明治・大秘密結社時代 〜社畜が転生したら10歳で暗殺組織の幹部(笑)でした。給料未払いは美学に反します!〜   作:だいたい大丈夫

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今回は、静岡任務を終えて帰ってきた朗人が、家と学習院で別の意味の修羅場に巻き込まれるお話です。
連子の過去と家柄も、少しだけ明らかになります。


第十五話 給料は戻った、名誉は戻らない

【拝原邸】

 

静岡での人食い熊との遭遇、サイコパス悪徳役人の猟奇殺人劇、そして温泉での絶対絶命の貞操の危機。

 

これらすべてをなんとかくぐり抜け、疲労困憊の極みでようやく我が家へと帰還を果たしたというのに!玄関をまたいだ俺を待ち受けているのは、温かい風呂でもふかふかの布団でもなく、客間という名の尋問室である。

 

目の前には、腕を組み眉間にマリアナ海溝よりも深いシワを刻み込んでいる父上。

そして、両拳をワナワナと震わせている母上が鎮座している。

 

俺は今、その御二方の御前にて、両足が悲鳴を上げるほどの完璧な正座を強いられている状態だ。

 

「朗人!!」

 

前世で、社長から理不尽な業績未達の叱責を受けた時と同等。

いや、それ以上のプレッシャーが俺の全身を押し潰しにかかってくる。

 

「貴様、何日も学校を無断でさぼって、一体どこをほっつき歩いておったか!!」

 

返す言葉など見つかるはずもない。

俺はただひたすらに、目の前の畳の目を数えるという現実逃避の作業に没頭するしかない。

 

「どれほど心配したことか!!」

 

その声には確かに母親としての純粋な心配の響きが混じってはいる。

俺の失踪中、さぞかし心を痛めたのだろう。

 

「そして、学習院の先生からどれほどお叱りを受けたことか!!拝原家の名前に泥を塗る気ですか!!」

 

――と、俺がホロリとしかけた感動を、母上はものの見事に一瞬で粉砕してくれる。

 

まあ、十歳の子供が何日も行方不明になったのだから、まともに心配してくれたのだとは思う。

 

それは素直に感謝する。

……が!

 

ちょいちょい「学習院からの」とか、保身が言葉の端々に混ざりまくっているではないか!

 

さすが由緒正しき華族様だぜ!

息子の安否よりも家名の傷のほうが重大問題ってわけかい!

 

「それに!」

 

「お前が外で、見知らぬ女と親しげに歩いているのを見たという人が何人もいます!!駅で女を泣かせていたとも!!」

 

新橋駅でのあの悪夢の光景が脳裏にフラッシュバックする。

 

この帝都、しかも華族のネットワークの情報伝達速度を舐めてはいけなかった。

 

あっという間に「拝原家のドラ息子が駅で女を泣かせていた」というスキャンダルが親の耳にまで到達しているではないか。

 

「誰ですか!?その女は!!」

 

「何だと!!十歳にして女遊びとは、早熟にも程があるぞ!!」

 

違う!

全然違う!

 

女遊びなんかじゃない!

ただの金銭トラブルとパワハラ(逆)の悲惨な現場だ!

 

「しかも聞くところによれば、うら若き乙女ではなく、それなりに年のいった『年増の女』だったと!!」

 

 

年増……。

 

そうか!

この時代、二十四歳の連子は完全に「年増」、つまり「行き遅れ」扱いになるのか!

 

現代ならまだピチピチの若手社会人だが、この時代の結婚適齢期から見れば、完全に婚期を逃したオールドミスというわけだ。

 

ふふふ、いい気味である。

ザマアミロあの金食い虫。

 

俺の脳内で、連子が「年増」というプラカードを首から下げて大号泣している姿が再生される。危うく吹き出しそうになるのを、奥歯をギリギリと噛み締めて必死に堪える。

 

「どこの馬の骨ともわからん年増女にたぶらかされおって!」

 

「一度その女をここに連れてきなさい。私が直々にきつく言い渡してやる!」

 

「え?父上?いや、そんな男女の関係じゃ……」

 

慌てて否定の言葉を紡ごうとするが、時すでに遅しだ。

 

「朗人!遊びにしても、あまり年上の女では華族の恥になります!絶対に連れてきなさい!!」

 

両親に逆らえば、俺の小遣いは愚か、三度の飯すら保証されない可能性がある。

 

うーん、連子を親に会わせる……?

 

あの文字も読めない、金にがめつい、隙あらば俺の財布を狙うような野蛮なアホ女。

そんな奴をこの格式高い拝原邸の客間に通す?

 

間違いなく、出された高級な茶菓子を一瞬で食い尽くし、調度品を勝手に鑑定し始める。

最悪の場合「この壺、高そうですね。貰っていいですか?」などと言い出して窃盗を働く未来しか見えない。

 

予感というより確定された破滅の未来だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

【学習院】

 

翌日。

 

俺の心の中は黒々とした雨雲に覆われたようにどんよりと暗い。

 

そんな俺の深刻な悩みなど全くお構いなしに、隣の席では我が忌まわしき連絡員、連子が、信じられないほど呑気な顔をしている。

 

どこから調達してきたのか、巨大な醤油煎餅をモチャモチャと音を立ててかじり続けている。

 

バリッ、ボリッ、モチャモチャ……。

 

「しかしさあ……」

 

「俺が何日も学校を休んだのは、そもそも時守の任務だったからだぞ。調査という、立派な仕事だ。休むための口実とか、それくらいの補償、つまり偽造書類とか公欠扱いの手配とかは、組織の方でちゃんと用意してくれてるんだろ?」

 

秘密結社のような裏組織なら、所属エージェントの表の顔を守るための隠蔽工作くらい、福利厚生の一環として当然行っているはずだ。

 

「え?ありませんよ?何言ってるんですか四番」

 

「ねーのかよ!!命がけの任務なのに!?」

 

ふざけるな。

こっちは熊に食われそうになりながら必死に働いたのだ。

 

「そりゃあ、表の顔を維持するのは番人本人の力量ですから。組織がそんな細々としたことまで助けてくれる訳ありませんよ。自分の身は自分で守る、完全なる自己責任です」

 

この女、本当に血も涙もないブラック企業の回し者だ。

しかし、俺の鋭敏な社畜センサーが、彼女の言葉の裏にある「ある可能性」を弾き出す。

 

「……本当か……?」

 

「お前、静岡に行ってる間に本部から届いてた学校提出用の公欠書類とか、文字が読めないからってまたストーブで燃やして握りつぶしてないか……?」

 

こいつには交代要員の申請書類を文字が読めないからという理由で燃やしたという前科があるからな。

 

「え……え……と……そ……そそそそそそそんなことないですよ。私を疑うなんてひどいですぅ」

 

尋常ではない量の冷や汗を流しながら、完全に動揺しきった声で裏返りながら否定する。

その態度は「私がやりました」という自白そのものである。

 

 

 

◇◇

 

 

 

「やれやれ。やはりそんな事だろうと思った」

 

はて、誰だろうか。

 

振り返ると、入り口には東大生特有の角帽を被った端正な顔立ちの青年が立っている。

顔を合わせるのは間違いなく初めての御仁だ。

 

「ろ……ろ…………ろ…………ろろろろろろろろろ」

 

連子‥‥。なんだこいつは。

ポンコツの蓄音機にでも成り下がったのか。

 

「どうした連子よ。ラ行の乱れ打ちは舌を噛むぞ。落ち着け」

 

適当なでまかせを並べてこのポンコツを宥めようと試みる。

 

「ろろろの緑郎!!!」

 

某妖怪アニメの主人公のような呼び方はやめろ!

お前こそが妖怪だろうが!

 

「誰がろろろの緑郎か。絡子さん。また書類を燃やして忘れたふりですか」

 

「い……いや~。面目ない」

 

逃げ場なしと悟ったのか、不自然な愛想笑いを浮かべて頭を掻きむしるアホ連絡員、やはりそうか。

 

「貴女は相変わらずですね。……ああ、それから筆頭から貴女へ伝言です。『そろそろ本気でやらないと減給だ』と」

 

「……おのれ、芹め!!!」

 

マジギレしているではないか!

 

全く話のレールに乗れていないのは俺だけか!?

筆頭とは誰だ!

 

芹とは誰だ!

なぜこのアホ女が歴戦の猛者のようなオーラを撒き散らしているのだ!

 

「ああ、済まない。四番、私は時の番人の六番、蒔田緑郎と言う。直接会うのは初めてだね」

 

六番。

俺と同じ特務部隊の幹部か。

 

しかもこれほどまでに理知的。

 

このイカれた裏組織にも、まともな社会性を持った人間が存在したという事実に、網膜が感動で潤みそうになるわ。

 

「彼女の失態は本部でも把握している。学習院には、私の方から上手く公欠の話を通しておこう。これ以上不名誉な傷がつくのは本意ではないからね」

 

「おお!なんかすごい常識人でいい人だ!」

 

助かる!

心底助かるぞ、六番さん!

 

「絡子さん、その他にももし彼への伝達で難しいことがあれば、何でも私におっしゃっていただければ……」

 

「フフン。緑郎ごときに心配されるほどのことはないですよ~。今の私は『ただの連絡員』ですからねぇ」

 

態度がやけに尊大だ。

 

「いえいえ……」

 

蒔田さんは、その連子の不遜な態度を微塵も咎めない。

むしろ、深い敬意を込めたような眼差しで彼女を見つめ返しているではないか。

 

「私たち世代の番人にとっては、あなたたち2人はもう、生ける伝説ですから……」

 

生ける伝説……だと?

なんか俺の全く知らない過去編の匂いがプンプンするぞ!

 

このアホ女、過去にどれだけのヤバい橋を渡ってきたんだ?

伝説ってなんだ。

 

泥棒と食い逃げで全国指名手配でもされたのか!

 

「あ!!そうだ連子!!お前さ」

 

「俺と一緒にいるところを近所の人に見つかって、親から『その年増を連れてこい』って言われているんだよ。マジで絶体絶命なんだ。実家に来て誤解を解いてくれ!」

 

あ、連子の両目が濁り始めた。

 

「え?ついに私にも、嫁として玉の輿に乗り、当主の座の道が!?」

 

「次期当主は俺だ!!!」

 

なぜお前が牛耳る前提なのだ!

秘密結社らしく俺を暗殺して財産を丸ごと乗っ取る気か!

 

身の毛もよだつ恐ろしい野望を…。

 

「なるほど……拝原くん。君はなかなか目が高いね。恐れ入ったよ」

 

「はい??」

 

「歴史と伝統ある連家の御息女となら、君のような血筋でもギリギリ釣り合うだろう。身分違いにはならない。むしろ、裏社会との繋がりを考えれば、これ以上の良縁はないかもしれないな」

 

「はい?」

 

「いや~、照れますねえ~。でへでへ」

 

軟体動物のようにクネクネと体をよじらせて、視覚的暴力に等しい気持ち悪い笑みを浮かべている。

 

「ちょっと待て!!」

 

俺が釣り合うだと!?

華族のこの俺が!?

 

連子じゃなくて!?

こいつ一体どんだけ高貴な一族の出身なんだ!

 

ただの字も読めない金食い虫のアホ連絡員だろうが!

 

「さて、君にはこれを渡しておこう」

 

蒔田さんが懐から中身の詰まった茶封筒を取り出し、俺の目の前に差し出す。なんだ?

 

「へ?これは……??」

 

「加里から話があった。給料や特別褒賞が、君の手には一切渡っていなかったと。それから、静岡の任務のときに渡すはずだった路銀も入っている。受け取ってくれたまえ」

 

給料。

 

特別褒賞。

 

路銀。

 

「や………」

 

両手がガタガタと震え出す。歓喜だ。

目から、自分でも引くほどの凄まじい熱量の液体が、滝のように溢れ出してくる。

 

「やったーーーーー!!!!」

 

ついに!

ついに俺の徹夜と過労の結晶が認められた!

 

いや、もともと上層部からは認められていたのかもしれないが、ついに俺の手元に正当な対価が物理的に戻ってきたのだ!

 

前世でサービス残業を何千時間も重ね、一円の残業代も出ずに過労死した俺にとって、「正当な対価」が支払われるという事実は、何よりも尊く、何よりも美しいこの世の奇跡である。

 

「正当な働きには正当な対価を。それが時守の方針だからね」

 

「おお!時守!ブラック結社と言ってごめんなさい!!超ホワイトじゃん!!素晴らしい組織理念だ!!悪いのは全部この女の横領と中抜きだった!!」

 

むせび泣きながら時守という組織を全肯定し、諸悪の根源である連子を親の仇のように睨みつける…マジでこいつを代えてくれないかな?

 

「…………しかし四番よ。君の働きは素晴らしいが、あまり常軌を逸脱した行為は控えたまえ……」

 

「え?俺なんかした??」

 

全く身に覚えがないため、俺の頭は純粋な疑問で埋め尽くされている。

 

「絡子さんを船の甲板で全裸にひん剥いて無理やり抱きつかせたり、天下の往来で暴力を振るって泣かせたりしているそうではないか」

 

冤罪だ。というのは簡単だが…。

 

「華族とはいえ、女性に対する最低限の体裁と尊厳は守るべきだ。いくら優秀な暗殺者でも、そのような異常性癖と暴力気質は……」

 

「ご………誤解だ~~~~!!!!」

 

全部こいつが勝手にやったことだ!

俺は完全なる被害者だ!

 

船でひん剥いたのではなく、こいつが泥酔して勝手に脱いだのを必死に止めていただけだ!

駅で叩いたのはこいつが俺の出張費を全額スリ取ったからだ!

 

この女…!急にハンカチを取り出し、目頭を押さえる悲劇のヒロインのフリを…!

 

「朗人さん………毎晩毎晩、いつも私の体を全身舐め回して……」

 

消え入りそうな、か弱く哀れな声で、嘘八百を並べ立てる悪魔め。

 

「何度も何度も激しく……うっ……、私、もうお腹に子供ができてるかもしれません……。でへでへ」

 

最後の方で本性の笑い声がダダ漏れになっているが、なぜか蒔田さんの耳には届いていないらしい。

 

「連子!!!!貴様ァァァァァ!!!!」

 

俺を社会的に抹殺する気か!

どんな大嘘だ!

 

身体の構造的にも十歳の俺が妊娠させられるわけがないだろうが!

義務教育からやり直してこい!

 

「ほら、またそうやって彼女に暴力を……。救いようがないな」

 

終わった。

俺の組織内での評価は、優秀な暗殺者という過大評価と同時に、女性を裸にして暴力を振るう極悪非道な変態という最悪のレッテルが完全に接着剤で固定されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

そして、その日の夕方。

 

逃れられない運命の顔合わせが、拝原邸の客間で行われている。

 

上座には、般若のような殺気を放つ父上と母上が鎮座している。

 

その向かいには、信じられないほど神妙なフリをして、背筋をピンと伸ばして正座する連子。

 

そしてその横には、腹の底がキリキリと捩じ切られそうな痛みに顔面を蒼白にしている俺。

 

空気が、重い。

 

一触即発の事態だ。

いつ父上が激怒して日本刀を持ち出してくるか分からない恐怖を感じる。

 

「あなたが、朗人をたぶらかしたという……」

 

母上がゆっくりと手元を下ろし、連子の顔をまじまじと見据える。

 

さあ、怒号が飛ぶか、それとも罵詈雑言の嵐か。

 

「……あら?」

 

「連さん……?貴女でしたか」

 

「はい。ご無沙汰しております、先輩」

 

「…………え?」

 

「まあまあ!」

 

母上が急に華やいだ声を上げ、口元を隠して上品に笑い始める。

 

「昔、女学校でご一緒した連家の神童が、まさかうちの愚息のお相手だったとは!これはとんだ失礼をいたしました!」

 

「いえいえ、お気になさらず。朗人さんにはいつも『可愛がって』いただいておりますので」

 

修羅場になるはずが、全く平和な空気に包まれているではないか。

 

ていうか母上と連子、知り合い!?

 

先輩ってなんだ!

世間はどれだけ狭いのだ!

 

女学校という名の裏の道場か何かなのか母上!

 

「朗人!連家のご令嬢といえば、皇室にも顔が利く超名門ではないか!これほどまでの良縁があるなら、なぜもっと早く言わなかった!?」

 

父上の両目が、完全に家柄の拡大というドス黒い野心で輝いている。

いや、俺が悪いのか!?

 

 

「朗人。お前はまだ十歳で少し早いですが……」

 

「絡子さんの年齢のこともありますから、なるべく早めに『子』を作るように励みなさい。跡継ぎは重要です。拝原家は全面的に支援しますよ」

 

「まあ!お義母様ったら気が早い!」

 

「うふふふふ。でへでへ」

 

完全に両目が金貨のマークになっているぞ!

 

「うわあああああああ!!!!」

 

誰か俺を助けてくれ!!!




ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は朗人の帰宅後の受難と、連子の意外な家柄が明らかになる回でした。
蒔田緑郎や拝原家とのやり取りについて、感想をいただけると嬉しいです。
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