明治・大秘密結社時代 〜社畜が転生したら10歳で暗殺組織の幹部(笑)でした。給料未払いは美学に反します!〜 作:だいたい大丈夫
ただのポンコツ連絡員に見えた連子ですが、どうやら本職は別にあるようで……。
さて、ここが今回の問題の任務が行われる町らしい。確かにすぐそばに鬱蒼とした山が迫っている地形だから、人食い熊が出てもおかしくない環境ではある。
「朗人さんは、どうやって熊を倒すんですか?」
「俺はマタギか」
「熊を倒す任務じゃないよねえ? 猟師に依頼するふりをして、自分に反対する邪魔な人間を山に誘い込んで熊に食わせて排除している悪徳役人の調査と、証拠隠滅の防止だよねえ?」
俺が任務の目的を再確認すると、連子はふふっ、と余裕の笑みを浮かべる。
「短剣だけで大熊を倒す朗人さん、素敵です。もし勝てたら、ご褒美にチュ~してあげても良いですよ?」
「…………ヤダ」
「はい?」
「お前のちゅーとやらには一銭の価値もないわ。お前の全裸を散々見たあとだと、ちゅーくらいじゃあな」
「えーー!! わ、私の裸を見たなんて!! いつですか!? 覗き!? 変態!! 十歳のくせに!!」
連子は両手で自分の体を隠すようにしながら、俺を変態扱いして騒ぎ立てる。
「この旅のなかで、酔うたびに全裸になって抱きついてくるお前といると、俺は滝行してる修験者よりも煩悩を振り払っている気がするよ」
「……で、ここが例の役人の屋敷か」
俺が指差した先には、周囲の民家とは明らかに規模の違う、広大な敷地を持った立派な日本家屋が建っている。高い黒塀に囲まれ、立派な門構えを持つその屋敷は、いかにも権力者が住んでいますといった威圧感を放っている。
「普通の屋敷だな。さすがに、こんな堂々と建ってる屋敷に分かりやすい証拠なんてあるわけないか……」
俺が腕を組みながら屋敷を観察していると、横から連子が俺の袖を引っ張る。
「こっちですよ。朗人さん。被害者の遺族の家がこちらにあります。……よいっしょ!」
おい……何してるんだ? って、変装!?
俺が驚いて振り返ると、そこにはさっきまで俺と痴話喧嘩をしていた小生意気な女連絡員の姿はない。
代わりに立っているのは、見事な警察の制服をパリッと着こなし、立派なカイゼル髭を蓄えた『恰幅の良い巡査』である。
顔つきも体格も完全に別人の壮年の男だ。
本当にすげーなこいつ。
そう言えばこいつ、変装が超人的に得意だった。すっかり忘れていたが、ただの金食い虫のバカ女ではないのだ。
「じゃあ行くぞ、四番」
その声は、連子のあの甲高い女の声ではなく、腹の底から響くような野太い男の声だ。
「声まで変わってやがる!! 蝶ネクタイ型の変声器でもあんのか!?」
「技術です」
警官の姿の連子が、女の声のまま得意げに言い放つ。
「やめろ!! 男の顔で元の女の声を出すな!! 俺の脳がバグる!!」
ヒゲ面の警官はズンズンと被害者遺族の家の方へと歩き出している。俺も慌ててその後を追いかけるしかない。
◇
案内された被害者遺族の家は、役人の豪邸とは打って変わって、こぢんまりとした質素な農家のような造りだ。
そこにいるのは、父親を亡くして泣き崩れている一人娘だ。
警官に扮した連子と俺は、彼女から事件のあらましを神妙な面持ちで聞き終えたところである。
話を聞く限り、事件の内容はあまりにも悲惨なものだ。
父親が山に出たあと、人食い熊に襲われて食われたという。遺体の損壊もひどい状態で、まともに見られるような代物ではなかったらしい。
証拠として残されている被害者の服を見せてもらったが、分厚い生地が鋭い刃物で切り裂かれたようにバラバラに引き裂かれ、黒黒とした血痕がべっとりとこびりついている。
「………妙ですね」
ヒゲ面の警官の姿をした連子が、元の女の声に戻して小声で俺に耳打ちをしてくる。見た目とおっさんボイスのギャップでバグっていた俺の脳が、さらに混乱をきたしそうだ。
「どういうことだ?」
「熊に見せかけて殺しているなら、遺体の損壊は自分でやったことになります。しかし、一部が欠損した遺体もあり、この服の裂け目を見ても……熊の爪痕と言って差し支えない破れ方です。人間の偽装にしては出来が良すぎるんです」
確かに、人間が刃物で偽装した傷と、野生の獣が引き裂いた痕では、繊維のほつれ方や力の加わり方が全く違うはずだ。
「それだけ役人の偽装工作が巧妙なのか? それとも本当に熊の仕業なのか……? じゃないのか?」
「時守の調査班は優秀です。本当にただの熊の獣害なら、私たち特務部隊に任務を回すはずはないのですが……」
時守の調査班が優秀。
その言葉を聞いて、俺の脳内にこれまでのしょうもない任務の数々がフラッシュバックする。
「………そうか? いつもお前が持ってくる任務、下手をすると子供のいたずらレベルのしょぼい秘密結社ばかりだけど……」
俺が半眼になってツッコミを入れると、連子は咳払いをして再び野太い警官の声に戻る。
「ご協力ありがとうございました。人食い熊は、我々警察が必ず駆除しますので……」
「おとう………おとう…………。ううう……っ」
娘は父親のボロボロになった服を抱きしめながら、再び悲痛な嗚咽を漏らして泣き崩れる。
どちらにしろ、許せない。
本当に熊の仕業だとしても、それを悪用している悪徳役人がいるならそいつは外道だ。もし役人が熊の仕業に偽装して自ら手を下しているなら、万死に値する。
「連子……」
「……………はい。人食い熊でも悪人でも、きっと時を歪める悪人ですよ」
こいつがこんな真剣な空気を出すなんて、珍しいこともあるもんだ。
「まずは…あの役人の屋敷に忍び込んでみましょうか」
「ん? お前は宿で待ってなくて良いのか?」
こいつはいつも、危険な現場には近寄らず、俺に丸投げして自分は安全な場所でサボっているのが常だからだ。
「今回は私も同行しますよ。私は戦闘力は皆無のただの連絡員ですから、荒事になったら四番、助けてくださいね」
連子はそう言って、ヒゲ面の警官の顔のままでウインクをしてくる。全く可愛くないし、むしろ気持ち悪い。
それに戦闘力皆無って、お前あの甲板での大車輪は何だったんだよ。身体能力だけなら俺の百倍はあるだろ。
「……まあ、まともに戦えそうには見えないけど、俺も未だに実戦でまともに戦ってないんだよな〜。不安しかない」
武器を抜いたことは何度かあるが、実際に人を斬ったり突いたりした経験は皆無だ。俺の戦闘スキルは、家庭教師の筋肉ダルマから逃げ回る回避能力に全振りされている。
◇◇
正門の前には、筋骨隆々で見るからに腕の立ちそうな屈強な見張りが、鋭い眼光を光らせて微動だにせず立っている。
俺と、元の地味な着物姿に戻った連子は、その正門から少し離れた暗がりに身を潜め、じっと様子を窺っているところだ。
船旅の疲労と、このバカ女の奇行のせいで、俺のヒットポイントはすでに赤ゲージの点滅状態だというのに、休む間もなく屋敷への潜入ミッションがスタートしようとしているのだ。
隣にしゃがみ込んでいる連子が、音もなく足元の小さな小石を拾い上げる。
そして、正門の脇にある鬱蒼とした茂みへ向かって、親指でピクッと小石を弾き飛ばす。
カサッ……。
「ん? なんだ?」
正門の見張りが、警戒心を露わにして音のした茂みの方へ首を振る。
ほんのわずかな時間。時間にすれば一秒にも満たない、ただの視線の誘導だ。
だが、見張りがそちらに気を取られたその一瞬の隙に。
俺の隣にいたはずの連子の姿が、まるでふっと風が吹いたかのように、音もなく、完全に視界からかき消える。
幻覚でも見ているのかと錯覚するほどのスピードで、見張りの横をすり抜けて屋敷の中に入りやがったのだ!
マジか!! なんだ今の動きは!!
スネークかあいつは!! 伝説の傭兵がこなすスニーキングミッションの達人か!?
ダンボールも被ってないし、迷彩服も着ていないのに、あの堂々としたすり抜け方は物理法則を無視しているとしか思えない!
いやいや、待て待て。俺はどうすればいいんだ。
俺? ムリムリ! 絶対に無理だ!
あんな神業みたいなステルス移動、ただの子供にできるわけがない!
見張りに見つかって「何をしているガキ!」と怒鳴られ、首根っこを掴まれて放り出される未来しか見えない!
門の外の暗がりで、一人でワタワタとパニックに陥っていると、不意に背後から声が降ってくる。
「朗人さん。さっさとついてこないとだめじゃないですか」
「うわっ!!」
俺は心臓が口から飛び出そうになるのを必死に堪えながら、勢いよく振り返る。
そこには、さっき屋敷の中に消えたはずの連子が、涼しい顔をして立っているではないか。
「お前、今中に入っていったろ! どうやってここに戻ってきた!! 瞬間移動でも使ったのか!?」
「え? 中に入ってそのまま二階の屋根に出たんですけど、そこから下を見ても朗人さんがいつまで経っても来ないので、壁を伝って死角から塀を飛び越えて戻ってきたんですよ」
「塀って……!」
明らかに五メートルはあるぞ!
しかもただの高い塀じゃない。泥棒よけのために、塀の上には鋭く尖った槍のような忍び返しがビッシリと突き立っている、文字通りの要塞だ!!
あんなものを、音もなく飛び越えて戻ってきたというのか!
「ふう、仕方ないですねえ……はい、これ」
俺の驚愕を完全に無視して、連子は懐から何かを取り出し、俺の目の前に差し出してくる。
「……なんだよ? これ…ただの長い紐?」
縄抜けの術でも教える気か? それとも俺を荷物みたいに縛り上げて放り投げる気か?
「この紐で、私にしっかりしがみついてください」
「え? なに? 赤ちゃんのおんぶ紐みたいに??」
「はい。前抱っこです」
「…………」
めちゃくちゃ恥ずかしい。三十路の精神を持つ男が、女に前抱っこ紐で固定されるなんて、尊厳の完全なる崩壊だ。
せめておんぶ、つまり背中がいいと必死に抵抗を試みるのだが、俺の意見など全く聞き入れられず、問答無用で俺の体は連子の正面にガッチリとくくりつけられてしまう。
お腹とお腹が密着し、俺の手足が宙に浮く。
カンガルーの子供か俺は。いや、コアラか。
恥ずかしさで顔から火が出そうだが、背に腹は変えられない。俺一人の力ではこの塀を越えることは不可能なのだから。
連子は、俺を前に抱え紐で固定したまま、まるで俺の重さなど一ミリも感じていないかのように、スッと背筋を伸ばして音もなく立ち上がり、歩き出す。
「……どうするんだ? 同じようにさっきの正門からすり抜けて行くのか??」
「いえ……今度はこちらですね」
連子が向かったのは、正門から少し離れた、ただの垂直なのっぺりとした高い壁の前だ。
足場になるような出っ張りも、手をかけるような隙間も全くない、完全な絶壁である。
「あれは……ただの垂直な壁?? え、ちょっと、どうやって……」
「行きますよ……」
「のわーーーーー!!!」
信じられないことに、この女、垂直な壁に向かって助走もなしに飛び上がり、左右の壁の僅かな凹凸を利用して、パルクールみたいに交互に壁蹴りジャンプを繰り返して上へと駆け上っていくのだ!
そしてあっという間に壁の頂上に取り付いたかと思うと、塀の上にビッシリと並ぶ泥棒よけの槍の、その僅かな隙間に指一本だけを突き立て、なんとその指一本を支点にして完全に逆立ちの姿勢になり、そこからバネのように跳躍して塀を飛び越えやがった!!
俺を前に抱えた状態でだぞ!?
しかも、これだけの超絶アクロバット動作をしておきながら、着地の足音が全く、一切、これっぽっちもしねえ!!!
羽毛が落ちるよりも静かな着地だ。
壁を登り始めてから、ものの五秒くらいしか経っていない。
あっという間に、俺と連子の二人は、屋敷の巨大な瓦屋根の上に到達してしまっている。
「見張りが厳重ですね……」
「見張り台も……あるのか……」
息も絶え絶えになりながら、屋敷の庭の隅に設置された高い見張り台を確認する。
そこには、松明を手にした見張りの男が、周囲を鋭く警戒している。
「……ふっ!」
短い呼気を漏らした瞬間、彼女の懐から取り出された短い竹筒のようなものが口元に当てられる。
麻酔型の吹き矢だ。
放たれた不可視の矢は、十メートルは離れている見張り台の男の首筋に音もなく突き刺さる。
男は「あ……」と小さな声を漏らしただけで、糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ち、深い眠りへと落ちていく。
「もう排除しやがった!」
絶対に戦闘力皆無とか嘘だろ!!完全な虚言だ。
多分こいつ、その気になればこの屋敷にいる人間を、誰一人気づかせることなく、音もなく皆殺しにできる!!
とんでもない化物を連絡員として従えている(正確には抱きかかえられている)という事実に、背筋が凍る思いがする。
◇◇
「蒔田様」
傍らに控える部下が、恭しく声をかける。
「それにしても、新しい四番につけた連絡員……ずいぶんと奮発したんですね。あれほどの人材を、ただの連絡係につけるなんて、いささか過剰な戦力配置ではないかと」
部下の言葉に対し、蒔田はゆっくりと首を横に振る。
「ん、ああ、あれは私の采配ではないよ」
「と、言いますと?」
「時の番人の『筆頭』……阿久津(あくつ)様からの、たってのご指名でね」
「阿久津様が……わざわざ、あの新人のために?」
「ああ」
蒔田は窓ガラスに映る自分の顔を見つめながら、重々しく頷く。
「かつて筆頭である阿久津様と、『時の番人の一番』の座を最後まで競った凄腕の暗殺者を、新人の連絡員としてつけるとは……。よほど、あの子供(朗人)に見込みがあるということなんだろうさ」
「あの人(絡子)は、組織でも並ぶ者のない『無音暗殺の達人』ですからね。潜入と隠密という分野において、彼女の右に出る者はこの組織にはいません」
「特務部隊の空きがあれば、間違いなく彼女が抜擢されると思っていたのだが……彼女ではなく、あの十歳の少年が四番に選ばれるとはね。よほどの怪物に違いない」
「ですが、あの女……人格には少々問題がありますし」
顔をしかめながら苦言を呈する。
「まあ、ミステリアスだの美学だのに無駄にこだわる悪癖はあるし、何より金に異常なまでに汚いのが玉に瑕だが……実力が他の番人たちとも隔絶しすぎているからね。あれを御している四番の力量、末恐ろしいものがあるよ」
◇◇
俺を前抱っこでくくりつけたまま、連子は瓦屋根の上を、まるで氷の上を滑るように、音もなくスルスルと移動していく。
「良いですか朗人さん」
「潜入の基本は、日頃の過酷な鍛錬による身体作りが大前提ですが、何より重要なのは『敵の死角に入ること』です」
「は、はい……」
「物理的な視野の死角を突くのは当然ですが、それ以上に重要なのは、心理的な死角を突くことです。人は、予期せぬ場所から来るものには、絶対に反応できません。意識の外側から音もなく忍び寄る。それが基本です」
「た、ためになります……」
めちゃくちゃ真っ当な、そして高度な暗殺者のレクチャーをしてくれているけど……ごめん、絶対に真似できそうにないよねえ!!
だってお前、いま俺という三十キロ近い重りを前に抱えたまま、傾斜のキツい瓦の、その一番端っこの縁の部分だけを、爪先だけでトントンと歩いているんだぜ……?
足音がしないとか死角がどうとかいう以前に、要求されている基礎的な身体能力が異次元すぎるだろ!
物理エンジンが完全にぶっ壊れているんだよ!!
こんなの、どれだけ理論を教わっても、俺の貧弱な肉体で実行できるわけがない!
果たしてこのスニーキングミッションは、無事に証拠隠滅を防ぐことができるのか。
俺の命の灯火は、風前の灯のように激しく揺れ動いている。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は連子の意外な実力が明らかになる回でした。
朗人の前抱っこ潜入や、連子の無音暗殺者ぶりについて感想をいただけると嬉しいです。