【受賞・書籍化】分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね?   作:sasarax

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第93話  帝都到着

 人間の身体は長時間全力疾走できるようには出来ていない。

 

 この世界の人類は魔力があるため、前世の人よりもスタミナはあるが、それでも限界はある。少なくとも馬相手に勝てるほどではない。

 

 しかしデスシードの恩恵はそれを覆す。

 

 ナターリアが差し向けた追手の騎馬を、黒騎士の全力の脚力はぐんぐんと引き離していく。

 

 疲れないという恩恵を、今ほど感じることはない。

 黒騎士はこの世界では馬にも勝る最強のランナーだったというわけだ。

 

 疲れ知らずの俺がわざわざ足を止める理由もなかったので、俺は背中のパトリシアの案内で月夜の草原を駆けていく。

 

 目指すは帝都、そこにはアルフィリアさんが来ているという。彼女のところにナターリアよりも先んじて辿り着ければ、もう手出しされる心配はないだろう。

 

 問題は、胸の中で大人しくしているリリエッタのことなのだが……。

 

「――というのが、あたしが調べてわかったことです」

 

「なるほどな。だからこのタイミングでいきなり動いたのか」

 

 走る最中、背中にしがみついたパトリシアが調査内容の情報共有をしてくれる。

 

 ナターリアの異常性と血属スキルの存在。

 最終的な狙いとアルフィリアさんの現在の居場所。

 俺を葬り去る計画を立てていたこと。

 

 相談してから三日しか経っていないというのに、恐ろしいまでの情報収集能力だ。

 

「どうやって調べたかについては、申し訳ありませんがこの場では言えません。あたしのそれは、今の状況ではフィアーさん以外に伝えるべきではないと思いますから」

 

 俺にだけなら、パトリシアはその方法の詳細について晒しても構わないという。間違いなく、あの透明化するスキルを利用したのだろうが。

 

 今言えないのは、リリエッタが理由ということだ。

 

「やっぱり、リリエッタは?」

 

「洗脳されていると見て間違いないでしょう」

 

「んー!」

 

 パトリシアの言葉に、目と口を塞がれたリリエッタが唸り声をあげながら首を横に振る。

 

 洗脳なんてされていない。そう訴えているようだ。

 

「フィアーさん、騙されてはいけませんよ。あの状況で、ナターリアがリリちゃんを洗脳して情報を吸い出さないわけがありません」

 

「けど、せめて言い分くらいは聞いてやった方が。口枷くらいは外しても」

 

「ダメです。……血属スキルがどういう影響を与えるのか、詳細を調べきれませんでした。下手をしたら、口枷を外した瞬間舌を噛んで自害してしまうかもしれません」

 

「そこまでなのか」

 

 リリエッタはいやいやと首を横に振っているが、これを信じてはいけないようだ。

 

「どうにか、リリエッタの洗脳を解除する方法はないのか?」

 

「ナターリアしか解除はできないと思います。あるいは、アルフィリア様ならなにかご存じかもしれませんが」

 

「……そこに望みを託すしかないか」

 

 ごめんな、リリエッタ。もう少しだけ我慢していてくれ。

 

 でもひとまずは。

 

「無事でよかった」

 

 ぎゅっとリリエッタを抱きしめる。

 

 リリエッタは洗脳されている以外は怪我もない。もう二度と会えないかもしれないと一度は覚悟したくらいなのだ。黒騎士の姿でなければ、きっと涙を流していただろう。

 

「パトリシアも、ありがとう。お陰で最悪の事態は免れたよ」

 

「いえ。フィアーさんがあたしのことを信じてくれたからです。状況的に詳しく話すことができなかったのに」

 

「パトリシアのことは信じるって決めたからな」

 

「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいです」

 

「けど、このまま本当に帝都まで向かっていいのか? クインシアさんも連れ出した方がいいんじゃないか?」

 

 クインシアさんは予想どおり、ナターリアに支配されているらしい。リリエッタを優先し、彼女を置いてきてしまった。パトリシアにとっては忸怩たる思いだろう。

 

 そう考えたのだが、パトリシアは笑顔を浮かべた。

 

「いえ、お母さんは大丈夫です」

 

「大丈夫って」

 

「大丈夫なんですよ。むしろ下手に欲を見せると、お母さんを人質にするとかされかねませんから。今は放置するのが一番です」

 

「……パトリシアがそう言うなら」

 

 無理して笑っているのが丸わかりだ。いずれ、やはりクインシアさんもどうにかしないといけないだろう。

 

「とにかく、今は帝都に向かうことが先決です。早ければ早いほどいいですから」

 

「方角はこっちであってるんだよな?」

 

 正直、暗くてあんまりよくわからないんだけど。

 

「今夜は月が綺麗なので」

 

 パトリシアは夜空を指さし、

 

「見えづらくてじゃっかんずれているかもしれませんが、星の位置からすると帝都はこのまままっすぐで間違いないと思います。このペースなら朝には到着できると思いますよ」

 

「わかった」

 

「ああけど、フィアーさんも無理はしないでくださいね」

 

「ああ」

 

 正直に言うと、疲れない代わりに胸のデスシード本体がぐんぐんと俺から力を吸い取っている感覚はあるのだが。

 

 まあ、なんとかなるだろう。パトリシアに毎夜抱きしめてスキルを使ってもらってたからな。

 

「と、そうだ。パトリシアに言っておかないといけないんだけど」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

「デスシードなんだけど、解除しようと思えば解除できるんだよ」

 

「その話ですか。わかってますわかってます」

 

「それは絶対にわかってないときの返事だ」

 

 悲しそうな笑顔で言われてもなぁ。

 

「わかった。ちょっとだけ足を止めるな」

 

 俺は足を止め、パトリシアを背中から下ろし、腕の中のリリエッタを手渡す。

 

 リリエッタは大人しいもので、ぬいぐるみみたいにパトリシアに抱きかかえられていた。これ、本当に洗脳されてるんだよな?

 

「見ててくれ。パトリシア。本当に、俺のことは気遣わなくてもいいんだってことを証明するぜ」

 

 胸のデスシードへ流れ込む魔力をせき止める。

 

「ほら、こうやって自由に解除が」

 

 できていなかった。

 

 変化なし。黒騎士状態が維持されている。

 

「あれ? デスシードさん?」

 

「……フィアーさん。そんなに気遣ってもらわなくてもいいんですよ」

 

 パトリシアが優しい微笑みを向けてくる。

 

「いや、嘘じゃないんだ! 二カ月くらい前に実験したときはたしかに解除ができて!」

 

 ていうか、そうか。実験してたのはそれくらい前だから。

 

 もしかして、時間が経ってデスシードが本来の機能を取り戻している?

 

 そのまましばし試行錯誤するも、デスシードさんはうんともすんとも言わない。俺から流れ込む魔力を、美味しいですと言わんばかりにごくごくと吸収している。

 

 感覚的には、絶対に解除できないという感じはない。もしかしたら、全力疾走をしたあとだから解除できない可能性はありそうだった。

 

 マジかー。

 

 パトリシアを見る。

 パトリシアも俺を見た。

 

「最後の一瞬まで、あたしは側にいますからね」

 

 痛々しいまでに優しい微笑み。

 彼女はすでに俺を看取る覚悟を決めているようだった。

 

 その誤解を解く方法は、残念ながら今の俺にはないようだった。

 

 

 

 

 

 朝焼けの中、ようやく俺たちは旅の目的地まで辿り着いた。

 

 予定よりも半月以上遅れて到着した帝国の帝都ナハトヴァール。それは巨大な山のような都市であった。

 

 岩山を切り出して作られた皇城が、街の外からも確認できる。

 

 城は街の中心部にあり、三重の城壁に囲まれていた。外縁部の城壁の外にも街が広がっており、今なお帝都が繁栄し続けている真っ最中であることがうかがえる。

 

「兵士は巡回してるみたいだけど、街の入り口に門はないんだな」

 

「外縁部の下町はそうですね。ですが、城壁内にある本来の城下町に入るときには取り調べがあります」

 

「この格好で、簡単に通してくれるわけないよな」

 

「そうですね。どうしましょうか」

 

 アルフィリアさんが帝都に滞在しているとすれば、少なくとも城近くの貴族街だろう。下手をしたら、皇帝に招かれて城内にいる可能性すらある。

 

「アルフィリア様は、フィアーさんがデスシードを持っていたことを知っていますか?」

 

「ああ、知ってるはずだ」

 

「そうですか。そんな危険なものをフィアーさんが持っていたことを知っていたんですね。……今さらですが、アルフィリア様にこのままお会いしても大丈夫なんでしょうか?」

 

「いや、別にアルフィリアさんが俺にデスシードを無理やり持たせたわけじゃないから」

 

「だといいんですけど」

 

 どうもパトリシアはアルフィリアさん、というか教会へ不審感を持っているようだった。

 

「今は頼るしかない状況ですからね。どうにかナターリアの追手が到着する前に、アルフィリア様とコンタクトを取る方法を見つけないといけません」

 

「いっそのこと強行突破するか?」

 

「そこまでしなくても、黒騎士が現れたことが耳にすれば駆けつけてくれるんじゃないでしょうか? あ、でも、本当に今もアルフィリア様が帝都にいるかはわからないんですよね」

 

「俺を探しに来てくれたんだとすれば、帝都を出て東に行ってるかもしれないな」

 

「それは……まずいですね。入れ違いになっていたら、先にナターリアに接触を許してしまうかもしれません」

 

「あとまだ帝都にいたとしても、お城にいたら門のところで黒騎士が現れたと騒いでも、アルフィリアさんにまでは伝わらないかもしれない」

 

「可能性は高そうですね。アルフィリア様が帝都に滞在されていることが確認できれば、あたしがスキルを使ってお城に侵入した方がいいでしょう」

 

 そうか。透明になるあのスキルなら、皇城といっても忍び込むのは容易いか。

 

 ……改めて考えると、そのスキルやばくない?

 

 なんでナターリアはパトリシアを洗脳しなかったんだろう。その機会はこれまでもあっただろうに。

 

 クインシアさんから聞いていなかった?

 もしかして、パトリシア。スキルのことを母親にも言っていなかったのか?

 

 そのあたりはリリエッタの手前、教えてくれなかったのだが、ひとつだけ確かなことはある。

 

 あの皇女様に敗因があるとすれば、間違いなくパトリシアを軽視したことだろう。

 

「ではまず、アルフィリア様が帝都にいるかどうかを調査しましょう。いることが確認できれば、あたしがなんとかお伝えにいきます。もしいなければ、諦めて一度帝都を離れましょう」

 

「そうだなぁ」

 

 一応、アルフィリアさんが帝都にいなかった場合でも、頼るあてはあるにはあるのだが。

 

 ここでもナターリアの血属スキルが引っかかってしまう。

 

 帝国の人間だと、誰が洗脳されているかわからない以上、下手に頼ることができない。こちらもこちらで、恐ろしいスキルである。

 

「わかった。それで行こう」

 

「はい。行きましょう」

 

 そういう方針で帝都に足を踏み入れることになった。

 

 さすがは帝都というところか。全身黒い甲冑姿の俺が足を踏み入れても、ジロジロ見られはするが騒ぎになることはなかった。

 

 よくよく人の流れを見てみると、俺ほどではないががっしりと全身を鎧で固めた冒険者らしき人間の姿があった。いかにもな強者という風格を漂わせている。これなら良くも悪くも目立つことはないだろう。

 

「……なあ、あそこの人」

 

「なんか女の子を拘束して」

 

「人さらい?」

 

 と思ったのだが、すぐに騒ぎになってしまった。

 

 黒騎士装備は目立たなくても、手足を縛られたリリエッタを抱えていては目立つに決まっている。

 

 結局、街に入ってすぐ人気のない路地裏へと駆けこむことになってしまった。

 

「この格好のリリエッタを連れ歩くのは無理があったな」

 

「アルフィリアさんのことばかり気にして、そこをまったく考えていませんでしたね。一応、帝都の外延部は一種のスラム状態で、奴隷商人が拘束した奴隷を連れ歩くのは珍しくないんですけど」

 

「それと同列扱いも御免被るんだけどな」

 

「あはは。とにかく、フィアーさんはここでリリちゃんと一緒に少々お待ちください。あたしがちょっと調べてきますので」

 

「大丈夫か? パトリシアの格好も、あんまりまともじゃないと思うんだけど」

 

 なにせ寝間着姿だ。遠目からは普通のワンピースに見えるが、よくよく見ると薄手の生地で、胸元あたりが締め付けないように緩くなっている。ちょっと煽情的なのである。

 

「朝方のこの時間なら、むしろ街に溶け込めますよ。このあたりは娼婦も多いので」

 

「……危ない目に遭いそうになったら叫べよ。すぐに駆けつけるから」

 

「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。帝都には何度も来ているので。それに一応、準備自体はしてきましたから」

 

 そう言って、パトリシアはひらりと寝間着のスカートを持ち上げる。裏地にお金と小さなナイフが縫い付けてあり、彼女的にはそれを見せたかったのだろうが、こちらとしては肉つきのいい太ももに視線が吸い込まれてしまう。

 

「ついでにリリちゃんのために食料などを手に入れてきますので。では!」

 

 パトリシアはお金を手に取って、さっそうと路地裏を出ていってしまった。

 

 あの様子なら大丈夫そうだ。路地の壁にもたれかかり、俺は抱えていたリリエッタを地面に下した。

 

「リリエッタ。悪いな。拘束は痛くないか?」

 

 ふるふるとリリエッタは首を縦に振る。

 布で縛られているため、痛くはないようだ。

 

 そこでリリエッタは口をもごもごと動かす。なにか言いたげだ。

 

「悪い。それを取るわけにはいかな――」

 

「んべっ」

 

 そのとき、リリエッタがおもむろに口枷をずらして、口内に詰め込まれていた布を吐き出した。

 

「リリエッタ! おまっ」

 

「心配しなくても大丈夫だよ、お兄様。舌を噛んだりなんてしないから」

 

 懐かしさすら覚えるほど、抑揚のない無感動な口調。久しぶりに聞くリリエッタの声だった。

 

「わたし、ナターリアに洗脳なんてされてない。むしろ、パトちゃんの方がわたしからすると怪しい。カインズさんを殺したクインシアさんの娘だよ。今だって、わたしたちのことを帝都の仲間に報告に行ったのかも」

 

 それは本心から言っているのか、それともナターリアの元から連れ去られたからそう言っているだけなのか、俺には判断付かなかった。

 

 どうするべきかわからず黙り込んでしまうと、リリエッタがもう一度口を開く。

 

「……お兄様は、わたしのことを信じてくれないんだね」

 

「悪い。今はパトリシアのことを信じてる」

 

「そっか。じゃあ、きっとパトちゃんは味方なんだね。一応、パトちゃんがいなくなるまで口枷を取るのは避けてたんだけど、意味なかったかも」

 

 どうやらリリエッタは、やろうと思えばいつでも口枷を取れたようだ。けれど、パトリシアを怪しんで俺と二人きりになるまで待っていたらしい。

 

 冷静にそう考えて動く姿は、なるほど洗脳を受けているようには見えない。

 

 しかし。いやでも。

 

 ああくそっ、本当に洗脳スキルってタチが悪いな!

 

「大丈夫だよ、お兄様。今から、洗脳されてないことを証明するから」

 

「証明?」

 

「うん。パトちゃんが味方だっていうんなら、証明できる」

 

 自信満々にリリエッタはない胸を張ると、

 

「パトちゃんが調べた内容、全部わたしも聞いてた。パトちゃん、ナターリアがお兄様の命を狙ってるって言ってたでしょ?」

 

「言ってたな」

 

 アルフィリアさんを洗脳する上で、俺が不確定要素になっていたから。

 

「それ、わたしが洗脳されていたとすれば、ありえない選択肢だと思う」

 

「ありえない?」

 

「うん。だって、わたしはお兄様のことは全部知ってる。現皇帝の孫であることも。分身スキルのことも。分身スキルが六聖のひとつであることも。今目の前にいるお兄様が、その分身のひとつにすぎないってことも」

 

「なるほど。たしかに」

 

 リリエッタに指摘されて、ようやく俺も気が付いた。

 

 そうだ。たしかにおかしい。

 

 ナターリアがリリエッタを洗脳して、そのあたりの情報を吸い出していたとすれば、俺を殺す選択を取るのはおかしいのだ。

 

 だって、そんなことをしても俺は死なない。本体に戻るだけだ。ナターリアからしてみれば、まだなにも知らない俺に、わざわざ自分が黒幕だと暴露するようなものである。

 

 それでもアルフィリアさんを支配することを優先した、あるいは本体の俺を誘き出す策略とすれば、その選択を取ることも理解できなくはないのだが。

 

 それでも六聖のひとつに繋がる分身の俺を、そう易々と手放す判断をするとは思えない。それは第五皇子オズワルトの指示で動いていた、簒奪者イライザが俺にあそこまで執着していたことからもうかがえる。

 

 加えて、一応は甥っ子でもあるのだ。

 

 皇位継承における利用価値としては、やはり生かしておく判断をするのではないだろうか。デスシードの力で洗脳できなかったからといって、殺そうとするのは考えづらい。

 

 それでも殺そうと考え、パトリシアがあせるくらいには本格的に動いていたのだとすれば……彼女は分身スキルのことも、俺が皇族であることも、なにも知らなかった可能性が高いということになる。

 

 つまり、リリエッタはそのあたりのことをなにも言っていない。

 

 洗脳されていないということになる。

 

「わたしがナターリアに伝えたのは、わたしとお兄様がアルフィリアさんの頼みで帝都に向かっていたこと。帝都でデスシードを使ってお兄様がなにかをしようとしていたこと。その具体的な目的まではわたしも知らないこと。これだけ。かなり露骨にがっかりされた」

 

「じゃあ本当に、リリエッタは洗脳を?」

 

「されてないよ。わたしはわたし。お兄様の妹のリリエッタだよ」

 

 リリエッタはそう言い切る。

 俺はその手足を縛る布を引きちぎった。信じるべきだと、そう思った。

 

 最後に目を塞いでいた布を取り去れば、ようやくちゃんとリリエッタの顔を見ることができた。ぼんやりとした瞳が、まっすぐ俺を見つめている。

 

「リリエッタ。よかった。俺はてっきり、ナターリアに血属スキルを使われたものだとばかり」

 

「ううん、血属スキル自体は使われた」

 

「え?」

 

 ぎくり、と頭を撫でようとした手を止めてしまう。

 

 もしかして、騙された?

 

「安心してね。使われたけど、効かなかっただけだから」

 

 リリエッタは俺の手を持ち上げると、自分で頭の上に置く。

 そして撫でて撫でてといわんばかりに、ぐりぐりと自分の頭を押し付けてきた。

 

「怖かったけど、お兄様に迷惑かけないように、支配されている振りをしてたの。だからきっと、パトちゃんは勘違いしたんだと思う」

 

「リリエッタ……」

 

 手を動かす。労わるように、その頭を撫でてあげる。

 

 リリエッタはじっとそれを享受する。

 

「ありがとう、お兄様。助けに来てくれるって信じてた」

 

「ああ。遅くなって悪かった」

 

「ううん。いいの。また会えただけで、いいの」

 

「そうだな。また会えて、本当によかった」

 

 リリエッタが支配されていなかった。それは素直に喜ばしい。

 

「けどどうして、リリエッタは血属スキルを使われても平気だったんだ? 理由はわかるか?」

 

 もしわかるなら、クインシアさんの洗脳を解くヒントになると思うんだけど。

 

「理由はわかるよ。ナターリア本人から聞いたから。でも、残念だけどクインシアさんの洗脳を解くヒントにはならないの」

 

「どういうことだ?」

 

「血属スキルはすごく強い力だけど、洗脳できない相手がいるの。それがわたし。そして、お兄様」

 

「俺とリリエッタが?」

 

「そう。血属スキルは、相手を無理やり自分の血族に変える――家族にするスキルなんだって。だからね」

 

 リリエッタは血属スキルの弱点を教えてくれた。

 

「ナターリアは、自分と血のつながった相手だけは洗脳できないの」

 

 それはナターリアが血属スキルを持ちながら、未だに皇帝になれていない直接の理由でもあった。

 

 

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