目を向けても、暗くて何も見えやしない。
月が出ない夜でも星は私たちを照らすだろう。
「なあ、どうするよ」
「どうって、受けるしかないだろうに」
曇っているが、空には満天の星空が広がっている。つまり、私はそんな気分である。
宇宙規模ではちっぽけな廃ビルの屋上は星を眺めるためのものでない。
隠された平穏、安全、希望。そういったものに思いを馳せ、手を伸ばすためにあるのだ。
「絶対ロクなことにならないだろうけど」
そう言って私は手に持ったそれを口にあてがえて大きく息を吸った。肺の隅々まで行き渡る平穏をその細部に至るまで感じ名残惜しく吐き出す。
彼女はその様に隅々まで目を通した後、漂う煙を避けるようにして私の隣へビルから足を投げ出すようにして腰掛けた。
「何が目的なんだろうね」
「知らないよ。聞いても答えてくれやしない」
「やってらんないよな」
口の端から息を漏らして、こぼすようにいった彼女はそういった
「意図は見えやしないし」
正直に言って、この仕事は受けるべきではない。
七囚人の一人が多量の戦力を集めているという噂は本当であった。かなり色がついた報酬、後払い非合法的な契約。という怪しさの三拍子揃った依頼を本当に七囚人が出していたのだ。
尚且つそんな過剰とも言える戦力の向かう先はただのビルだ。ビル如きにそんな価値があるとは思えない。つまりは、目的はビルではない別のもの。そういったもののほとんどは何か絶対的に反抗してはいけないものである。法律や契約といった破ってはいけないものを『破ります』と堂々と宣言しているようなものだ。
詰まるところ、私たちはハズレくじを手に握らされてる。しかも、とびっきりのものを。
しかし、私たちはこれを断らない。否、断れない。
その理由は単純明快。お金である。現代社会はお金がないと生きていけない。物を買うにもお金、サービスを受けるのにもお金。なんだってお金が必要なのだ。
確かに、後払いである関係上報酬が振り込まれない可能性だってある。それでも私たちは受けるしかないのだ。こんな環境で私たちに回ってくる仕事なんて数えるほどしかない。そのため、えり好みして仕事を選べる立場に私たちははなから立てていないのである。
そうやって私たちは今を生きている。
時に騙され、打ちのめされたとしても泥沼の底の幸せを死に物狂いで取りに行くしかないのだ。
そうやって私たちは平穏を手に入れる。
私は平穏が端からボロボロと崩れ、もう縋れない様になって行くのをぼーっと眺める。ああ、ここまで簡単崩れてしまうのか、なんて考えながら。
しばらくして、完全に跡形なくなったそれをポイと投げ捨てると、ポケットからもう一本同じ形のものを取り出してライターで火をつけた。
彼女はそれをじっと見つめた後、呆れたような声色で言った
「アンタはそれを辞めればもっと楽に生きられるよ」
これを?手放せと?
「嫌だね。死ぬまで手放すもんか」
一息をかけて
「これは私の人生であり、未来であり、希望であり、平穏なんだから」
「はいはい、知ってますよ。言ってみただけさ」
そういうと彼女は投げ出した足をぷらぷらと揺らしながら後ろの床へもたれた。
淡い光に照らされた黒髪が広がってくろっと光る。
私はそれに目を向けると、
「やってらんないよな」
ぼーっと焦点のあっていない目を宙に向けて彼女がこぼした
「星は見えやしないし」
二人の間にわずかな静寂が訪れると、今度は闇と煙が辺りを照らした。
言葉は、出てこなかった。どこか気まずい空気から目を背けようと見上げた空には、淡く光る雲があるばかりだった。
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「一昨日ぶりじゃないか」
その日のブラックマーケットはやけに活気付いていた。
いや、この文章は正しくない。正しくはここ一週間のブラックマーケットはである。
原因なんて知りはしないが最近キヴォトスの治安は低下の一途を辿っている。
そのせいも、いやおかげもあってかブラックマーケットでは快活な空気があたりに蔓延していた。
そんな空気の中で倦怠感と足を引き摺りながら縮こまるようにして歩いていると、聞き覚えのある声が前方から耳に入ってきた。その声の元を辿るように顔を上げると正面に見知った顔が一人満点の青空と共に映った。
「元気そうだな。」
なんて抜かす彼女をキッと睨んでみると、冗談だ。なんて反省を知らん顔で言った。
彼女は前に会った時から何一つ変わってはいなかった。
私がこんなに満身創痍なのにも関わらず、飄々とした態度をとる彼女に無性に腹が立って、一発叩いてやろう。と考えて振りかぶった手によってバランスが崩れた私はそのまま前傾姿勢になって倒れ込むところを彼女によって抱かれるように支えられる。
「まあ、なんだ。」
「お互い無事で良かったよ」
どこが。と言おうとした私の口は正常には動かず、くぐもったノイズが私の口から漏れる。
悪態の一つすらもつけない体に嫌気が差しながらも、私は意識を手放した。のだと思う