明治・大秘密結社時代 〜社畜が転生したら10歳で暗殺組織の幹部(笑)でした。給料未払いは美学に反します!〜   作:だいたい大丈夫

9 / 14
今回は、朗人たちが静岡任務へ向かうため、横浜行きの列車に乗るお話です。
順調な鉄道旅になるはずが、もちろん秘密結社が絡んできます。


第九話 秘密結社、活動写真を撮る

ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。

 

窓の外には、帝都の喧騒から少しずつ離れ、のどかな田園風景や小さな村々が流れていく。

 

本来なら、鉄道の旅というのは、駅弁でも食べながら優雅に景色を楽しむものだろう。

しかし、俺、拝原朗人の現状は、そんな悠長なものとは程遠かった。

 

向かいの席には、我が担当連絡員である連絡子(通称:連子)が、これ見よがしにカシミヤのショールを羽織り、どこで買ってきたのか、大きな煎餅をバリバリと音を立ててかじっている。

 

連子のスリ行為により財布が空っぽになり、一時はどうなることかと思ったが、謎の清掃員(朝比奈さん)がくれた切符のおかげで、なんとか新橋から横浜行きの列車に乗り込むことができたのだ。

 

でもよ……。ん? ここでみんな思うだろ? 「スリの連子のせいで財布が空っぽだから、横浜に着いても船代がないぞ!」って俺が叫ぶと。いや、それもあるんだけどさ。もっと切実な問題があって……

 

その切実な問題について思考を巡らせようとした、まさにその時。

 

キィィィィィン!!

 

凄まじい金属音とともに、列車が急ブレーキをかけた。

 

「うおっ!?」

 

前のめりになり、危うく座席から転げ落ちそうになる。

向かいの連子も、一瞬だけ煎餅をかじる手を止めたが、すぐにまた「バリッ」と鈍い音を立てた。

 

車内の乗客たちが「なんだなんだ」「事故か?」とざわめき始める。

 

すると、前の車両との連結部から、頭に手ぬぐいを巻き、前掛けをした、いかにも職人といった風貌の男が、巨大な木箱型の写真機を抱えてドカドカと乗り込んできた。

どう見てもただのカメラマンだが、その男、伊藤さん(もちろん仮名だ)は、車内の中心に立つと、高らかに宣言した。

 

「皆様ご協力感謝する! この汽車は我々、秘密結社『幻燈汽車倶楽部』が占拠した!!」

 

「……………は?」

 

また秘密結社!!

どんだけ秘密結社があるんだよこの国は! 石を投げれば秘密結社員に当たるレベルの過密状態じゃないか!

 

しかも微妙にアウトっぽい名前!!

 

幻燈汽車倶楽部って!

それ、絶対に関わっちゃいけないやつじゃないのか!? 前世で社会現象になったあの超大作アニメのタイトルに寄せてきているだろ!

 

時代設定的にはこちらの方が先かもしれないが、俺の転生者としてのコンプライアンス意識が激しく警告を鳴らしている。

 

「占拠した」とか物騒なこと言ってるけど、やってることただの撮影会じゃねーか!

 

伊藤さん(仮)は、乗客たちに銃や刃物を向けるわけでもなく、ただその巨大な木箱型の写真機をドンと床に置き、三脚を広げ始めたのだ。

 

「これより写真を五間(約九メートル)ごとに撮るので、動かないでいただきたい!!」

 

伊藤さん(仮)が、無駄にいい声で乗客に指示を出す。

五間ごと!? 九メートル進むたびに写真を撮る!?

 

しかも写真って、今の時代、撮るのに三十分くらいじっとしてなきゃいけないんだろ!? それを九メートルごとにやってたら、横浜着くの何年後になるんだよ! 生きている間に静岡に着かないぞ!!

 

「朗人さん。さっきからブツブツと何言ってるんですか…」

 

向かいの連子が、煎餅の欠片を口元につけたまま、不思議そうな顔で俺を見てきた。

モグモグと咀嚼音がうるさい。

 

「写真は二秒くらい黙っていれば良いんですよ。ずいぶんと昔の人なんですねえ」

 

「え?」

 

二秒? 明治の写真って、もっと時間がかかるんじゃないのか?

坂本龍馬の写真とか、あんなにキリッとしてるの、ずっとポーズ決めてたからだと思ってたんだけど。

 

「昔と違って、湿板写真の技術もだいぶ改善したんですよ。最新の機材なら長くて数秒です。常識ですよ」

 

連子が、なぜか得意げな顔で解説してきた。

こいつ、俺が知らないことを知っている時だけ、無駄にイキってくるな。

 

ひたすらムカつく。なんでこいつ、変なところだけインテリぶるんだよ。こいつ代えられないかな? 本部にクーリングオフの制度はないのか?

 

連子の態度にイライラしていると、伊藤さん(仮)が大きな声で合図を出した。

 

「よし! 五間進んだな! 止まれ!! みんな窓から顔を出して外を見ろ!! はい! いい笑顔でー! 悪魔が来ても負けないぞっていう強い意志の顔でー!」

 

乗客たちは、なぜか素直に伊藤さんの指示に従い、窓から顔を出して笑顔を作っている。

写真に対する警戒心がないというか、ノリが良すぎるだろ。

 

カシャッ!

ボフゥッ!

 

凄まじい閃光とともに、マグネシウムの燃えるような白い煙が車内に立ち込める。

 

「よしオッケー! 次は567枚目だ! 機関士、また五間進めてくれ!」

 

伊藤さん(仮)がご機嫌な声で叫ぶと、機関車がゆっくりと動き出し、ガタン、ゴトン……

 

キィィィン!

 

そして、またすぐに止まる。

これの繰り返しだ。

乗り物酔いしそうだ。

 

「なんで誰も駆けつけないんだよ!!!」

 

「鉄道ジャックだぞ!? 列車を私物化して停めてるんだぞ!? 警察とか軍隊とかどうなってんだよ!! 日本の治安は終わってるのか!!」

 

連子は煎餅をバリボリと食べながら、窓の外を指差した。

 

「んー? 朗人さん、あれ見てください」

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

連子に言われるがまま、窓から顔を出して外の様子をうかがった。

そこには、線路脇の草むらをパトロールしていたと思われる、チョビ髭を生やしたいかにも騙されやすそうな警官が立っていた。

 

「おいおい君たち! いくらなんでもこんな所で列車を何度も止めて……許可は得てますか??」

 

警官は、一応は職務質問的なことをしているらしい。

そうだ! もっと厳しく追及してくれ! そしてこの迷惑な秘密結社をしょっぴいてくれ!

 

「いや~すいませんなお巡りさん!」

 

伊藤さん(仮)は、全く悪びれる様子もなく、手ぬぐいで汗を拭いながら警官に近づいた。

 

「実はこれ、活劇の素材撮影なんですよ〜。この汽車に乗った乗客の写真を連続で回すことで、横浜までの道のりを疾走感たっぷりに描く、新しい芸術(活動写真)の実験でして!」

 

活動写真。つまり映画のことか。

九メートルごとに写真を撮って、それをパラパラ漫画の要領で繋げて映像にするということか。

 

気が遠くなるような作業だが、まあ、やってることは芸術の範疇だ。秘密結社を名乗る必要性が全く感じられない。

 

「それはそれは……しかし、許可がなければ……」

 

よし、その調子だ! 許可なんてあるわけないだろ!

 

「もちろん、こちらです」

 

しかし、伊藤さん(仮)は懐から一枚の書類を取り出し、警官に差し出した。

 

「なんか本物っぽい書類出してる!!」

 

遠目に見ても、立派な公印がデカデカと押された、いかにも公式文書という感じの紙だ。

 

「む! 確かに鉄道局の許可印!」

 

「これは失礼した! 芸術の発展のため、頑張ってください!」

 

あっさり引き下がった!

 

チョビ髭警官、書類の真贋を疑うことすらせずに、完全に信じ切っている!

偽造の可能性とか考えないのか!

 

「なにやら面白そうですが、なんて活劇になるんですか?」

 

警官は、すっかり打ち解けた様子で、世間話モードに入ってしまった。

 

「『悪魔狩りの銃弾〜幻燈汽車編〜』です」

 

「アウトォォォォ!!」

 

「完全にどこかで聞いたことあるメガヒット作のパロディじゃねーか!! タイトルもコンセプトも完全にパクってる!!」

 

コンプライアンスセンサーが、完全にレッドゾーンを振り切っている。

 

「絶対にアウト!!! 時代設定は結構早いし、まだあの作品の時代(大正)じゃないけど、アウトなものはアウトだ!! 著作権という概念がまだなくても、モラル的にダメだ!!」

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

すっかり深夜。

 

九メートルごとの撮影という、気が遠くなるような地獄の行程を乗り越え、ようやく目的地である横浜に到着したのだ。

 

列車のドアが開き、乗客たちがゲッソリと疲労困憊の表情で、ゾンビのようにフラフラと降りてくる。

 

誰も口を開かない。ただひたすらに、早く家に帰って布団に倒れ込みたいというオーラを全身から発している。

 

「皆様、長時間の撮影に協力ありがとう!」

 

そんなお通夜のような雰囲気の中、伊藤さん(仮)だけは、相変わらず無駄に元気な声で乗客たちに呼びかけた。

彼は、巨大な写真機を背負い、満足げな笑顔を浮かべている。

 

「皆さん! これはささやかながら出演料と迷惑料、いわゆる撮影代です。鉄道は良いものだ!! 芸術は爆発だ!!」

 

伊藤さんと、その背後に控える『夢幻列車』の結社の面々が、降りてくる乗客一人一人に、何やら茶色い封筒を手渡していく。

 

そして、全員に配り終えると、彼らは風のように、あっという間に夜の闇へと消えていった。

あの身のこなし、只者ではない。まあ、只者じゃないから秘密結社なんだろうけど。

 

「……なんか乗客全員に金渡して去っていったぞ」

 

「あいつら、秘密結社である必要があったのか激しく疑問だ。ただの映画撮影クルーじゃねえか。しかもちゃんとギャラまで払うなんて、下手な下請け制作会社よりよっぽどホワイトだぞ」

 

テロを起こすわけでもなく、洗脳するわけでもなく、ただ芸術のために列車を止めまくっただけ。

迷惑極まりないが、悪意は全く感じられなかった。

 

むしろ、あの情熱は本物だった。

 

「朗人さん、封筒開けてみましょうよ」

 

連子が、目をギラギラさせて俺の封筒を覗き込んできた。

さっきまでカシミヤのショールに包まって寝ていたくせに、金の話になると途端に現金な奴だ。

 

「どうせ小銭でしょうけど……。お駄賃程度のお金でも、塵も積もればなんとやらですからね」

 

「まあ、そうだな」

 

無造作に封筒の封を切り、中身を確認した。

どうせ、一銭銅貨か二銭銅貨が数枚入っている程度だろうと高を括っていた。

しかし。

 

「どれどれ……って、マジか!!」

 

封筒の中身を見て、目玉が飛び出そうになった。

 

「30円も入ってやがる!!」

 

「さ……30円!?」

 

連子も、俺の手元を見て驚愕の声を上げた。

その死んだ魚のような目が、信じられないものを見るように見開かれている。

 

明治11年の30円……

 

現代の価値に換算すれば、ざっと60万円を下らない大金だ!!

 

一人につき60万!? 乗客全員に配ってたぞ!?

どんだけ予算潤沢なんだよあの結社! 金持ちが!! スポンサー誰だ!!

 

三菱か!? 渋沢栄一か!? それともロスチャイルド家か!?

映画の製作費としては破格すぎる。いや、これはもう製作費の域を超えている。

あの伊藤さん(仮)、ただの狂人かと思いきや、とんでもないパトロンがついているに違いない。

 

「よっしゃあああ!!」

 

「これで船に乗れるぞ! むしろお釣りで美味いもん食える!! 連子のスリ被害なんて帳消しだ!!」

 

これで、明日からの静岡への旅も安泰だ。

いや、むしろ豪遊できるぞ。

 

「連子、今日は豪華な宿に泊まるぞ!! 旨いもん食って、ふかふかの布団で寝るんだ!! 二十日間の徹夜の疲れを癒やすぞ!」

 

「おおーっ! さすが四番! 一生ついていきます!」

 

「お前は金にしかついてこないだろ!」

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

深夜にも関わらず、横浜の港近くにあるその宿屋は、煌びやかなガス灯に照らされ、立派な店構えを見せていた。

 

外人居留地が近いからか、和洋折衷のモダンで豪華な造りだ。

前世の高級ホテルにも引けを取らない、格式の高さが漂っている。

 

中に入ると、ロビーにはふかふかの絨毯が敷かれ、シャンデリアが眩い光を放っている。

 

上機嫌な俺と、カシミヤのショールを羽織って謎のセレブ感を醸し出している連子は、フロントでチェックインの手続きをしていた。

 

「いらっしゃいませ。お客様は………お二人、同じお部屋でよろしいですか?」

 

子供と年上の女性。どう見ても姉弟か、裕福な家の若旦那とお付きの者といったところだろう。

 

「別々でお願いします!!」

 

「一番いい部屋を二つだ! 金ならある!」

 

懐から先ほど手に入れた三十円の束をチラリと見せる。

成金丸出しだが、この時代の宿屋には、金払いの良さをアピールするのが一番だ。

 

「え~!」

 

「もったいないですよ〜朗人さん! お金浮かせましょうよ、一緒に寝ましょうよ!」

 

連子は、俺の袖を引っ張りながら、甘ったるい声で懇願してくる。

 

「子供にすり寄るな! 気持ち悪い!!」

 

「経費(30円)を浮かせた分を、お前が懐に入れる気満々なのはバレてんだよ!!」

 

こいつの考えることなどお見通しだ。

一つの部屋に泊まれば、部屋代が半分浮く。その浮いた分を、こいつは絶対に自分のポケットマネーにする気だ。

 

絶対に許さない。俺の金は俺の金だ。

 

「ちっ……バレましたか」

 

連子は、可愛らしい顔に似合わない、見事なまでの舌打ちをした。

本性が隠しきれていないぞ。

 

「舌打ちしたぞこの女」

 

「……まさか、本当に行き遅れだからって、華族の俺を狙って待ってるんじゃないだろうな……?」

 

「なっ……!! 誰が行き遅れのオバサンですか!!」

 

顔を真っ赤にして反論してきた。

 

「私は誇り高き二十四歳です!! まだまだピチピチの——」

 

「はいはい、わかったから」

 

「女将さん、部屋二つで。絶対別々で。できれば階層も分けてほしいくらいだ」

 

「か、かしこまりました。特上のお部屋を二つ、ご用意いたしますね」

 

女将は、苦笑いしながら鍵を二つ用意してくれた。

 

これでようやく、静かに眠れる。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

一部始終を、少し離れた柱の陰から、ジッと見つめている影があった。

 

深い前髪で顔の半分以上を隠したメカクレ女。

特務部隊「時の番人」の十一番、朝比奈加里である。

 

「うう…………」

 

加里は、柱の陰で、蚊の鳴くような声で半ベソをかいていた。

 

「怖くて、船代のお金渡せなかった…………。怒られる……絶対殴られる……。どうしよう……」

 

しかし、新橋駅での俺の「凶行(ただのツッコミ)」を目の当たりにしてしまった彼女は、恐怖のあまり俺に近づくことができず、ただこっそりと後をつけてここまで来てしまったのだ。

 

加里は、涙目でガタガタと震えながら、柱の陰から恐る恐る姿を現した。

そして、先ほど俺たちがチェックインをしたフロントの女将に、ゆっくりと近づいていく。

 

「あの…………」

 

「はい? お客様?」

 

「はい……これ……」

 

加里は、蚊の鳴くような声で、持っていた分厚い封筒をカウンターに差し出した。

 

「あの二人の隣の……特上のお部屋で、お願いします……」

 

加里は、蒔田から預かった組織の活動資金(船代)を、躊躇なく宿泊費として差し出したのだ。

 

しかも、俺たちの隣の「特上部屋」を指定して。

 

こうして、俺の社会的信用を削り取った張本人は、俺の知らないところで組織の経費を使って、悠々と特上部屋にチェックインしていたのであった。

 

 

明日からの静岡行き。

果たして俺は、船に乗れるのだろうか。

 

そして、人食い熊(偽装)と悪徳役人を相手に、生き延びることができるのだろうか。




ここまで読んでくださりありがとうございます。
新橋から横浜への移動回でした。
幻燈汽車や加里の行動について、感想をいただけると嬉しいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。