分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
《別視点》
自室としてあてがわれた小さな部屋の中で、服を脱ぎ捨てる。
下着も脱ぎ、いつも身に着けているアクセサリーもすべて外す。
一糸まとわぬ姿になったところで部屋の中央に立ち、耳を澄ませる。
周囲に人の気配はない。
どうやらフィアーさんと違い、あたしには監視はくっついていないようだ。
ナターリア皇女からすれば、あたしは銀翼のクインシアのおまけでしかないということか。皇女様が不眠症だったのなら重宝されただろうが、そうでなければ相手を安眠に誘うだけのスキルになんの価値もないだろう。
ただし、二つの目のスキルは別だ。
「世界に溶ける」
手で顔を覆い隠した状態で聖句を唱え、五年ぶりにスキルを発動させる。
無色スキル――自分の肉体を透明化し、視認はおろか息遣いや気配すらもかき消すスキルだ。
発動条件は聖句と、手で顔を覆い隠して視界を塞ぐこと。この状態で小一時間ほど集中し続ければ身に着けているものも透明化できるのだが、今回は時間がないので身ひとつで行くことにした。
しかし……改めて思う。
誰に気付かれる心配もなく動くことができるというのは、密偵働きにはなんて便利なスキルなのだろう。
暗殺者としても最強格のスキルだ。無色化した部分が生物に接触すると効果が切れてしまうため、戦闘力そのものを直接上げる効果はないが、それでも奇襲に徹すれば初撃だけは確実に先手を取ることができる。背後に忍び寄っての一撃は、あのお母さんですら攻撃を喰らうまで一切気付けなかった。
まあ、これがあったからあたしはあの邪教に迎え入れられたのでしょうけど。
運よく教団内部で生まれてくるはずがないし、きっとどこかからさらわれてきたのだろうと思っている。
……やっぱり、これを使うと昔を思い出してしまう。
いやだいやだ。本当はこんなスキルなんて使いたくない。
このスキルには嫌な思い出が多すぎる。里にいた頃からひた隠しにさせられて、こっそりと教えてしまった子供を口封じに村の大人に殺されてからは、自分からは誰にもこのスキルの存在を伝えたことはなかった。
そもそも、スキルを二つ持っている――つまり聖女というだけで、ばれたら六聖教会の保護対象だ。
そのためお母さんにも伝えていない。伝えたら『それがあなたの天恵なのですね』とか言ってお母さんは絶対に教会へ引き渡すことだろう。そう確信してしまう程度には、あの人は本物だった。
あるいは、いつでも復讐を遂げられるようにと隠していたのだが……。
切り替えよう。
護衛としては使いづらいこのスキルも、現状ならこれほど有用なスキルもない。
フィアーさんが提唱した可能性。ナターリアが黒幕であること、お母さんが洗脳されているかもしれないこと、それを密かに調べるにはうってつけのスキルだ。
まあ、ナターリア様はともかく、お母さんにかぎってはないと思いますけど。
結果的に守り切れなかったとはいえ、旅の最中ずっとあたしと一緒に皆さんを守ろうとしてきたのだから。あのときのお母さんの背中が、嘘だったとは思いたくないし、思えない。
部屋を出て、廊下を歩く。
足音を立てないように気を付けつつ、まずは医務室へ。
お母さんは医務室にいなかった。すでに怪我は治っており、今は武器を新調しつつ身体を鍛え直しているところなので、兵士の鍛錬場にでもいるのかもかもしれない。
人目がある場所で秘密の話をするはずがないし、お母さんは後回しだ。
あたしはナターリア様を探すことにした。
玉座の間を含め、応接間などのナターリア様がいそうな場所を探したがどこにも見当たらない。
となれば。
あたしはこの館の三階以上には上がらないように厳命されていた。そこから先は選ばれた人間しか入ることが許されないと。三階にナターリア様の部屋があることはすでに把握していた。
三階へ向かう。
階段を上った先に、見張りの兵士が立っていた。
誰もいないのに、油断なく周囲を警戒している。
主のいる場所は自分が守るのだという、すさまじい忠誠心を感じる。
それでも、あたしには気づかない。
気付いてたら、反射的に頭を殴って記憶を失ってもらっていたかもしれない。フィアーさん以外の異性に、こんなあられもない姿を見られるわけにはいかない。同衾を許し許された以上は、そこはちゃんと守らないといけない。
……幼い頃なら、そんなこと気にもしなかったんだろうなぁ。
大丈夫。あたしはちゃんと、人間性を取り戻している。
廊下を進み、ナターリア様の部屋を突き止める。
室内の様子を壁越しにうかがってみれば、中に人の気配があった。
さすがにドアを開けたら不審に思われるだろうから、部屋の近くで三階の見取り図を脳内で作りながら、誰かが来るのを待つことにする。
ややあって、一人のメイドがナターリア様の部屋を訪ねてきた。
彼女がノックをすると、内側から扉が開かれる。
顔をのぞかせたのは別のメイドだった。
訪ねてきた側のメイドはドアが開かれたところで、入室前に恭しくお辞儀をする。その隙をついて、あたしは音もなく部屋の中に侵入した。
ぱたり、とメイドが部屋の中に入ったところで扉が閉められる。
豪奢に飾り付けられながらも、館内と同じく薄暗い部屋だった。三階はさすがに城壁よりも高い位置にあるのだが、窓には分厚いカーテンがつけられ、日差しの侵入を拒んでいる。
ナターリア様は部屋の中にいて、椅子に優雅に腰かけて読書を楽しんでいた。こんな暗い中でよくあんな小さな文字を読めるものだと感心してしまう。
「お食事の時間です。ナターリア様、本日は誰をご所望でしょうか?」
訪ねてきた方のメイドが、ナターリアに用件を伝えた。
食事の献立を訪ねるには、なんとも変な言い回しである。
「そうねぇ。誰が行けるのかしら?」
本から視線をあげたナターリア様は、メイドにそう聞き返す。
やはり聞き間違いではない。なにを、ではなく、誰を、と口にしている。
まさか食べるのだろうか? 人を? 嘘でしょう?
「ナターリア様がお望みとあらば、いかようにでも。我ら従者一同、それで死んでも本望でございます」
「ふふっ、嬉しいことを言ってくれるわね。けれど、そんなところで無理をさせるつもりはないわ。血を吸っても問題ない者を教えなさい」
「かしこまりました」
血を吸う? なんだれそれは? それでは本当に吸血公ではないか。
メイドが名前を一人一人の名前を口にしていくのを聞きつつ、あたしは信じられない思いでナターリアを見る。
暗闇で輝く血色の瞳。彼女はまるでワインの銘柄でも聞くように、少女たちの名前を聞いていた。
そして、その名前が聞こえてきた。
「あとはクインシアも吸血可能です。怪我が治り、血もだいぶ戻っておりますので」
悲鳴がもれないように自分の口を手でおさえる。
お母さん? お母さんを、なんだって?
ナターリアはメイドの言葉を聞いて、舌なめずりをしてみせた。
「いいわね。やはり、日頃は味わえない相手を優先すべきね。クインシアを呼びなさい」
「かしこまりました。では彼女を呼んでまいります」
メイドが頭を下げ、部屋を出ていく。
あたしはドキドキと心臓を大きく震わせながら、部屋の隅でじっと息を殺す。
無色スキルの効果で息遣いも鼓動も聞こえないのはわかっている。けれど、あまりの恐怖で自然とそうしてしまった。
先ほどの会話の意味を理解できないでいた。いや、理解するのを拒んでしまう。
だって、ありえない。それは、ありえていいことではない。
――トントントン、とノックの音が聞こえてきた。
ナターリアの側付きのメイドが、ゆっくりとした足取りで出迎えに向かう。
扉が、音もなく開かれる。
そこに立っていたのは、間違いなく、あたしの。
「――銀翼のクインシア、只今参上いたしました。我が主、ナターリア様」
あたし、の……。
吸血姫が、嗤う。
「よく来たわね、クインシア。さあ、こちらに来なさい」
「はい」
「ふふふっ、あなたの血を吸うのは何カ月ぶりかしらね」
「七カ月と十六日ぶりでございます」
「日数まで数えて覚えていたの? 可愛い子ね」
「光栄です。あっ」
「いいわ。相も変わらず、あなたの血は美味しい。濁りのない血はやはりいいものね」
「ありがとう、んっ、存じます。いくらでも、お飲みください」
「そんなことを言って。血を流すべき相手だと言っていた六聖教会に申し訳ないと思わないの?」
「思いません。私のすべては、ナターリア様のために」
「そう、そうなの。そうなのね。では娘のことも?」
「はい。ナターリア様がお望みとあらば、いかようにでも。カインズ様のときのように暗殺しても、構いません」
「あはははははっ! 酷い母親もいたものね!」
「母親である前に、私はナターリア様の下僕でありますれば」
「そうよ! あなたはあたくしの下僕! このまま一生飼ってあげるから精々役に立ちなさい!」
「光栄の極み。癒しと黄金の聖女様も、必ずや御身に捧げさせていただきます」
「そうね。あの聖女を支配下に置ければ、玉座も教会も手に入る。そうなれば、もうあたくしに敵はいないわ! そうすればお父様も……お母様だって!」
「ん」
聞くに堪えない高笑いと嬌声が聞こえてくる。
地獄のような、光景が目に映る。
心が、バラバラに千切れていくのを感じる。
ああ、そうか。
そうだったのか。
自分が気が付いていなかっただけで、もうとうの昔にお母さんは汚れて堕ちてしまっていたのか。
それなら……
気が付くと、自分の部屋まで戻ってきていた。
寝間着に着替えて、呆然とベッドに座り込んでいた。
運がよかった。まさか動き始めた初日で情報が手に入るなんて。
なんということでしょう。お母さんがカインズさんを殺した犯人でした。
ということは、襲撃などでのやり取りも自作自演だったのだろう。すごい! お母さん、そんな演技とかできたんですね!
うんうん。わかりますよ。きっと無理をしてがんばっていたんでしょう。
偉い! 三十歳目前でまたひとつ成長しましたね!
……あたし、結構なピンチに陥ったタイミングもあったんですけどね。
なんとか切り抜けられたけれど、そうでなかったら、お母さんは果たして助けてくれたのでしょうか。
あはははは、してくれなかったかもしれませんねぇ。
……、……。
洗脳は、きっとされているのだろう。
ナターリアの行為は明らかに人間離れしていた。人の形をしたモンスターと言われても、血属スキルがあると言われても、不思議ではない狂気を感じた。
いっそのこと、彼女をあの場で駆除してしまえば楽だったことだろう。
けれど、それはできない。
三百年前の吸血公の事件では、親玉の吸血公を倒したあとでも兵たちの洗脳は解除されることはなかったという。
解除できるのは、洗脳した吸血公のみ。
であれば、まだナターリアを殺すわけにはいかない。
お母さんが洗脳されているかもしれないから、ではない。
たとえ洗脳されていたとしても、カインズさんを殺した時点でもうダメだ。取り返しのつく話ではなくなった。洗脳を解除したところで、あの人が自分自身を許すことはないだろう。
だから優先すべきは。そう、優先すべきはお母さんではない。
お母さんがカインズさんを殺した犯人であることがわかった今、リリちゃんをさらう指示を出したのは黒幕のナターリアだろう。
フィアーさんの考えは正しかった。その狙いは、六聖教会の聖女様だ。
であれば、リリちゃんはナターリアが確保しているはず。そして彼女が血属スキルを持っているのなら、ほぼ確実にリリちゃんも洗脳しているはずだ。だとすれば、なんとしてでもナターリアにはリリちゃんの洗脳を解除させなければならない。
いや、まずは居場所を突き止めるのが先決か。
洗脳されているなら、逃げ出す心配をする必要がない。厳重に牢などに閉じ込めておかずともいい。もしかしたら、三階のどこかに軟禁されている可能性はある。
探さなければ。
探して、見つけて、洗脳をどうにかして。
そしてそのあとは……。
ふらふらと部屋を出て、フィアーさんの部屋に向かう。
「いらっしゃい、パトリシア」
「…………」
「パトリシア? なにかあったのか?」
上手く笑うことができず、フィアーさんに心配をかけてしまう。
けれど、今夜だけは許してほしい。
明日からはまたがんばるから。
ちゃんと笑えるあたしに戻りますから。
だから、今夜だけは。
「フィアーさん。今夜はいつもよりも強く、あたしを抱きしめていてください」
あなたの腕の中で、この心がどうにかならないように、抱きとめて欲しい。
翌朝。
「おはようございます、フィアーさん! 今日も一日がんばっていきましょう!」
「パトリシア、今朝はいつにも増して元気だな」
「もちろん! あたしから明るさと切り替えの早さを取ったら、なにも残りませんからね!」
覚悟はすでに。
あたしはあの人が正しいから憧れた。
あの人の正しさを美しいと思ったから、すべてを許したのだ。
けれど、それが汚れてしまったというのなら、やることはひとつ。
『――あなたが私を殺しなさい。パトリシア』
『――はい。そのときが来たら、ちゃんと殺しますね。お母さん』
あの日の約束を果たさなければならない。
それがきっと、あたしが示せるあなたへの唯一の愛だと思うから。
銀翼のクインシアは、あたしが終わらせる。