分身スキルの最強戦術って自爆特攻じゃね? 作:sasarax
リリエッタが語ったところによると、クインシアさんが不意をついてカインズさんを刺し殺した直後、襲撃者の一人であった泥使いの男にさらわれたらしい。
ナターリアの館で目を覚ましてすぐ、リリエッタは問答無用で血属スキルを使われ、支配下に置かれたそうだ。
「一瞬だけは洗脳されたけど、すぐに解けちゃったの」
それでも、その一瞬で自分が洗脳されかけたのは理解したらしい。それだけ異質な心の変化を感じとったという。
「ナターリアのことが大事で大事でたまらなくなる感じだった。好き? 虜になる? ナターリアの命令には喜んで従いたくなるし、命令がなくても彼女のために行動したくなる。そんな感じだった」
「ナターリアのいないところでも、永続的に操り人形になるってことか。強力だな」
「だからこそ、ナターリアは支配した相手を無条件で信じたんだと思う。わたしはすぐに洗脳が解除されたけど、ナターリアはその事実に気付けなかった。ナターリアにわたしのことやお兄様のこと、アルフィリアさんのこととか色々と聞かれたけど、適当に誤魔化せば、それを信じきっちゃってた」
「洗脳した相手が嘘を吐くと思ってなかったんだな。リリエッタが自分の血のつながった妹で、血属スキルの効果がなかった可能性を疑えなかったわけか」
カインズさんに感謝だ。彼がクインシアさんに俺たちが皇族であることを伏せたお陰で、ナターリアを勘違いさせることができた。
「ナターリアはわたしを信じ切って、色々と聞いてもないのに教えてくれた。お兄様が館に来たことも知ってたよ。といっても、会うことは禁止されてたし、こっそり行こうにも階段に見張りがいたんだけど」
リリエッタは自分の手足を縛っていた布を指さす。
「だから、窓からこっそり抜け出そうとして準備を進めてたの。ナターリアがお兄様を殺そうとしているって聞いて、今夜にでも決行しないとって思ったら、その前にパトちゃんに捕まっちゃったんだ」
「そうだったのか」
「リリちゃんもリリちゃんで、知らないところで足掻いていたんですね」
そのとき、路地裏にそう言ってパトリシアが戻ってくる。
「パトちゃん」
「最後の方だけですが、話は聞かせてもらいました。リリちゃんのことを疑ってしまってごめんなさい」
「いいよ。わたしもパトちゃんのこと疑ってたから。……今もちょっと疑ってる」
「そうですね。あたしもちょっとだけ、リリちゃんのことをまだ疑っています」
「俺は二人とも信じてるぞ」
一度信じるって決めたわけだからな。
リリエッタとパトリシアは俺の言葉に顔を見合わせると、
「お兄様らしい」
「はい。フィアーさんらしくて、嬉しくなっちゃいますね」
くすり、と微笑んだ。二人の間にあった猜疑心は、それで消えてしまったようだ。
「パトリシア。戻ってきたってことは、アルフィリアさんの居場所がわかったのか?」
二人の仲直り、というには少しだけニュアンスが違うかもしれないが、仲直りが完了したあと、俺はパトリシアに調査結果を聞く。
「はい。まだアルフィリア様は帝都にいるようです。皇帝陛下に招かれて、城内にいらっしゃるとか」
「皇城か。どうするかな」
ナターリアは今、全速力でこちらに向かってきていることだろう。騒ぎを起こすことでアルフィリアさんに気付いてもらえればいいのだが、先にナターリアにこちらの居場所がばれては意味がない。
「やっぱりパトリシアを頼った方がいいかな」
「任せてください。ばっちりくっきり伝えてきますよ。ただ、教えていただきたいのですが、アルフィリア様はどんな姿をされているんですか?」
そっか。パトリシアはアルフィリアさんに会ったことがないのか。
「顔は隠してると思う。全身真っ白な布で隠している人がいたら、それがアルフィリアさんだと思っていい」
「それだけでは間違える可能性がありますね。あたしなら私室まで入りこめるので、もうちょっと詳しく教えてください」
「詳しくか。金髪碧眼のびっくりするくらいの美少女で、ああ、なにより特徴的なのはエルフ耳だな」
「エルフ耳、ですか?」
パトリシアは首をかしげる。
「エルフ耳というのは、一体どんな耳なんでしょうか?」
「あれ? 伝わらないか? エルフ特有の尖った耳のことなんだけど」
「耳が尖っていらっしゃるですね。それは、どれくらい? ぱっと見でわかるくらいでしょうか?」
「耳の先だけとかじゃなくて、形からして横に尖ってるからな。すぐわかると思うぞ。エルフは帝国でも珍しいだろうからな」
「エルフ……」
パトリシアがそうつぶやいて、リリエッタを見る。
リリエッタはふるふると首を横に振った。なんだ?
「あの、フィアーさん。あたしが浅学なだけなら申し訳ないのですが」
リリエッタにアイコンタクトをしたあと、パトリシアは思い切って聞いてきた。
「――エルフってなんですか?」
それは俺にとって、予想外の質問だった。
エルフを知らない? この様子だとリリエッタもか?
「ああいや、そうか。考えてみれば、別にエルフだって名乗られてなかったな」
思い出してみれば、アルフィリアさんは一度だって自分のことをエルフであるとは口にしていなかった。
前世の知識とあまりにも合致していたから、こちらが勝手にそう呼んでいたが、あくまでここは異世界なのだ。耳の尖った長寿の種族だからエルフだなんて、よくよく考えてみれば決まっているわけではない。
「悪い。エルフっていうのは、俺が勝手にアルフィリアさんに抱いていた印象だ」
「印象、ですか。一応、情報を詳しく教えていただいても?」
「アルフィリアさんのことをか? ええと」
アルフィリアさん。改めて聞かれると、返答にじゃっかん困ってしまう。果たして、どこまで伝えていいものか。さすがにスキルの詳細はダメだよな。
「一応、あたしが知っていることとしましては、六聖教会で枢機卿とパラディンをしていること。癒しと黄金の聖女の称号を持っていて、二つスキルを持っていること。そのうちのひとつが、診察っていう相手の治療とスキル看破ができるってことなんだですが。ああ、あと闇金聖女なんて風にも言われているみたいですね」
「そこまで知ってるなら、やっぱ外見の情報くらいだな。さっきも言ったとおり金髪碧眼で耳が横に尖ってるのが特徴。ああ、年齢は十七、八歳くらいだ」
「そんなにお若いのですか? それで枢機卿でパラディンって、聖女だとしてもやばすぎですね」
「いや、実年齢は違うと思う。あくまで外見年齢がそれくらいってだけで、実際は千年近く生きてるんじゃないか?」
「まさかそんなわけ……えっ? 本当に?」
「勇者ハルルカンを知ってるくらいだからな」
「…………」
パトリシアが絶句している。
話を一緒に聞いていたリリエッタも、なにか考えるように首をひねり、
「それがもうひとつのスキルの力なの?」
と聞いてきた。
「スキルの力って、なにが?」
「長生きしているのが」
「いや、アルフィリアさんのスキルはそういうんじゃないよ。さすがに内容までは勝手に言えないけど」
「なら、そんなに長生きしてるわけないと思う」
「そうですよ。千年近くも生きられる人間なんていません」
「だから、アルフィリアさんは普通の人間じゃないんだ。エルフじゃないならなんていうのかわからないけど、そういう寿命が長い種族なんだよ」
「種族? 根本的に人間じゃないってことですか?」
「そう言われると困るんだけど……もしかして、この世界って人間以外に特別な種族とかいない感じ? エルフもドワーフも、あと獣人とかも?」
王国が人間の国だから見かけたことがないんじゃなくて、いわゆる亜人がいない異世界ってことなのか?
「……少なくともあたしは、千年近く生きられる人に似た姿をしている生き物を、他にはひとつしか知りません」
いよいよもってアルフィリアさんへの不審感を隠そうともせず、パトリシアはその知っている名前を告げた。
「それ、モンスターっていいませんか? 忌々しきベルフェゴルの特徴と、まったく一緒なんですけど」
「…………」
今度は俺が黙り込んでしまう番だった。
アルフィリアさんの目的については考えを巡らせていたのに、その正体については考えたこともなかった。
エルフ。その一言ですべての疑問を片付けてしまっていた。
けれど、この世界にエルフもドワーフもいないのであれば、パトリシアの言っていることは正しい。
人間によく似た姿の、けれど普通の人間ではない存在。
人の寿命を遥かに超えて生き続けられる、規格外のなにか。
そんな生き物を説明するのにふさわしい言葉は、なるほど、たしかにモンスターという言葉がふさわしい。
あるいは、もっと単純に。
化け物――そう呼ぶべきなのかもしれない。
少なくとも、よく似た特徴を持つベルフェゴルは、アルフィリアさんやその姉である教皇ネルを指してそう称していた。
そういう意味では、モンスターとは違うと思われる。
もしもアルフィリアさんの正体がベルフェゴルと同じく、人化したモンスターなのだとすれば、もっと直接的に裏切り者と呼ばれていただろう。化け物と、自分とは異なる生き物のようには言わないような気がする。
それでも、パトリシアが今忌避感を向けているように、アルフィリアさんは普通の人間とは異なるなにかなのだろう。
今更ではあるが、アルフィリアさんは常に顔を隠して行動していた。人とは異なる耳を見られるのは困ると、あるいは年の取らない自分の姿を覚えられては困ると、そういう風に判断して隠していたのである。
この人間の世界において、彼女は異物なのだ。
「フィアーさん。本当に、アルフィリア様を頼っても大丈夫なんでしょうか?」
パトリシアが再度確認を取ってくる。
それに俺は即答できなかった。
俺もまた、アルフィリアさんに頼り続けるのはまずいと判断した側なのだ。
「リリちゃんが洗脳されていなかったのなら、あたしたちにはこの帝国から逃げるって選択肢もあると思うんです。王国に戻って、そこでフィアーさんのデスシードを解除する方法を探した方がいいんじゃないですか?」
「いや、放置しておくには俺たちは色々と知りすぎた」
それに、アルフィリアさんには借りが多すぎる。
「アルフィリアさん頼ろう。今の俺たちにはあの人の力が必要だし、あの人には俺たちの持っている情報が必要だ」
「……わかりました。ではあたしが城に忍び込んで、こっそりとアルフィリア様にコンタクトを取り付けてきますね」
「悪い。頼めるか?」
「はい。フィアーさんが信じている人なら、あたしも信じて動くだけです」
パトリシアはそう言って、早速動き出そうとする。
しかし実際に彼女が単独で赴くことはなかった。
「あ、見つけましたよ!」
その前に、路地裏に何者かの声が響き渡ったからだ。
すぐに俺はリリエッタを庇って前に出て、そんな俺の前にパトリシアがナイフを握って出る。
「誰ですか? もしや、ナターリアの追手?」
「わっ、わっ、ナイフ! ナイフはしまってください! ボクは怪しいものじゃありませんので!」
パトリシアの鋭い声に、路地裏にやってきた少女が慌てて両手を挙げる。
見たことがない相手だった。
年齢は俺より少し上、十三歳くらいだろうか。ペールグリーンの髪をショートカットに切りそろえ、小柄な身体を白い修道服で包んでいる。
「ていうか、いきなりナイフを向けてくるとかなに考えてるんですか!? ボクは六聖教会の所属ですよ? ボクを少しでも傷つけたら、何万の兵士があなたに報復しますから! そこのところちゃんとわかってます!?」
「全力で権力をかさにしてきたな」
「六聖教会のシスターってことは、もしかしてアルフィリア様のお知り合いでしょうか?」
「ええ、ええ、よくわかりましたね。なにを隠そう、ボクは癒しと黄金の聖女アルフィリア様の右腕になりたいなという願望を持っている聖堂騎士、の見習いシスター、ルフレ・レミントンです! サインならいつでも受け付けてますよ!」
なんだこいつ。
「なんだこいつと思わないでくれ。一応、言ってることは本当だから」
俺の心を読んだかのように、路地裏にさらなる闖入者が現れる。
少女――ルフレの名乗りに呆気に取られていた俺とパトリシアに、再度緊張が奔る。
次なる人物は、ルフレとは違って武装した騎士であった。頭の先から足のつま先まで、美しい白亜の甲冑で覆い隠している。
腰にはやはり白を基調とした剣と鞘。背中の大きな盾まで白い。
純白の騎士と、そう呼ぶべき偉丈夫である。
「あ、白騎士さん!」
ルフレは現れた騎士をそう呼んで、するりとその大きな背中に隠れた。
「ふっふっふ。よくもボクを脅かしてくれましたね。この人は白騎士さん、ボクと同じ騎士見習いでありながら、すでにアルフィリアさんの指示で何度も活躍している人です。あなたたちなんてイチコロですよ! さあ、白騎士さん! この無礼な人たちに、教会の力って奴を見せつけてあげてください!」
「やりたいなら自分でやれ」
「あ、ちょっと前に押し出そうとしないでください! ボクはか弱い生き物なんです! 命乞い、命乞いならしますからそんなことはやめてくださいよ!」
「なら喧嘩を売るような真似をするなよ」
「だって、この人たちボクら教会を舐めてますよ? この人たちというか、帝国の人たちといった方が正しいんですけど。我らが始祖ハルルカン様の御偉業をなんだと思ってるんですかね!」
「さぁな。そういうお国柄なんだろう」
白騎士はぷんすこ怒るルフレの主張を切って捨て、前に進み出てきた。
「さて――ようやく会えたな、兄妹」
見た目の厳つさに似合わない、友好的な態度で接してくる白騎士。
軽く手をあげ、スリットの奥に見える紫色の眼でウインクする。それはリリエッタに向けられていた。
そして、そのあと彼は俺をまっすぐ見て。
『そしてもう一人の俺よ。アインさんが助けに来たぜ』
懐かしき日本語で、そう名乗ったのだった。