明治・大秘密結社時代 〜社畜が転生したら10歳で暗殺組織の幹部(笑)でした。給料未払いは美学に反します!〜   作:だいたい大丈夫

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今回は、朗人が自分の武器と任務内容に振り回されるお話です。
短剣の達人ということにされた十歳児の、涙ぐましい初仕事をお楽しみください。


第二話 短剣の達人ということにされた少年

ここは帝都の某所。

つい数日前まで、あの狂気に満ちた医療秘密結社『人体実験大好き』のヤバすぎる病院が建っていた場所だ。

 

ところがどっこい、今の俺の目の前には、見渡す限りの見事な更地が広がっている。

瓦礫一つ、チリ一つ、いや、怪しい緑色の液体のシミ一つ残っていない。

 

まるで最初からそこには何も存在していなかったかのように、完璧に整地されているのだ。

 

前回の医療秘密結社の一件は、俺が向かう前に包帯の下の傷口が全開になってぶっ倒れたせいで、組織の他の誰かが片付けたらしい。

 

なんとか傷が全快して「一応、担当者として現場の確認くらいはしておくか」と足を運んでみたら、この有様だ。

 

更地て。

秘密結社の福利厚生というか、事後処理能力、手厚すぎだろ。

どうやって数日でこんな完璧な更地にしたんだよ。

 

前世で俺が死ぬほど頭を下げて回っていたゼネコンの解体業者も真っ青の、驚異的な施工スピードだ。

 

重機もブルドーザーもない明治のこの時代に、どんな魔法を使えばこんなに綺麗さっぱり建物を消し去ることができるのか、うちの組織の技術力と隠蔽工作能力が恐ろしすぎる。

 

俺の隣には、時守の連絡員が立っている。

俺は意を決して、ずっと気になっていたことを尋ねることにする。

ずっと放置していたけれど、このままじゃ次の任務に差し支える大問題なのだ。

 

「……でさ。一つ猛烈に確認したいことがあるんだけど」

 

俺は、自分の腰にズラリと下げられた、ガチャガチャとやかましい物騒な代物を指差す。

全部で十二本。

 

無駄に装飾が凝っていて、柄の部分に謎の宝石っぽいものが埋め込まれている、中二病の権化みたいなデザインの短剣だ。

 

名前を『刻巡刃(こくじゅんじん)』というらしい。

名前からしてもう痛い。刻を巡る刃ってなんだよ。時間を切り裂くとでも言うのか。

 

しかも、子供の細い腰に十二本も短剣をぶら下げるなんて、重量バランス的にも見た目的にも完全にアウトだ。

歩くたびにジャラジャラ音が鳴って、隠密行動の欠片もない。

 

「任務中はこれ以外持つなって言われたんだけど。これ、何?」

 

「え? 知らないんですか? 貴方達『時の番人』は、各武器を極限まで極めた最強集団です。朗人さんは、この十二本の短剣の達人なんですよ。だから四番に選ばれたんです」

 

口から飛び出したのは、俺の脳内処理能力をはるかに超えるトンデモ設定だ。

 

「……いや、俺が実家の戦闘訓練で血反吐を吐きながらやらされてたの、ずっと棒術なんだけど。ナイフなんてリンゴの皮剥く時しか握ったことないぞ」

 

そうなのだ。あの地獄のようなガチムチの大人たちに囲まれて毎日毎日死ぬ気で振らされていたのは、どう見ても長くて太い木の棒だ。

 

短剣なんて一度も触ったことがない。

そもそも、果物ナイフの延長線上みたいなこの武器で、あのバグった身体能力を持つ明治の化け物たちとどう戦えと言うのか。

 

人事を担当した奴はどこだ。履歴書の特技欄をちゃんと読んでいないだろ。

「エクセルが得意です」って言ってる新人に「じゃあ君は今日からフランス語の同時通訳ね! だって君はフランス語の達人だもん!」って無茶振りするようなレベルのブラック人事じゃないか。

 

俺の必死の訴えを聞いた連絡員は、一切表情を変えない。

瞬きすらしない。

そして、ほんの一瞬、奇妙な沈黙の間が空く。

 

「……朗人さんは、短剣術の達人なんですね!」

 

「こいつ、押し切るつもりだな!! 設定の矛盾を強引に揉み消したぞ!?」

 

なんだその力技は!

「なんですね!」じゃねえよ! 納得してないよ!

 

組織の美学とやらを守るためなら、現場の人間のリアルなスキルなんてどうでもいいと言うのか。

これが秘密結社のやり方か。恐ろしい。

 

「達人の朗人さんなら、次のお仕事も造作ないはずです。詳細は後ほど」

 

そして、くるりと背を向けると、ヒールのある靴でコツコツとリズミカルな音を立てながら、スタスタと更地を歩き去っていく。

 

その後ろ姿には「これ以上の質問は受け付けません」という強固な意志が張り付いている。

 

「おーい! 無理だって! せめて長い棒をくれー!」

 

最悪だ。

次の任務までに、この中二病アイテムの使い方をマスターしないと、俺は確実に死ぬ。

前世の営業スキルじゃ、物理的な暴力には太刀打ちできないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わって、昼下がりの拝原邸の広大な庭。

 

俺は庭の隅にある大きな木陰に隠れ、こっそりと例の『刻巡刃』を構えている。

誰かに見られたら「坊ちゃまが刃物を持って遊んでいる!」と大騒ぎになるから、隠密行動は必須だ。

 

目の前には、マトに見立てた手頃な太さの木がある。

俺はそこに狙いを定め、見よう見まねのド下手くそなフォームで短剣を大きく振りかぶる。

 

「ええと、こう持って……手首のスナップをきかせて……えいっ!」

 

気合いとともに腕を振り下ろし、短剣を手放す。

脳内のイメージでは、短剣はシュパッと空を裂き、木の幹にドスッと深く突き刺さるはずだ。

 

しかし、現実は非情である。

 

カツンッ。

 

短剣はマトの遥か手前、俺の足元から数メートルのところで、情けない音を立てて地面に転がった。

刃先が土に刺さることすらなく、完全に横倒しになっている。

 

「ダメだ、全然刺さんねぇ……。これじゃ任務どころかリンゴも剥けねぇよ……」

 

重心のバランスが悪いのか、俺の腕力が足りないのか、それとも投げ方が根本的に間違っているのか。

 

いや、全部だ。

ど素人の十歳児が、いきなりナイフ投げの達人になれるわけがない。

 

こんなものを十二本も持って戦場に行くなんて、丸腰で行くのと大差ないじゃないか。

どうすればいい。どうやって組織を誤魔化しつつ生き延びればいいんだ。

 

頭を抱えてしゃがみ込んだ、その瞬間である。

 

ガサガサガサッ!!

ドォォォォォンッ!!!

 

 

ちぎれた葉っぱと折れた枝が宙を舞う中、そこから凄まじい勢いで飛び出してきたのは、服の上からでもわかるほどパンパンに膨れ上がった筋肉隆々の巨大な男だ。

 

「坊ちゃまぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「うわあっ!? 先生!?」

 

目の前に立つのは、拝原家が俺の戦闘訓練のために雇い入れた、専属の家庭教師だ。

名前は知らない。みんな『先生』と呼んでいるから、俺もそう呼んでいる。

 

年齢不詳、身長は二メートル近くあり、丸太のような太い腕と、岩石のような胸板を持つ、歩く筋肉要塞だ。

 

そしてこの先生、筋肉の見た目に違わず、頭の中まで筋肉でできているゴリゴリの熱血漢である。

 

先生は、地面に転がっている『刻巡刃』を鬼の形相で睨みつけると、顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げる。

 

「何をしているのですか! その短くて卑怯な得物は!! 棒術こそ至高!! 万物の霊長たる人間が持つべきは、己の背丈より長い棒のみですぞ!!」

 

この人は、この世のすべての問題は筋肉と棒で解決できると本気で信じている。

刃物は野蛮、銃は卑怯、素手はリーチが足りない。だから棒こそが人類の頂点に立つ武器である、というのが彼の揺るぎない哲学だ。

 

「いや、俺はさ、所属してる組織からこの短剣があてがわれて……っていうか職務規定でこれしか持っちゃダメで……」

 

コンプライアンスだ。組織のルールには従わなきゃいけないんだ。

サラリーマンにとって、会社の規定は絶対だ。それに背けば懲戒免職、この世界の場合は最悪『物理的な排除』が待っているのだから。

 

しかし、筋肉だるまの家庭教師に、そんな現代のサラリーマンの苦悩が通じるはずもない。

 

「言い訳は無用!! さあ、棒術です! 突けば槍、薙げば薙刀! 棒一本あれば万事解決! 刃物などという野蛮なものに頼るなど言語道断!!」

 

「適当だな!!!! 棒の万能性への信頼が異常すぎるだろ!」

 

俺のツッコミも虚しく、先生は背中に背負っていた無骨で極太の棒――もはや棒というより丸太に近い、俺の身長よりはるかに長い代物――をズンッと目の前に突き出してくる。

 

「さあ、まずは素振り一万回! 己の魂を棒に宿すのです!!」

 

「一万回!? 無理だろ! 日が暮れるわ!」

 

「日が暮れたら月明かりで振ればよろしい!! 握りなさい、坊ちゃま!!」

 

先生の凄まじい眼力と威圧感に押され、俺は泣く泣くそのクソ重たい棒を両手で握りしめる。

 

これを一万回振ったら、明日には腕がちぎれてなくなるに違いない。

 

家では筋肉ダルマによる地獄の棒術特訓。

組織では鉄仮面女による設定ゴリ押しの短剣縛り。

 

ダブルスタンダードすぎて、全く短剣の練習をする暇がない。

どっちの要求にも応えなきゃいけないなんて、板挟みの中間管理職よりタチが悪い。

英才教育、そして秘密結社のコンプライアンス、どっちも理不尽すぎるだろ!

 

俺の短剣術が上達する日は、果たしてやってくるのだろうか。

いや、来ないな。絶対に無理だ。

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

夕方の学習院の校門前は、下校する学生たちでごった返している。

どこぞの御曹司やご令嬢たちが、お付きの者を従えたり、友人同士でキャッキャと笑い合ったりしながら、優雅に家路についている。

 

そんな平和で微笑ましい明治の青春群像劇のど真ん中を、俺も重たい背嚢(今のランドセルみたいなやつだ)を背負って歩いているところだ。

 

早く家に帰って、あの筋肉ダルマの家庭教師から逃げ回りながら夕飯を食べたい。

そんなささやかな願いを胸に歩幅を広げる俺の視界に、とんでもないものが飛び込んでくる。

 

まるで近所の主婦が夕飯の買い物にでも行くような、あまりにも自然すぎる足取りで接近してくる一つの影。

いつもの死んだ魚の目を標準装備した、我が秘密結社『時守』の連絡員である。

 

「四番、次の任務です」

 

「だから学校にまで来んなって! 完全に不審者……ってあれ? 今日は普通の着物じゃん」

 

いつもは組織のいかにも怪しげな制服というか、顔を隠す頭巾やら帽子やらで完全武装しているのに、今日はどこからどう見てもただの人だ。

藍色の小紋柄の着物に、地味な帯。

変装のクオリティが高すぎて、逆に怖い。しかし頭巾は標準装備、更に怖い。

 

「はい。潜入用のカモフラージュです。それより、これを受け取ってください」

 

俺のツッコミなど一切意に介さず、着物の懐からスッと一本の短い矢を取り出して突き付けてくる。

 

矢の軸の部分には、何やら紙の束がくるくると巻き付けられている。

時代劇で忍者がシュパッと飛ばすやつ、そう、いわゆる『矢文』というやつだ。

 

「この矢文を、指定された建物の二階の窓から投げ込んでください」

 

「は?」

 

「ただし条件があります。貴方の短剣にくくりつけて、お得意様の顔の横、壁のスレスレに『バシッ』と格好良く刺すのが絶対条件です」

 

「もはやロマン重視かよ!!」

 

なんだその無駄にハードルが高い条件は!

格好良く刺すってなんだ! 自分で格好良いとか言っちゃってるじゃないか!

 

「そもそもお得意様なら、普通にノックして玄関から直接手渡ししろよ! なんでわざわざ外から刃物を飛ばすんだよ、万が一顔に当たって怪我でもさせたらどう責任取るんだ!」

 

前世で営業マンだった俺からすれば、顧客への連絡手段として刃物を投擲するなど、コンプライアンス違反どころか一発で取引停止レベルの暴挙だ。

 

「だって、夜の闇に紛れていつの間にか短剣が飛んできて、そこに手紙が……とか、格好良いじゃないですか。それが『時の番人』の美学です」

 

「美学で命を懸けさせるな!!」

 

なんだその中二病全開のこだわりは!

組織の美学のせいで、現場の人間(十歳の子供)がどれだけ苦労するか、少しは想像してほしい。しかも矢に括り付けた手紙をなぜ短剣に更に括り付けるのか、空気抵抗を考えろ。

 

「だいたい俺、短剣なんて投げたことないんだけど。今日庭で練習してみたら、三メートルで地面にポトリと落ちたぞ。壁に刺さるどころの話じゃないからな」

 

できないものはできないのだ。

ここで見栄を張って失敗し、お得意様の顔面に短剣をクリーンヒットさせでもしたら、俺の首が物理的に飛ぶことになりかねない。

 

「……仕方ありませんね」

 

おい、今ため息ついたな。十歳の子供に無茶振りしておいてその態度はなんだ。

 

「もし成功したら、可愛い女の子とのデートをセッティングしましょう」

 

「……ピクッ」

 

可愛い女の子。デート。

前世は仕事に忙殺され、今世は暗殺術と筋肉と秘密結社に挟まれる日々。

 

転生して十年間、色気のある話なんてただの一度もなかった俺の枯れ果てた心に、その言葉は一筋の光明のように突き刺さる。

 

「帝都でも評判の、とても可憐で清楚な美少女です」

 

可憐で清楚な美少女。

帝都で評判。

……やる。俺はやるぞ。

 

「……任せておいてくれ」

 

俺は表情の筋肉を引き締め、キリッとした劇画タッチの顔つきに切り替える。

声のトーンも一段階低くして、百戦錬磨の暗殺者のような凄みを醸し出す。

 

「俺は『多刃戦闘』の四番、遊刃の継承者だからな。壁スレスレ? ミリ単位で決めてやるよ」

 

全く実体のない適当な二つ名を名乗り上げ、俺は矢文を引ったくるように受け取る。

中身は十歳の子供だが、魂は酸いも甘いも噛み分けた(つもりの)立派な大人だ。

 

美少女とのデートという至高の報酬のためなら、隠されたチート能力の一つや二つ、今ここで無理やりにでも目覚めさせてみせる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。

帝都の片隅にそびえ立つ、重厚なレンガ造りの高い塀。

冷たく無機質な鉄格子がずらりと並ぶその建物の周囲には、一般の街並みとは明らかに違う、異様な緊張感がビリビリと漂っている。

 

って、ここ、小菅監獄じゃねーか!!!

 

お得意様って誰のことかと思えば、バリバリの囚人じゃないか!

なんで秘密結社が刑務所の中に顧客を抱えているんだ!

 

手紙を届けるって、それ完全に脱獄の支援か、さもなくば犯罪の幇助だろ!

関わったら絶対にヤバい案件だ。十歳の子供が足を踏み入れていい場所じゃない。

 

「おい、そこの君! こんなところで何をしている。近づいてはいけないよ!」

 

背後から突然、太く厳しい声が飛んでくる。

ビクッとして振り返ると、片手にランタンを持った制服姿の看守が、怪訝な顔でこちらを照らしている。

 

いかにも真面目で実直そうな、至極真っ当な明治の公務員だ。

俺のような怪しい子供を見つけて、ちゃんと注意してくれる素晴らしい大人である。

 

「え? な、なんでですか?」

 

「なんでって、ここは刑務所だよ。子供の来るところじゃない。早くお家に帰りなさい」

 

ごもっともすぎる正論だ。俺も今すぐ温かい布団に帰りたい。

だが、俺の背中には『美学』という名の理不尽なプレッシャーと、『美少女とのデート』という甘美なニンジンがぶら下がっているのだ。

 

「あ、はい! すみません、迷子になっちゃって……。すぐ帰ります!」

 

俺はペコペコと何度も頭を下げながら、小走りでその場を離れるフリをする。

 

看守のおじさんが「気をつけて帰るんだぞ」とパトロールに戻っていくのを確認し、足音を殺して再び元の塀の陰へと舞い戻る。

 

囚人になんの用だよ、うちの組織は。

本当にヤバい橋を渡らされている。

 

でも、美少女とのデートが俺を待っている……!

その一念だけで、俺は恐怖をねじ伏せる。

 

鉄格子の隙間から、二階の部屋の内部がかすかに見える。

ランプの薄明かりの中、小さな机に向かって本を読んでいる男の後ろ姿が見える。

あれがお得意様か。

 

距離はおよそ十メートル強。下から見上げる角度になる。

昼間に三メートルで短剣を落とした俺にとっては、絶望的な距離だ。

 

「よし……顔の横にバシッと……」

 

イメージしろ。前世でゴミ箱に丸めた紙屑を投げ入れていた、あの絶妙なコントロールを。

 

美少女。デート。清楚。可憐。

欲望という名のエネルギーを右腕に集中させる。

俺の隠された才能よ、今こそ目覚めろ……!!

 

「えいっ!!」

 

俺は渾身の力で、手首のスナップを極限まで利かせて短剣を天に向かって投じる。

手から離れた短剣は、闇夜の中で鈍い光を放ちながら、見事な放物線を描く。

 

俺の祈りが通じたのか、風の計算が奇跡的に合ったのか。

短剣は開いた鉄格子の僅かな隙間へと、まるで何かに吸い寄せられるかのようにスッポリと飛び込んでいく。

 

「……入った!!」

 

やった! やってやったぞ! 才能開花だ!

これで美少女とのデートは俺のものだ!

俺は誰に見つかる前に、脱兎のごとくその場から逃走するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川面を撫でる夜風が少し肌寒いが、俺の心はぽかぽかと、いや、むしろ熱く燃え上がっている。

 

なにせ、これから待ちに待ったデートのセッティングなのだから。

橋の欄干に寄りかかり、ウキウキした様子で鼻歌など歌いながら待っていると、背後から足音もなく一つの影が現れる。

 

頭巾で顔を深く隠した、いつもの連絡員だ。

 

「朗人さん。報告を聞きました」

 

「おう! 完璧だっただろ? 鉄格子の隙間をミリ単位で潜り抜けたぜ! 俺の隠された才能に感謝してほしいね!」

 

「短剣、壁に刺さらずに床に落ちたみたいですね。カランコロンと情けない音を立てて」

 

「ああ、そうだよ!! 重力には逆らえなかったよ!」

 

そりゃそうだ。上に向かって投げた刃物が、都合よく壁に水平に突き刺さるわけがない。物理法則を舐めるな。

 

「でもいいだろ、無事に届いたんだから! 監獄の冷たい床に突き刺さった短剣から、無言で手紙を拾う囚人……十分シュールで美学があったぜ!」

 

俺なりの美学論をぶつけて、無理やり正当化を図る。

 

「だめです。壁に刺さってこその美学です」

 

厳しい。美学の判定が厳しすぎる。

 

「……まあいいでしょう。一応、手紙は渡せたので任務は達成とします。デートの約束は守ります」

 

「おお!! よっしゃあ!」

 

さあ、その可憐で清楚な美少女を早く紹介してくれ!

 

俺は期待に胸を膨らませて、橋の周りをキョロキョロと見回す。

しかし、ガス灯の光の届く範囲に、それらしき人影は全く見当たらない。

 

「どこにいるんだ!? まさか遅刻か? まあ美少女なら多少の遅刻は許容範囲だが……」

 

「え? ここにいますよ」

 

「は?」

 

ここにいる? どこに?

俺の目の前にいるのは、黒い頭巾を被った怪しい連絡員だけだ。

 

「私です。デートしましょう」

 

その言葉とともに、バサリと音がして、すっぽりと被っていた頭巾を脱ぎ捨てる。

月明かりとガス灯の光が、隠されていた彼女の顔を露わにする。

 

そこに現れたのは、確かに息を呑むほど整った顔立ちの女性だった。

いや、少女というか、年齢的には二十代前半くらいの、活発な印象を受ける美女だ。

 

大きな瞳、スッと通った鼻筋、凛とした唇。

絶世の、という浮世離れした美しさではなく、生命力に溢れた、文字通りの『活発な美女』である。

 

ただ一つ、致命的な欠点があるとしたら。

 

その見事に整った顔に張り付いている大きな瞳が、相変わらず全く笑っていないことだ。

見事なまでの死んだ魚の目が、俺を見下ろしている。

 

「お前、女だったのか!!」

 

「ってか、ずっと目深に帽子やら頭巾やら被ってたから全然分かんなかったし! 声もわざと低く作ってたろ!」

 

ずっと事務的な態度だったし、服もダボッとした黒装束だったから、小柄な成人男性かと思っていた。

 

まさかこんな、帝都の小町オーディションで優勝しそうなルックスを隠し持っていたなんて。

 

「私、可愛いですよね?」

 

「むううう……」

 

確かに、悔しいが顔面偏差値は明治トップクラスに整っている。可憐か清楚かと問われれば首を傾げるが、可愛いか綺麗かで言えば間違いなく綺麗だ。

 

しかし、性格に難がありすぎる。

コンプライアンス無視、美学至上主義、そしてこの死んだ目。

どう考えても、まともなデートになる気がしない。

 

「では、デートしましょう。善は急げです。デート先はこちらです」

 

「え? いまから? もう夜だぞ? デートって普通、昼間に公園を歩いたり、あんみつを食べたり……」

 

ブツブツと文句を言いながら地図を開いた俺の目に、とんでもない文字列が飛び込んでくる。

いかにも怪しげな洋館の図面の横に、赤インクでデカデカと書かれた文字。

 

『目標:秘密結社・暗黒舞踏会の監視』

 

「……って、これ」

 

暗黒舞踏会。またしても痛すぎるネーミングの組織だ。

そして、監視。

デートの行き先が、敵対組織の監視作戦!?

 

「次の任務地がそこなので、一石二鳥ですね。さあ、エスコートをお願いします」

 

「…………」

 

一石二鳥じゃねえよ。

デートと討ち入りを一緒にするな。

 

美少女との甘いひとときを夢見ていた俺の心は、木っ端微塵に粉砕される。

 

結局、労働からは逃げられない。

ここは秘密結社という名の、究極のブラック企業なのだ。

 

「やっぱりブラック企業じゃねーか!! 俺の青春(二度目)を返せェェェェェッ!!」




ここまで読んでくださりありがとうございます。
連絡員の正体も少しだけ明らかになりました。
朗人と彼女のやり取りを楽しんでいただけましたら、感想をいただけると嬉しいです。
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