【公安異能犯罪対策局】中間管理職アキヤマは今日も胃が痛い   作:丸井丸之

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とりあえず短編で書いてみた。対戦よろしくお願いします。


その名はトクノウ

「秋山くぅん? 君の部下はどうしていつも問題を起こすのかねぇ?]

 

 

 室長室に呼び出された僕は、開始早々いつもの小言ラッシュを浴びていた。

 しかも、今回はだいぶ鶏冠に来ているのか。

 人の顔をのぞき込むかのような至近距離で、だ。

 

 

「あー、久坂くんも悪気があったわけじゃないんです。ただ少し、直情的というか。後のことを何も考えていない馬鹿といいますか……」

「それを管理するのがァ、君の仕事でしょうが秋山くぅん……!」

 

 

 いやもうやめて。唾が、唾が飛んでますよ大山田警視。

 

 

「いいかい? 私は穏便に定年を迎えたいんだよォ……娘の学費や、家のローンもまだまだ残っている。少ない退職金で浪費家の妻との老後も考えないといけないんだからねぇ」

「し、心中お察しします 」

 

 

 特大のため息をつきながら高級椅子に座り込むその姿は、中年男性の悲哀をなによりも物語っていた。

 

 

「彼が警察車両をおしゃかにしたのはこれで3台目だ。まったく、1台いくらすると思ってるんだ」

「だいたい400万ですね」

「金額を聞いてるわけじゃないんだよ君ぃ……!」

 

 

 ああ、やってしまった。変にズレた返答をしてしまうのは僕の悪い癖である。

 

 

「もういい。とりあえず始末書を書かせて、しっっっっっっかりと反省させたまえ! 次も同じようなことが起きたら君の首が飛ぶと思えよ」

「ぼ、僕の首ですか」

「他に誰の首がある」

「大山田警視……とかですかね?」

「ば、ばばばばば、馬鹿もーーーーん!」

 

 

 ついぞ「出ていけぇ!」と怒鳴られた僕は、室長室から叩き出されてしまう。

 はぁ……胃が痛い。

 上司には連日、叱られてばかり。

 これから言うことをまともに聞きやしない部下を相手にすると思うと、僕の気持ちは曇天を通り越して大雨である。

 

 しかし、僕には楽しみがある。それは冷蔵庫に大切に保管しているプリン。

 あのプルンとした食感と、ほろ苦いキャラメルと混ざりあった甘味はまさにデリシャスだ。

 3時のおやつを食べられれば今日も頑張れる。さあ、扉を開けて頑張ろう! と、勢いよく扉を開けたら――

 

 

「モグモグ。あ、カゲフミじゃん。おかえりー」

 

 

 頭痛の種が、大事なプリン様を頬張っていた。

 

 

「……それ、僕のプリンなんだけど」

「え? 別に名前書いてなかったし」

「書いてあるよ。ほら見ろ。“秋山”ってあるだろう」

「うわ、マジじゃん」

「僕のプリン様に何をしてくれてるんだ……」

「ごめんって、今度新しいの買ってくるからさ。許してよ」

 

 

 あははー、と笑うこの問題児が久坂アキラ。僕の部下である。

 しかも腹立たしいことに、彼は黒い地毛が根元から伸びた金髪ショートボブで、いわゆるプリン頭。

 プリンをプリン頭が食う共食いの光景を見せつけられた僕は、対面の椅子に座るしかなかった。

 

 

「その感じ。まーた河童田に怒られた系?」

「どこかの誰かさんが警察車両を投げ飛ばしたからね」

 

 

 天井を見上げながら皮肉気に返してやる。

 上長への身体的特徴によるあだ名はこの際、無視だ。

 

 

「しょうがないじゃん。異能犯が逃げたんだから普通、塞ごうと思うっしょ」

「普通は思わないの」

「普通ねえ。俺には分んないね、そういう普通ってやつ」

「……」

 

 

 少し、いじけたようにプリンを頬張るアキラ。

 口元に運ばれるプルンとした欠片を、思わず凝視してしまう僕。

 それをどう勘違いしたのか。

 

 

「つーか、こっち見すぎ。俺が可愛い外見してるからってあんま見んなし」

「久坂くんは、自意識だけは一人前だね」

「どういう意味だよ!」

「まあ、君も今の性別にかなり順応してきたんじゃないかい?」

「いーや、まったく。この前、男にナンパされたときとか鳥肌がたったわ」

「ははは、その男も可哀そうだね。君に引っかかるなんて運の悪いことだ」

「別にこっちは引っかける気持ちなんて1mmもないっつーの」

 

 

 うげぇ、と本気で勘弁してほしそうな顔をしているのが、少し面白い。

 さてさて、そろそろ始末書でも書かせようかと思ったその時。公用携帯から、聞きたくもない着信音が鳴り響く。

 どうやら穏やかな休憩時間はこれで終わりのようだ。

 

 目が合った久坂くんは、整ったその顔をにやりと歪ませる。事件に前向きなのはいいんだけど、僕の首が繋がるよう頼むよほんと。

 僕たちはいつもの如く、現場へと急行するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「異能犯罪対策局の方ですね。お疲れ様です。お待ちしていました」

 

 

 僕が掲げた警察手帳を確認した若い警察官の視線は、隣の久坂くんへと向く。

 スカジャンを羽織った不良娘みたいなのが、当たり前の顔して居たら怪訝な顔もするだろう。

 だけどすぐに、隣の警官が耳打ちする「噂のトクノウだ」と。

 その一言で、若い警官の表情がわずかに引き締まる。

 

 

「失礼しました。ご案内します」

「ああ、すまないね」

 

 

 人混みをかき分け、中へ中へと進む。

 周囲は野次馬と報道関係者であふれかえっている。

 無理もない。立てこもり事件なんてものはマスコミの大好物だからね。

 指揮を取っている強面な現場責任者の刑事は、我々を見て開口一番にこう言った。

   

 

「おいおい、はずれの方を引いちまったのか俺は」

「ご挨拶ですね。これでも急いで来たんですけど」

「お前らは異能犯罪対策局でもトクノウの方だろうが。噂は色々と聞いてるぜ。現場を荒らしまわる服役囚のガキがいるってな」

「そのガキに頼ってるあんたらはそれ以下だけどな」

 

 

 久坂くんは、悪びれもせず言い返した。

 おいおい、やめてくれよ。現場担当と揉めたって我々に徳なんてないんだから。 

 ほらもう、見なよ。現場責任者の刑事の顔が茹タコみたいに真っ赤になってるじゃないか……。

 

 

「すみませんね。子供の軽口なんて水に流してください。大人なんですし」

「ちっ! まあいい。とりあえず情報共有をしておくぞ」

 

 

 皆の視線は立てこもっているビルへと向けられる。

 

 

「犯人はビル6階を占拠している状況だ。人質を複数名とってるようだが、詳細な人数は現状不明だ」

「なるほど。立てこもり犯の情報はあるんですか?」

「ああ、とっくに割れてるよ。名前は新澤タダシ42歳。現在、占拠している物流会社の元社員らしい。ちなみに先月退職している。

 どうやら犯行声明を見る限り、怨恨のようだな」

「……ちなみにその内容は?」

 

 

 強面な刑事は、苦虫を嚙み潰したような顔をする。

 

 

「異能力を理由にクビにされたのが不満らしい。よくある異能差別が原因だな」

「そりゃ恨むわ。会社で働いている奴らの自業自得じゃん」

「それは短絡的な考えだよ久坂くん」

 

 

 あん? と、不満げな彼。

 

 

「もし、仮に人を殺せるような異能力者がいるとする。つまり常に銃を持ってると同義なわけだ。

 そこに何の抵抗力を持たない人がいたとして、心穏やかに過ごせると思うかい?」

「……分らなくもねーけど。仲良くなったらそんなの不安になったりしねえじゃん」

「それができたら一番いいんだけどね」

 

 

 久坂くんはまだ十代。考えも若く、理屈より先に感情が走るタイプだ。

 ある意味で正しく。ある意味で夢見がち。この子を指導する立場として、どう伝えるべきか。なかなかに難しい。

 正解なんてものを、僕自身まだ分らないのだから。 

 

 

「銃みたいな単純な暴力ならまだやりようはあったかもな。今回の犯人である新澤は精神干渉系B級。やろうと思えば、簡単に人の頭ん中をいじれちまう」

「例の凶悪異能犯罪のせいで、精神干渉系に対する偏見は増してますからね」

「ああ、そうだ。異能差別で一番標的にされやすいやつだ……そういう意味じゃ、新澤も被害者な一面もあるがな」

 

 

 同情の余地はある。だけど、僕ら警察官は法の下の平等で判断を下す。

 情状酌量の余地があるかどうかは、逮捕した後の裁判で考慮されるべきことだ。

 一刻も早く現場を収めること。それが我々トクノウの最優先事項――のはずなんだけれど。嫌な予感というものは、大抵当たる。

 

 妙におとなしい久坂くんを探そうと周囲に目を配れば、拡声器片手に警察車両のボンネットに立つ姿が見えてしまう。

 待って……! これ以上、僕の胃をいじめるのはやめて、後生だから!

 

 

「おーい、新澤ぁ! ちょっと顔出せよ、お前の言いたいことちゃんと聞いてやるから!」

 

 

 はい、おわり。僕と大山田警視の首が、宇宙のかなたに飛ぶことが決定した瞬間である。

 

 

「だ、誰だお前! 不良女が何様だよ!」

「はは、なんだ、普通に喋れんじゃん。! どうせ立てこもってばっかで暇だろ? 俺と話しよーぜ」

 

 

 ビルの窓から顔を出した犯人は、困惑を隠せない。

 ちなみに、僕も困惑している。久坂くんの問題行動はいつものことだけれど、犯人と会話しようだなんてどうするつもりなんだ。

 

 

「おい、トクノウのガキぃ! 何を勝手に行動してんだ。まだ被害者が中にいるんだぞ!」

「うっせーな今いい感じなんだよ」 

 

 

 そう言って、久坂くんは拡声器越しにこう叫んだ ――「どうせ捕まるんだからさ。お前の社会に対する不満、ぶちまけてみろよ。案外それで世の中、変わるかもしんねえぞ」と。

 

 

「い、意味わかんねえ! お前は警察の仲間なんだろ?!」 

「仲間だぁ? ちげーよ。俺の名前は久坂アキラ。異能犯罪対策局、特異能力運用室所属の元服役囚。それが俺だ!」

 

 

 支離滅裂。めちゃくちゃすぎる話の展開だっていうのに。なぜだろう。犯人の顔から、敵意が少しだけ薄れたように思える。

 

 

「て、テレビでやってたな……異能力に秀でたガキを警察組織で運用するっていう」

「それだよそれ。17歳の子供がこうして頼んでんだ。いいだろちょっとくらいさ」

「――っ! お、俺は……ずっと社会に嫌われてきたんだ。この異能のせいで」  

 

 

 語りだした新澤の声は、怒りと悲しみでわずかに震えていた。

 人々の偏見、嘲りに晒されてきた人生。恋人の両親に世間体という壁によって別れさせられた過去。

 “異能力の申告義務化”なんて法案が通ってからは、働き口すらまともに見つからなくなったと彼は言う。

 いつの間にか周囲は静まり返り。誰しもが嗚咽をこぼす新澤の姿に、同情の念を抱かざるをえない。

 

 

「……今の話を聞いて心が揺さぶられない人間なんていねえよ。なぁ、新澤。明日にはネットもニュースもお前の話で持ちきりだよ。

 これで少しは、お前を嫌ってる社会に一泡吹かせれたんじゃねえか」

「あぁ……ありがとう。お前は俺なんかの話を聞いてくれるんだな」

「ま、同じ穴の狢だしな。これでもう満足したろ? 人質解放してさっさと降りて来いよ」

「……」

 

 

 新澤は、泣き腫らした顔でわずかに微笑んだ。

 その瞬間、僕は全てを察する。駆け出すと同時に、久坂くんへ叫んだ「能力の発動を許可する!」と。

 

 すぐに聴衆たちの悲鳴が巻き起こる。

 身を投げたのだ、犯人の新澤が。

 ビルの6階から、頭から落ちればどうなるかなんて言うまでもない。しかし、彼なら僕の予想通りに動いてくれる。

 

 

「しゃらくせえぇ!」

 

 

 駆けだした久坂くんは、常人の域を逸した速度で壁すらも駆けあがる。

 ああそうさ。彼の異能は肉体強化系A級、自身の身体機能を何倍にも強化する能力。 

 

 瞬時に、落下する新澤を庇うように抱きかかえることに成功するが、あの高さだ。まともに落ちれば、二人ともただでは済まない。

 だけれど、ちゃんと手は打ってある。――警察車両を落下地点へ急行させることでね。

 

 瞬間、衝撃が襲う。

 意識が飛びそうになる中、僕はなんとか警察車両から這い出ることに成功する。地面から見上げれば、嬉しそうにサムズアップする久坂くんの笑顔が目に入る。

 

 骨にヒビとか入ってるだろうに。ほんと規格外な男の子だ。いや、今は異能のせいで女体化しているから女の子か。

 本人にそんなことを直接、伝えたら怒るだろうけど。

 

 その後、新澤は救急隊員たちに担架へ乗せられ運ばれていく。

 見送る久坂くんは何か言いたげな顔をしていた。

 

 

「不満かい?」

「そりゃそうだろ。これで新澤は救われるわけじゃない。これからやっちまったことに対する罪を問われるんだろ?

 あいつを差別した奴らはお咎めなしだってのに」

「……そうだね。確かに君の言う通り不公平だ。法の下の平等ってやつは」

 

 

 僕は少しかがんで久坂くんと目を合わせる。

 

 

「それでも、僕らみたいな警察官は最善を尽くすんだ。今より明日がもっと良い日になるように」

「……」

「それに、めちゃくちゃやった君だからこそ変えられた現実があるみたいだよ」

 

 

 久坂くんを振り向かせた方向には、あの強面刑事が立っていた。

 

 

「おい嬢ちゃん。お前ほんとすげえな、見直したぞ!」

「な、なんだよ急に」

「最初、犯人と勝手に交渉し始めたときは、張り倒してやろうと思ったけどよ。お前さんなりの筋を通すやり方だったんだな。

 敵を作る方法だと思うが、俺は応援してるぞ。トクノウの久坂をな」

 

 

 そう言って満足したのか。何故か僕の背中をバシバシと叩いた後、去って行ってしまう。

 

 

「これで分かったろう。君は今日、自分に向けられていた偏見という名の差別を、見事に打ち破ったんだ。この小さな行動がいつしか、異能差別に苦しむ人々を救うかもしれない。

 すぐには変わらないだろうけれど。そう、僕は思うよ」

「……へへ、なんか元気出てきた」

「それはよかった。単純なのも君のいいところだよ」

「あのなぁ、そこは素直って言うところだろ」

「これは失礼。ズレた返答をしてしまうのは僕の悪い癖でね。

 ふう、それじゃ陽もとっくに落ちたことだし。家へ送る前にラーメンでもご馳走してあげよう」

「やた! 俺、チャーシュー麺な!」

 

 

 はいはい分かったよ、と肩をすくめながら歩き出す。

 きっと明日も、胃が痛くなるような事件が待っているのだろう。

 それでもまあ、慣れてしまえば悪くない仕事だ。

 

 ――異能犯罪対策局・特異能力運用室。通称“トクノウ”。

 今日も僕らは、どうしようもない日常を、この街で生きていく。

 明日、大山田警視に大目玉を喰らうことを現実逃避しながらね。

 

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