【公安異能犯罪対策局】中間管理職アキヤマは今日も胃が痛い 作:丸井丸之
気が向くまま短編連作で行こうと思うでの、付き合っていただけたら嬉しいです。
「お、そこにいるのは秋山くぅんじゃないか」
背後から僕を呼ぶ声。
振り向かずとも分かる。この妙に粘ついた声の主は、上司である大山田警視に違いない。
はぁ、また嫌味の一つでも飛んでくるのか――そう思いながら振り返った僕は、思わず目を細めた。
気持ち悪いほど満面の笑みを浮かべた大山田警視が、そこに立っていたからだ。
「あー、これは大山田警視。お疲れ様です」
「いやぁ、今日はトクノウ室も平和で最高な1日だねえ。うんうん、平和が一番。奥さんの機嫌が二番ってねHAHAHA!」
「……何だか凄いご機嫌なようですが。いいことでもあったんですか?」
「あ、聞いちゃう? それ聞いちゃう?」
いえ、聞きたくないです。という本音をグッと我慢。
上司との雑談に興じるのも中間管理職の定めである。
「実は半年前に購入した車がようやく納車されたんだよ。またローンを組んじゃったんだけど、それを差し引いても最高でねぇ。
高級セダンのあのフォルムに、ディーゼルエンジンの重低音がそこらの一般車とは違う――」
「はは、それはそれは。良い車を買いましたね大山田警視」
「だろう? これでも私は昔、走り屋のヒトシなんて呼ばれちゃって一目置かれていたんだぞ。今日は湾岸道でも攻めちゃうか悩みどころだよぉ」
「へぇ、凄いなぁ。僕も車欲しくなってきましたよ、ははは」
と、話が盛り上がった翌日。
「秋山くぅぅぅぅぅん!!!!!」
「へ? 大山田警視、どうかされましたか」
「どうかしたじゃないんだよ君ぃ! 私の、私の……メルセデスが穢されたんだぞぉ!」
突き出されたスマホの画面には、スプレーで落書きされた見るも無残な姿がそこにあった。
「あちゃー。子供の悪戯ですかね。最近、こういった被害が多発しているとは聞いてましたが。まさか身近に被害者が出るとは」
「子供の悪戯で済むかぁ! ローンがあと10年残ってるんだぞぉ!」
「ぼ、僕に言われましても」
「これは市民を守る我々、特異能力運用室のプライドを賭けた問題だ!」
「えぇ? いや、これは異能犯罪とは関係がないような」
「うるさーーーい! つべこべ言わず、さっさと捜査してこい! 犯人を見つけるまで署内に戻ってくんじゃないぞ!」
と、反論する暇もなく叩きだされた僕は落書き被害が多発している、高級住宅街まで足を伸ばしていた。
隣には「なんで河童田のために、俺が働かないといけないんだよ」と文句を言っている久坂くんがいる。
「まぁ、僕たちトクノウはどの現場にも介入できる捜査権が付与されているからね。こういった小さな事件に関わるのも筋ではあるんだよ」
「そうかぁ? 今の所、異能力の異の字もないただの落書き事件だし。俺には個人的な逆恨みににしか感じねえけど」
「……きっとこれから情報を集めていく中で、色々見えてくるから。たぶん」
「ふーん」
あ、これは一切、納得いってないときの反応だ。
いつか彼も分かってくれるだろう。大人には無駄だと思いながらも、やらねばならない時があるのだと。意味のない会議なんて、その代表例だろう。
めんどくせー、とぼやくばかりの彼を連れて訪れたのは近くの派出所。どうやらここで落書き犯に遭遇した警察官がいるらしい。
「どうも。先ほど連絡した特異能力運用室の秋山です。それとこっちが――」
「――久坂アキラさんですよね! 俺、テレビで見ましたよ! マジ、ヒーローっす!」」
食い気味な若い警察官は、目をキラキラさせて久坂くんの手を握る。
「おい、気やすく触んな」
「あ、すんません。つい興奮してしまって」
「あー、もしかして。先日の立てこもり事件で知った感じかな?」
「そうっす!! あの拡声器片手に犯人へと語りかけた姿はマジ伝説っす!」
実はあの事件の後、久坂くんはちょっとした有名人扱いだった。
今やSNS全盛期。スマホで録画していた人がいたらしく、ネットに上がった瞬間、大バズり。
報道番組でも取り上げられてしまったものだから、お偉方からの苦言もそれはもう凄かった。丸く収まったとはいえ独断専行は組織として認められないものだからね。
大山田警視がなんだかんだとりなしてくれたおかげで、僕らは何の処分も受けずにすんだのだ。いつも小言ばかりな人だけど、こういう時はいい上司なのである。
「久坂くんよければサインでも書いてあげたらどうだい?」
「けっ、俺がそういうの嫌いなの知ってて言ってんだろ」
「はは、冗談だよ。えーとそれで最近、この地区で多発してる落書き事件について聞きたいんだけど」
「もちろん、お伝えします! まず、この落書き事件が起き始めたのは1ヶ月前ほどからでして」
そこから若い警官が語り始めた内容にはいくつか気になる点があった。
一軒につき、必ず一つだけ。家の外壁やガレージ。自家用車を無差別に狙った、スプレー缶での落書き行為。
そしてその落書きは毎回、同じものであること。
資料にあるこの花のような絵は何なのだろうか。正直、美術的センスもなくテーマ性もない。本当に落書きとしか言いようのない、稚拙なものなのに。
同じものを何度も描くということは、縄張りの意思表示? それとも誰かに伝えたいメッセージ性のあるものなのか。
悩む僕の隣で「へったくそな絵。俺でも描けんじゃん」と久坂くんが謎の自信を見せている。頼むからやらないでおくれよ。君のおかげで、僕の首はもう薄皮1枚しかつながってないんだからね。
「実は、自分は深夜の巡回の際に犯人に遭遇しているんです!」
「あ? じゃあ取り逃がしたってことかよ。どんくせーな」
「うぅ、自分は警官失格っす……」
「まあまあ、そういうこともあるよ。それよりも、情報が欲しい。犯人の顔は見たのかい?」
「周囲が暗かったうえに、犯人が大きめのフードを被っていたので顔を確認することはできず。コートを着た2m近い大男なのは確認できました。
しかし、こちらに気づいた瞬間、対象が消えてしまったんです!」
話を聞いてすぐに思い浮かぶのは、自分自身を転移させる異能だけれど。テレポート系は希少で総数は少ない。
国の異能力者名簿に確認すれば、ある程度は人数を絞れるかもしれない。2mの大男なら更に対象が限られるはずだ。
でも、すぐに気づく。そんな安易な発想は、現場警察官が思いつかないはずがないと。
若い警察官は僕の意図を察したのか、こう答える。
「現在、日本で登録されているジャンパーに2m近い男はいないんです」
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「で、どうするんだよこれから」
「そうだねえ……僕が新人だった頃は、現場百遍なんて言葉を教わったものだけど」
「うげぇ、めんどくさ」
「どんな仕事もめんどくさいものさ。さて、それじゃあ被害にあったお宅に行こうか」
目的の家へ訪れた時。
玄関先で交わされている会話から察するに、何かしらの勧誘のようだった。
「いつでも教団はお待ちしておりますので」
「ええ……でも、今のところはそういうものに興味がなくて」
「御祈りに参加するだけでも――っ、では今日はこれで失礼いたします」
勧誘していた若い女は、こちらの存在に気づくと足早に去っていく。
「大丈夫かよ婆さん。変なもんでも売りつけられなかったか?」
「あら、ありがとうお嬢さん。最近、宗教の勧誘が多くてね。なかよし教団っていうのだけれど」
「だっせー名前。そんなの入んなくていいよ」
久坂くんの素直な物言いに、おばあさんは朗らかに笑う。
「すいません、我々はこういう者でして」
「あら、警察の方だったのねえ。こちらのお嬢さんも?」
「ええ、彼は僕の部下です」
「あらまあ、そうなの。ちょっと待っててね。確か頂き物のお菓子があるのよ」
そう言って家の中へと消えていくおばあさん。
僕は「お構いなく」と答えたんだけどね。警察官が市民から物をもらうと、色々としがらみがあるからさ。
待っている間に、家の外壁へ描かれた落書きを眺める。
どうやらこの二階建ての家では、上階の壁部分に花の落書きが描かれている。
外壁をよじ登らないと、たどり着けないような場所だ。
やはり、落書き犯はテレポート系の異能を持っているのだろうか。
「ん? あそこになんかあんじゃん」
久坂くんは異能を発動して飛び移る。
ちょ、やめてくれ。まだ家の所有者に許可とか取ってないから。
すぐにでも止めたいところだったが、あまりの素早さに声をかける暇すらない。
「カゲフミ、見てみろよ!ツバメの巣があるぜ!」
「はあもう、せめてツバメさんに迷惑かけるんじゃないぞー」
「分かってるって!」
キョロキョロ周囲を見渡す久坂くんは、何かに気づく。
「今回の犯人は転移系の可能性が高いんだろ? 2階まで転移しても、ここからじゃ壁一面に落書きするなんて難しいぜ」
その視点は、なかなかに盲点を突く意見だ。
壁にデカデカと書かれた落書きを描くには、足場でもない限り不可能。人間が手を伸ばして届くような範囲じゃない。
つまり、浮遊? それとも手が伸びる異能か?
しかしそれじゃあ、姿を消した方法が分からなくなる。
人間が持つ異能は、基本的に1人1つしかない。異能が発生してから20年経つが、その例外は1人しか観測されていない。
そしてそいつはもう、この世にはいないんだ。
「あ、これもしかして」
写真を撮り終えた久坂くんは、そのまま飛び降りて僕にスマホを見せてくる。
落書きと同じ塗料らしき、消えかけた手形が写真には映っていた。
時間が経過しているのと、咄嗟に手をついたかのような掠れ具合で、正確にはサイズが分からないけれど。
大男のものにしては、いやに小さいような。
そうこう思考しているうちに、おばあさんが手荷物を持って現れる。
「お待たせしちゃったわねえ。はいこれ、鹿屋のどら焼き。美味しいのよこれ」
「すいません、お気持ちは嬉しいのですが、警察の人間はそう言ったものを頂けなくて」
「うめ! こんなうめえ、どら焼き食ったの初めてだわ」
…… はぁ、もう食べてるし。
思わず手で顔を覆ってしまう。人様の屋根には勝手に飛び移るし。この子は野生の猫かまったく。
「美味しそうに食べてくれて嬉しいわぁ」
「すいません、気を使って頂いて」
「いいのよ。あなたたち、あの絵を調べにきたのでしょう?」
「ええ。この地域で多発しているようですので。ご迷惑でしょうが、証拠保全であのままにしていただけると助かります」
「あら、あたしは意外とあの絵を気に入っているのよ。だってあれはサネカズラの絵でしょう」
「「サネカズラ?」」
僕と久坂くんは思わず目を合わせてしまう。
「小さな花弁が連なる、綺麗なお花なのよ。花言葉はそうね。あたしが一番好きなのは――再会。また会いましょうって言葉」
「なんだかロマンチックですね」
「ふふ、そうなのよ。あの絵は上手くはないけれど、気持ちがこもってる。それが何かのヒントになるかもしれないわね刑事さん」
その後、他にも落書き被害にあったお宅へ訪問したが、特に目につくようなものは無かった。
だが、ここまでの情報で僕はある推論を展開していた。
その推論を確かなものにするため、異能力者名簿にアクセスできる情報部へ照会をかけると、予想通り目当ての回答を得ることができた。
ふぅ、これで大山田警視の機嫌もよくなるだろう。今夜が山だと判断し、張り込みを決めた矢先、当然のように久坂くんが噛みついてきた。
「なんで俺が帰んないといけねーんだよ!」
「いやだって君、未成年だし」
「はぁ!? こんだけ事件に連れまわしといて言うのがそれかよ」
「そう言われてもね。決まりだからそうしているだけだよ」
「かぁー、これだからお役所人間は」
「はは、警察官は公僕だからね。それ誉め言葉だよ」
ん? いつもならこの後、暴言の一つでも飛んでくるんだけど、変に静かだ。
久坂くんはそっぽを向きながら呟く。
「……異能犯に襲われたら、俺がいないと危ないだろ」
「もしかして心配してくれているのかい?」
「ち、ちげーし。カゲフミが怪我でもしたら、誰が俺の世話すんのか心配になっただけだっ!」
「分かった分かった。でも安心していいよ。我々警察官にはこれがあるから」
そう言って僕はジャケットを軽く捲り、ショルダー携帯している拳銃を見せる。
これで少しは安心してくれたのだろう。
去り際に「落書き犯を捕まえたらどんな奴だったか絶対教えろよ」と言い残し、久坂くんは不満げに手を振りながら帰っていった。
なんだかんだで手を振るところが可愛らしい。本人に言ったら、俺は男だ! って怒るだろうけど。
さて、それじゃあ予定通りに。犯人を罠にかけるとしよう。