【公安異能犯罪対策局】中間管理職アキヤマは今日も胃が痛い 作:丸井丸之
「最近、熊被害が多いねぇ。また、都下の山の方で人を襲ったらしい」
「気軽に駆除できる問題でもないですし、我々警察も頭が痛い問題ですよね」
「まったくだ。しかし……しかしだよ、秋山くうん?」
急に大山田警視が、鼻息を浴びせてくる距離まで詰めてくる。
あの、前から思ってたんですが距離感バグってません?
「我が家にも恐ろしい害獣が到来しているのだよぉ!」
「はぁ……それはいったい?」
「目に入れても痛くない娘に彼ピができたんだよ、彼ピが!」
な、なぜ、彼氏ではなく彼ピなのだろうか。
困ったことに、大山田警視の家庭の愚痴は長くなるのが定番である。
僕は愛想笑いをしながら、どうやって話を切り上げようか全力で脳細胞を回転させるしかなかった。
「娘に嫌われないよう、必死に『おいアキコ、今日は彼ピとデートかい?』なんて合わせてやってるんだぞぉ……なのに何だねあの男は! チャラいピアスにピンク色の頭。職業はインフルエンサーの卵(自称)だぞ!? 怪しい! 確実に怪しいよねえ秋山くぅん!?」
「あー、確か娘さんは大学生でしたよね。今は自由恋愛の時代ですし。大人になった娘さんを信用してあげるのも手かと」
「君はバカかね! 親ってものはいくつになっても子が大事で心配なのだよぉ……!」
「そ、そうですか……あいにく、僕は独身でして」
あーもう誰か助けてくれ、と思ったその時に救世主は訪れる。
「おう、若旦那はいるかい?」
「あ、トクさん。なにか御用ですか?」
「おう。大山田さんとお話し中に申し訳ねえが、応援依頼だ」
「い、行きます。今なら熊退治でも喜んで行きますよ」
「こら、待ちたまえ! 私の話を最後まで――」
――バタン、と室長室の扉を閉める。
「災難だったな若旦那」
そう言いながら笑う色黒なおじさんの名は、徳山ゴロウ。現場叩き上げの巡査部長だ。もう定年が近い歳だということで、僕と同時期にトクノウへと配属されたベテランである。
僕の若いころに、指導係を務めてもらったこともあるので交流は長い。
中間管理職で、上司と部下に苦労している僕にとって、唯一の癒し的存在だ。
「いやあ、本当に助かりましたよトクさん。あのまま室長室にいたら、大山田警視の娘さんの”彼ピ”とやらの素行調査にでも、駆り出されるところでした」
「がっはっは、そりゃあぶねえところだったな」
「ちなみに応援依頼はどんな内容ですか?」
アゴをさするトクさんは「そんなかしこまるもんじゃねえ。認知症の婆さんが行方不明だって話だ。すぐに見つかんだろ」と安心させるように言う。
「だといいんですが。あ、そういえば久坂くん以外の子たちはどうですか? そろそろ現場で活躍してもらおうかと思ってるんですけど」
「あぁ、そうだなぁ。太鼓判を押せるほどじゃねえが、そろそろ実戦投入してもいい頃合いだと思うぜ」
「それはよかった。彼らもせっかくトクノウへ運用員として選ばれたんですから。刑期が短くなるよう頑張ってもらわないと」
「ちげえねえ。更生するチャンスは誰しもあるんだからな」
ええ、と頷く。
「そういえばアキラのやつ、だいぶお前さんに懐いたんじゃないか? 昔は大暴れする野生の猫だったのに。今はだいぶ落ち着いてきたじゃねえか」
「だといいんですが。あいかわらず僕は振り回されてばかりですよ」
「安心しろって若旦那。お前さんはだいぶ中間管理職が板についてきてるよ」
「はは、素直に喜べないですけどね」
その後、トクさんと別れて失踪したお婆さんのご家族の元へ向かう。
助手席に座っている久坂くんは、ぐーすか寝てるし。これも信頼の証なんだろうか。動物って寝てる時が一番、無防備になるというからね。なんて思ってみたり。
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「それでは根室マコトさん。母親が失踪された時のことを、お話頂けますでしょうか?」
「はい、もちろんです」
疲れた顔をしている眼鏡の中年男性は、ゆっくりと語り始める。
「母は認知症を患い、デイケアを使いながら数年ほど我が家で面倒を見ていました。2週間前に、忽然と姿を消してしまい……私も必死に探したんですが見つからず。
お願いです、なんとか母を見つけてくれませんか!」
「もちろんご協力します。ただ、気になることが2点ほど。
まず、母親は69歳とのことですが。一人で出歩ける健康状態だったんでしょうか?」
「ええ。悪くなってしまったのは頭だけで。体は健康そのものでした」
昔と違って最近の高齢者は、元気な人が多い。体は問題ないせいで、介護側が苦労するケースは耳にしたことがある。
根室さんも同様だったのだろうか。年齢に対して白髪も多く、身だしなみもくたびれ気味なところからそう思ってしまう。
「なるほど。では、もう一点。警察への通報が2週間近く遅れたのはなぜですか? いなくなったその日に電話をしてもよかったのでは」
「おっしゃる通りです……世間体を気にして、内々で収めようとした私が間違っていました」
「ご近所の方に知られたくなかったと?」
「はい……なにぶん、ここは田舎ですから。それに私は介護が始まってほどなく仕事を辞めたんです。探す時間はいくらでもあった。ですが結局、見つからず」
「警察に通報するまで遅れた、と」
矛盾はない。こういったケースは田舎だからこそよくある問題だ。
さてさて、しらみつぶしに探す必要があるかなと考えてたら。久坂くんが口を開く。
「なあ、おっちゃん。後ろでさっきからこっちを見てんのはあんたの子供か?」
「あぁ、そうですね。すいません、私の娘です」
小学生の年長さんくらいだろう。父親が心配だったのか、こっちをジッと見ている。
そこで久坂くんは近寄っていき「お前の父ちゃんいじめたりしねえって」と声をかける。
少女はこくりと頷き、そのまま久坂くんと話し始めた。
「しっかりしてそうな娘さんですね」
「妻と離婚したことで、迷惑をかけてしまったからだと思います。母のこともありましたし……」
どうやら、根室家の家庭事情は順風満帆とはいえない状態らしい。
落ち込んでいる姿から見るに、色々と察してしまう部分がある。
「そうですか……実は僕もバツイチでして。お子さんがいるだけうらやましいと言ったら失礼ですかね」
「いえ、そんなことは。警察の方でもそういうことがあるんですね」
「はは、僕らもただの人間ですから」
少し空気が和らぐ。
「それと刑事さん。お伝えしなければならないことが一つ」
「ええ、なんでしょう」
根室マコトは今まで秘密にしていたことを恐れるかのように、絞り出すように口にした。
「母は獣化系C級――熊になる異能なんです」
大急ぎで近くの熊捜索現場へ向かう車内で、久坂くんは疑問を口にする。
「熊になる異能つっても、勝手に人間に戻るんじゃねえのか?」
「普通の異能なら、どこかで限界が来て解除されるはずなんだけどね。君の強化時間が3分もたないのと同様に」
「C級ならその制限がなおさら厳しいはずだぜ」
「確かに特級やA級に比べたらそうだろうね。でも等級は、社会に対する危険度を表したお役所的位置づけにすぎない。
今回の失踪者、根室ヒサエは珍しく全身まで獣化できるタイプだったらしい 」
普通ならば理性があり人間を襲ったりしないだろう。だが、彼女は認知症。最近、世間を騒がせている熊被害が関係している可能性は非常に高い。
そして行方不明になってから2週間、獣化が解除されていないのだとしたら 最悪のケースも考えなけらばならない。
「ふうん、なるほどな。
まあでも河童田のおっちゃんが、熊の射殺を止めるよう要請を出してんだろ? それだったらいつものように、とっ捕まえて終わりだろ」
「人が死んでいるんだよ久坂くん。負傷者5名、死者3名。今回の事件は社会の治安を揺るがす大事件だ。
いつもとは違うんだよ」
「……」
静まり返る車内。
ミラー越しに見た久坂くんの顔は、どこか強張っているように見えた。
少し言いすぎただろうか……でも、ここで彼には感じてほしい。運用員として今後もヒトの生き死に関わるのだから。
現場へたどり着くと、陣頭指揮を取っている2人組の女性刑事が目立っていた。
若手刑事の方が目ざとくこちらに気づいたようだ。
「あらあらあら、そのだっさいプリン頭はトクノウのアキラさんじゃありませんこと?」
「……んだよ錦鯉。なんでおめえがいんだよ」
「ニュースになるような大事件は、わたくしたち異能犯罪対策局1課が対応するに決まってるじゃありませんか」
語尾にほほほ、とでも付けそうなこの育ちの良い女性は錦鯉カオリコ警部補。警察庁キャリア組の若手で、やたら派手な苗字の子だ。
そして遅れて現れた、ベテランの風格を醸し出す女性刑事は間宮サオリ警部。1課を率いる女ボスだ。
「久しぶりね秋山くん。大山田警視から話は聞いているわ」
「話が早くて助かります。今、現場はどういう状況ですか?」
「民間の猟師たちと山狩りをしている最中だったわ。でも、人間かもしれないと分かった時点で射殺することはできない。
捕獲する方針で動いている状況よ」
「捕獲っていってもよ。どうすんだよ、相手熊だぞ」
久坂くんの疑問に、錦鯉さんが答える。
「銃や吹き矢を使った麻酔ですわ。眠らせて檻に入れる。それが今の上層部の判断ですの」
「……異能が解けて戻るまで檻にぶち込んでおくってことか」
「その可能性は低いですわ」
「な、なんでだよ! 異能が永遠に続くことなんて普通――」
「肉体を変質させる異能は、長期間の使用により不可逆的なモノになる。小学生でも先生に習うことですわ
特に獣化系は厄介ですの。長期間の獣化状態は、本能と理性の境界を曖昧にするケースが報告されていますわ」
根室マコトの証言によると、失踪してから約2週間経過している。やってみなければ分からないが、元に戻れる可能性はかなり低いだろう。
分かってはいたことだけれど、 突然知った彼は動揺が隠せない。
まずいな。久坂くんはお孫さんの少女と接したからか、妙に肩入れしているように見える。
こういう時の彼は無茶をしかねない。できれば後方に置いておきたいところだけど、素直に引き下がるとは思えなかった。
「麻酔といっても効果が十数分かかるのが一般的よ。その間、暴れる熊を引きつけないといけない。
そこで力を貸してほしいわ久坂アキラくん。あなたのその異能を」
「待ってくれ! いや、待ってください間宮警部。未成年の彼が、命の危険を背負うべきでは!」
「運用員はその罪科を償却する代わりに、いかなる危険な任務にも従事する。そう定められているはずよ、秋山くん」
「――っ!」
何も言い返せない。法を順守する警察官にとってその言葉は、絶対の原則。
言葉に詰まる僕に向かって「そんな心配すんなって。熊くらい、俺にかかればワンパンだって」と、久坂くんは笑う。
でも、僕には分かってしまう。彼がいつもと違って、その拳を硬く握りしめていることを。
こうして、間宮警部主導のもと――山中での捕獲作戦が始まった。