉のナターリアが従えていてもおかしくないんじゃないか?」
「……思い切り皇族批判になってしまいますけど、そうですね。可能性としてはゼロではありませんね」
「だろ?」
「う~ん、飛躍した考えな気もしますが……」
唸るパトリシアの放つ矢がじゃっかん逸れ始める。集団で現れたゴブリンの脳天ではなくその下の顔面や、心臓ではなく腹部を貫いていく。
「その血属スキル以外に、人間を洗脳するスキルは?」
「今のところは見つかっていません。人間のそれとは違って、モンスター側のスキルブックは完成とはいえないらしいですが」
「じゃあその血属スキルで洗脳された人間に、なんか特徴はないのか?」
「特徴ですか? 元々、吸血公はバンパイアバットっていうモンスターがネームド化したものなのですが、洗脳された人間はその特徴を継いでいたらしいです」
「つまり?」
「太陽への忌避感です。バンパイアバットは血を吸う夜行性のモンスターですから。血属化した人間も、できるかぎり太陽の光を避けるようになるらしいです」
「……ナターリアの館、太陽の光がほとんど入らないよな」
「あれは城壁の所為ですから」
「ナターリアも日焼けとは無縁の肌だし」
「お、皇女様なんですから、肌が焼けていないのは当然では?」
「……クインシアさんもずっと野外では兜をしてたよな。夜の野営のときとかは脱いでたけど、日中はずっと肌を晒してなかった」
「か、考えすぎですよ。別に血属化しても、太陽の光が嫌いになるだけで、浴びてどうにかなるわけじゃありませんし」
「そうか。ちなみに、クインシアさんってずっとあのスタイルなのか?」
「……一年くらい前までは、普通に戦闘中以外は兜を外してましたけど」
パトリシアの矢が本人の動揺を表すようにまた外れた。向かってきたゴブリンを、俺は代わりに叩き潰す。
母親のこれまでの言動を思い出すように黙り込むパトリシアを守りながら、俺はある一人の女のことを思い出していた。
ゼルクトの街で戦った簒奪者イライザ。
彼女もまた、日中はずっと日傘を差していた。システィー先輩を襲ったときは早朝だったが、決戦を挑んできたときは夜だった。
イライザも皇族の関係者だ。もしも皇族の近くに人を洗脳するスキルを持つモンスターがいて、彼女もまた洗脳されていたとすればどうだろうか。
わからない。ただ少なくとも、洗脳はありえないと排除はできないだろう。
「とりあえず、俺が相談したかったことは以上だ。クインシアさんがどうかはわからないが、少なくともナターリアのことは警戒するべきだと思う。俺は監視されて動けないから、裏付けはなんもとれてないけどな」
「そう、ですね。お母さんが洗脳されているとは思えませんが、あたしの方でちょっとこっそり調べてみようと思います。上手くいけば、ナターリア様の思惑とか色々とわかると思いますよ」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫です。これでもあたし、密偵として動けるよう色々と仕込まれてますから」
「ああいや、そうじゃなくて。母親を疑うような真似をして大丈夫なのかってことなんだけど」
俺の話をパトリシアは笑うことなく真剣に聞いてくれた。
クインシアさんのことだけは信じられないようだけど、それ以外はすべて信じてくれたのだ。
証拠なんてなにもない、俺の妄想といっても過言ではない話を。
「当たり前じゃないですか。だって、フィアーさんがせっかく頼ってくださったんですから」
パトリシアはそれが嬉しいのだという。
「フィアーさんの話は全部本当。そういう前提で動きます。お母さんのことにかんしては、むしろ潔白を証明するためだと思って調べますから。だから、大丈夫ですよ」
「そっか」
俺もその言葉を信じよう。
「ありがとな。信じてくれて」
「どういたしまして、ですよ」
パトリシアはほにゃりと笑う。
「結果は、そうですね。ナターリア様の監視の目が届かないところで……あ、夜のベッドでお話ししますね」
「ああいや、俺の部屋はダメだ。あそこもナターリアに監視されてるから」
「え?」
パトリシアが手から矢を落とした。
「えっ? ということは、三日前の初めてご一緒した夜のこととか、一昨日のお願いされてもう一度訪ねた夜のこととか、ちょ、ちょっと服が着崩れしかかっていた昨夜のこととか、ぜ、全部見られていたってことですか?」
「あー、うん。たぶん」
「……こ、今夜は一人で夜を過ごしてもらえたりは?」
「パトリシア。それは鬼畜の所業だよ」
一度あの安らかさを知ってしまった以上、手放すなんてできるわけないだろ。
「俺をこんな風にしたのはパトリシアなんだから、責任はちゃんと取ってもらわないと。あっと、悪い。デスシードのことを責めたわけじゃないからな? ていうか、実はこれやろうと思えば解除できるしさ」
「あはは、いいですよ。そんな嘘を吐かなくても。あたしの責任であることから、目を逸らすつもりはありませんから」
あ、そこは信じてくれないのね。こちらとしても、監視の目があるから実際に解除してみせることはできないんだけど。
一瞬だけ沈んだ表情になったパトリシアは、すぐに明るい笑みを浮かべて、
「わかりました! 今夜も一緒にベッドを共にしましょう! パトリシアちゃんという極上美少女抱き枕を、今後も責任もって提供させていただきます!」
「わー」
パチパチパチと拍手をしたあと、最後のモンスターを回し蹴りで仕留める。
これにてゴブリン集団の討伐完了。あわせて、第一回パトリシアを信じて相談してみようの会の終了だ。いやぁ、タイミングよく襲撃してきてくれて本当に助かった。
これでリリエッタに少しでも近づけるといいのだが。
なお。
「なんでこいつら、ずっといちゃつきながらモンスター退治してんの?」
「いちゃ!? ま、まだフィアーさんとはそういう関係じゃありません!」
戦闘後、監視役の兵士がぼそりとつぶやいた一言に、パトリシアは顔を真っ赤にしてそんな反論をしていた。
満更でもなさそうだった。
う~ん。次に内緒話ができるタイミングがあったら、ちゃんとデスシードを解除できることを信じてもらえるようにがんばろう。