ようこそ実力至上主義の教室へ〜完全無欠の君が送る高校生活〜 作:必殺仕事人Black
Sシステムの説明を受けた翌日。
一年Aクラス。
高度育成高等学校の最上位。
その教室には、他クラスとは違う種類の静けさがあった。
騒がしくない。
だからといって暗いわけでもない。
皆が皆、自分の立ち位置と価値を理解している空気。
無駄な自己主張を必要としない余裕。
その中心にいるのが——坂柳有栖だった。
窓際。
自席に腰掛けた小柄な少女は、細い指先でティーカップを持ち上げるような優雅さで、学生端末の画面を眺めていた。
教室の朝日が白い頬に差し込んでいる。
その横顔は穏やかだったが、瞳だけは静かに研ぎ澄まされていた。
「……ふふ」
小さく笑う。
それだけで、近くにいた生徒が何人か反応した。
坂柳が“面白い”と感じた時の笑い方だ。
つまり誰かが、何かをした。
「また始まった」
少し離れた席で、神室真澄が露骨に嫌そうな顔をする。
頬杖をつきながら、気怠げに視線を向けた。
「今度は何に興味持ったの」
「失礼ですね。私は常に知的好奇心を持っているだけですよ」
「それを世間じゃ厄介って言うんだけど」
神室は肩をすくめる。
坂柳は気分を害した様子もなく、学生端末を閉じた。
「Dクラス——いえ、元Dクラスのお話です」
その言葉で、教室の空気が少しだけ動いた。
元Dクラス。
つまり、昨日付けでCクラスへ昇格したクラス。
その件は既に学年中へ広がっていた。
異例中の異例。
入学一ヶ月での昇降格。
しかも。
“最底辺”だったDクラスが上がった。
興味を持たない方がおかしい。
教室後方で本を読んでいた生徒が顔を上げる。
葛城康平だった。
無機質なほど整った無毛の頭部。
高校生らしからぬ重厚な雰囲気。
彼は静かに口を開く。
「騒ぐほどのことか?」
低く、落ち着いた声。
「一時的な変動に過ぎない可能性もある」
坂柳は微笑む。
「保守的ですね、葛城くん」
「堅実と言ってほしいな」
葛城は腕を組んだ。
「クラスポイント五差。ほぼ誤差だ。来月には戻る可能性も高い」
現実的な意見だった。
実際、数字だけ見ればその通りだ。
455。
450。
紙一重。
転落も十分あり得る。
だが。
坂柳は小さく首を傾げる。
「問題は結果そのものではありません」
「……何だ?」
「“Dクラスが変化した”という事実ですよ」
その声は静かだった。
だが、妙に耳に残る。
「先生方の言葉通りなら通常、Dクラスというのは崩壊します。自己中心的で、短絡的で、協調性がない。だからDクラスへ落とされる」
坂柳は楽しそうに続ける。
「ですが今回は違った」
神室が面倒そうに聞く。
「たまたまじゃないの」
「いいえ」
坂柳は即答した。
「人間の集団は、一ヶ月程度で自然改善するほど単純ではありません」
その言葉に、葛城がわずかに眉を動かした。
「つまり、お前は“誰か”がいると言いたいのか」
「ええ」
坂柳は頷く。
「恐らく、起点になった人物が存在します」
教室の何人かが興味深そうに耳を傾ける。
Aクラスの生徒は基本的に優秀だ。
だからこそ、“異常”に敏感だった。
坂柳は続ける。
「監視社会のような学校システムを短期間で察知し、クラス全体へ共有し、さらに行動を変えさせた」
「それが事実なら、かなりの手腕だな」
葛城が淡々と言う。
「ええ。少なくとも凡人ではありません」
坂柳は笑った。
「実に興味深いです」
神室が深いため息を吐く。
「あーあ、また始まった」
「何がです?」
「その顔」
神室は指を差した。
「面白い玩具見つけた時の顔してる」
坂柳は否定しない。
ただ、穏やかに微笑むだけだった。
葛城は静かに考えていた。
彼は坂柳ほど“遊び”を好まない。
だが、それでも今回の件には違和感を覚えている。
Dクラス。
あの問題児集団。
そこが、一ヶ月で改善。
しかも、クラスポイント逆転。
偶然では説明しづらい。
「その人物に心当たりは?」
葛城が聞く。
坂柳は少し考える素振りを見せた。
「まだ断定はできません」
これは本音だった。
現時点で、坂柳有栖は綾小路清隆という存在を認知していない。
当然、“ホワイトルームの最高傑作”などという情報も持っていない。
だから今の彼女は、純粋に盤面だけを見ていた。
そのうえで。
一つの名前に興味を抱いていた。
「ですが」
坂柳の指先が、学生端末の画面を軽く撫でる。
そこには、昨日学年中に広まった噂が表示されていた。
“Cクラスへ編入してきた少女”
“その少女は、天道真希という男子生徒の恋人”
“彼氏がポイントで移籍権を購入したらしい”
神室が呆れた顔をする。
「……高校生のやることじゃないでしょ、それ」
「大胆ではありますね」
坂柳は小さく笑う。
「ですが同時に、とても人間的です」
「人間的?」
「ええ。合理だけでは説明しきれない行動ですから」
葛城が静かに口を開く。
「感情優先の判断とも取れる」
「かもしれません」
坂柳は否定しない。
「ですが、人は感情だけでは大金を動かしません。少なくとも私は、そういう人間を信用していない」
そこで一度言葉を切る。
そして。
「だからこそ興味があります」
柔らかく。
けれど確かな熱を宿した声だった。
「天道真希さん」
その名前を、初めて口にする。
「あなたは一体、どんな人間なのですか?」