【公安異能犯罪対策局】中間管理職アキヤマは今日も胃が痛い 作:丸井丸之
夜も更けこみ、住宅街に人気が消えたころ。
身長2m近い男が、無機質な外壁へスプレー缶を向けた。
まさに落書き行為の決定的瞬間。
「そこまでにしようか落書き犯くん。ようやく会えて嬉しいよ」
「!?」
「この通り、僕は刑事だ。現行犯として話を聞かせてもらうよ」
掲げた警察手帳。
大男は一言も発することなく、姿が消えてしまう。
あの若い刑事が言った通りの展開だ。
だけど、これも想定の範囲内でしかない。
「転移系異能力者の総数は少ない。B級以上となると、その数は更に限られる
落書き犯くん、僕の予想が当たっているとしたら君はD級。おおよそ1~2メートルしか移動できないはずだ」
ゆっくりと僕は歩き出す。犯人に語りかけながら。
対象を追いかけるまでもない。
なぜなら落書き犯は、走ることができないのだから。
「そして、君はきっともう一つの異能を持っている。
手が届かない2階の壁に落書きできたことから、それは絶対の真実」
異能は1人に1つ。その条件を覆すモノがあるとすればそれは――複数人での犯行。
持っていたライトで、僕は住宅の壁を照らす。そこには予想通り、子供が2人身を隠すように張り付いていたのだった。
「うわーん、バレちゃったよケントくん!」
「う、うるせえ! こうなったらもうしょうがねえだろ!」
「あー、いいかい君たち。僕は別に、取って食おうとしたいわけじゃないんだ。とりあえず話を聞かせてもらえるかい?」
観念したのか。僕の言葉に安心したのか。壁から転移した2人は、地面へと降り立った。
「転移系異能を持っているのが鈴木ケントくん。そしてそっちの眼鏡の子が、対象を貼りつかせる異能の吉野オサムくんだね」
「……なんで俺たちのこと知ってんだよ」
「異能力者名簿を調べたら、この地区の近くで転移ができる異能力者は君だけだったからね。それにもう一人、犯人がいると思ったからクラスメイトも一応、全員頭に入れておいたんだ」
マジかよこいつ、みたいな目で見てくる子供たち。
僕としては当たり前のことをしたまでなんだけどなぁ。情報が捜査においていかに大事か、新人の頃から教わったことだ。
「不思議なんですけど、どうして僕たちが複数犯だって分かったんですか?」
「それはねオサムくん。君たちがツバメの巣を守ろうと、とっさに手を屋根についた跡があったからさ」
「あ……あの時の」
「落書きの犯行時は常に夜。きっと暗くてツバメの巣の存在に気づくのが遅れたんだろう? だから踏まないようにとっさに、体勢を崩して手をついた。
その手の跡がどうしても2m近い大男のものと思えなくてね」
「それだけで、ここまで分かるとか。警察官ってすげーんだな」
さて、推理はおしまい。ここからは事情聴取だ。
「教えてほしい。君たちはどうして、こんなことをしたんだい?
サネカズラの絵も意味があるんだろう?」
「それは……」
ケントくんとオサムくんは互いに目を合わすと、ゆっくりと喋り始めた。
夏休みに出会った同い年の友達。
ミナトと名乗った色白の子と過ごしたひと夏の思い出は、かけがえのないものだった。
三人は、いつも河原で遊んでいた。けれど、夏休みの終わりが近づいた頃――
「ごめんね。夏が終わったら僕はしばらく、この河原に来ることができないんだ」
「マジかよぉ! でも、またいつか遊べんだろ?」
「う、うん。いつかまた会えるとは思う」
濁すように答えるミナトの素性を、ケントたちはあまり知らないことに気づく。
苗字すら分からない。お金持ちが多く住んでいる丘の上に、家があることぐらいしか知らなかったのだ。
「そういえば僕たち連絡先、交換してなかったね。また連絡できるよう交換しようよ」
「ごめん、オサムくん。スマホを今日、忘れてきちゃって。明日、最後に会えると思うからその時に、みんなで交換しよう 」
「うん、約束だよ!」
そして最後の日、ミナトが現れることはなかった。
親に怒られるのが分かっていても。ケントたちは夜になっても待ち続けていたのだった。
「ミナトくんどうしたんだろう。約束を破るような子じゃなかったのに」
「きっとなんかあったんだよ絶対。あいつは嘘つくようなやつじゃねえもん」
「うん、そうだよね。きっと今日だけ来れないだけだよね」
しかし、何日経っても、あの夏の少年と再会することは叶わない。
我慢できなくなったケントは、ミナトが住んでいるという住宅街で聞き込みするが知らないと返答されるか、無視されることだらけ。
もう諦めるしかないと思ったその時、ケントはある花を思い出す。
あのクリーム色の小さな花。目立たないけれど綺麗なんだと、ミナトはよく笑っていた。そして、その意味は”再会”。
この花の絵をみればきっとミナトも俺たちのことを思い出す。
それが悪いことだと分かっていたけれど。また友達に会いたい。ただそれだけの理由で、2人は落書きを描き続けていたのだ。
「そういう経緯だったんだね……まず、僕は警官として、大人として君たちを怒らないといけない」
僕の言葉に子供たちは小さく体を震わす。
「でも、友達を大事にするその気持ちは褒めなければいけないかな」
「え……? それじゃあ」
「今までの被害者が許してくれるか分からないけど、僕も一緒に謝りに行こう。そして、ミナトくんのことも調べておくよ、またお友達と再会できるようにね」
「ほ、ほんとかよ!?」
「ミナトくん探してくれるの!?」
「ああ、約束する。警察官は嘘をつけないんだ」
僕の冗談っぽく笑う姿に、子供たちは安心したのか、ようやく笑顔になった。
よし、とりあえずこれで解決の方向へ動き出したかな。
この子達を送り届けて、明日から色々と事後処理をしないとね。
そう考えた時に公用携帯へ着信が入る。
時刻は深夜だというのに誰だろうか。
確認すると番号は交番で話を聞いた、あの若い刑事。要件を確認するために電話をとると。
「実は、久坂アキラさんを補導してまして」
「……はい?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
「だから俺ぁ、カゲフミを助けに行こうとしてただけだって! 今頃、大男にやられちまってるかもしれないんだぞ!」
電話口越しに、聞こえてくるいつもの声。
「実は、夜中に金属バットを持った不良少女が徘徊していると通報がありまして。確認してみれば、まさかの久坂さんだったんです」
「ご迷惑おかけしてます……いえ、はい。すいません、すぐに引き取りに行きますので」
電話を切ると、思わず深いため息が漏れた。
「いいかい君たち。大人の言うことを守らないと、尻ぬぐいで苦労する保護者がいるってことを忘れちゃだめだよ」
「は、はい。なんだか警察官って大変だねケントくん」
「確かに。俺、ずっと子供でいたいかも」
できることなら僕も、中間管理職を辞めて子供に戻りたい。そう願った長い1日は、こうしてぐだぐだに終わるのであった。
その後の話をしよう。
ケントくんとオサムくんは無事、ひと夏の思い出の友人と再会することができた。
その場所は病院。
実は、体が弱いミナトくんは体調を崩して長期入院していたのだ。
だけどまあ、治らない病気ってわけじゃない。
約束を守れなかったことを、ずっと気にしていたらしく。友人たちと再会できたことで、治療に前向きになってくれたらしい。
きっと快方に向かってくれるだろう。
そして、幸いなことにオサムくんの異能のおかげで、落書きも綺麗に消すことができた。
もちろん彼らの親御さんにも事情を説明し、一緒に謝って回ることになった 。色々と周囲の市民に迷惑をかける結果になってしまったが。
子供がやったことだということで、今回限りの温情になったのである。
一方、久坂くんはというと。
「まさか、君からドライブのお誘いを貰えるなんてねぇ。嬉しいよアキラくうん」
「あー、そうなんす。実は前から車に興味があって」
いつものはつらつさは皆無。死んだ顔で返答する彼が助手席にいた。
「HAHAHA! それはいいことだよぉ。今日は走り屋のヒトシが君に、このメルセデス800の素晴らしさを身をもって感じさせてあげるからねぇ」
「アリガトウゴザイマスー」
無事、車の落書きが治った大山田警視はまたご機嫌状態へ逆戻り。
勤務後だというのに、ありがた迷惑なドライブへ誘ってきたのである。
そこで僕は考えた。この前の罰として、久坂くんに押し付けて――ではなく適任だと。
あくまでこれは、先日の補導騒ぎに対する教育的指導の一環である。けっして僕が行きたくなかったわけではない。……と、一応言っておく。
そんな僕へ向かって、直立した中指を見せつけるガラの悪いプリン頭がいるけれど。僕は満面の笑顔で見送ったのであった。