明治・大秘密結社時代 〜社畜が転生したら10歳で暗殺組織の幹部(笑)でした。給料未払いは美学に反します!〜 作:だいたい大丈夫
時守本部と連子の情報伝達能力を、どうか温かい目で見守ってください。
早朝。
まだ太陽が昇りきっていない、薄暗く冷たい空気の中。
学習院の空き教室で、俺、拝原朗人は、窓枠に縋り付くようにして、フラフラと幽霊のように揺れながら校庭を監視し続けている。
目の下には、前世で徹夜のデスマーチ(システム納品前夜)を繰り返していた時よりもさらに濃く、どす黒いクマがはっきりと刻み込まれている。
窓の外の校庭では、我が監視対象である『72時間働けますか』の構成員、佐藤さんD(用務員)が、今日も今日とて信じられないほどの元気さで、鉄棒を雑巾で磨き上げている。
「キュッ、キュッ」という小気味良い摩擦音が、静かな朝の校庭に響き渡る。
彼は、この二十日間、文字通り休むことなく働き続けているのだ。
「……あはは……。鉄棒が、光ってる……」
「おじさん、鉄棒の妖精さんなのかな……。俺、もう二十日寝てないや……幻覚が見える……」
視界の隅で、謎の小人たちがラッパを吹きながら行進しているのが見える。
幻聴で「24時間戦えますか〜♪」という、前世のあの有名なCMソングがエンドレスで脳内に鳴り響いている。
限界だ。俺の十歳の小さな体も、社畜魂で鍛え上げられた精神も、ついに崩壊のカウントダウンを始めている。
ガラッ!
その時、教室の扉が勢いよく開け放たれた。
今日も「定時出勤」をキメてきた我が担当連絡員、連絡子(通称:連子)が、ピカピカの笑顔を振りまきながら入ってきた。
睡眠十分、お肌ツヤツヤ。俺の二十日間の地獄を全く分かっていない、憎たらしいほど元気な姿だ。
「おはようございます朗人さん!! 朗報です! 監視は終わりだそうですよ!!」
「マ……マジか!!」
俺は驚きのあまり、ガタッ! と音を立てて窓枠から転げ落ち、教室の床に無様に這いつくばった。
痛い。だが、そんな痛みなどどうでもいい。
終わった。ついに、この無間地獄のような監視任務から解放されるのだ!
「良かったぜ……!! いい加減、俺が過労で死ぬ5秒前だったからな!」
「で、なんで急に終わったんだ? 結局、なんであのおっさん(佐藤さんD)を監視してたんだ?」
這い上がりながら、連子に説明を求める。
監視が終わるからには、何らかのアクション、つまりテロの阻止なり、アジトへの突入なりがあったはずだ。
でなければ、俺の二十日間の徹夜監視は完全に無意味になってしまう。
しかし、連子は俺の問いに対し、全く悪びれる様子もなく、満面のドヤ顔とスマイルを浮かべて答えた。
「………わからないです! てへっ☆」
「『てへっ』じゃねえよ!!」
「二十日の徹夜の成果が『てへっ』で済むか!! どんなポンコツ連絡員だお前は! 情報を伝えるのがお前の仕事だろうが!」
どうやらこの世界の秘密結社は、意味もなく社員を酷使する習慣があるらしい。
まあ時代的には、労働基準法もないし、労働者の権利なんて概念もない。
上司の命令は絶対で、理由も告げられずに意味不明な作業をさせられるのも、ある意味でリアルな「明治のブラック企業」なのかもしれない。
「けどよ!! 納得いかねえ!! 俺の失われた睡眠時間を返せ! 成長ホルモンの分泌を妨害する気か!」
憤慨していると、連子が手になにやら紙切れをヒラヒラさせているのに気がついた。
「って、お前がヒラヒラさせてるその紙なんだ??」
「え? これですか?」
「本部から届いた監視終了の命令書ですよ」
「見せてみろよ」
「わかりました。良いですよ!」
連子は、機密書類であるはずの命令書を、全く渋る様子もなく、あっさりと俺に手渡してきた。
本当に情報管理の意識が低い。
「え~と、何々……おお! 凄く流麗できれいな字だ」
一目見て、俺は感嘆の声を上げた。
五番(蓮のアネキ)が書いた、あのミミズのブレイクダンスのような象形文字とは大違いだ。
筆運びが美しく、気品すら漂っている。書き手の育ちの良さが滲み出ているような文字だ。
「どれどれ……」
「『命令書。連絡子構成員に、時の番人の四番・拝原朗人殿の従事している監視任務の終了を告げるものとする。今回の監視任務における拝原朗人の功績は特筆すべきものがある。――交代要員の監視員を自ら断り、連絡子と二人で20日間完遂したことは組織の鑑(かがみ)である』……え?」
声が震え、心臓が早鐘のように打ち始める。
だが、俺は止まることができず、そのまま震える声で読み進める。
「『今回の監視対象(佐藤さんD)については、労働意欲を向上させる意思が極めて強く、自ら範を示す方針のため、排除の必要はないと判断されたものである。むしろ、子どもは貴重な労働力であり、労働力化を推し進める者は国益にも繋がると判断してのことである。以上』……はぁ!?」
「子供を24時間働かせる過労死結社を『国益』!? 明治の価値観バグりすぎだろ!!」
あのおっさんは見逃し決定かよ!
子供を洗脳してブラック労働を強いる結社を、国益に繋がるとか言って容認するなんて!
どんなディストピアだ!
じゃあ、俺が二十日間、死に物狂いで監視していたのは一体何のためだったんだ!
ただの骨折り損のくたびれ儲けじゃないか!
怒りで小刻みに震える手を押さえながら、命令書の最後に書かれた追伸を読む。
「『追伸。特別褒賞は連絡子に渡すため、拝原朗人には通常の給料と同様に、連絡員経由で渡すものとする』…………」
「…………」
静かに紙を下ろし、連子を虚無の底のような、完全に光を失った冷たい目で見つめた。
「……………………なあ、連子ちゃん」
「はい! なんですか朗人さん! 私のミステリアスな活躍を褒めてくれるんですか!」
「……交代要員が、いたのか?」
這い出るような低い声で尋ねる。
「え?? 私、なんにも知らないですよ??(首を傾げる)」
「特別褒賞って?」
「なんですかそれ?(見事なすっとぼけ顔)」
「……お金、渡されなかった??」
「はい! 私の今月のお給料ですね!! 本部からたっぷりいただきました! これで欲しかった新しい着物が買えます!」
連子は、隠すそぶりすら見せずに、嬉しそうに報告してきた。
「(ギリッ……)」
「俺の分は?」
「え?」
「俺、時守に入ってからまだ一度も給料もらってないんだけど??」
交代要員を勝手に断り、俺一人に二十日間の徹夜を強要し、挙句の果てに俺の給料と特別褒賞をまるっと着服している。
これが俺の担当連絡員、連絡子の正体だ。
「ええーっ!! それはひどいですね!! 大問題ですよ!」
「絵に描いたようなブラック結社じゃないですか! 早く本部に抗議した方が良いんじゃないんですか?」
「本部ってどこだよ!! お前しか連絡手段がねえんだよ!!」
「教えられません!! 秘密結社なので!!(`・ω・´)ゞ」
連子は、ビシッと無駄に美しい敬礼をキメて、情報をシャットアウトする。
「………………」
こいつ、俺を殺す気か。
いや、それ以上に。
「お前、これ(命令書)、本当に自分で読んだか?」
「え? いやーあはは、何を言ってるんですか〜」
連子は、分かりやすく目を泳がせながら、引きつった笑いを浮かべる。
「私は誇り高き連絡員の鑑ですよ!! 穴が開くほどちゃんと読んで、内容も脳内にバッチリ暗記してますよ!!」
「じゃあ、この一行目(『命令書』)はなんて読む??」
命令書の最初の文字を指差して、連子に突きつける。
「え~と……え~っと……」
「『いのち』…………??」
「…………」
「ひどいです!! 朗人さん!! 私、漢文なんて読めません!!!」
完全に開き直って逆ギレしてきた。
「『命令書』だよ!! 漢文じゃなくて普通の日本語だろうが!!」
この女!! 字が読めないのか!!!!
自分の名前くらいしか書けないパターンか!?
いや、名前すら漢字で書けるのか怪しいぞ!
なんでこんな奴を情報伝達の要である連絡員にしてるんだ!!! どんだけ人材不足なんだよ時守!?
文字が読めない連絡員。
伝言ゲームもまともにできない、情報のブラックボックス。
金への執着と自己肯定感だけは異常に高く、自分の労働環境(ホワイト)を守るためなら、相棒(俺)を平気で過労死の淵へと突き落とす。
俺の十歳の小さな体は、絶望と疲労でついに限界を迎える。
「……もう、ダメだ……」
呟きとともに、俺の意識は深い闇へと沈んでいくのだった。
◇◇
一方その頃。
俺が過労と理不尽の果てにでぶっ倒れているまさにその時、秘密結社『時守』の本部では、俺の知らないところでとんでもない勘違いが進行していた。
帝都のどこかにあるらしい、重厚なアンティーク家具がずらりと並ぶ、格式高い洋室。
高そうな机の上に、帝大生特有の四角い帽子(角帽というらしい)が無造作に置かれている。
その机に向かい、一枚の書類にじっと目を通しているのは、特務部隊「時の番人」の六番、蒔田緑郎(まきた ろくろう)だ。
年齢は十九歳。帝国大学に通うエリート学生であり、なんとこの秘密結社『時守』の首領の息子という、絵に描いたような上級国民である。
端正な顔立ちの彼の表情には、書類を読むにつれて、深い感心と、そしてわずかな戦慄が浮かび上がっていた。
「新しい四番だが……」
「十歳の子供と聞いて、最初は正直甘く見ていた。だが、随分と組織のために狂気的なまでに張り切っているようだな」
「はい! 蒔田様」
控えていた時守の部下――いかにも忠誠心の高そうな、しかしどこか思考停止している感のある男が、直立不動で答える。
「交代要員の申請を自ら断り、二十日間も殆ど不眠不休で監視任務をこなすとは……。十歳とは思えぬ異常な執念です。まさに修羅」
「修羅、か。結果を出す者が上に立つ。それは我々の組織の鉄則であり、それだけの話だが……彼には我々の想像を絶する相応の力量と『異常性』があるようだ」
「私でも流石にそれは無理だ……。しかも、あの任務は標的(佐藤さんD)の狂気的な労働意欲に当てられ、監視する側の精神をもゴリゴリと削られる過酷なもの。それを平然と二十日間も……末恐ろしい少年だな。我々も気を引き締めねばなるまい」
「御意にございます」
部下が深く頭を下げる。
二人の間には、「恐るべき十歳の新人」に対する深い畏敬の念が共有されていた。
『ちなみに、監視任務の開始時に送られてきた最初の命令書には、交代要員の件とシフトの申請書類もちゃんと同封されていたのだが……字が読めない連子ちゃんは、それらを「なんかいっぱい書いてあるから、ただの不要な紙切れ(チラシ)」だと思い込み、全く読まずにダルマストーブにくべて燃やしていたのでした……。俺の二十日間は、文盲の連絡員によって引き起こされた悲劇だったのだ!』
そう、俺は修羅でも異常者でもない。ただの連絡ミスの被害者だ!
有能ゆえに致命的な勘違いをしているエリート。これが一番厄介なパターンである。
◇◇
「返せ!」
「嫌です!」
「連子!! 俺の給料と特別褒賞を今すぐ出せ!! 返せよ!! 二十日間の命を削った徹夜代だぞ!!」
俺は、先ほどまでの過労死寸前の虚弱体質から、怒りによって一時的にバーサーカー状態へと覚醒し、連子に向かって猛烈に抗議する。
労働の対価を払わない組織は滅びるべきだ。
いや、組織から支払われているのに、中抜きしている連絡員(お前)が一番の悪だ!
「私、絡子です!!」
「お給料は私のです!! これは私のミステリアスな魅力と、毎日の定時出勤への正当な対価です! なんの証拠があってそんな泥棒みたいなこと言うんですか!!」
「この命令書の追伸に! 『通常の給料も特別褒賞もお前(連絡員)に渡しているから、朗人に渡せ』ってバッチリ書いてあるだろうが!!!」
床に落ちていた命令書を拾い上げ、バンバンと叩いて見せつける。
証拠はここにある。言い逃れはできない。
「そんな中国の漢文を盾にされても騙されませんよ!!!」
「漢文じゃねえって言ってんだろ!!」
「私を無学だと思って、適当なデタラメな文章を読み上げているんでしょう! 騙されませんからね! お金は私の命です!!」
連子は、完全に「無学であることを武器にする」という、前代未聞の防衛線を張り始めた。
自分が読めない文章は、すべて俺の捏造だと主張しているのだ。
無敵すぎる。無知の知ならぬ、無知の強行突破だ。
「デタラメじゃねえよ! 日本語だよ!!」
「何がミステリアスだ、ただの無学じゃねえか!! この……………バカ女!!!!」
ついに二十日間の疲労と、この底知れぬバカ女への怒りで、堪忍袋の緒が完全にブチッと音を立てて切れた。
俺は腰から『刻巡刃』を引き抜き、その柄(刃ではない、あくまで常識人の俺は刃は向けない)の部分で、連子の頭をポカポカと叩き始めた。
「痛いっ! 痛いです! ポカポカしないでください!」
「女の子に乱暴はいけません! ミステリアスが傷つきます!」
「うるせえ! 給料出せ! サビ残代払え!」
「あっ、そうだ!」
「朗人さん、次のお仕事が入ってますよ! 次は人助けです!」
「あ!?」
ポカポカ叩くのをやめず、柄を振り上げたまま連子を睨みつける。
「次の仕事だ!? まだこの任務の清算も終わってねえのに、次だと!?」
「はい! 帝都で起きている、複雑な『恋愛問題の解決』です!」
「若者の悩みを解決するのも秘密結社の美学です! 素晴らしいですね!」
「ふざけんな! 金払うまで絶対働かねえからな!!!」
「まずは労働基準監督署(ないけど)に行くぞ!! お前を訴えてやる!!」
ここまで読んでくださりありがとうございます。
朗人の二十日間の苦労と、連子の連絡員としての致命的な問題が明らかになりました。
連子へのツッコミや、蒔田緑郎の勘違いについて感想をいただけると嬉しいです。