ようこそ実力至上主義の教室へ〜完全無欠の君が送る高校生活〜   作:必殺仕事人Black

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第二章、革命の鳴動と先導者―――After―――

教室へ続く廊下は、妙に静かだった。

 

昼休みでもなく、授業間の喧騒でもない。

 

張り詰めた沈黙。

 

高度育成高等学校という場所では、それが時々ある。

 

誰かが空気を飲み込み、誰かが言葉を失い、そして誰もが“今ここで起きていること”を測ろうとしている時間。

 

椎名ひよりは、静かにその廊下を歩いていた。

 

規則正しい足音。

 

長い水色の髪が、歩くたびにさらりと揺れる。

 

胸元で抱えているのは、一冊の文庫本だった。

 

癖だ。

 

緊張すると、本を持っていたくなる。

 

ページを開かなくてもいい。

 

そこにあるだけで、少しだけ呼吸が落ち着く。

 

茶柱佐枝の背中を追いながら、ひよりは小さく息を吸った。

 

——不思議です。

 

心の中で、そう呟く。

 

編入。

 

本来なら、もっと緊張していてもおかしくない場面だった。

 

知らない教室。

 

知らない空気。

 

知らない人間関係。

 

特に、この学校は普通ではない。

 

Sシステム。

 

クラスポイント。

 

競争。

 

序列。

 

表向きは穏やかでも、水面下では誰もが他人を測っている。

 

そんな空間へ、一人で飛び込む。

 

怖くないわけがない。

 

けれど。

 

ひよりの胸にある感情は、恐怖だけではなかった。

 

むしろ。

 

それ以上に大きな感情がある。

 

期待。

 

安堵。

 

嬉しさ。

 

真希くんと、同じ教室にいられる。

 

その事実だけで、胸が温かかった。

 

中学時代。

 

席が隣になった日。

 

太宰治の『人間失格』を読んでいた少年。

 

あの時から、少しずつ積み重ねてきた時間。

 

読書。

 

会話。

 

帰り道。

 

静かな共有。

 

真希は、ひよりを急かさなかった。

 

無理に笑わせようともしなかった。

 

“分かろう”としてくれた。

 

それが、どれだけ嬉しかったか。

 

ひよりは今でも覚えている。

 

だから。

 

この学校で何が起ころうと。

 

どれだけ環境が変わろうと。

 

自分たちの関係は壊れない。

 

そう信じている。

 

——ですが。

 

そこで。

 

ひよりの歩みが、ほんの僅かだけ止まりかけた。

 

教室の前。

 

扉の向こう。

 

まだ中は見えていない。

 

なのに。

 

何かが、引っかかった。

 

女の勘。

 

そう呼ぶには曖昧で、非論理的で、説明不能な感覚。

 

けれど確かに、ひよりの中で何かが反応した。

 

……あ。

 

小さく思う。

 

きっと。

 

何人か。

 

真希に好意を抱いている。

 

理由は説明できない。

 

直接見たわけでもない。

 

誰かに聞いたわけでもない。

 

それでも分かる。

 

真希は優しい。

 

ただ優しいだけではなく、人の尊厳を傷つけない。

 

相手を否定しない。

 

しかも頭が良く、落ち着いていて、頼りになる。

 

ああいう人間を好きにならない方が難しい。

 

特に、この学校は極端だ。

 

不安が多い。

 

競争もある。

 

孤独もある。

 

だからこそ、人は“安心できる誰か”へ惹かれる。

 

ひよりは、それを理解していた。

 

そして。

 

少しだけ。

 

胸がちくりと痛んだ。

 

——取られたくない。

 

その感情に気づいた瞬間、ひよりは小さく目を伏せた。

 

自分でも少し驚く。

 

独占欲。

 

嫉妬。

 

そんな感情とは、あまり縁がないと思っていた。

 

本の中では何度も読んだ。

 

恋愛小説にも、古典文学にも、そういう感情は必ずある。

 

けれど、自分の中にここまではっきり生まれるとは思っていなかった。

 

真希は優しい。

 

だから、誰かに好かれる。

 

真希もまた、誰かを見捨てない。

 

それは、ひよりが一番よく知っている。

 

だから怖い。

 

もし。

 

誰かが真希へ本気で想いを向けたら。

 

真希は、その気持ちを無下には扱えない。

 

ひよりは唇を薄く結んだ。

 

本来。

 

交際をわざわざ公表するつもりはなかった。

 

騒がれるのは苦手だ。

 

目立つのも得意ではない。

 

静かに、穏やかに。

 

二人でいられれば、それで十分だった。

 

でも。

 

それでも。

 

少しだけ。

 

ほんの少しだけ。

 

抵抗したくなった。

 

自分は、真希の特別だと。

 

それを、ちゃんと形にしたくなった。

 

子供っぽい。

 

独占欲なんて、文学的にはありふれているのに、実際に抱くとこんなにも落ち着かない。

 

ひよりは小さく自嘲する。

 

——でも。

 

嫌ではなかった。

 

こんな感情を抱けるくらい、自分は真希を好きなのだと、改めて分かったから。

 

茶柱が教室の扉へ手をかける。

 

その瞬間。

 

ひよりは、静かに覚悟を決めた。

 

もし必要になったら。

 

ちゃんと言おう。

 

恋人です、と。

 

それは牽制でもあり。

 

抵抗でもあり。

 

そして。

 

何より、自分自身の気持ちを隠したくなかったからだ。

 

扉が開く。

 

教室中の視線が集まる。

 

その中心で。

 

天道真希が、少し驚いた顔でこちらを見ていた。

 

ひよりは、その姿を見ただけで。

 

少しだけ、安心してしまった。

 

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